奥深く潜みし心
「それで、言伝とは?」
「うん、まず夜会に来ていくドレスとその飾りに絶対に赤を使わないこと。第二王子と夫人のお気に入りの色らしいよ。それと、黄金細工の装飾品を最近新調したみたいだから気を付けて。っていうのがレシア社長からの言伝」
「それは‥わざわざ口頭で伝えなくても…」と、言いかけてあることに気が付いた。
エサルエスでは、黄金の発掘量は極めて少ない。良質のものは特に、他国からしか入手できないものばかりだ。特に金の時価は最近高騰しており、手の届かないものといわれている。そんなものを新調なんて一体どこで?
(エサルエスには鉱脈は多くはない。新しく発見されたとも聞いてないし、まさかヴァルカンク?)
ヴァルカンク…北の山国で、エサルエスとは同盟関係にある。鉱脈も豊富で、装飾品の素材はほぼそこら流れてきて、こちらで加工する。交流も頻繁だが、盤石の同盟というわけでは決してないのが現状である。
「そうそう、実は菱で最近やたらと出回っている武器がある。」
「武器?」
「そ。主に火薬を使ったもの、つまり銃器だよ。確かこの国にもあったよね」
「銃器…まあ狩りには使われるが、あれを人間相手に使わないのが常だ。…まさか菱で武器に実用されているのか?」
銃器――
筒状の銃身に火薬を詰めた弾丸と呼ばれる飛翔物体を高速で発射する。エサルエスでは実用はされておらず、高尚な身分の者にしか扱えないいわば貴族の玩具である。
理由としてはあまりの殺傷力の高さと、この国は剣と騎士道精神が根付いている為武器は銃よりも剣で戦うものが当然だからである。また、大量生産はできるほどの設備も技術も多額の金が発生するものとされており、現実的に無理な話なのだった。
「まあね。まだ試用段階だけど、菱では多量に持っている連中も増えているそうだよ。…しかもなんと、北のヴァルカンクから安価で手に入るらしい」
「…それ、本当か?」
あの国は山岳地帯にある。山から吹く風が不安定な為、ある程度の量の物資を菱に直接航行できるようなルートはまだ確定されていないと聞く。
「…つまりは、エサルエスの港に窓口があるということか?でも港の管理は…」港の治安管理、及び輸出輸入の統括はディアトル‥‥。武器の類は厳重な承認と管理が必要とされる筈だ。
「彼がどうとかいう確証はない。港内にはまだ広まっていないけど、彼に対して根拠のある疑いを持つべきだ」
ライの言葉は極端すぎる。だがレシア義姉上が関わる以上無視できない。
「そこまで俺に教えてどうするつもりだ。真偽の程がわからない以上その情報に意味はない。…信憑性は高そうだが。」
情報などというものは確定があってはじめてその価値が生まれる。噂や作り話なんていくらでも作れるものだから。
「わからない?君の国も僕の国と同じような火種があるでしょう。その筆頭が第二王子だろう?アウロス港を経由する以上、誰がもっていてもおかしくない」
「… 用心するに越したことはない、か。」
つまり、俺に…ひいては傍にいる彼女にも危険があるということか。
「君は危なっかしいから、僕がそれなりの権力を持つまでシャンイを守っておいてくれないと。」
( いけしゃあしゃあとまあ…やはり追い出そうかこいつ。)
「…よくわかった。この情報を正しく届けることができるのは、確かにライだけだな。」
「そういうこと。僕は僕の利益の為に動くけど、カルロと仲良くした方が実りが多そうだしね。だからこの情報提供は信頼してね!の証だよ。」
こいつは本当にどこまでも胡散臭いやつだな…。
「あの~…お話し中でしたか?」
すると、シャンイが恐る恐るやってきた。
「あ!待ってたよ。どお?準備できた?早くお湯をすすいで♪」
さっきの開き直りの腹黒い発言にも軽い怒りを覚えたが、今のあざとさも殴りたい衝動に駆られるものだ。
三つの茶碗にお湯を注ぐと、茶葉に包まれていた鮮やかな黄色の花がぱあっと開いた。とたんに甘酸っぱい香りが広がる。
「花茶というんだ。茶碗を透明にすれば見た目ももっと綺麗だけど、白磁の器にも映えるだろう?」
「へえ、…見た目も味もこだわるのは菱の国特有なのか?」
エサルエスの紅茶は色や花びらを入れることはあっても花をまるごと入れる茶は見たことがない。器の中でふわふわと花びらが漂っていて美しい。
「…綺麗。」
隣のシャンイは嬉しそうにその花を眺める。…その瞳はどこか懐かしむようで、どこか儚げだった。なんとなく、ライの言葉が胸に刺さる。
―― 彼女が話しにくいことがあるとすれば、君の信頼が足りないからでは?
