誤解は重なると更に仲間を増やすらしい
「はあ…」
(流されるままに、他国の王族を自宅に招待することになってしまった)
しかもロレンス卿まで…とはさすがに予想だにしていなかった。とはいえ、断れるものでもなし、問題はシャンイにどう告げるべきか、である。
広間に戻ると、来賓の数は最初に比べるとかなり減少した様子である。
シャンイの姿を探すと…目に飛び込んできたのは、ライと談笑する彼女の姿だった。
(随分と楽しそうだな)
「あ、みーつけた。どこほっつき歩いているんです、シスリー様。」
「…相変わらず食いしん坊だな、キリエ嬢」
「む!女性に対して失礼ですわよ?」
てんこ盛りのデザートを片手になんとも説得力のない返しをされてしまう。ただ、見たままの感想を述べただけなのだが。
「コホン!殿下は少々ご自身の注目度に関して鈍感でいらっしゃるようですわね。シャンイ様ってば注目の的ですわよ。さっきだってアストレイ殿下と二人でどこかへ行っていらっしゃったようですし」
「‥兄上?なぜそこに兄上が」
「さあ?少ししたら帰ってらしたし、噂になる程もないかもしれませんけど‥、今はほら菱国の王子様とお話しされているし。目立つ方ばかりと交流されているから、変な噂が立たなければいいけど」
なんとなく胸の奥がざわついた。ライは分かるにしても、なぜ兄上が?
「婚約者だからってー…安心しすぎじゃないですか?うかうかしてると、攫われちゃいますことよ?」
シャンイと兄上が?接点があまりなさそうな二人ではあるが、どうしたことだろうか。
シスリーには優先順位みたいものがあって、その中でも上位に来る二人の人物…それはシャンイとアストレイだった。
結びつくものがないはずの二人なのに、その二人が同じ行動をしているということに一抹の不安を感じてしまう。 その不安を打ち消すように、シャンイの元へと歩き出したのだった。
「はあ…もう、どこへ行ってらしたんですか?!」
「す、すまない。どうしても気になることがあって」
まじまじとシャンイの顔を見ると、心なしが目が赤い。
「‥何かあった?」
「え?!‥い、いいえ。なにも…」そう言ってさっと目をそらしてしまう。
「‥‥何もないならいいが…、今日は疲れているようだし、早めに帰ろうか」
などと、平静を装いながら、実際シスリーの内面は動揺していた。
(え?!何もないって、明らかになにかあったはずだろう?!!‥それとも俺に言えない何かがあるのだろうか?)
ふと、キリエ嬢の言葉を思い出した。
――うかうかしてると、攫われちゃいますことよ?―
いやいや、そんなわけは…とはいえ、気にならないわけがない。
(兄上と一緒にどこかへ出かけていた…というのは、聞いてみるべきか?)
「そ、そういえば、兄上と二人で出かけたと聞いていたが…」
「え…誰に聞いたんですか?」
「あ?!いやー…キリエ嬢が…」
「そ、そうですか、噂になっていたらどうしよう…大丈夫かしら、アストレイ様‥」
(…ちょっと待て。否定をしないうえに噂になる心配までするのはどういう状況だ?!!)
「兄上が心配…か。随分と仲がいいんだな、…二人で何を?」
「そ、それは…私の判断では」
「…隠すのか?なにか俺に言いにくいことでも?」
「どうしてそんな言い方を‥?なら私だって聞かせてください!宴会中どちらに行かれてたんです?!あんなに長時間ご不在なんて…!」
「そ、それはどうしてもあの状況でしかできないことが…」
「あの状況って…私が送ったハンカチをなくすほどなんて、どんな状況だっていうんです?!」
「ハンカチ‥?!」
痛いところを突かれてしまった、と思うと同時に自分のハンカチがなくなっていることに今気が付いた。
(?!なんで…ああ!ガルヴァンクの姫君か?!)
そういえばよく見せてほしいといわれて強奪されたことを今、思い出した。
そして頭の中でもっとも危険な公式が作成されつつあることも気が付いた。ハンカチをなくしたのはいい。いや、良くないかもしれないが、一番の問題はそれが女性の手に渡ったという事実だった。
しかも後日邸にやって来るというのだ。
「ほら!シスにだって聞かれたくないことがあるんでしょう?!私だってそうです!!!」
「だから、それはどんな状況なんだ?!」
「そっちこそ説明してください!!」
二人の譲らない意見がぶつかり合い、爆発しかけた頃、馬車は急停車した。
「きゃあ?!」
前のめりになったシャンイを受け止めると、バン!と激しい音を立ててドアが開く。
「あーあーもう!!お二人とも!!せっまい馬車で喧嘩とか超めんどくさいんですけど?!」
本日の宴会に同行していたジャネットが怒り心頭といった顔をのぞかせた。
「だからってこれはないだろう!危ないな?!」
「はあ…もう、ジャネットどうどう。でも馬車内での痴話げんかは馬も食えないので遠慮してくださいね、おふたりとも」
コーチマンを兼任していたアイルがため息をつく。
「「痴話げんかではない!!」」
「はいはい、もー続きは邸に帰ってからにしてくださいよ」
再び扉が閉められると、不遜な二人の従者は馬車を動かしだした。これで喧嘩が収まるのだから、二人を知っているからこそできる芸当だろう。
「‥‥すまなかった。シャンイ、今回の件は俺に非があるようだ。」
互いに抱き合った体制だったのだが、意外にもシャンイが逃げようとしなかったのでそのまま膝の上に乗せた。
「…いいえ、話せるときがきたら、きちんと話します…」
そう言って全身の身体の力を抜いて身を預ける婚約者の姿に、なんだか満足してしまい‥それ以上は互いに何も言えなかった。
とはいえ、問題は根本的に解決していない。話せる時がきたら話すというからには、本当に複雑な事情があるのかもしれない。
(…ヴァルカンクの二人については‥後で話そう。なんだかんだで、俺は彼女に甘いな)
その頃…以外にも自分がシスリーの頭痛のタネになっているなど知らないミカエラは、テラスに立ってハンカチの刺繍をうっとりと眺めていた。
(きれいだなあ。…私もできるようになるかなあ)
「ミカ!あまり外にいると風邪ひくよ?」
「ゲイヴ、ありがとう。」
「…それ、第三王子のハンカチ?…返さなくていいのかな」
「大丈夫じゃない?どうせ近々会うんだし…ってどうしたのゲイヴ、眉間にしわが寄ってる」
「いや…大丈夫かなあ。この国ではハンカチを女性からもらうのは愛情の証だって話だよ。確か、逆も同様じゃなかったっけな…」
「…?返すんだから、関係ないんじゃない?」
この問題において、注意すべき点はそこではない、とゲイヴリルは心の中で突っ込みを禁じえなかった。返すなら返すでもっと複雑な誤解を招く危険性をはらんでいることに、ミカエラは全く気が付いていないようだった。
「いや、返し方もほんと、気を付けないと…」
「お礼に私も刺繍をしたハンカチをお返ししないと」
「‥‥え、どっちに?第三王子?彼女さん?」
「え?それは勿論、この素晴らしい刺繍を縫ってくれてありがとうって。」
「…いやー…ややこしくなりそうだから、やめておいた方がいいよ?ほんとに」
のほほんとしたミカエラの答えに、ゲイヴリルは心の中で対策を練ることを誓った。
(国際問題なったらシャレにならないよ…)
はあ、と重苦しいため息は空に消えていった。窓の外の森の木々が色づき始めている。もうじき季節は秋を迎えるのだった。




