胸を焦がすほどの
「さて、そろそろ入室してもいいじゃないかな?」
アストレイはそう言って部屋の入り口の扉を開くと、ジャネットとキリエが現れた。
「えーと…こ、こんばんはぁ!!!」
場の雰囲気をぶち壊すような能天気な明るい声が聞こえた。あまりに思いもよらない人物たちがそろっていたため、シャンイは驚いた。
「?!ジャネットにキリエ?!」
「お嬢!無事ですか?」
悪戯っぽく微笑むアストレイを一瞥し、ジャネットは駆け寄ると、自分のジャケットを脱いでかぶせた。
「見つかってしまったようだね」
「殿下とはいえ、度が過ぎるでしょう」
「…そうだね、反省している」
両手をあげて笑うのだが、その笑顔はどこかもの悲しさをたたえていた。状況から色々と察することは出来たので、ジャネットもそれ以上は何も言わなかった。
「ジャネット…」
「すみません、俺がもっとしっかりしていれば」
「う、ううん。私こそ…」
「はいはーい!殿方の皆さまは私がとった部屋の方へお戻りいただけますかーー?」
キリエは元気よく手をたたくと、二人の男性を追い出した。
「え?!あ、ちょ…ジルニード嬢」
「‥そうだね。行こうかジャネット君。君は酒は飲めるかな?」
「はい?そ、そりゃのめますけ…ど?!」
ずるずるとジャネットを引きずりながら去ってゆくアストレイの後姿が完全に見えなくなると、キリエは扉の鍵を閉めた。
「よし!これで邪魔ものはご退散願いましたわ。」
ふふん、と得意げにキリエが笑って見せた。
「‥キリエったら」
「シャンイ様、大丈夫ですか?怖い思いをしませんでしたか?」
気づかわし気に顔を覗き込むキリエに、シャンイは心底安堵し、身体の力が抜けていくのを感じた。長椅子に座り込むと、ゆっくりと息を吐いた。
「大丈夫…でも、キリエが来てくれてよかった」
(そうじゃないと…あのまま、私)
キリエはそのまま備え付けのカウンタ―にある棚から一本のワインを取り出した。
「ふむふむ、中々の銘柄ね。よし!!今日は二人きりの女子会と洒落こみましょう!!」
「…うん、ありがとう」
グラスに透き通った白ワインが注がれると、シャンイは間髪入れずに一気に飲み干した。あまりに言い飲みっぷりにキリエは自分のグラスに注ぐのを忘れてしまった。
「……はあ」
「…あの、シャンイ様?」
空になったグラスを再び満たすと、まるで水を飲むようにごくごくと飲んでいく。顔色が変わるでもなく、酒に酔うわけでもなく、淡々とグラスに淹れては飲むを繰り返すシャンイを見て、キリエは軽い恐怖を抱いた。
「あのー…お強い、んですね」
「はじめてってわけではなかったの。シスとだってしたし、別に嫌じゃなかったわ。でも、あと少しで流されるところだった」
うなだれるようにテーブルに顔を伏せるシャンイを見ながら、彼女が語る話をキリエは黙々と少ない情報を拾いながら聞いていた。一体、彼女は何について語っているのだろうか?
(するって何を?ん?でもシスリー様の名前が出てくるということは…そ、そういうことかしら?)
「…ねえ、キリエ。愛って何?恋するってどういう感じ?」
「はぃ?!ど、どうしたんですか。本当に何があったんです?」
「私は…自分はシスが好きなんだって思ってたわ。でも好きって何?ドキドキするとかそういうのはまた別のものなの?!」
「ドキドキ…って、アストレイ様と何があったんです」
目が据わっているわけでない。酒にもよっている様子もない。顔に出ないだけの可能性も考えたが、シャンイはいたって正気だと思われる。
「‥キスをされたのよ。それも、強引に」
「つ、つまりは婚約者がいる身で、ときめいてしまったということ…でしょうか?」
「あと一歩で…ながされてしまうところだった…」
「な、ながされ」
力なく頷くシャンイを横目に、乏しい恋愛の知識をフル活用してキリエは考えた。だがいくら考えた所で未知の領域にも近いこの情報戦に対抗する策は見当たらない。
(だめだ!!私ってばそういうのとは無縁だったのよね?!どうしようなんて言えば…)
こんなことならもっと恋愛小説でも読んでおくべきだったか?キリエは今後の後学のために知識として取り入れることを決意した。
「…っあの!!アストレイ様って、お城ですんごい人気あるんです!!!」
「…え?」
「なんというか、あの容姿にあの性格にあの顔でしかも王子様でしょ?!シス様もお綺麗な顔でいらっしゃいますけど、あれは遠くから見ているだけで十分だし、関わろうとしたら恐らく強靭な精神力が必要だと思うんです!!」
「…シスはシスで味があって面白いと思うのだけど…」
「そんなこと言うのは…多分、シャンイ様だけですって…」
シャンイの反応を無視してキリエは力説する。
「とにかく!その点アストレイ殿下は気安いし、応対も紳士的…そんな完璧人間に迫られたら、どんな美女でもときめかないはずがないんです!!!だから!!シャンイ様は正常ですっ!!!」
バシッと謎に説得力があり、かつ明快な答えにシャンイは目を丸くした。
「す、すごく説得力あります…それ」
「ちなみに、恋ってのは…見てるだけじゃ嫌で、どんな手を使ってでもお近づきになって、彼の役に少しでもたちたい!って思ったり、意地悪したくなったりすることかな…て思います!!」
言いながら、キリエの顔の方が真っ赤になってしまう、誤魔化すように赤ワインをぐいッと飲み干した。すると途端に目がトロン、となり…キリエは真っ赤になって頬杖を突いた。
「…でもぉ、恋にしたって愛にしたって…彼の傍に居たいなあって、想うのが好きってことですぅ!…ねえ、どうやったら振り向いてくれますか?シャンイ様の護衛の彼」
「え?今までの話…ジャネットのことだったの?!」
「そーなんですーう。んもー超好みです、あの顔もあの筋肉もぉ…!一目ぼれなんですぅ~えへへへへ」
(き、筋肉…?ていうか、衝撃発言だわ…!)
