こうして私は名目上婚約者となりました。~出逢ったふたり~
登場人物
シャンイ(私)→主人公、私って誰だっけ。なんかすごい人外の美青年に会った?!
シスリー→第三王子、超見目麗しゅう方だけど、よくわからん。只今互いに幽霊認識、硬直中。
ハヴェル&ミレイア→駆け落ちしたかも。
絹を裂くような悲鳴とはこういうことなんだろうか。
月明かりの下、俺と彼女はお互いを見つめって硬直していた。
「ぇ…にん、げん?」
「…お前こそ人間か?」
「た、多分…。」
なんとも歯切れの悪い答えだ。だが透けているわけでもないし、さすがに女性を床に座らせたままはどうなんだろうと思い、手を差し出した。
「…迷子か?」
彼女は差し出しだされた手をぼーっと見つめている。
恐る恐るその手を取ると…普通に柔らかくて暖かいので、人間で間違いなさそうだ。心なしかほっとしたような心持ちでこちらも警戒を解く。
「あー…驚かすつもりはなかった。大丈夫か?」
翡翠の瞳の令嬢は、きょとんとした顔でこちらを見ている。
やがてうなづくと、そっと手を離した。
(それにしても、豪華な仕立てのドレスのわりに、この飾り気のなさはどうなんだ?)
そのせいか、ガーランドのように組み込まれた生け花に飾られた銀髪が良く映える。まるで本物の髪留めのようだ。
「…君はどこかの高尚な令嬢の侍女か?」
「え?!いいえ。…お見苦しいところを失礼いたしました。シャンイ・アルヴェールと申します。ちょっと、その迷ってしまって。」
「…ここはもともとゲストには来られぬようになっているはずなんだが」]
このあたりの場所はここ数年前まで使われていたのが、今は南側の増築に伴いあまり使われていない。少し造りが入り組んでいて、城の内部の人間でも迷ってしまうような場所だった。
「…早くここから」
離れるようにと言いかけるが…。シャンイ嬢は泣きそうな青い顔してこちらを見ている。本当に迷子だったようだ。
「い、いや、すまない、案内を…」
「あ!!!!見つけました!シスリー様!!!!」
廊下の向こうから、見慣れた従者が走ってきた。どうやら…見つかってしまったようだ。
「…ああ、しまった。」
「全く!!勝手知ったる何とやらでしょうけど、私の眼はごまかせません!!!地の果てでも見つけますから!!!!」
こうなってしまっては仕方があるまい。
「…アイル、見苦しいぞ。女性の前で慎め。」
「はぁ?!!言い逃れもたいが…」
鬼のような形相だったが、シャンイ嬢の顔を見届けると、みるみるに逆再生のように戻っていく。
「そ、それは大変失礼いたしました!」
アイルはこほんと咳払いをして、居住まいをただした。
「…?あの」
「シャンイ・アルヴェール。貴女の今宵のパートナーは?」俺が問うと、彼女の翡翠色の瞳があらぬ方へと向けられる。
「あ、あー…その、なんというか、逃げられてしまいました…」
「え、逃げ…?」
「あ?!ああ、いいええ、ちょっと具合が悪くなったみたいで?!わ、私も帰ろうかと」
…このような好機を逃がす手はない。正直、もう誰でもいい。
俺は大げさなくらい優雅に跪いて、彼女を見上げた。
「帰る?…ならば、どうだろう。今だけ私の随伴を許しては頂けないだろうか。」
「は?…私、あなたの名前も存じませんが」
「私の名前はシスリー・エサルエス。さあ、もうこれで他人ではございません。ご一緒に参りましょう」
「え?」
女性を伴っておけば、誰も文句はなかろう。ちらりと横を見やると、アイルの呆けた顔が目に入る。彼女には悪いが、協力してもらうことにしよう。
***
……
「どうしてこんなことになってしまったんだろう」
私は並べられた料理の中から選んだ鶏肉をほおばりながら、考えた。
まず、自分は夢の中で死にそうになってて、気が付いたらここにいた。
(ええと、それから…ああ、この肉、とっても美味しいわ)
