我思う、ゆえに我あり
「シスリー様」
邸に戻ると、玄関先でシュナイゼルが迎えてくれた。しかし表情はどこか神妙で、その手には書類を持っていた。
「何かわかったか?」
「はい。かねてからシスリー様のご要望の通り、情報が整いました」
張り詰めた空気に横にいたゲイヴリルとミカエラは顔を見合わせた。後ろに控えていたロレンスはどこか嬉しそうに、にやりと笑った。
「あの、私たちは席を外し」
「いや、この件に関しては、俺よりもあなた方の方が有益になるだろう。‥場所を移そうか」
そう言って応接間に行く主人を見送ると、後から続く従者のアイルを呼び止めた。なるべくひっそりと、姿勢を低くして耳打ちする。
「シャンイ様が出かけたきり帰ってこない。」
「そ、それは。ジャネットは?」
「ジャネットも一緒だから大丈夫だと思うのだが…、無用な心配をさせられないから、今は黙っておけ。夕刻までに進展がなかったら私の方から伝えよう」
「わ。わかりました」
(この判断が正しいかどうかはわからないが、そこまで騒ぎ立てるほどではないはず)
シュナイゼルは窓の方を見やると、どうやら雲行きが怪しい。
「風邪など召されなければいいのだが」
応接間にて、二人がソファーに腰かけるのを認めると、人払いをしたうえでシスリーはテーブルに書類を並べた。唯一のドアの前にはロレンスがもたれかかっていた。
「これは、とあるエサルエス王族関係者がここ数か月で購入した装飾品から日用品、等々記載したリストだ。」
「…?この方は随分とアクセサリやドレスやらにお金をかける方のようだね。‥ていうか、こんなのどうやって入手したの?」
「知り合いに物流と商売に明るい者がいる。それを短期間ではあるが、ひと月分まとめ上げたものだ」
ちらりとシスリーがロレンスを見やると、軽く頷いた。
一枚一枚見分するようにミカエラが確認していくと、ある一つの品物に目が行く
「…この紅玉を使用した黄金細工の装飾品一覧…あり得ない。ここ数か月とはいえ、ヴァルカンクの紅玉なんて王家御用達の一品中の一品です。ましてや、黄金なんて!どちらも値段は高騰しており、数も希少です。それがどうしてエサルエスの王族がお持ちなんですか?」
「実物を見たが、それはそれはきらびやかな手のひらサイズの大きな紅玉だった。」
それはディアトル主催の舞踏会の日に、カルメンタ妃が首にかけていた首飾りだった。
あの時、レシアの指摘通り出所を追っていくと不可思議な点が見えてきたのだ。もともと赤を好む彼女は、身に着けるアクセサリが華やかで有名だ、舞踏会では常に中心にいるのだが、その宝飾品をどこで買ったのかは決して教えなかったそうだ。
「ある業者に頻繁に購入しているらしいのだが、その業者から仕入れたものは全て安価なくせに質のいいものが多かった。しかし、その業者だがすこぶる評判が悪く、調べたら菱に大量に銃を売りさばいていた業者と同じだった。」
アルヴェール商会はエサルエス周辺の国や地域に絶大な影響力を持っている。彼らの協力を仰げば大抵の流通経路や出所、仲介業社の規模や人員まで丸わかりだった。
シスリーにはそれ以外に港の事情に強い知り合いやつながりも多く、意外なほどに情報はすぐに集めることができた。
「そんなに評判の悪い業者がどうしてそんなに質のいいものを保有しているんだ?もしかして、盗賊とか海賊とか…そういう後ろ暗いところからの入手とか?」
冗談半分、本気半分でゲイヴリルがそういうと、シスリーはそれを肯定した。
「その通り。出所は調べる限りヴァルカンクの南部地方からのものだった」
「南部地方、というと、反組織の力が強い場所」
「その南部地方では紅玉がよくとれるのか?」
「‥いや、本当に紅玉の原石自体そう多くはないし、ある程度の大きさや良質のものは国に報告する義務がある。もし本当にその紅玉が本物なら、少なくともこの価格では絶対に取引は行われないはず」
ミカエラが持つ書類には価格と販売先全てが記載されているものだった。
「高価なものを安価で売りさばくなんて、偽物とか?それとも何かしら見返りがあるからかな?」
「…ゲイブリル王女はいい着眼点をお持ちのようだ。悪者の才能がありそうだ」
楽しそうに笑うロレンスに軽くうんざりといった様子でゲイヴリルは笑った。
「それ、一番うれしくないんだけど…」
「事実、私もレシアに帳簿を見せてもらいはしたが、紅玉の取引はほぼある一点に集中している。お察しの通り、第二王子ディアトルのカルメンタ妃の装飾品だな。アルヴェール商会でも少数ではあるが、紅玉の取引はしているものの、あまりに高額なうえで希少すぎて誰にも売れずに残っている」
社交界では、パーティーがある度どこぞのドレスが美しかったとか、装飾品がどうとかのはやりすたりのようなものが生まれる。その中でも紅玉はカルメンタ妃のシンボルと化しているのだった。
レシア曰く『社交界で希少なモノを見つければそれだけ注目度も集まるし、貴族がこぞってどんな手をつかってでも入手しようと躍起になるから、追随を許さない一点物が一つでもあれば、その社交界ではトレンドを意味する。それが私たちにとっては商売時よね』
(ほんと、我が妹ながら末恐ろしいやつ・・)ロレンスはなんとなく遠い目をしてしまった。
「見返り、というと、もしかして菱の仲介…とか?夫が外交官であれば、それだけ菱国とのつながりも強くなる」
「ああ、外国からの流通の一切を取り仕切るのはディアトルの管轄だ。菱へのルートを開いたのは奴の仕事だからな。」
「つまりは南部の掌握に伴い、同時に争いの混乱で得た報酬や盗品、不正に入手したものを、エサルエスの何かしらの情報や流通と引き換えに安価で横流ししていたってこと?・・何それ、そのお后様、正気?」
「あくまで可能性の話だ。…あとは直接本人に聞けばいいことだ」
そう言った時のシスリーの顔は底冷えするほど冷めた表情だった。その迫力にゲイヴリルは少しだけ怯えてしまう。
「さて、二人とも。大規模だろうと小規模だろうと戦争が起こるのはなぜだと思う?」
突然のシスリーの言葉に、ミカエラとゲイヴリルは互いに顔を見合わせた。
「互いが気に入らない、とか…そういう感情的なモノじゃないよね。政治的な理由だったり、経済的な影響だったり、自分たちの主張をしたいから?」
慎重に答えたゲイヴリルだったが、ミカエラはしばらく考え込んでから告げた。
「もしかして…武器を売る人間がいるから?戦うのは人間だ。でも丸腰では戦えないから武器や人員を補充する。それにはすべてお金が発生する…大多数の人間は戦って報酬を得るんだから、無償で戦う連中がいるとしたらそれは」
それ以上は口をつぐんだ。隣のゲイヴリルは怪訝そうにミカエラを見つめていた。
「‥途中で言うのやめないでよ。気になるじゃない」
「ミカエラ王女。…そこが貴女とミカエラが決定的に違う個所なんだ」
ゲイヴリルはむっとした。
自分とミカエラはずっと同じ教育を受けてきたはずだ。なのにどこか違うというのだろう?
