王子と姫君
「すごい音だな」
「そうだね、それが一番の欠点じゃないかな?」
小柄の体系の割にゲイヴリルは銃に反動や轟音にびくともしない。
「銃は腰が浮いているとすぐに後ろに体全体は引っ張られてしまう。だから下半身に力を入れるんだ。君たちは騎士というやつだよね?剣を構えるだろ。あれと同じだ。体幹はしっかりしているはずだから、きっとすぐ慣れると思うよ。」
「なるほどなあ。確かヴァルカンクの主要武器は弓と短刀だったな。貴方がたならではの武器というわけだ。」
ヴァルカンクは北の山岳地帯にある王国で、崖の上に聳え立つ国である。
エサルエスのような重い鎧や武器は一歩間違えれば崖からの転倒を意味する。もともと狩猟を主とした国柄な為近年は武器の軽量化と小型化に特化していたのだった。
「それに移動手段は君たちと違って馬ではなくてグライダーだから。重たいものをもつとバランスが崩れてしまう。銃は最適ってわけさ。」
「グライダー…飛行凧のことか。あの乗り物は本当に子供まで乗れるのか?」
「そりゃあ、アレがないと山から下りられないでしょう。君たちが子供のころに馬に乗る練習をするように、僕らもグライダーの練習をするんだ。ま、文化の違いってやつだね。君たちエサルエス人は僕らのことを蔑視しているところがあるから、まあ仕方ないけど」
「…そうだな、申し訳ない。できれば俺たちの代でそれを払拭をしたいものだ」
ゲイヴリルに言われた通り腰から下に重点を置いて眼前の的を見据えた。
確かに先ほどよりも反動も少ないし、次の行動になるまでの時間ができる。
「…本当に君は面白い王子様だね。他国の王族の言うことをすんなり聞いちゃうんだからさ」
感心したように、半ば呆れるようにゲイヴリル王子は笑った。
「に、しても。あれ、どういうこと?」
指さす方ではジャネットが銃を連射しているうえにほぼ的に命中している。
「やるなあ!ジャネット君。どこかで習ったことでも?」
ロレンスが感心したように言うと、ジャネットは片手で銃をくるくる回しながらにやりと笑った。
「俺、こう見えて器用なんで。というか、俺はもともとサーカスの投げナイフ専門だったんです」
「はーん、なるほどね。君はいい主に恵まれたな。」
「ロレンス卿からありがたきお言葉。そっくりそのままシスリー様に言ってあげてください」
ジャネットは大げさな手ぶりで丁寧にお辞儀をして見せる。
「うーん、そのなれそめを聞きたいところだが、婿殿は酒は強いのだろうか。」
「あ、あの人にお酒なんて飲ませたら秒で落ちますって…」
ジャネットにとってシスリーは命の恩人でもあり、同時に自分の光のない運命を変えてくれた存在だった。だからこそ、どんなときでもどんな場所でも警戒は怠らない。
「シスリー様、ちょっと厄介な気配を感じます。下がって!!ほかの皆さんも!!」
「?!」
ジャネットの言葉にその場の空気が緊張する。
今シスリー達がいるのは森の自分の邸の敷地内ではあるが、本宅よりもだいぶ離れた森の奥である。
このウォールガーデンパレスは森で囲まれており、主であるシスリ―にもその全域は把握しきれていないのだ。
瞬間、ザっという音とともに獣のマスクをかぶった戦士が4人ほど現れた。
「獣…お前たち、ヴァルカンクのアルビオレ共か!」
ゲイヴリルが叫ぶと、先頭に立っていたリーダー格らしき男が懐から銃を出した。
「白き正常の旗の御許に!!!覚悟なされよゲイヴリル殿下!!!」
「!!!」
半瞬、ゲイヴリルの反応が遅くなった。しかしそれよりも早く、ジャネットの投げナイフが風を切り、戦士の喉元に命中した。
「シスリー様、御前を血で汚すこと、お許しください」
「では私も、右の方は任せてくれたまえ」
