誰にも知られてはいけない
「シス、どこに行ったんだろう?」
大広間でレシア姉さまと話していると、周辺より頭一つ抜きんでている赤い髪の女性がこちらにまっすぐ歩いてきた。
「シャンイ様!!お久しぶりですわ。」
「キリエ嬢!お久しぶりです。お元気でしたか?」
相変わらず見上げないと彼女と目を合わすこともできない。‥キリエ・ジルニードだった。
「はい!もちろんです。…それよりも今日のお召し物も…」
そう言って笑顔のまま硬直してしまった。
(あ…そうだわ、キリエ嬢って)
「ふふ、ご令嬢。私の趣向をよくわかっていらっしゃるようですね。…初めまして、レシア・アルヴェールでございます。妹と仲良くしてくださって、ありがとうございます。」
「ッ…れ、レシア様!!」
感極まる、とはこういう状態のことを言うんだろうか。顔は真っ赤で、目には涙をためている。
(レシア・ブランドの大ファンだったのよね…)
二人は二人だけの世界に入り込んでしまい、私には入るスキもない。
「うーーん…知り合いが少なすぎるのは難点ね…」
以前ダーニャ様がおっしゃっていた通り、背筋を伸ばして視線を上げる。
幾つかの人込みの中、じっくり観察しているとまず飛び込んでくるのは赤と黒の衲。…その色は菱の祝い事に着る礼服なので、特に人が集まっているところには菱国からの賓客がいるのだろう。そして、それ以外の華やかな中に青と白の礼装…それはきっと北の国ヴァルカンクのものだろう。
(…こうしてみるとどの人が誰と仲がいいのか、なんとなく察することができるのね)
「シャンイ・アルヴェール嬢。ご機嫌はいかがかな?」突然かけれられた声にびくっと肩が震えた。恐る恐る振り返ると…そこには、見たことがある顔がいた。
「?!…あ、ライ王子。」
そういえばこの人も一応王族関係者だったんだわ。
無造作に縛り上げている髪も、今日ばかりはきっちりまとまっている。服装もいつも着ているものよりも生地も模様も豪華でまるで別人のように思えてしまう。
「うんうん、格好いいだろう。見とれてしまったかな?」
あまりにも得意げな顔で言うのでつい笑ってしまった。
「ふふ、そうかもしれませんね。‥ライも招待されていたんですね。」
「ええ、一応菱の王族だから。今日は他にも何人か太子が来ているよ。…うん、今日もとても美しい。せっかく公式の場でお目にかかれたのに、ダンスができないのが残念だ」
「ええ?ライも踊れるんですか?」
「そりゃあ、私は王子だから。‥おや、そろそろ始まるようだ。また後で。」
ライを見送り、私も自身の席へと戻る。…が、相変わらず、隣は空席のままだった。
(…本当にどこに行ったのかしら?メインのうちの一人じゃないの?…いや、それよりも)
私はとりあえず、前菜酒が注がれたグラスを手に取ることに全集中することにした。
同時刻、王城の中にある兵舎の訓練所にて―――
「今の時間はおおよその人材が表の警護に出仕しております。ここなら多少音が出ても問題ないはず。…少しでしたら何丁か銃もあります。」
「…ふむ、この時期にどうやって?エサルエスにはまだ公式売買している所はないでしょう?」
「そこは、アルヴェール商会の力を借りました。ひとまず三丁。今のところ私物に他なりません」
台に置かれた三つの箱には、今のところ最新式といわれているカルヴァンクの銃が入っている。
「なるほどねえ。…いやはや、中々の慧眼をお持ちのようで。我が商会もお力になれたのなら幸いだ」
そう言って軽々と銃を片手に取ると、遠くの的に向けて数発撃つ。
弾は全て的に命中した。
「…色々な国を見て回ったけれど。この国は変わらないね。」
「それは…良いことでしょうか?」
自分も三つのうち一つを手に取り、的に銃を向けた。
小気味のいい音とともに弾は的に命中はするものの、中心よりもややそれてしまった。
「変わらないことは幸せなことかもしれません。でも、それが本当にそうなのか、俺にはわかりません」
自分は少しだけ変わることができただろうか?変わらない世界に居続けたとして‥今の自分がここにあるだろうか。
すると、突然全く別の方向から残っていた的の隙間に弾が撃ち込まれた。
「!!」
「…っと、ちょっと外しちゃったかな?」
見ると、そこには自分より少し下だろうか、陶器のように白い素肌に、青い瞳の少年が立っていた。
「へたくそ、ゲイヴ。」
隣にいた髪の長い令嬢はその長いスカートをたくし上げる。月明かりに白い太腿がくっきりと浮かび上がると、ガードルにはめられた一丁の銀制の銃らしきものをおもむろに取り出した。
一発、二発。連射の弾は木でできた的ごと貫いて、粉々に砕け散った。
ヒュウッと口笛を吹いた後、ロレンスが感心したように笑った。
「やるなあ!お嬢さんたち。」
「…なんで銃なんて?!」
しかもシルバー制、アレを身に着けて晩餐会会場にいたのなら、はっきり言って国際問題になりかねない。…責任問題だ。もちろん俺の。
「ご、護身用です…。ごめんなさい…」
「ま、ここはお互いさぼりもの同士ってことで、見逃しておくれよ!」
二人並んだ凸凹の二人…その姿には見覚えがある、ちょうど4日前に一度挨拶をした気がする。
「あなた方は…ヴァルカンクの姫君と王子殿か…?」
***
(本当に…どこに行ったの?!)
