一難起こってまた一難
「本日付で、シャンイの護衛についてもらえるか?」
ある日の朝、突如言い渡された命令。
俺の名前はジャネット。下の名前はまだない、というのも俺はどこぞの名門のお家の出自でもないし、ただの孤児だ。
相当前、王都アウロスのスラムでうだうだしていたところを今の主、シス様に拾われた。
さて、このエサルエスという王国は、意外と迷信だとか古き知恵というものを大事にしすぎる傾向があるようだ。ちょっと前までは、うちの主はその他大勢の貴族どもから呪詛のように、やれ早死にだ不吉だーなどと散々言われ続けて生きていた。
だが、現在絶賛婚約中で子供じみたケンカ中の恋人、シャンイ様の登場により色々吹っ切れたようなので、出世街道を邁進中だ。
「ははぁ、なるほど。我が主はお嬢の監視をお好みですか?」
「馬鹿なこといってないで、頼んだぞ。何かあったら即報告するように」
とかなんとかいって、内心相当気にしているようだ。原因は昨日の晩餐会。俺たちは控え室にいるもので現場の状況はわからないが、我が主の兄君で現国王のアストリア様がシャンイとなにやら秘め事があるようなのだ。
(昨日の馬車での会話を察するに、ご自身にも何かありそうだけど)
その辺りは、俺同様にシス様に拾われた同郷のアイルに任せておくとしよう。
「シャンイ様、本日付で貴女の護衛件従者を勤めることになりました、ジャネットです」
「ジャネット、よろしくね。...でも、なんで急に護衛なんて」
「普段通りやりたいことをして、好きなようにお過ごし下さい。後ろで控えてるので 」
目的は半分監視みたいなものだしなぁ。こういうこそこそしたやり方は好きじゃないので、俺としても思うところはあるのだが。
「そう…あ、それとジャネット、変に敬語は止めてね。私はまだただの婚約者の分際だし。」
「また、随分気安いご主人で助かります。お嬢。」
「お嬢って..まあいいけども、貴方の主はシス様でしょう、なにかあったらそちらを優先してね」
「まぁーあちらの主はああ見えて結構へたれですけど、アイルもいるんで」
「へたれ、ねえ。」
新主はため息交じりに呟いた。
シャンイ.アルヴェール。
彼女は俺と多分年はそう変わらないと思うが、時々随分と上のように感じることがある。
強烈な姉と派手な兄と、父親の中で育ったせいか、変に落ち着いてるというかなんと言うか。16歳のご令嬢なんてもっと弾けててもいいものだが。
(老けているというか、達観しているというか?)
どちらにしても、これからもっと近くで観察できそうだ、とジャネットは笑った。
と、その時。突然階下でざわめきが聞こえてくる。
「おや?」
そして血相を変えたメイドのリンがやってきた。
「シャンイ様!!!お客様です!!それもとびっきりの!!!」
「え?」
驚いているというか、高揚しているというか。つまりリンは興奮していた。
なぜここにいるんだろう。
シスリーは呆然と目の前にいる人物たちを眺めていた。
「やあやあどうも、このお二人が殿下の邸に伺いたいというのから、僭越ながら案内を承ったんだ。」
ロレンスはさも楽しそうに、そして面白そうにこの状況を楽しんでいるようだった。
(確かに邸に来れば?と言ったし、来る分には構わないのだが…昨日の今日で来るとは)
「ごめん、第三王子。本当はきっちり手順を踏みたかったんだけど、うちのミカエラがきかなくて」
「先日は美しい刺繍のハンカチをありがとうございました。」
いや、さしあげたわけではない。勝手に持って行ったのはそちらだろうと言いたいところだが、あちらは賓客。そこはぐっとこらえた。
しかし‥背後からひやりとする視線を感じた。
(しまった…シャンイ!!!)