「ああ、許す。…ゲイヴリル殿下、あなたはまだ人を殺めたことがないだろう。あのタイミングでためらうのは命取りとなる」
青く生気のない顔でゲイヴリルは力なくうなずいた。
「すまな…い?!」
しかしがくんと、その場に膝をついてしまう。
「!」
とっさにシスリーが抱きかかえて…ある異変に気が付いた。
「…?!…え…」
「…あー…ごめん」
異変とは、ゲイヴリルの胸元に、あるはずのないものが付いているからだった。
「殿下、すみません。奴ら自決しました…」
ジャネットとロレンスが戻ると、場の空気が妙なことに気が付く。
赤い顔をして俯くゲイヴリルとは対照的に青い顔をして正座をしているシスリー…何があったかは知らないが、なにかあったのは確実だった。
「はっはぁーん…もしかしなくても、今気が付いたんですか?」
ロレンスが楽しそうに嫌な笑顔をうかべた。そしてジャネットも同じようにほほ笑んだ。
「ゲイヴリル殿下、性別は女性、ですよね?」
観念したようにゲイヴリルはうなだれた。
「いやだなあもう、みんな気が付いていたのか。…そう、僕は女性だよ。こんな格好しているけどね。」
「‥‥ちょっと待て、貴女が姫君なら王子殿下というのは…!」シスリーの顔色は青を通り越して土気色に代わっていた。
「あー…お察しの通り。ここに居たらまたあいつらが来るかもしれないし、今はミカ達に合流したほうがいいと思うよ。詳細はその後話すから、ね」
「ちょっと待ってください、あの獣の被り物の連中、貴女だけでなくミカエラ王子も狙っているんですか?だとしたらシャンイ様が…!」
慌てて走り出そうとしたジャネットをゲイヴリルが制した。
「そのあたりは多分僕よりミカの方が安全だよ、何せ彼はヴァルカンク最強の狙撃手だから」
「え?ヴァ、ヴァルカンク…最強の狙撃手?!」
「そう。…銃を持たせたら、ミカに勝てる奴は、多分いない」
その頃、シャンイとミカエラは邸の庭園を歩いていた。
「うわあ!こんなにたくさんの薔薇、初めて見ました!!」
目をキラキラ輝かせ、薔薇を見つめながらミカエラは画用紙にペンを走らせる。
「刺繍をするなら模様を決めるために紙に書かないと薔薇はそんなに難しくなく縫えるはずですよ」
「縫えるかな…楽しみです!いいなあ、こんな風に時間がゆっくり流れていて…」
不意に、ミカエラは動きを止めると、突然シャンイを抱きかかえて走り出した。
「へ?!!!」
そのまま柱の陰に入り、ミカエラは自らのスカートを捲し上げてガードルから銃を取り出す。
そのまままるで息を吐くように数発撃ちこんだ。
「きゃあっ!!」シャンイはとっさに耳をふさぐのだが、遠くで何かしら「ギャッ」とか「うがっ」などうめき声が聞こえた気がする。
「1,2,3人…あと一人はどこだ?!」
聞いたことのないような低く険しい声に思わずミカエラを二度見してしまう。
(こ?!これはどういうことなの?!)
先ほどまでの可愛らしい雰囲気はどこへやら。淡々と銃をぶっぱなし、しかもそのすべてが命中している。腕は相当の上の者だということが素人のシャンイでもわかるほどだった。
「チっ、隠れたか」
言いながら前方を見据えて弾丸を詰め直す姿は男らしく、見とれるほどだった。
(あ、いやいや!見とれている場合じゃなくて!!)
すると、物陰から誰かが姿を現す。ミカエラとっさに動いてその対象の喉元に短刀を突き付けた。しかし…
「あ?!し、ししシスリー王子!!」
「なるほど、銃も担当も武器の腕は相当ということがよくわかったよ、ミカエラ王子」
「ご、ごごごめんなさい!!!!」
先ほどとは打って変わって変貌した様子に、シスリ―ですらついていけないというのだから…隣にいたシャンイにとってはまさに青天の霹靂だった…。