同時刻、晩餐会会場にて。料理はつつがなく運ばれ、季節の高級素材を存分に使った芸術品のような料理に舌鼓をうち‥気が付いた時にはもうデザートの時間だった。隣のテーブルには美味しそうな料理たちが、輝きながら自分たちを食べてくれる主を待ち続けている。
(目、目の毒だわ、うん)
実は何度かシスの所在について何人かには尋ねられたものの、私自身も知らないの答えようがない。なんとか当たり障りのない対応しかできず、何事も起こらなければいいのに、と切に願うのみだった。
(…あら?)
ふと、視界の端にふらふらと人目を避けて歩くオフェーリア妃の姿が目に入った。
近くにはアストレイ殿下もいない、足早にテラスへ向かう姿がなんとも心許なくて、後を追った。
(う、ううーん。テラス…は最強の逃げ場だけど…)
「けほっ…うぅ」
少し歩くと、奥まった方からうめき声ともとれる声が聞こえた。
「あの…だいじょう、ぶですか?」
「?!!…ぁ」
真っ青な顔で振り向くオフェーリア妃にはいつもの余裕が見受けられない。
(すごい汗…!)
「もしかして体調が悪かったのですか?!無理なさって‥」
「…大丈夫です…私のことは‥ほおって…うっ」
苦しそうに吐瀉する彼女を見て、私はあることに気が付いてしまった。…本当に気が付かなければよかったのだけど、見てしまったものはどうしようもない。
「も、もしかして、食べ物の匂いが妙に鼻について吐き気を催したりしませんか?」
「…え?」
「オフェーリア様、…もしかしてご懐妊されていらっしゃるのでは!?」
私はこの時、心の底から喜ばしいことだと思った。だってただでさえ、王位継承の問題がちらついているのはアストレイ殿下にお世継ぎがいないから。この問題さえ解消すればご兄弟がもめることもないだろうし。…そう思っていたのに。
「‥‥‥嘘 そ そんな」
彼女の顔は優れない…どころか真っ青だった。まるで幽霊みたいに呆然としている。
「あ、あの?…すぐに医者を…」
「だめ!!!やめて!!!」
鬼気迫るとはこのことだろうか。オフェーリア様はものすごい形相で私のドレスの裾をつかんだ。
「やめて…放っておいて!!…誰にも言わないでッ‥‥」
どういうことなんだろう?この必死さは一体?
すると、オフェーリア様は私を‥というより私の背後を見てピタリと止まった。
「オフェーリア」
そして私も…ゾッとした。
地を這うような低く冷たいその声に。そして何より、私を通して彼女を見る氷のようなその怒りに。
「…あ、アスト…レイ」
「具合が悪いのか?」
カツカツと真っすぐ歩いてくる姿に私は俊敏に避けて道を開ける(この恐怖は誰にもわかるまい)と、座り込むオフェーリア様に手を差し出した。
(こっ…怖い顔…)
いつものにこやかさは微塵も感じない。この嫌悪にも似た怒りは、明らかにオフェーリア様に向けたものだ。
「すまないシャンイ。手伝ってくれるか?」
(?!)くるりと振り向くといつものふわりとした笑顔を私に向けてきた。
うわぁ…行きたくないなあ。
「わ、私もですか…」
「ああ、行こう」
ですよね、はい。私はそれ以上告げることも意を唱えることもできそうにないので、彼のあとに従った。軽々と横抱きにして運ぶその姿はやっぱり様になっているなあ、なんて呑気に考えているのだけど…この後起こりうることには、恐怖しか感じないのだった。