で、どうやら私の世話をしてくれていたらしい侍女のミレイアは、今夜のエスコートをしてくれるであろう幼馴染(って言っていた気がする)?と一緒に消えてしまった。
いや、もしかしたら何か誤解があるのかもしれないけど、実際問題彼女が私をというか、シャンイ嬢を好きでいた保証があるわけでもなし。
で、そのまま二人を追いかけたつもりが変なところに迷い込み、そこで見目麗しい王子様と出会い、流されるまま帰る予定だったパーティーに強制的に参加することになった。
(まあ、そのおかげで…)
「一体どういうつもりなのよ!!!」
「そうよ!そうよ!信じられない!!!」
くるくる巻き毛のお嬢様も、目をそらしたくなるような眩しいアクセサリをまとったお嬢様方もこぞって集団でやってきた。無論みーんな。鬼の形相だ。
嫉妬、妬み、羨望。あらゆる感情の視線が一斉に私に向かってくる。まあ、彼は佇まいも優雅で、それはそれは素敵な王子様だったわ。
そんな人がこんな地味などこぞの娘を伴って現れたとなると…。
そりゃ、怒りたくなるよね。
「どういうつもりと、言われましても…なぜかこうなってしまったとしか」
口の中に残っていた鶏肉を呑み込む。ごはんタイム終了である。
「馬鹿にしているの?!貴女みたいな地味な小娘をあの儚げで病弱なシスリー王子様が選ぶわけないじゃない?!」
病弱で?儚げですって?私は耳を疑った。
どうやら世間に認知されているシスリー王子様という人は随分現実とかけ離れているようね。
さっき会ったばかりだけど…あの方の容姿が儚いというのは納得するにしても、中身は違うと思う。
「ああ、体が弱いのを押してご参加されたんですもの、この女に騙されたに違いありませんわ!」
巻き毛の女の子は手を組んで天を見上げると、私をびしっと指さした。
「…騙された、ですって?」
何よそれ、私の方こそ災難よ…勝手に同意なしに連れてこられたわけだし。
それでその病弱で儚げな王子様はどこ行ったのよ?!
イライラしてあたりを見渡すも、その姿は見当たらない。だからこそ、こうしてきらびやかなお嬢様に囲まれて言いがかりをつけられているわけだけど!ああ、もう面倒くさい!!
うまく逃げ出す方法をと考えていた時、給仕が差し出すシャンパングラスを見つけた。
(…これは使える)
私はにこりと笑って、そのグラスを手に取りキャンキャン叫ぶ目の前の令嬢に差し出した。
「そんなにカリカリなさってはせっかくのお化粧が台無しです。シャンパンでもいかが?」
「ふ、ふざけないでくださる?!」
彼女は反射的に差し出された手を払い、勢い余ってグラスはぐらりと傾く。
(よし!)
どんどん傾くグラスのステムをかすめ取り、その中身をわざと自分のドレスにぶちまけた。端から見たら、わざとシャンパンを倒されたように見えるかもしれない。
「え?!」
当のご令嬢は、突然の出来事に動揺を隠せない。
…悪いけど、私は一刻もこの場から早く立ち去りたいのよ。
「あら、大変。これじゃあシミになってしまう。…申し訳ありません、一度下がります。」
まんまとその場から逃げ出しつつ、これ以上誰にも絡まれない方法はこれしかない。呆然とする令嬢に軽く挨拶をして、そそくさとテラスへと逃げ込む。
「ふう、しめしめ。これで一息つけるわ。」
このままこの場所で茶番が終わるまでやり過ごそう。ドレスは一枚汚してしまったけれど、もういい。これで自称お妃候補様方も手を出せないでしょう。
「なんとも要領よく逃げおおせたようだな」
「?!!…し、シスリー王子様」
人目につかない奥の奥の方へ来たってのに、なぜここに。
「自分が負ける側でもなく、あえて相手がしたように見せかけるなんて…悪くない手だ」
「あなたのせいでしょうに!…よくもはめてくれましたね?!」
「はめたとは心外だな。随伴を許してくれと最初に伝えたはずだが」
「私は返事をしたつもりはありません!!」
いけしゃあしゃあとよくもまあ!!せっかく一人になれると思ったのに…ということは、もしかしてこの人も?
