秘密
わかっていたはずだった。必ずこういうときが来るって。
肯定もできず、かといって否定もできずその場に立ち尽くしていると、ロレンスはふっと笑った。
「困らせるつもりはなかったんだが、そこは否定して欲しかったかな。きみは何者だい?妹ではないが、かといって他人でもないのだろう?」
「わた、しは」
シャンイは戸惑いを隠せない。
嘘はいいたくはないけれども、かといってこの事実をどうやって説明すればいいのだろう?自分でさえも状況の全てを把握しているわけではないのに。
けれど、ずっとひっかかっていることがある。
自分がどんなにそのつもりがなくとも、結局自分は彼らの知っているシャンイ・アルヴェールではないのだ。所詮自分は彼女の振りをしているだけの別人に過ぎないのではないか?
どんなに、彼女と同意の元の言動だとしても、私は私で彼女は彼女にしかなりえない。
そして、今の自分にはひとつだけどれにも譲れないものがある。
(…私はシスリーと共にいたいということ。できるなら最後のその一瞬まで、同じ時間の場所にいたい)
「泣かないでくれ。君を責めるつもりはなかった。……参ったな。泣き顔も同じなものだから、本当に困る」
「いいえ、いいえ。ごめんなさい、ごめんなさい!私にはこの事実を否定できないんです。だって私はシャンイだけどシャンイではないんだから」
「そうか。いや、すまない…だが。すまん私にもすぐには飲み込めん事実だ。今日はこれで、失礼する」
ロレンスはそういうと、自分の上着を脱いでシャンイに被せた
うなだれるシャンイをロレンスは何度も振り返り、その場から立ち去った、
その様子をジャネットは柱の影から見つめていた。
(お嬢はお嬢だけど、シャンイ・アルヴェールではない、か。)
次の日のこと---—
「おっはよーございまーす、お嬢!て、ひどい顔ですよ」
「うん、そうね。ごめん、今日は少し体調がよくないみたい」
あのあと、シャンイは眠れなかった。
眠りたくても、あらゆることが頭の中をぐるぐるかき回し眠ることはできないし、考えは暗い方に苦しい方に流れていく。
(ためだわ、こんな場合ではないのに)シャンイは気を取り直して身支度を済ませると、玄関先ではシスリーがすでに身支度を整えて出かけるところだった。
「おはよう、シャンイ」
「おはようございます。もうお出かけになるんですか?」
シスリーの朝は早い。
もちろん中庭に咲き誇る薔薇の世話をしているための早起きなのだが、いつもならこの時間は食堂でくつろいでいる時間帯なはずだった。
「ああ、起こしてしまったか。…どうした?顔色が良くないようだが」
「あ、大丈夫です。少し眠れなくて」
シャンイが言い終えるよりまえに、シスリーはシャンイの顎をひょいと上げた
「目が赤い。泣いたのか?」
「え?!い、いえた、体調が悪いからでしょうか?!」
尚も心配そうにじっと見つめるシスリー。
「ははは、朝っぱらから熱烈ですなぁ、婿どの!」
「!!」
「ロ、ロレンス卿」
昨晩の出来事を思い出し、顔に出すまいと構えるシャンイだったが、それはあえなくロレンス本人に看破されてしまった
「おはよう、シャンイ」
「あ、お おはようございます、えっと、ロ、ロレンスさ」
「こらこら。お兄様、だろう?」
ポン、と優しく頭を叩くと、またシャンイは泣きそうになってしまった。
「…はい」
「シャンイ、今日は無理しないで休んだらどうだ?貴女が心配するような事態は俺が起こさせない。これは、信頼して欲しい」
「本当に?無茶したら許しませんからね。」
「‥逆にどうしたら信じてもらえるだろうか」
(確かにシスは見た目以上に冷静だし、分をわきまえてるはずだから、大事だとは思うんだけど)
「…とりあえず、けがはしないでくださいね。あなたが何をしようとしているかは詮索しません。あと、むやみにハンカチを他人に渡したらだめですからね!」
「ああ、約束しよう。行ってくる、シャンイも無理はしないように」
