告白2
(娘を心配するお父様を思い出すわ)
邸に戻ると、そこには怖い顔をして玄関で仁王立ちしている婚約者がいた。
「どこに行ってた?‥俺に何か言うことは?」
「申し訳ありません!俺が目を離したすきに…」
「ジャネットは黙れ。俺はシャンイに聞いている」
「…きちんと私の口から説明します。先ほどまでキリエとジャネット、それにアストレイ様と一緒に居ました」
「…アストレイ」
シスリーは長年の特技で表情こそ変わることはなんとか防いだものの、足元から地面が崩れていくような感覚に必死に耐えた。
「‥二人きりではなく、キリエとジャネットも一緒だったんだな?」
「いいえ、それは途中からで、私とアストレイ様は半日一緒に過ごしておりました」
シャンイの思いもよらぬ言葉に、シュナイゼル、メイドたちの間になんとも言えない微妙な空気が流れた。ジャネットとアイルは二人の様子を心臓が止まるような思いで見つめていた。
(そういえば俺も二人きりで何をしていたのかは知らない…)
ジャネットは血の気が引いていくような眩暈がした。
「…けれど」
シャンイは口を開くと同時にシスリーに歩み寄ると、無言のまま立ち尽くすシスリーの腕を捕らえると、つかつかとエントランスを抜けて階段を昇って行った。
「え?!あ…おい、シャンイ?!」
シスリーは我に返ると、抵抗もせずその後についていった。
二人を呆然と見送るメイドたちとシュナイゼルだったが、何かを察したジャネットとアイルは、二人で目配せをしあうと、そろってこう告げた。
「しばらくこれからあのお二人に近づかないように!」
「用があるまで最上階には立ち入り禁止!」
そんな二人の様子をシュナイゼルは微笑みながら見ていた。
「…さあ、各々仕事に戻るように。」
(やれやれ、世話の焼ける主たちだ)
シャンイは、三階の奥にある一番日当たりの良い彼の部屋の前に立ち、扉を開くとくるりと振り返り有無を言わさずシスリーを壁際に追いやった。
至近距離で向かい合う姿勢になった二人だったが、身長差も相まって下からにらみつけるようなシャンイの迫力にシスリーは圧倒された。
「今から私が話すことを聞いてください!」
「わ、わか…」
「私、シスのお兄様にかなりときめいてしまいました!!」
「……え アストレイ、のことか?」
思っていたことと違うことを言われ、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
辛うじて口から出た自分の言葉にシスリーは動揺した。
「…それで」それだけ言うと、ふっと横を向き、彼女の視線を避ける。
横を向いたシスリーの顔をシャンイはぐいっとこちらに向けると、再び二人の視線は交わった。
「でも、あの方が気高い覚悟の元に、私をこうして貴方の元に返してくださいました」
「シャンイ…」
「…ごめんなさい…」
掠れるような小さな声でそう呟くと、シャンイはそっと手を離した。しかし、逃げようとしたその身体をシスリーがからめとるように抱きしめた。
「その謝罪は誰に対して?俺?それとも兄上?」
「……少しでも揺らいでしまった自分が、一番赦せません」
なおも離れようとするが、その度に強い力で抱きすくめられ、身動きができなくなっていく。
「貴女が自分を赦せなくとも、俺が赦す。……こうして戻ってきてくれたのだから」
「……シス」
シャンイはその背中に両腕を回して力を込めると、それに応えるように額に優しく唇が触れた。そのまま瞼から頬に、そして首筋に少し不器用な口づけが落とされていく。
触れた個所から甘くしびれるような感覚が走り、喘ぐように息が漏れると、その吐息ごと奪われてしまう。二人は互いを確かめ合うように何度も唇を重ね合い、シャンイはその腕に安心して身を預けることができた。
その甘い感触をひとしきり堪能した後、シスリーはつい聞いてしまった。
「それで…その、一線はこえてない、よな?」
「……」
(この状態で聞くことがそれって…)
遠慮がちにそう告げるシスリーがおかしくて、シャンイは少しだけ悪戯したい気持ちに駆られた。
「…試して、みますか?」
「え」
「冗談です。…まったく何も…していないわけではないですけど、さっきのキスで忘れてしまいました。」
本当に少しだけ意地悪をしてやろうと思っただけだったのだが、自分で言った言葉にはっとなり、シャンイは急に恥かしくなってしまった。
(な、何を言ってるのよ私は!!)
「い、今のはわすれて」
突如、自分の身体がふわりと浮き上がった。
抵抗する間もなく抱きかかえられると、シスリーはそのままの状態でどこかに運ばれていく。
「し、シス」
「……試して、いいんだろ?」
低く甘い声にささやかれると何も言えなくなってしまう。
「そ、っういうつもり、じゃ」シャンイはその先に起きることを考えぎゅっと目をつむった。
どすん。
(……?何も、起こらない?)
