こうして私は名目上の婚約者になりました~取引~
登場人物
私(シャンイ嬢)→主人公。死んだと思ったら生きてた。地獄にはいきたくない。
シスリー王子→超絶絵になる王子様。しかしどうやら生きてく上に試練は多そうだ。
王様→シスリー王子と仲が悪そうだ。
従者→唯一(失礼)のシスリー王子の友達。
この世には四凶四罪という概念が存在するらしい。
四凶は混沌(怠惰)・窮奇(不正と背信)・橈杭(暴力)・饕餮(貪食と貪欲)、四罪は共工(憤怒)・驩兜(不忠)・三苗(反逆)・鯀(傲慢さ)。
ホールに響く小さい悲鳴と嫉妬、欲望、妬み、絶望様々な感情の視線を私は一身に受ける。
(さしずめここにいる皆さんは共工と鯀、饕餮の罪悪を犯してるって所?)
もしここが公の場でなければ、私は殺されているかもしれない…
小難しいことを考えていると、あっという間にホールの中心にやってきた。
ぞろぞろとその周辺にいたカップルは場所を譲ってくれている。
(…いやいや、動かなくていいのよ?)
「あの、シスリー王子、どういうおつもりで…」
と、言い終えないうちに右手をぐいっと高く上げ、腰に左手を添える。シャンと背筋を伸ばさざるを得ず、私はなす術もない。文句を言わせん、という無言の圧力を感じる。
「そのまま俺に合わせればいい。」
にっこりと輝かんばかりの笑顔を間近で見てしまい、目が潰れそうだ。いや、ほんっとうに顔と雰囲気だけは非の打ちどころがないわね、この人。…少しばかりときめく自分が悔しすぎる。
すると、ヴァイオリンが奏でる美しい旋律から始まり、ゆったりと音楽が流れだす。ああ…もう、心を無にしよう。
「そう、その調子」
王子は満足げにうなずき。拙い私をリードしてくれる。
(すごい、動く先に彼の手と足があって安定してる。動きやすい…!!)
どいうつもりかいまいち掴めない人だけど、ダンスは本当に上手だ。
ちらりと彼を盗み見すると、ばっちり翆玉の瞳とぶつかり合う。
(あ、そういえば…不思議だ。月明かりの下だと綺麗な翠色なのに、それ以外だと、角度によって赤く見える)
「シャンイ嬢、あなたの瞳は美しいな」
なんてことを耳元でささやくものだから、私は一気に現実に引き戻される。
前言撤回。甘ったるいセリフも臆面もなくつぶやく人間は信用できない!!!
などと翻弄されつつ、一喜一憂しながらいると、重厚なバイオリンの音は消えていった。
「…お。終わった」
心底良かった、と安心していると、急に周囲がどよめきだした。
と、同時に一瞬シスリー王子の雰囲気が張り詰めて、彼の取り巻く気配がぴりついた。
「王子様…?」
声をかけるべきか迷い、王子を見上げると…その表情は冷たい。
「ほう。それが、お前の選んだ娘か、シスリーよ。」
コツン。
重い杖の音とともに現れたのは、白いひげを蓄えた壮年のおじ様。金細工の装飾が施された剣を腰に帯びている。そして豪華な朱色のマントは高等な身分の証。
「……ご無沙汰しております。父上。」
「??!!」父上。父上ってことはここの国王様ってこと?つまり一番偉いひと!!!
なのにこの二人を取り巻く殺気にも似たこの空気は何だろう?間に挟まれた私はたまったものではない。おろおろしている私に気が付いたのか、王子はくるりと振り返り、突然私の前に膝まづき…私は反射的に身構える。
「ヒっ?」
「おい、…もうちょっとマシな声を出してくれ」
「い、嫌で」
「シャンイ・アルヴェール」
あ!?声にかぶせてきた!!問答無用ってこと?!う…嫌な予感がする。
例の優雅な仕草でこれまた私の手を取り、真っすぐ見つめられる。
「どうか私の妻になってはくれないか?」
なるわけないだろ!!!
と、声を大にして叫んでやりたかったが、私たちを見つめる大衆の視線と、厳しい王様の目、そして何よりもシスリー王子のこれで断れるものならやってみろと言わんばかりの重圧。
「あ…あぅ」
これで断る度胸は私にはない。ないけれども!!