シャンイの髪を一筋救うと、軽く口づけする。その仕草にどういう顔をしたものかわからず、目をそらしてしまった。
(うう、やることがいちいち様になりすぎて困る…)
「わ、わかりました。ジャネット、今日は私も休むことにするから、護衛は大丈夫。私のかわりにシスリー様をお願いできる?」
シャンイの言葉に、ジャネットは少し悩んだ素振りを見せた。
「うーん、まだ就任二日目ですし、ここはシャンイ様のお側に仕えるのが当然でしょ?」
わざとらしく大袈裟な素振りでシャンイに一礼をする。隣でシスリーがなにか言おうとしたようだったが、こらえた。
「――頼む、ジャネット」
「仰せのままに」
「わかったわ。でもまだ私は少し部屋で休んでいます。何かあったら必ず呼びますね」
シャンイが一歩下がると、シスリーとロレンスは双子のもとへ歩きだした。
その二人の姿を複雑な気持ちで見送った。
自室にて。
シャンイはシュナイゼルが後学のために、と大量においていった各国の歴史の本を読んでいた。ヴァルカンク、菱それぞれの歴史と文化等々が書かれた本は全てシュナイゼルチョイスで、思った以上にわかりやすく、飽きの来ない逸品ばかりだった。
(なんだか、一人で考える時間って随分久しぶりのように思えるわ)
「へえ。お嬢はこういう本を読むんですね。」
「ジャネット」
(間違えた。一人じゃなかったわね)
「シスについていかなくてよかったの?実はすっごく興味があるんでしょう、銃について」
あのキラキラした目を思い出す。まるで新しいおもちゃを見つけた子供の目だった。
「まあそりゃあ。とはいえ、どうせシスリー様はアレの軍務実用化を考えているはずだし、その内俺のところにも回って来るでしょうし」
「やっぱりそうなのね。」
「まあ、恐らくお嬢には無用な心配をかけたくないんでしょう、一応軍事機密だし。実際巻き込まれかけたでしょう」
中庭の一件を思い出す。邸が安全だと思い込んでいる時点で危機感が足りないように思えるが、ミカエラ王子がいなければどうなっていたことか。今思い出しただけでもぞっとする。
「…そうね。私は自分で身を護る術も持っていないものね」
「だから俺がいるんでしょう?いい加減俺のこと認めてくれません?」
どこかすねたようなジャネットの口調に苦笑してしまう。
(変な感じ。こんなこと言ったら怒るでしょうけど、弟みたい)
「違うわ、ジャネットを信用していないとかそういう話じゃないのよ。なんとなく、戦いそのものがずっと遠くのもののように感じていたんだわ。…シスがそういうこと一切取り仕切る身分になるはずの方なのにね」
今現在、シスリーの地位は軍執務の補佐という役回りである。
アストレイ殿下の即位式が行われるまでの期間限定ではあるが、元々の国王陛下の補佐を務めてたマイルス伯が軍務一切を取り仕切っている状態だ。
「まあ、実感がわかないのは当然のことじゃないです?俺だってあのシスリー様が表舞台に出て、しかもこともあろうか一人の女性にぞっこんになるなんて、ちょっと前までは想像できませんて」
「ぞっこんて」
知らずしらずのうちに頬に熱が集まっていく。すると、ノック音と共にララファが紅茶を持ってきたが、どこかうきうきしたような、妙に上機嫌の様子だった。
「あら、ララ何かいいことでもあった?」
「はい!!さっきいつも荷物を運んでくれる商人さんがいらしたんですけど、どうもアストレイ殿下のお后様がご懐妊されたそうです!!」
「!!!そう、それはおめでたいわね」
「はい!!次はシャンイ様の番ですねって…きゃーーー!!!はずかしーーー!!」
「……あほか」
ひとりでばたばた騒ぐララファをジャネットは冷めた目で見つめた。ちらりとシャンイを見ると、どこか上の空で、騒ぐわけでもなく何か考え込んでいる様子だった。
「お嬢?」
「?あ、ああ。うん、そうね…」
ぎこちなく可もなく不可もない回答で微笑む主の様子に、ジャネットもまた難しい顔をしてしまう。
「……?」
「ララ、私出かけようと思う。」
「はい!!どちらに?」
「王立図書館」