「まあ、一人になりたいのは分かる。俺も同じ理由でここいる。」
あまりにも予想通り過ぎる言葉に驚いてしまう。この王子…ほんとなんなの?!
…まあ、確かに、さっきの女の子達に夢見がちな虚像を押し付けられているのでは、本人はたまったものじゃないだろう。
「…あなたは主賓ではないのですか‥‥」
ため息交じりでそう呟いたが、彼の気持ちはわからないでもない。だからこそ強く言えなかった。
「…悪いとは思っているよ」王子は苦笑いを浮かべた。
「ところでシャンイ嬢。貴女はなぜこのパーティーに?君もやはり俺や兄上の権力や金がが目当てなんだろうか?」
…そういえば、これは第一王子と第三王子の結婚相手を決める舞踏会なんだっけ?
そういわれると軽く腹が立つ。そりゃあ、このシャンイ嬢はそうだったかもしれないから否定はできないけど。
「来る前と、来てしまったあとでは心理状態も心さえも違う場合だってあるんです。」
「へえ、それはそれは。どういう心境の変化かな?」
それにしても、彼はどこか人の神経を逆なでする言い方をする人だ。
「…あなたはよほどご友人が少ないみたい。随分と失礼な物言いですね?呆れてしまうわ。」
物言いがひどい。というか、この人自体あまり他人を信用してないのかしら?言ってしまった後のことは考えてないのかも。
「はは、そこまではっきり言われるのはとても久しぶりだ。…貴女はどうやら俺が今まであったどの女性とも違うようだな」
それは品がないとかそういう意味かしら?それよりも。私は彼をねめつけて言ってやった。
「…差し出がましいようですが、今日を心から楽しみに待っていた女性も、あなたのために多くの時間と準備を割いてきた女性がたくさんいます。そろそろ戻られたらいかがでしょうか?」
そうすればさんざん嫌味を言われたりした私の苦労も報われるというものだ。
「…そうだな、シャンイ嬢に免じて、最後くらいは顔を出すとしようか。さて…身を挺した作戦により、汚れてしまったのは白いドレスのどの場所だろう?」
…厭味ったらしい言い方をする人ね。誰のせいだと思ってるんだか!
「えぇ、えぇ。肝心のあなたが助け舟を出してくれなかったから、ほらこの通り!しっかりあとが残ってます。これ以上注目を浴びるわけにはいきません。ほっといてください!」
失敗だった。白いドレスだもの、せめて白いシャンパンを選ぶんだったわ。丁度ドレスの裾のあたりがほんのり赤くなっている。
「なら、隠せばいい」
「だーから!何のために…」
カシャン、と乾いた音がして、王子は外套を括り付けるバックルを外す。
「え?」
「こうすればいいだろう」
私が汚した腰回りを中心に覆うと、バックルやチェーンで即席の飾りをつけていく。
「ちょ?!何する気?」
あっという間に、シャンパンのシミは隠されて、豪華で華やかなマントが即席のドレスに変わってしまった。ぽかんと口を開ける私をよそに、うっとりするような優雅な仕草で私の手を取った。
「さあ、行こうか。ほら、口閉じて。」
「い、行くってどこに?!」
やや強引に手を引かれ、つかつかとホールの中央へ歩き出す。
その場にいた人々は弾かれたように左右に道が開かれていき、私と彼はその間をまっすぐ歩いていった。
「…もう少し、俺に付き合ってもらえるか?」
そんな風にじっと見つめるのはずるい。
私は、力なく頷いた。
頑張ります!よろしくお願いします。