とはいえ、断りたい!!思いを巡らせて逡巡していた。でも…!本当に生まれて初めてたくさん思考を巡らせているかもしれない。
視線を動かし…ずっしりとした王様から発せられる圧?に気おされた…。
(お父様と、仲が良くない…の?何か事情が??)
おそらく、シスリー王子と王様の間には何かあるに違いない。それを承知で私にこの無理難題を吹っかけているのだとしたら…?
いや、でもでも!私の人生は?!!」
「…シャンイ嬢。答えは?」
何と言うべきかわからずあたふたしていると…しびれを切らしたのか、王子様はその手を触れるか触れないかの場面で、ふわりと体を持ち上げられた。
「ひぇ??ちょ…?!」
「いいから、ここは合わせて。苦情はあとで聞く。」
やっぱり訳ありなのね?!!
それにしても…わ、私は隙がありすぎるんだろうか??どうしてこんなにも流されっぱなしなの??!
軽くめまいはするが、仕方のない。そのまま抱き上げられた状態で彼の首に手を回す。
(恥ずかしいけど、これで精いっぱい!!)
「よし…いい子だ」
何がいい子だ―――っ!!!
歓声に混じって悲鳴じみた叫び声が聞こえる。わかる、わかるわ!でもね、本当に叫びだしたいのはこの私なのよ…。
***
「で、どういうことなんでしょおか!」
憮然とした顔で、私は婚約者(仮)に不満を述べた。あのあと、舞踏会はお開きとなり、名目上は第三王子の婚約者となったわけだけども…。
「よし、約束通り、苦情を言ってみろ」
「苦情…?そりゃ全部よ全部!!どーーして私があなたと婚約することになるわけ?!」
ここは城の奥にある王族専用の数ある客間のひとつで、普段は使われておらず、遠方の親族などが使っている部屋らしい。その為どれだけ叫ぼうと暴れようが他者に気づかれることはないらしい。ならば腹の底から叫ぶだけ!
すると、王子様は私の目の前に三本の指を出した。
「理由か…まず一つ、俺が今まで出会った女性の中で、一番飾り気がなかった。しかもあのような場所で生け花飾りで突撃するその度胸を買った。」
「か、飾り気…いや、確かに。それは否定しないけど」
くっ。それは否定はしない、けど反論したくもある!しかし私の反論する隙を与えず王子は続けてきた。
(い、いくつか反論文言を用意しておこう!)
「…飾りが多ければ多い人間ほど、その心根は虚飾にまみれているように見える。そういう連中は信用していないからな。」
「飾りが多いのは女性の戦闘服です。虚飾とは違います。」
「では貴女は戦闘すら放棄したわけか?」
「戦闘を放棄したのではなく、辞退したのです!!」
ほんっとーに嫌な奴だわこの人!心が貧しいのね?!きっとそう!!
こっちは頭に来てるってのになんだか楽しそうに笑ってるし!!!
「第二に、その瞳の色。」
「ひ、ひとみ??」
更にかみついてやろうと思ったのに。面食らってしまった。
何言ってるの、この人。この期に及んでまだ糖度の高いこと言いだした。
「その瞳に見つめられながら死ぬのも悪くない、と思った。」
「…死ぬ、なんて。」
この人は、ほんとに何なんだろう?
ほんの数回会っただけだけど、垣間見えてくるものがある。…それは『孤独』だ。
彼の周りに人がいない。それこそ取り巻きとか、友人でもいてもおかしくないだろうに、彼の言動からは人の気配が感じられない。
「個」であって「他」はない。更に自分の身内とも仲が良くないような雰囲気だし、王族ってそんなものなんだろうか?
「三年、だ。…三年だけ、耐えてくれればそれでいい。」
「…どうして、三年などという期限を?」
私は深呼吸をして、彼に向き合う。…いいわ、もう。腹を決めよう。
この人が何を考え、何をするのか知るべきなんだわ。自分の将来の一部に関わることでもあるし、もしかしたら自分が彼の未来の一部になるのかもしれないのだ。
それに万が一だけど、『私』が『シャンイ嬢』になっている理由に関係あるかもしれない。
じゃなきゃ、こんなあり得ないことがこうも続くわけがない。
「三年後の22歳の誕生日に、俺は死ぬ。そのあと、貴女は自由だ。」
翆玉の瞳が、虚ろに揺れた。
時々手直し、追加していきますけども、大筋は変わりません。