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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
第二章・「承」 円環

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新しい国の継承者

 

「ただの過労でしょう。…あまりご無理をなさらないように。命に別条があるわけではありませんので、薬を調合しておきますね。」

 かかりつけの医師がそいうと、その場にいた全員がほっと胸をなでおろした。


「よかった。…どうなるかと。」アストレイはそう言って椅子に座り込んだ。そのままふっとため息をついて、その場にオフェーリアとディアトル二人がいないことに気が付く。


「今いるのは…」

「あの場にいた我々三人と、カルメンタ様が先行したので、入れ違いになったのでしょう。」シスリ―が窓の外を見ると、一台の馬車が止まったを確認した。

「…そうか。」その様子を見ながら、シャンイはふと、去り際に見せたオフェーリアの冷たい表情を思い出し。身震いをした。


(ディアトル殿下とオフェーリア様……)


 なんとなくあの二人がそろうと、よくないことが起こりそうな気がするのは、失礼だろうか。そんなことを考えていると、先ほどまで締め切られていた国王陛下の寝室の扉が開いた。

 そこには青い顔をしたサファイアの瞳の女性が立っていた。


「皇后陛下。」


 アストレイとシスリーが立ち上がり、やや後ろでカルメンタが礼をするとシャンイもそれに倣った。

「…ディアトルは?」やや疲れた表情で皇后が尋ねると、アストレイが答えると同時に二人が姿を現した。

「母上。…兄上、申し訳ございません。遅れてしまいました。…義姉上もご一緒です。」

「アストレイ様!それで、国王陛下は…」

「あら、ディア兄さまったらこんな時に遅刻?」皇后の後ろから現れたのは、ディアトルと同じ白金の髪の少女だった。

「ミュリエル。」

 ミュリエルと呼ばれた少女はディアトルに歩み寄り、見上げながらにっこりと笑った。

「しかも奥様ではなくて義姉さまと一緒なんて、変な感じ。…それよりもお兄様方、お父様がお呼びですわよ。」


 アストレイとシスリーは互いに顔を見合わせながらうなづく。


「…シャンイ、その恰好では冷えるだろう。これでも着て待っていてくれるか?」シスリーは自分が着ていたジャケットをシャンイの肩にかけると、部屋に入っていく。その様子をシャンイは所在なく見送る。

(さすがに私がでしゃばる場面ではないわ)とりあえず窓際にと、移動するとミュリエルがとことことやってきて、シャンイの腕をつかむ。


「…?えっと、ミュリエル様?」


 あの三人を兄と呼ぶということは、この方が一番下の妹姫様だろう。改めて間近で見ると、白金の真っすぐ伸びた髪はとても美しい。大きなサファイアの瞳はディアトルと同じだが、こちらの方がやや明るいように思える。


