誓願の色
建国記念式典が二週間前に迫ったある日のこと――
「さすがに疲れたな…」
「お疲れ様です。」
げっそりと疲れ切った様子のシスがうんざりと呟いた。
彼がなるのはエサルエス親征軍総指揮官…つまりは軍務のトップである。現在の指揮権はいまだ国王陛下にあるが、その半分は既にシスの手に委ねられている。そして同時に国王陛下の直属の近衛騎士の騎士団団長を兼任するものだから、シスはまさに日々に忙殺されているといった状況だった。加えて妹姫ミュリエル様に執務の引継ぎ等々まさに寝る間を惜しんでの忙しさだった。
そんな立場となる彼の妻(あくまで予定)となる私の最近の仕事はというと…。
「シャンイ、こっち。」
「も、もう。しょうがないですね。」
ぽんぽんと、ソファーに座る彼の隣へ招かれる。
「はあ…。あと二週間でやりきらないと…」
そう言いながら私の膝の上にゴロンと横になる。現在の私の仕事とは、このこと。彼曰く癒し兼フォローの膝枕である‥‥。
(あああもう慣れないっ!!なんだってこんなのがいいのよ?!)
休憩時間毎に起きる出来事なので、もうすでに何度膝を貸したことか覚えていない。が、慣れない。
「ほっ本当にこれが疲労軽減になるんですか…っ?!」
「なる。重要な仕事だから頼む。貴女にしかできないことだから。」
大真面目な顔でそんなことを言うものだから、私としては何も言うことができない。せいぜい心を無にするくらいだろう。周辺に助けを求めたくても、この休憩時間はいつもいる筈のシュナイゼルやジャネット、アイルなんかは姿を見せない。…妙なところで気を遣うものだから、ほんと心臓に悪いのだが、今日はいつもと違った。
「あらぁ、仲のよろしいことですわねえ、殿下。…随分と命知らずでいらっしゃること」
華麗に執務室の扉が開け放たれ、そこから輝かんばかりのオーラを放ったゴージャス美女が登場する。そう、現在エサルエスにて一番人気のドレスブランドを手掛け、時には自らもデザインし貴族のご令嬢がこぞって彼女を目標にするという、レシア・アルヴェール。…私の姉である。
「お姉さま?!」
「れ、レシア義姉上!!」
ぱっと私から離れたシスは心なしか顔が青い。‥‥なぜかしら。
「まあまあ、大出世でございますわね。おめでとうございます。…ところで約束を破っていらっしゃいませんわよね?紳士ですものね?」
畳みかけるように問い詰めるお姉さまにだじだじのシスである。
「え、ええ。もちろんです!…まだ」
「…?何の約束ですか?」
「いやっ。シャンイが気にするようなことじゃない!き、今日はどういったご用件で?!」
ごほん、と咳払いをして姿勢を正すと例の営業スマイルで対応する。
(後で問い詰めよう)
私がこっそり心の中で決意すると、ふわりとお姉さまの香水の匂いでいっぱいになった。
「久しぶりね、シャンイ!やっぱり身内が一番よね~?」
ぎゅっと抱きしめられると、くすぐったいような嬉しいような複雑な気分になってしまう。
「会えてうれしいです、お姉さま。」
そんな姉妹のやり取りを見ていた従者達が遅れてやってきた。
「うわあ、こりゃ強そうだあ。大変ですねーシス様。」どこか哀愁を漂わせてシスの方を向くジャネット。そして…「…敵うとは思ってない。」複雑そうなシス。
「全く、お前たちまで一緒になるな。ララ、お客様にお茶を。アイル、ジャネット案内を」
「は、はい!!失礼しました!!」
見かねたシュナイゼルさんが指示を出すと、テキパキとララファが働き、アイルとジャネットがその場にいた全員を客間へと促した。
***
「ご多忙なのに突然申し訳ありません。非礼をお詫びいたします。本日は三点ほどお伝えすることがございまして」
レシアは一礼すると、付き従っていた従者たちから大きな箱を二つ受け取り、テーブルに並べた
「これは、獅子の紋章…なぜ父上が」
エサルエスの王族にはそれぞれ個人の紋章と刻印とそれに伴う色彩がある。剣と獅子はレオンハルト王固有の紋章だった。
アストレイは緑に翼の紋章、ディアトルは赤にツタと葉の紋章、そして俺には青と羽根の紋章、妹には黄色にユリの刻印といった具合だ。
「もう既にご存じだと思いますが、アルヴェール家当主エリッドとレオンハルト王は旧知の仲でございます。最近じゃ文通もされてるようですよ。」
「文通…」ここ最近、父の印象が随分と変わってきていて、驚くばかりだ。
「こちらは国王陛下自らが私にオーダーした、お二人の建国式典用の衣装でございます。」
そういって箱を開くと、そこには白と青を基調とした礼服がそれぞれそろえてあった。
「白‥」
本音を言うと、「また」白だった。父から贈られるものは、外套も礼服も白が多い。白は弔いの色。自分はこの色を見るたび己の未来を予見しているようで好ましくはない。
「二人の婚約も発表もするのでしょう?ならあらゆる意味で白はいいチョイスよね」
「あらゆる意味‥ですか?」