そおっと瞳を開けると、シスリーはシャンイを抱きかかえたまま長椅子に腰かけていた。
「…何もなかったことくらい、見たらわかるよ」
そういうシスリーの表情からは信頼と…してやったりという感情が見て取れた。
「…何よ、それ…!」
「この俺をからかおうとしたんだから、これくらいは当然だろう」
悔しいやら何やらで、シャンイは自身の顔を両手で覆った。自分が想像したことにも赤面したし、そんなことを考えた自身を呪った。
(私のバカぁ……!)
「でも、貴女が帰ってこないと聞いて、本当に心配した」
ぽつりとそう呟くシスリーは、シャンイの頭を寄せて髪にキスをする。
(本当に、心配させたのよね…)
「図書館で偶然お会いしたんです。…アストレイ様と」
「…図書館?」
「はい。その時に街を視察したいと仰せられて…二人で出かけてきました。」
「…そうか。楽しんでいたか?兄上」
「ええ。二人で遊覧船に乗って…カモメが素敵でした。今度、一緒に行きましょうね」
「‥そうだな。あなたは何を調べていたんだ?調べたいことがあるのなら、力になる」
「…‥」
(言うべき、だろうか?)
シャンイは迷った。自身こと、過去のこと…これから起こりうるかもしれないこと。
(でもきっと、これから)
いまだ婚約の身ではあるものの、いずれはシスリーの妻になる。その時、胸を張っていられたら。そう考え、シャンイはここで、ある決意をした。
「私、あなたに言っていないことがあるんです」
「?」
知らないうちにシスリーの身体が強張った。
「シャンイ…貴女が俺に何か言えないことがあるのは知っていたよ」
「知っていて…ずっと聞かずにいてくれたんですか?」
シスリーの瞳が揺れた。
聞かなかったのではなく、聞けなかったのだと、口に出してしまいたかった。それほど大きな何かを抱えていたのだとしたらなぜ言わない、と。
「ずっと、言葉にしてくれるのを待っていた」
「待ってた…?」
「俺は貴女を愛しているから。…けれども、それは一方的なものかもしれない。貴女が俺を心から信じてくれるその日まで聞かないつもりでいたんだ」
壊れ物を扱うかのようにそっと包み込むそのぬくもりに、シャンイの瞳から涙がこぼれた。
いつだって優しくて、いつだって助けてくれていた。だから甘えて、自分の気持が整理できなくて、気づいていたはずなのに目を閉じていた。
(私は、なんて馬鹿なんだろう。もっと信じればよかった。助けてほしいっていえばよかったのに)
「…シス、ありがとう。私も、やっと気が付きました…これがそう、なんだ」
「シャンイ…?」
そのまま体を寄せ合うと、シスリーはそっとシャンの身体に覆いかぶさる。
が、近づいてくるその口元を両手でふさぐと、シャンイはそろりそろりとその腕から逃れた。
「待って」
「……」
不満そうにこちらを向くシスリーだったが、構わずシャンイは着衣の乱れを整えて、正面から向き直った。
「こ、この続きは、私の話を聞いてからにしてください」
なおも不満そうな表情をしつつも、姿勢を正すと二人は長椅子に並んで座った。
「わかった」
「‥何から話せばいいでしょうか。‥私はシャンイであると同時に前の人生の記憶をそのまま持ち合わせているんです」
あまりに突拍子のない話だったが、シスリーは言うほど驚かなかった。
実はシスリー自身、過去にシャンイについて独自に調べたことがあった。その時浮かび上がった人物像は今の彼女からは想像しにくい部分も多かった。
「前世の記憶…ということか?」
「はい。年代は確認できませんが、過去の菱の国に生きて…おそらく20を超えた辺りである者に殺されました。刺繍もその時代で覚えた特技の名残です」
「‥続けて」
「私の魂はある人物がずっと支配していて…生まれ変わる度にその人物に殺されるということを、かれこれ9度ほど続けているらしいのです」
「9度?!」
信じがたいその話に、シスリーは笑うでもなくただ黙って聞いていた。
「私が持っているのは前世の『フェイ』という名の時代の記憶。その前のことは…さすがにわかりませんが、朧気に私の心が覚えています」
「ちなみに、今世でも…貴女はその人物に狙われているのか?」
シスリーの質問に、シャンイは即答できなかった。
確信があるわけでもないし、可能性の話をしていいいのかどうか迷った。
「円環…というそうです。それが呪いの類なのか、魔術の類なのかわかりませんが…今世で、既に私を『フェイ』と呼ぶ人に出会ってしまいました」
「‥それは誰?俺の知っているものだろうか?」
シャンイは意を決してその名前を告げた。
「ディアトル・エサルエス様…サファイアの瞳の悪魔です。」
承の「告白」部分の答え合わせ?な感じです。転部分は今週中で終わらせる予定です。




