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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
第三章・「転」 必然という名の運命

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選んだもの、選ばれなかったもの


「へえ、水上から見る景色というのもなかなかに面白いものだ」


隣に立つアストレイことブライトはこちらを物珍しそうに見て手を振る少年に笑顔で答えていた。

船は運河の合間を縫って進んでいく。手近にあったパンフレットを見ると、どうやら運河を北に抜け、そのまま港に出た後、この辺りをぐるりと回る航路のようだった。


「なるほど、港を出た後は近海にあるセイレン島に降りて自由行動の時間があるみたいだね。」

「セイレン島…何かいわれのある場所なんでしょうか」

「いわれというか、エサルエスきってのデートスポットですよ!」


 ぎょっとして振り向くと、後ろに女性のツアーガイドが目をキラキラにして微笑んでいた。


「…あの、どちら様?」

「私はこの船の観光案内人をしております、ジャンヌと申します。…おふたりとも滑り込みでこられたでしょう?従者を振り切っての駆け込み乗船……なんだかロマンスがはじまりそうなシチュエーションだったもので」

「ろまんす…」


 唖然とするシャンイの横で、ブライトは必死に笑いをこらえているようだった。


「ちょ。ちょっとブライト!笑いすぎです!!」

「いや、光栄だな。どうだい、このまま私に乗り換える気はないかい?身分も地位も申し分ない優良物件だよ」

「物件て…冗談にもほどがあります!!もう!!」

「それは残念。ジャンヌさん、この船に売店などはあるのかな?」


 ブライトがきくと、ジャンヌは嬉々として船内の説明を始めた。一通り説明が終わると、今度は船の歴史にまで話が盛り上がりそうになったので、丁重にお断りを入れてその場を後にした。

 売店には様々な種類のお土産が並んでいた。お菓子や、工芸品、アクセサリがずらりと並ぶ中、最も注目を集めていたのは、色とりどりの生地で作られたウサギのぬいぐるみだった。


「かわいい…」

「それが欲しいのかい?」

「あ、いいえ。こういうのは見ているだけで十分です」


 バッサリと切り捨てるような返答に、ブライトはすこし面食らった様子だった。


「…では、どんなものが?やはり黒魔術系とか?」

「ど、どうしてそうなるんですか。」

「いや、図書館でもそういった本を探していたようだし…違うのかい?」


 ブライトは少しからかうように歯を見せて笑った。屈託のないその笑顔は、なんとなくしょうがないなと思わせるようなもので、全く曲者である。


「うーん、なんというか…可愛いものも、アクセサリは確かにそこまで好きでもにないし…と、なると」

「どれが好き?」

「そうですね…これかな?」


少し迷ってからシャンイが選んだのは、革ひもで括られた円形の翡翠の石に丸い穴の開いたお守りだった。石の種類も値段も様々で、中にはとても高価なものもあった。


「ふむ、やはり魔術道具か」

「ち、違いますってば。あ、アメジストのものもありますね」

「ああ、本当だ。…それと」


 石によって形状が異なるようで、アメジストのお守りは少し小さかった。その隣にある大きめの石を手に取ると、ブライトはそれを光に充てると…陽光を通して、薄い緑色の光が煌めいた。


「あ!綺麗…」

「翡翠…か。君の瞳の色だね、すまない、それを一つ貰えるかな?それと、こちらの方も」

「え?購入されるんですか?誰かにお土産?」

「…お土産、ねえ。では、どうぞ。」


 ひょいとブライトがシャンイに手渡したのは、翡翠の石ではなくアメジストの石だった。


「え?」

「自分の瞳の色の石をお守りに持つなんてありえないだろう?だから君はこちらの方。私は翡翠のほうを持つとしようか」


予想外の行動にシャンイは戸惑いを隠せなかった。いや、待っておそろい?!

この王子殿下はなんてことを言いだすんだろうか。断るわけにもいかずにかといって喜ぶ、というのも何か違う気がするので、お守りとブライトを交互に見つめた。


「紫水晶は魔除けで翡翠は幸運を呼ぶそうだ。私達にはちょうどいいと思わないかい?」

「ちょ。ちょうどいいですか?」

「…ほんとう、嫌になるくらいにね」


 何気なく最後に呟いた時のブライトの表情は逆光でよく見えない。だが、すぐさまそれはさっと笑顔に変わりこちらを振り向いた。


「セイレン島についたようだ。行こう」


 **


セイレン島よりやや離れた海面上にて。

上を疾走する一艘の小型の船があった。その速さは帆船に負けるとも劣らず、周囲の大型船の脇を軽軽と越えていく。


「あのー、これはどういうことです?!」

「え?なーに?聞こえないわーー!!」


キリエは運転席に座り、ハンドルを握っている。どうやら最新の技術で開発された小型船で、従来のものとは異なる燃料で走っているらしい。速さはピカイチだが、いかんせん燃料の消費が激しいのが玉にきずである。


「さっきからどこに向かって走ってます?!絶対これ迷ってんじゃないんですか!!!」

「えーとお…そ、そんなことないわよーー!」


 あの後、どこからかこの二人乗りの小型船が船着き場に定着すると、さっそく乗り込んだわけなのだが、キリエの信頼できるんだか何だかよくわからない運転に振り回されっぱなしである。しかも風が吹けばがたがた揺れるわ跳ねるわで、ジャネットは不本意ながら何度も恐怖を感じてしまった。


(まずい!!これはどこかに上陸させるか何とかしないと、俺が死ぬ!!)


