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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
第二章・「承」 円環

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宵闇の饗宴

 

 ―― どうして、貴方はいつも泣いている?


 むせかえるような花の匂いの中、差し出されたその手を私は取ることができない。

 (また、あの声)


 ―― 私は全てを持っているのに、あなたは何を望むのだ?!


 (私を殺す、あの人の声) 

 「聞きたくない。もう嫌。もうやめて!!」


 耳をふさいでもその声は消えず、私は自分の声で目を覚ました。


「ゆ…夢。また、あの…」伸ばした手は空を掴み、瞳から涙がこぼれた。

 

 先日の菱のお茶の香りを思い出してからというもの、最近現実なのかそうじゃないのか判別がつかない夢を見る。目が覚めると、外を見て今の自分の場所を確認するのが習慣になってしまっている。

「‥‥はあ、散歩でもしようかな?」

今日はディアトル殿下の夜会の日。どうせ準備で半日はつぶれてしまのだろう。

先日薔薇園を見せてもらってからというもの、私もあの場所に足を運ぶようになっていた。特に朝のこの時間は花が生き生きとしてて見ていて気持ちがいい。私は帽子を手に取り、走り出した。


「あれ?おはよう。早いなシャンイ。」

「シス!」

手に鋏を持って首にはタオルを巻き…そこにはシャツにエプロン姿の彼の姿があった。…予想通り、何をしていても様になる人ね…。感心しながら見ていると、手に持っていた薔薇の花束をさっと差し出された。


「姫君、どうぞ。とげは抜いてあるから大丈夫。」


少し芝居がかかったセリフと眩しすぎる笑顔に、さっきまでの嫌な気持ちが晴れていくようだ。いつもならこの笑顔は得意ではないのに、なんだか今日はほっとしてしまう。私もつられて微笑んだ。

「…どうした?大丈夫か?顔色が悪い」

「いいえ、ちょっと夢見が悪くて。でも、この薔薇を見たら元気になりました。」

そう、今の私はあの夢の私じゃない。前を向いていかないと、変わらない。


 

「さて!!!今回は赤は禁止で金色も禁止ということで!!!メインの色はエメラルド系で行きましょう!」

あれから何度か夜会に出て、少しは慣れたかと思うのだけど…

「今のトレンドはフリルです!柄はツーピースのエメラルドとブルーのグラデーションに大人っぽさを強調したタッキングフリルで髪はアップ!!アクセはシルバー!!」

ああだこうだとララファが指示をして、他のメイドさんたちもせわしなく動き回る。

「はあ、はあ、髪はアップで飾りはこうで…一丁上がり!!!!」

…やはり、慣れない。今日もララファは絶好調だ…。 

 

「うん、今日もいい仕事をしているな、ララファ。」

「はい!本日のドレスは今のトレンドを意識しつつの青&緑のシスリー様カラーのグラデーションフリルがポイントです!!」

「…ララファ、いつも解説ありがとね…」


もう恥ずかしくて目を伏せてしまった。そんな私の様子を楽しそうに見ながらシス様は上機嫌である。本日のシス様の礼服は私の色に合わせて青のタイに水色のディレクタースーツだった。


「相変わらず綺麗だ。貴女に着こなせない色はないな。」

そしてこの人はいつもいつも臆面もなくよくもまあ…。こういう恥ずかしいセリフがポンポン出てくるのは天性のものなのかしら…?


「えと、シ、シスも素敵です。…その、実は今日はお渡しするものがありまして。」

「渡すもの?」

「これなんですけれど‥、覚えてらっしゃいますか?」私はそう言うと、ターナさんから受け取った白の外套を広げる。色を合わせてみても、うん、大丈夫そう。


「…もしかしてこれは初めて貴女に出逢ったときの」

「はい。私が汚してしまったドレスに着けてくださいました。…いつか返そうと思っていたんですけど、なかなか渡せなくて。銀の刺繍が少しほつれていたので、直しておきました。」


私が前世から持ってきた唯一の誇れるもの…それは刺繍の腕前だった。ほんの少しだけある個所に手を加えているんだけど、それはまだ秘密。


「…すごいな!もう捨ててしまったものだとばかり。」

「捨てるわけありません!…大事なものです。今日がシスにとって、よき日であるように。」

「ああ、よろしく頼む。…俺の姫君」

 


王国の三人の王子はそれぞれの邸宅がある、シスリーの邸宅は森の奥で割と郊外にあるのだが、他の二人の王子はより王城に近い場所に位置している、

 特にディアトルの邸宅は北の小高い丘の上にあり、見晴らしもよい。


「…なんというか、壮麗な館ですね。」


私は広間に到着してからすぐ、感嘆のため息を付いた。上を見る、円筒形で階上まで吹き抜けの天井は色とりどりの玻璃で造られており、その円天井から外光が採り入れられる作りになっていた。今日は満月、明るい月光が玻璃を通して床に模様を作る。

(豪華すぎて落ち着かない…)

なんとなく気後れして後ずさるが、その手をシス様が掴んでくれた。

「大丈夫。」

蝋燭を写すと赤く見える瞳も、今は美しい翆玉色だ。この色はいつも私を安心させてくれる。

「…はい。すみません」

気を取り直し手前を向くと、金色の光が目に入る。あれは…

「シス。」

「兄上!」

(まさかアストレイ殿下!…初めてお会いするわ)