「まあ…お兄様まで。こちらはどちらのご令嬢でしょうか?シスリー様。」
「あ、いや、ヴァルカンクの姫君と王子殿下で…」
「私の刺繍がお役に立ったみたいで嬉しゅうございますわ。シュナイゼルさん、おもてなしをしなければ。は少しお時間いただきますので、皆様は応接間にて寛いでくださいませ。」
満面の笑顔である。その後ろでは、ジャネットが肩をふるえて笑いをこらえているのに対し、アイルはどこかいたわるような目でシスリーを見守る。
「ちょ、ちょっと待ってくれシャンイ!事情を‥」
「まあ、シスリー様ってば。お客様を放っておいてどうされるおつもりですか?きっちり、対応していただなくては。…私の贈ったハンカチもさしあげたようですし、親しいのでしょう?」
言葉の端はしに冷たい氷の刃がシスリーの心を突き刺していく。シャンイはというと、聞き耳は持たないという様子でくるりと後ろを向いてしまう。
色々な誤解と様々な要因が重なって、それだけでくじけそうだった。
「殿下、ここはお手並み拝見とさせていただきますよ?」ぽん、と肩をたたくロレンス。
そしてその隣では執事のシュナイゼルもまた必死に笑いをこらえている様子だった。
一見すると何でもないように見えるが、長年の付き合いであるシスリーにとってはその変化は手に取るようにわかるというものだ。
「…っ!!‥‥後で必ず話を聞いてもらうからな、シャンイ」
まるで捨てセリフのように放たれたその言葉は、その場にいた全員が噴き出すには十分すぎる理由だった。
「あ~…、なんか、ごめんね。」
「…いや。」ゲイヴリルが顔を手で覆っている隣で、ミカエラは手に持ったハンカチをうっとりと眺めていた。
「しかし、意外だなあ。シャンイが刺繍が好きだったなんて。」
「え?」
ロレンスは顎に手を当てて感心したようにつぶやいた。
「シャンイは昔から不器用だったと思ったのだが、こんな隠れた才能があるとは。さすが俺の妹」
何気ない一言だったが、シスリーは何かの引っ掛かりを覚えた。
姉の仕事を考えると、彼女が刺繍などに触れる機会も多いと考えていたし、割と普通のことのように感じていた。しかし、確かシャンイはこう言っていたことがなかったか。
「昔から、刺繍だけは得意です」
昔、というのはいつのことを指すんだろう?
ロレンスの言う昔というのは、きっと幼いころのことだろう。随分久しぶりという話だったし。
だが、どうにも違和感をぬぐい切れなかった。
(だからと言って、どうということもないけれど…彼女は何者なんだろう?)
「あっはっはっはっは!!!!」
応接室を出るや否や、ジャネットは気持ちよさそうに爆笑していた。
「…ジャネット、笑いすぎ」
さすがに見かねてシャンイが軽くたしなめるのだが、よく見ればシュナイゼルも壁に手を当てて肩を震わせていた。(あの鉄仮面が笑うなんて…シスが少しかわいそうな気もするけど)
「いーやぁ、シス様があそこまで狼狽しているのなんて初めてじゃないかなぁ!面白すぎ!!」
「ふたりとも、楽しそうで何よりです。…それにしても、シスの様子から見て、本当に急にいらっしゃったみたいですね、あのおふたかた」
シャンイの指摘に先ほどまで笑っていた執事がまじめな顔してこちらを振り返る。
(ようやく笑い終わったみたいだわ…)
「おそらく明確な約束をしていたわけではないようです。ヴァルカンクの皆さまの滞在時間は限りがあるみたいですので、ある程度は仕方のないことかもしれません。」
「まあ、色々思うところもありますけど、ご無礼がないようにしないと。急ではありますけど、お菓子の準備などは出来ますか?」
「ご安心を。…型どおりのもてなしとなってしまいますが、問題なく。」
敏腕執事の不敵な笑みに安心はしたものの、彼らはいつどこで知り合ったものだろうか?
(事情はあるみたいだけど、私のハンカチを贈るなんて、ほんとどういう状況なのよ)
もやもやというか、むかむかというか…煮え切らない気持ちでため息をついた。シャンイだって別にシスリーを疑っているわけでもない。何かしら事情があるのは承知している。
隠すことはないのに、と思うと同時に、自分もまた同じことをしているのは理解しているため何も言えなかったのだった。
「あーーーーもう!!こういうのすっごく嫌!!!はっきりさせましょう!!!」
アストレイ様との件は、遅かれ早かれシスリ―の耳にも届くはずだ。ならば腹をくくって話すとしよう、とシャンイは意気揚々と歩き出した。