しばらくの後、ふっとため息をついてミカエラは告げた。
「無償で戦うもの…それはすなわち、金を搾取する側と奪われる側が分断されてできた溝に沈んだものたち、力なき民衆たちだ」
ミカエラの言葉にゲイヴリルは絶句してしまった。
(そんな風に…考えたことなかった。感情とか、個人の持つものではなくて、もっと大きな流れがあるなんて…いつの間に?ミカエラ)
隣のミカエラはいつもの弱弱しい表情ではなく、しっかりとした表情に見えた。
同じときを過ごし、同じものを見てきたはずだった。なのに、今はもう別の人間を見ているみたいだ、と思うと、胸の奥が苦くて、押しつぶされそうだった。
「…はは、なるほど。もしかして、シスリー王子が言ってたのって、これ?」
「貴女は優しすぎるんだろう、ゲイヴリル王女」
「ゲイヴ?」
不安そうに見つめるミカエラを、ゲイヴリルは力いっぱい抱きしめた。
「‥ミカ。もうミカは立派な王子様だ。僕はそろそろ、私に戻ることにする」
「え?それって」
「私は今のミカエラみたいな答えは出せなかったよ。君の意見は視野も広くて、感情的じゃない。きっと王様の器なんだ…私みたいな付け焼刃じゃなくて、本物の ヴァルカンクの未来の国王陛下」
ゲイヴリルの言葉に、びくっと肩を震わせた。
「わ、私は…」
「ミカエラは強いんだ!武器だって銃だって私なんかよりもずっとずーーっと使いこなしてる!いつまでうじうじしてるのさ!!もっと自信持ってよ!!私には絶対にできないこと、君は出来るんだよ!!知ってた?!私がいっつもどんな気持ちで見ていたか!!敵わないんだよ!どうしたって絶対!!」
「ゲイヴリル…」
ゲイヴリルは自分がこんなことをいうなんてらしくないって思う。
でも、本当の自分てこうなんだって思ったりもするのだ。これが、きっと自分で自分を認めるということなのかもしれない。
(私は本当はあまり強くなんてなくて、ミカの事情を言い訳に逃げてたんだ。自分は特別なんかじゃないって認めるのは嫌だった)
知らないうちにぼろぼろと大粒の涙がこぼれてきた。
「そういうわけだから!!存分に考えなさい!!ミカエラ・ロム・ゼスキア!!!!」
「うぉ?!」
ぐいっと涙をぬぐうと、扉に立つロレンスを押しのけて外に向かって走り出した。
「一応命を狙われているってわかってるのか。全く…ロレンス卿、彼を頼みます」
呆然と立ち尽くすミカエラを横目に、ため息をつきながらシスリーが追いかけた。
「やれやれ。…ミカエラ王子、彼女が泣いている理由、お分かりですよね?」
「…私は。いいえ、僕はずっとゲイヴに甘えっぱなしだったんですね…」
満点の星空の中をゲイヴリルは全速力で走り出した。走って、走って…そろそろ限界が近付いた頃、その場に座り込んだ。
「…っっく……うわあああん!!!」
ミカエラはその場で思いっきり声を出して泣いた。これが悔し涙なのか、悲しい涙なのか、嬉しい涙なのか・・それすらよくわからなかった。
ただ声をあげて泣いたのは本当に久しぶりで、ひとしきり泣いた後空を見上げた。
空には満点の星空で、無数の星が天に瞬いている。
「…きれー……手を伸ばせば届きそう」
「星には寿命があるらしいが、それは俺たちには想像できないくらい長い時間だそうだ」
「?!!」
思わず心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。
恐る恐る後ろを振り返ると、少し離れた場所でシスリ―が立っていた。
「ちょ、ちょっと、盗み見?!…うわあ、どこからいたの」
「最初から。随分とたくましい泣き方だった」
「い、いきなり素敵なレディーになんてなれませんよーだ」
ふいっとそっぽを向くと、シスリーはゲイヴリルの近くまで来ると頭を撫でた。
「よく頑張って言い切ったな」
「……っ」
その一言が嬉しくて、同時に切なくて。ゲイヴリルはシスリーの腕に飛び込んで…また泣いてしまったのだった。