眩しいくらいの金髪にアメジストの瞳――まさに陽属性の化身のような方。

「やあ、初めまして。君が噂の婚約者殿?」爽やかな笑顔でそう言うアストレイ殿下は、シス様とはまた違った印象の方だった。


「お、お初にお目にかかります、アストレイ殿下。シャンイ・アルヴェールでございます。」


震える手を何とか抑えて淑女の挨拶をする。


「そう硬くならないで。私はアストレイ・ブライト・エサルエス。こちらは私の妻のオフェーリアだ」

「初めまして、アルヴェール嬢。まあ、こんな可愛らしい方だったなんて。よろしくね」


アストレイ殿下の隣で花のように微笑む姿は、まさに貞女の鏡。その所作はまるでお手本のようで美しい。


(す、すごい綺麗な方…っ)恐らく私よりもずっと年上だからか、隠し通せない大人の色香のようなものがあってなぜかドキドキしてしまう。

それしても…、なんて眩しいご兄弟なのかしら。

初めて二人の王子が並んでいる姿を見るのだけど、周りの人々が霞んでしまうほど輝かんばかりの光(ロイヤリストオーラ)で目が潰れそうだ。


「ふふ、二人とも嬉しそうね。あ、ほらもうひとかたいらっしゃるわ」

呆けていた私に気遣ってか、オフェーリア様は私の肩を優しくたたいてくれた。

「あ?!は、はいそうですね…」


その時、会場がざわつき、みんなの視線が一斉に集まる。見ると、そこには肩までかかる長い白金の髪をひとまとめにした黒いタキシードの男性が深紅のドレスの夫人を伴って姿を現した。

その顔は彫刻のように美しく、サファイアの瞳が煌めいた。もしかして彼がディアトル殿下?


「やあ、二人とも。ようこそ来てくれたね」


その声を聴いた瞬間、私の心臓が大きくはねた。

 

(この声、知っている。どうして?)


 それは、夢の中で幾度となく聞いた声にひどく似ていた。全身の身体の血の気がさぁっと引いていくのが自分でもわかる。


(…私を殺したあの人の声――でも、そんなまさか)

 

「ああ、貴女がシスリーの?」 


まるで金縛りがかかったようにその場から動けずにいると、横から私を守るように大きな手が立ちはだかった。


「…すみません、彼女はまだこういう場に慣れていなくて。」

(!しまった‥私としたことが、王族の前に立ち往生なんて‥)

「も、申し訳ありません。」

「彼女が俺の選んだシャンイ・アルヴェール嬢です。…お会いしたがっておりましたね」


 シス様の取り巻く空気が一気に冷たさを増す。その瞳は赤く揺らめいていた。


「―ああ、これは驚いた。私は信頼がないね。」

「ええ、それは勿論。兄上は様々な噂がある上に多岐にわたる交友関係をお持ちのようですから」


(ああ、なんていうか仲悪そう…)発言のはしはしに鋭い刃が混じる。二人の間にはさまれ、居心地悪くいると、私の手を誰かが後ろに引いてくれた。


「…二人とも。」


アストレイ殿下が間に入り込む。


「少しは周りを気にしたらどうだ?公衆の面前だ。」


彼の言葉に二人は黙り込み、互いに背を向けた。もしかして、私を見かねて助けてくれたのかもしれない。


「そうでした。そろそろ準備もあるでしょう、兄上?」

「…ああ、ではまた。お二人とも」


そう言ってあるき去るディアトル殿下の後姿を見送りながら私は安堵した。


(うう、もう関わりたくない、あの人)


そして救いを求めるように隣のオフェーリア様をちらりと見て…私はひどく後悔した。


「あの方がディアトル様――」


人が恋に落ちる瞬間…それを目の当たりにしてしまった。

オフェーリア様はいつまでも、その後ろ姿を眺めていた。なのに…


「あとでまた、シス。私たちもいこう、オフェーリア。」

「ええ。」


声がかかると同時にふっと瞳の表情を変えると、彼女はアストレイ殿下だけを見つめていた。


「シャンイ、大丈夫か?」

「あ、…は い…。すみませんボーっとしてしまって。」


え?まさかね。私の見間違いよね?あんなに急に…一瞬で雰囲気が変わるもの?

信じられない気持ちで二人を見ていると、その時横を向いたオフェーリア様と目が合ってしまった。


「…!…」


その瞳はほんの一瞬氷のように冷たくなり、すぐに優しい笑顔に切り替わった。

何だか、闇深い深淵を見てしまったようで私は身震いした。


(女の人って怖い…)途方に暮れていた、その時。


「キャー!!あなたがシャンイ様?!」


何かが思い切りがばっと私に抱き着いてきて、顔のあたりに柔らかな感触の物体がぶつかる。   

「わあ、ちっさくてなんてかわいいのかしら?!」


 それはシス様程高いのに、途中に大きな二つの山が邪魔して思い切り見上げなければその全貌は見ることができなかった。


「え?え??」


やっとの思いで見ると、その瞳はきらきらと輝いて、燃えるような赤い髪が見えた。

 

ブックマーク登録ありがとうございます。少しでも面白いと思っていただけるよう精進します!

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