「ええ、白は魔除けと誓いの色でしょう。万難を排し、色なき無垢な心で挑むという誓い…もちろん弔いの色ともいわれているけれど、あれだってちゃんと旅立ちの意味で使われてるのよ?」
「万難を排し、色なき無垢な心で挑む…」白のいわれには驚いたが、確かに今の俺に相応しい。
改めて聞くようなことではない為、初めて知った。しかしその事実は自分にとって長年の疑念のようなものを吹き飛ばした瞬間だった。父はもしかしたら常に新しい気持ちで挑め、と伝えたかったのかもしれない。
(‥‥そうか、そうだったのか。)言葉でないと伝わらないこともあるが、誰かに聞いて初めてわかることもあるものだと腑に落ちた。
「さて、サイズは大丈夫と思うけど、シャンイ一度合わせてみてくれるかしら?」
「え?!い、今ですか?…わ、わかりました」
少しだけ顔に赤みがさす婚約者をほほえましく見送ると、否応なく更に笑みが深まる。
「ごほん!!…見るからに顔がゆるんでますことよ、殿下?」
「…いや、まあ。そ、それで残りの二点の用事は?」
「全く、見てられませんわ。頼まれていた例のものが出来上がってますので、式典前までに取りに行ってくださいましね。」
「!…わかった。ありがとう。」
「さて、最後の一点が重要です。‥‥うちの駆け出しの社員から窺っていると思いますけれど、建国式典は他国からの賓客も多い。それで、こちらを見ていただきたくて。」
神妙な表情で両手で持てるくらいの大きさの鍵付きの木箱をテーブルに置いた。
「…これは?」
「開けてみていただければお分かりいただけます。」
手に取ってみると、剣ほどではないが重さもある。鍵を開けると、箱の中には鷹か隼?の刻印が押されてある。猟銃と構造は似ているようだが、それよりも小さく片手で収まるほどの大きさだった。
「それは最新の銃器。火打石と鋼のやすりをすり合わせて発火させ、そこから火薬が発射される。…例のヴァルカンクから大量に流れているピストレットよ」
「これが…?使い方はご存じだろうか?」
「うーん、私よりお父様の方が詳しいですわ。本当は父に聞くのが一番ですが、父以外にエサルエスで詳しい人間となると…あるいは兄上かしら」
「兄上‥、兄?!」
初めて聞いた気がする。いや、もしかしたらどこかで聞いたことがあるかもしれないが、アルヴェール家は三人兄妹だったのか。少なくとも、前回邸宅に訪問した時も姿は見ていない。
「お会いしたことはないでしょうね。うちの兄は父に似て、年がら年中船団を組んでその辺を航海しております。最後にあったのは…いつだったかしら。」
レシアが遠い目をしながら考える。…どれくらい期間があいているのだろう。
「そ、そうでしたか‥‥」
「今回シャンイの婚約発表もあることだし、帰ってくると思いますわ。…海のどこにいても情報はすぐに集まるものです。」
改めてシャンイとレシアの姉妹と、父親を考える。
(なんだかすごそうだな…)
「…ぜひ一度お会いしたいと思います、もし帰ってこられるようであれば俺にも知らせていただけませんか?」
「そうですね。面白そうですし。」
(面白そう…?)にっこりと微笑む姿に少しだけ悪寒を感じた。
「とにかく、この銃器はまだ一般には認知されていません。重々ご注意なさいまし。国が動くときは周りも騒がしくなるものですわ。」
レシア義姉上の言葉を慎重に受け止めると、タイミングよく隣の部屋からラファが姿を現した。
「準備できました!!はあああ…、刺繍も生地も美しくて…ため息が出てしまいます‥」
「そりゃあそうでしょう。国王陛下自らがスポンサーですもの。」
そっと扉が開くと、おずおずとシャンイが姿を現した。が、服装は先ほどから変わらない。
「……着替えないのか?」期待とは裏腹に、明らかに沈んだ声を出してしまった。
「そ、そんな顔をしないでください。当日お見せしますから!あ、サイズはぴったりです。」
「肌の露出とは控え目に、白のエンパイアライン、繊細な総刺繍の糸は青く美しく、ハイネックスタイルに今回はシス様の紋章の青の羽根模様のマントケープが素晴らしい造りですね!!!!」
そんなシャンイに構わず、うっとりとララファは俺が見てもいないドレスの説明をしてくれた。
「……」
「…見苦しいですよ、シス様。ここはあきらめましょう。」
心底がっかりした俺の意を察してか、もしくは本人もそう思っていたのか。隣にいるシュナイゼルがこっそりフォローしてくれたのだった。
その頃――
エサルエス近海に大小合わせておよそ5隻の大型商船を有する船団が航海を続けていた。
「お頭―――!例のうわさ聞きました?」
びゅうと強風が吹く中、それに構わず甲板にて海を眺めていた男性が振り返る。
「おお!進路を変更しろ!!一週間でアウロス港にもどるぞ!」
「え?い、一週間ですか?」
「ああ!俺の大事な可愛い妹に近づくのが不逞の輩ならば処分しなければならないからなぁ!!」
男の高笑いは天高く響きわたった。