(うわあ、可愛い姫君…!私と同じくらいかな?!)つい不躾にじろじろ見てしまった自分を恥じて、目を伏せた。


「ふふ、あなたがシス兄さまを選んだもの好きな婚約者様?」


 良いとらえ方をするべきか悪いとらえ方をするべきか思いあぐねていると、ミュリエルはシャンイの腕をつかんだまま歩き出した。


「見た目は勿論、ドレスの選別も悪くないわ。さあ、あなたも中へ」

「え?!あ、あの、でも私が入るわけには!」


 背中に鋭い視線を感じて冷や汗が出る。…オフェーリアとカルメンタだった。


「私たちのことはお構いなく。…わたくし、オフェーリア様に聞きたいこともありますし。」


 カルメンタはそういうと、隣に立つオフェーリアをにらみつけた。


「…シャンイ様、どうかわたしたちの代わりに行ってらしてくださいませ。」そんな視線をものともせず、オフェーリアはにっこり笑った。


(…こ、怖い…)シャンイが人形のようにこくこくとうなづいて部屋に入ると、隣に立つミュリエルがこっそり告げた。


「いやあよねえ。女の争いって醜いったら!」天使のような微笑みに反して告げる強烈な一言に、シャンイは引きつった笑いを浮かべるしかなかった…。




「こうして、兄妹が全員そろうのは随分と久しぶりのようだ。」

 寝台に横たわった国王陛下が感慨深く呟いた。

「アストレイ、ディアトル、シスリー、ミュリエル。…そして」

 一人一人の顔と名前を確かめるように呼びながら、最後はシャンイに向かって微笑んだ。

「シャンイ・アルヴェ―ル嬢。…エリッドは息災か?」


 国王陛下にそれぞれの王子と姫と同列に名前を呼ばれたことにも驚愕したシャンイだったが、そのあとに続く言葉にも仰天してひっくり返りそうになったのをこらえた。


「は、はい…」

「こちらへ。…顔を見せてくれるか?」


 その場にいる全員の視線が痛い…、おずおずと歩み寄ると、間近で見る陛下の瞳はシスリーと同じ翆玉と赤が混ざった色の瞳だった。その瞳に内心ほっとしつつその場に屈んだ。


「…初めてお目にかかります。シャンイ・アルヴェールでございます。」シャンイの横にシスリーも並んだ。その様子を満足そうに見てさらに笑みを深める。


「‥‥ううむ、その翡翠の瞳、サンドラと同じ色だ。顔だちもよく似ている。懐かしいものだ。」

 陛下の言葉にシャンイは目を見張る。…父からもそんなことは聞いていないのに。

「母をご存じなのですか?」

「ああ、もちろん。儂があ奴と友人になったのは、半分サンドラに逢いに行く口実だったしな。」


 楽しそうに笑う陛下とは逆に一番面白くなさそうな顔をしたのはディアドラ皇后だった。その様子を面白そうにミュリエルは眺めた。


「儂の息子をよく選んでくれた。二人の婚約発表は建国式典に合わせて行うように。…シスリー、お前にはそれと同時に近衛騎士の指揮権と我が親征軍の総指揮の全権を任せる。」


 信じられない言葉に一同唖然とした。


「え?!どういうことですか‥それは」続けて何かを言おうとしたシスリーを制した。

「…わしは一月後の式典を機に、国王としての権限をアストレイに委ねる。」


 その場にいた全員が言葉を失う。きりきりとした静寂に包まれた。


「…父上。…かしこまりました。」辛うじて言葉を発したアストレイだったが、それ以上は何も言えなかった。

「初仕事として、建国記念の式典の一切を取り仕切れ。アストレイの執務はディアトルに、だが外交一切も続けて兼任するように。振り分けられるものは全て個々の官僚、および各諸侯に任せる。」

「…は。かしこまりました。」

「シスリーが今まで行っていた執務は全てミュリエルが引き継ぐように。ツェルヴェンの力を借りるといい。」

「かしこまりましたわ、お父様。」

「…国王陛下、お待ちください私は…!」

「シスリー。今まで軍の後方支援や物資の管理を行っていたのだから、勝手は分かるだろう。それに、お前が港で行っている慈善事業について儂が何も知らないとでも思ったか?」

「ぐ…っよ、よくご存じで…」


 ため息交じりで告げる国王陛下の言葉に、シスリーは何も言えなかった。

 隣にいたシャンイもなんとなく目を伏せる。(うわぁバレてる…)


「…細かいところは宰相と打ち合わせの後、伝える。…今日はここまでに。各々苦言や弱音やらは明日以降に聞くとしよう。」



(はぁ…。国が変わる瞬間にまさか自分が居合わせることになるなんて。)


 時間も深夜を回っていて、今日はここ、王城に泊まることとなったわけなのだが…、今私がいるのは以前泊まった賓客専用の寝室ではなく、れっきとした王族専用の東棟の部屋だった。


「それでは、何か御用がありましたらベルでお申し付けくださいませ。」


 東棟の女中たちが恭しく礼をして下がっていく。ちらちらとむけられる視線は好奇心が混ざっているのがだだ洩れである。それを張り付いた微笑みでかわしながら、彼女たちを見送った。


「さて、と…。この部屋ひっろぉ…」


 その部屋はあまりにも贅が尽くされていて、テーブル一つ触るにも手跡が付きそうだった。おいそれと頬杖さえもつけないほど磨かれていて、立っているだけで気後れしそうだ。


「こ、こんな場所に住んでるものなのね…王族の皆さまって」


 とりあえず窓際にあるこじんまりとした椅子に腰かけ、燭台に火を灯す。色々情報の整理をしなければと思うのだが、この状態でまともに考え事するなんて難易度が高そうだ。


(親征軍統括総指揮官‥そんな人と、私…)


 今この状況になり、自分がいかに他人事のように考えていたか改めて思う。先日ララファに言われたことを思い出した。


 シャンイ様は何を目指しているんですか?――


(そこについては深く考えていなかったけど…、私に努まるものなの?これ…)


 先のことなんて誰にも分らない。もちろん自分にだって一切想像できない。ただ、刻々と事態は進んでいて、その一つ一つを選択して進んでいくしかない。

 今日はいろいろなことがあった。シスリー王子の二人の兄にその妃達…

 そしてディアトル王子のまた逢えたというあのセリフ。

 更には国王陛下とシャンイの両親の関わり、突然の勇退宣言‥‥シスリー王子の婚約者でいる限り、全て自分の身に降りかかることなのだ。

 どれもこれも一人で抱え込む許容量をとっくに大幅に超えてる。


「私って、いったいどうなっていくんだろう」


 もしかしたら、急に自分は消えてなくなるかもしれないのに。今が夢で、本当はあの夢が現実で、強烈な瞬間はもうすぐ目の前に来ているのかもしれない。

 そんなことを考えると、途端に恐ろしくなる。深く暗い底に心が沈みそうになった時、部屋をノックする音で我に返った。


「シャンイ、少し話さないか?」

 心のどこかで待ちかねていたその声に、私の心臓は大きく動いた。

「シス…!」

「…どうした?大丈夫か?!」


 扉を開けると同時にその腕にしがみつく。本当に心配しているような優しい声に、知らないうちに瞳から涙がこぼれてしまっていた。

 

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