 どうしてあの時このキリエという女性を頼ってしまったものか、自分の選択に心の底から後悔した。彼女を信じてみたものの、遊覧船とはまったく逆の方向にかじを切られてしまい、完全に見失ってしまった。


「ちょ、ちょっと!いったんどこかに上陸しましょうって!!あなたと心中とかごめんですよ俺は!!」

「えー?もう?」


 悪気がないのは分かるが、心底がっかりしたようなその声に、ジャネットのイライラは頂点に達した。


「早くあそこの島でいいから止まれっていってんだろ!!!!!」


 ***


セイレン島に降り立つと、そこはだだっ広い空間の小さな公園になっていた。ただ、観光地としてはそれなりに有名なもので、少し歩くと近くに小規模ではあるが、宿屋やレストランなどが立ち並ぶ小さな町もあった。

この公園がデートスポットと呼ばれる理由は、海の水平線上に融けるように沈む夕日にあるようだ。今の季節では、あと一時間ほどで日が沈み始める。


「なるほど、出航のタイミングと日が沈む時間がちょうどいいんですね」


 公園とは名ばかりのだだっ広い空間なので、足元はそれほど整備はされていなかった。ほぼ砂場に石があるような状態で、時折砂に足を取られてしまう。


(うう、ヒールが砂に沈むから歩きづらい)


「シャンイ」


ブライトが手を差し出すと、縋るようにその手をしっかりとつかむ。そのままゆっくりと歩き出すと、ようやく石が少ない場所までたどり着いた。


「あの、そろそろ手を放していただいても…」


 シャンイの言葉には目もくれず、ブライトはその手を更に強く握った。


「君は、このセイレン島の由来を知っているかい?」

「…由来?」

「ここはかつて、エサルエスの名前になる以前の国…【エスター】の王都があった場所だそうだ」


 エサルエス王国というのはここ数十年で構築された王国で、それ以前は異なる名前の王国だった。あまりにも続く貴族同士の凄惨な動乱のせいで民も大地も疲弊し、この地にはどんな強靭な植物でも根を張ることができずに枯れてしまう不毛の地となってしまい、おのずと国もなくなった。


「動乱の原因は王位の継承をかけた兄弟同士の殺し合いだといわれている。王都があったこの場所ではあまりにも多くの人間の血を大地が吸い取ったせいで植物が育たなくといわれるほど激しい争いだったらしい」


その戦いの決着は実に簡単で、シンプルなものだった。

続く戦いに疲れ果てた兄弟二人とも、あっけなく病に倒れてしまったそうだ。結局王を望むどちらもその王冠を手に入れられずに、一番何も望まなかった三番目の王子の元に王冠が転がり込んだ。

王子はそれを戒めとし、国の名前も都の場所もすべて変えてしまった。


「長男と次男がいつまでも戦いを続けているのを呆れて、三番目の王子は双方の兄の味方の申し出を断る選択をしたおかげで、民も国も救われたんだそうだ。もし、そのどちらかを選んでしまっていたのなら…戦いは別の形で終わったのかもしれないな。」


「…アストレイ殿下なら、どの道を選びましたか?」


「そうまでして争そわないと得られぬというのなら、喜んで身を引くだろうし、王位もすべて他者にくれてやる。……生きることは選択することだから」


彼の瞳に強い光が見えた。空を見ると徐々に太陽が沈みだし、周りを赤く染めていく。

ただ静かにそこに立つその姿は、まるでこの世界にたった一人で存在するかのように静寂で、夕焼けの赤い光に消えてしまいそうだった。

シャンイはその姿をなんとなく見て居られなくなり、目を伏せた。


「‥迷ったりしないんですか?選んだあと、それが本当に正しいのかどうか。もし、間違っていたら」

「立ち止まって、選択の余地を失うよりもよほどいいと思う。少なくとも、それは自分の意思だろう?ならば後悔するよりもそれをどう発展させるかを考えればいい」


アストレイはじっと探るようにシャンイを見つめた。

あまりに強い視線に耐えかねて下を向いてしまうのだが、それは頬に添えられた手で上向きにされてしまう。


「……もし、万が一。君が最初に出会ったのがシスではなく、私だったらどうなっただろう?」


 シャンイがその問いに答える間もなく、アストレイはその身体を抱き寄せた。




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