「えっと、もしかして今日であったばかり?!」
「神様からくれたチャンスをモノにしましたぁ!協力してくださいね~?」
キリエはすっかりと酔っぱらっている。女子会とはどういうものかわからないが、これで正解なのだろうか?とりあえず空いたグラスにワインが尽きないように満たしていく。
「き、協力、ねえ…もちろんするわ。えっと、二人の出会いは?」
「えへへへー!きーてくださいねーえ!」
それからキリエの要領を得ない長話が始まった。けれどもその他愛のない話は気が紛れて、シャンイにとっては何よりも励まされたのである。
その頃‥隣のVIPルームでもまた、酒盛りが始まっていた。
観光地ともなると、必ず飛び込みで急に入る貴族に向けて、専用の部屋が必ず併設されているものである。今宵に至ってはエサルエスを動かす名のある身分の人間が二組も泊まることとなり、ホテル内はてんやわんやだった。
とりあえずはありったけの最高級のワインやウィスキーが運ばれてきた。
「まさかこんな特級品の酒をこんな場所で飲める日が来るとは……」
「光栄に思いたまえ、ジャネット君」
そう言いながらグラスにワインが注がれていく。さすが、ご貴族様御用足しのワインは味が違う。下町で安く飲める酒とは全く別物で、その芳醇な香りをかみしめながら飲んでいた。
「一応、確認ですけど。…うちのシャンイ様の貞操は守られていますよね?」
「はは、貞操ねえ。守られていなければ、今君とこうして呑んではいないかな」
と、言うことは。そういう展開もあり得たのか、と思うと…アストレイの理性に敬意を払うべきだろう。
「つまりはこれはやけ酒、ということでしょうか?」
「…そうなるのかな」
(い、意外に傷は深そうだ…下手なことを言わなければよかった…)
ジャネットは心の中で謝罪した。
「…えっと、ご兄弟は仲がよろしいですね。ディアトル様は別みたいですけど」
「…ディアトルか。変わったよ、彼は」
アストレイがゆっくりと言った。
「人間はある程度の時間があれば変化するだろう。けど、奴は例外だ」
「例外?」
「ある日を境に急に変わった。今では本当に何を考えているの全くわからない」
グラスの入った氷を揺らしながらため息をついた。
「まるで別の誰かが乗り移ったみたいだ。今のあいつは何をしでかすかわからない」
「そこまで…ですか」
(シャンイ様もロレンスと似たような会話をしていたな)
「ジャネット君。君は口が固いか?」
「従者の役割の半分は秘密を守ることですから」
「……王妃の懐妊の話は聞いているだろう?」
「はい」
「あれは実は私の子供ではない」
「ぶっ?!」
(――この人は何を言い出すんだ?!)
ジャネットは閉口した。予想をはるかに斜め上に行く発言のため、すぐには反応できなかった。
「そ、そんな国家機密聞きたくはないです!」
正直に言うと、今から紡がれる話を耳に入れたくない。耳栓でもないものか。頭を抱えるジャネットをよそに、アストレイは淡々と語りだした。
「いや、恐らく君の将来に関わることだ。出会って一日目だが、君は忠義者だし、身体の使い方、身のこなしをみる限り戦闘能力も高そうだ。さすがシスが大事な姫君を任せるだけはある」
誉められて悪い気はしないものの、護衛の真の理由を鑑みると複雑だった。
(いや、名目上の監視だと思う。あの人心配症だし)
もっとも、今の状況から考えると、シスの判断は正しかったといえるだろう。
「それより俺の将来って?」
「君は未来、皇后陛下の懐刀になりえる」
「未来のって…別にオフェーリア様の元に仕える気はさらさらありませんけど」
「違うよ。シスリーの妻は生涯シャンイ一人だろう?きっと。……もう一人妾でもつけようものなら、シャンイの身は私が預かる」
冗談とも本気とも判断のつかない発言なのでそこは聞き流し、ジャネットは自分に言い聞かせた。
(他人の恋愛事には関わらない、調べない!)
「えーとつまりは?」
「私は生まれてくる子供にも、ディアトルにも時期継承権を指名するつもりはない」
それを聞いて、ジャネットは持っているグラスを落としそうになったのだった。