ああ、やはりライは気に入らない。彼女のああいう表情、俺は見たことがないのにいとも簡単に引き出してしまったのだから。
(想うだけでは…傍にいたいと願うだけではだめなのだろうか。)
「さて、そろそろ帰らないとレシア社長に怒られてしまう。」
日も傾き始めたころ、ライが席を立った。
「はい、お姉さまによろしくお伝えください。」
「勿論!カルロも、今後ともよろしくお願いいたします。」わざとらしく礼をするライに多少イラつきながらも応じた。
「…まあ、まだ検討中だな。」
「…?何のお話ですか?」
「商売の話だよ!僕は商人だからね。あ、そうだ。ねえシャンイ。」
「はい?」
シャンイが顔を上げると同時にライはそのまま頬にキスをした。…俺の目の前で。
「またね、シャンイ。」
「… …は い?」
「‥‥おい、ちょっとまて!!?」
掴みかかろうとしたが、あの軽い身のこなしで軽々とよけられてしまった
「あはは、そんな怒んないで!頬で我慢したんだ、褒めてほしいくらいだよ!それじゃあね!」
そう言うと、目にも止まらぬ速さで馬に飛び乗って行ってしまった。
「シャンイ!!」
「‥へ?!な、なんでしょう?!」
俺はさっきの光景はなるべく抹消するように尽力して、息を吐いた。
「少し、付き合ってほしいところがあるんだ。」
とっさに身構えたシャンイは、この発言が意外だったのか、目を丸くして驚いていた。
**
「ここがウォールガーデンと呼ばれているのは知っているね。」
夕焼けのオレンジ色に染まった森の中を、危ないからと手を引かれ歩いていく。けものみち…とまではいかないにしても、確かに歩きづらい道のりだった。
「はい、どこへ行くんでしょう?」
しっかりと握られた手は大きくて力強い。
歩調も合わしてくれているようだし、前を歩く広い背中は頼もしくて、なんだか安心してしまう。てっきりさっきのライ王子のやり取りで色々言われるのかとも思ったので安堵した。
「先代の王と王妃が残したのは、この館と領地だけではない。庭もいくつか残していて…手入れされていない場所もあるが、数年前から少し手を施していたんだ。」
手を施していたというのは、シス様本人だろうか?
「まさか、庭いじりをされていたんですか?!」
「…まあ、植物は手はかかるが文句は言わないし、人の手がなければ生きてゆけないものもある。本当は満開になってから見せようと思ったが、まあ八割以上は咲いているし、頃合いかと思って。」
「…頃合い?」
そこは館から少し離れた場所にあり、遠くから見ると煉瓦の塀に囲まれて見えなかった場所だ。私も初めて来たのだが、急に開けた場所に出て――、その光景に息をのむ。
壁に囲まれた内側はいくつかの花壇に分けられていた。木製のつる薔薇のアーチ門をくぐると、色とりどりの種類の薔薇が競うように咲き誇っていた。
「わ…あ…!すごい…!」
「奥の方は大方咲いたが、手前の方はまだ枝が若くて花も小さいし、つぼみも多い。」
確かに、手前には小さな薔薇がちょこんと咲いているが、奥の大振りの薔薇はとても美しい。
「何種類くらいあるんですか?!」
「オールドローズや野いばらも含めるとざっと120種類位。昔からの苗がほとんどだけど、増やしたものもある。」
この美しい王子様が麦わら帽子をかぶって鋏をもって植物の世話をしている姿なんて想像できない…。まあ、この方なら何をやっても様になりそうだけど。
「どうして今まで隠していたんです?ちっとも知りませんでした。もっと早く教えてくれればよかったのに。」
「まあ、人に言える趣味でもないし。」
そう言って彼は少し頬を赤く染めて屈みながらそっぽを向いてしまった。もしかして照れてるのかしら?微笑みをこらえてみていて、ふと思った。
そういえば、と。シスリー様は私に色々と自分のことを話してくれているけど、私から聞くことはなかったかもしれない。勿論、自分のことも。
(私…やっぱり心のどこかでシス様を信頼していなかったのかもしれない。自分の事でいっぱいいっぱいだったから、なんて言い訳に過ぎない)
「シス…は、えと、ど どの薔薇が好きですか?私はこの淡いピンク色の薔薇が好きです。」
「俺はやっぱり白のクォータ・ロゼット咲きが一番かな」
「クォータ・ロゼット…?」
「ああ、花の中心が複数に割れて咲いて香りが強くて…」そこまで説明していたのに、途中で固まってしまった。
「い、今なんて」
「…さ、様つけはなしでしょう?以前そうおっしゃいました。」
人がせっかく少ない勇気を振り絞ったっていうのに、思った以上に反応が薄くてちょっとだけ後悔してしまう。
「言った。…よく聞こえなかったから、もう一度お願いできるだろうか」
しかしその後悔なんて吹き飛ぶくらい彼は屈託なく笑うので、思わずときめいてしまった。
「し、シス…」私が言い終える前に、たくましい腕の中に閉じ込められてしまう。
「…そうやって呼ばれると、距離が近くなったみたいで嬉しい。」
「…あの、私」すると、急に顎を掴まれて上向きにされ、なぜか頬にキスが落とされる。
「?!!」あまりのことに、私はびっくりして彼の腹に拳で一撃いれてしまった。
「うぐッ…何をするんだ」
「き、急にあんなことしてくるから!!」
「さっきのライの時は全くの無反応だったろう?」
あ、やっぱりさっきの事気にしていたのね?!確かにライ王子は気にしないんだけど、この方に同じことされたら…それは困る!!しかもあの状況で唇じゃなくて、頬にするってどういうことよ?!
「も、もう!ライと貴方じゃ色々勝手が違うんです!!」
そんな自分の考えに赤面してしまう。何を考えてるの私?!夕焼けで分かりにくければいいのに、何てことを思ったのだった。




