風が運んだ来書
「聞きました?第三王子殿下の噂。」
「聞きましたわ、婚約者を伴って夜会に参加したんですってね」
「実はたまたま同席したんですけど、婚約者の方というのが珍しい髪の色をお持ちで、レシアブランドの最新のデザインのドレスをお召しになっていて‥とてもおしゃれですの」
「まあ!お茶会などされないのかしら?」
貴族の噂というのは、瞬く間に拡大する。良い噂も悪い噂も――
ツェルヴェン家のパーティーの二日後、シスリー王子とその婚約者の噂は瞬く間に拡大した。それは貴族のみならず民衆の間にも尾ひれが付いて広がりを見せているようだ。
「まず、この館に奉公したいという者が殺到しています。あと、夜会の招待も以前の10倍くらいでしょうか」
「…奉公に関しては、任せる…といいたいところだが、現時点で不足を感じないようであれば人員補充はするな。招待状は…重要だと思うものだけこちらに回してほしい」
ツェルヴェン家の夜会を終えてからというもの、周囲の目や反応は明らかに変化した。
王城に出所すると以前の倍はどこぞの貴族令嬢に声をかけられるし、そのほかの同年代の男性諸君は彗星のごとく現れた美しき婚約者シャンイ・アルヴェールという存在に興味津々である。
「まあ、婚約という名目はとても都合がよろしいものですからね。中にはシスリー様のお見合いの手紙もございました。」
「…お見合い。どこの馬鹿だそいつは。そういうのは無視して構わない。」
呆れたように吐き捨てると、シュナイゼルが一通の招待状を差し出した。
「これは…ジルニード家の紋章。フランシス公子?」
「さようでございます。これは妹君のキリエ様と連名の招待状です。こちらはお返事を早急にされた方がよろしいかと。」
「わかった。…そうするよ。」
その時、遠慮がちなノック音が響き渡る。
「失礼いたします。」メイド長のターナだった。
「ターナ?何かあったのか?」明らかに困り果てたような表情に嫌な予感がよぎる。
「…はい、実はお客様がいらしているのですが…も、申し訳ありません、シュナイダー様もいらっしゃらなかったので…」
俺とシュナイダーは目見合わせて互いに首を傾げた。そして…嫌な予感は的中した。
「やあ、久しぶりだね!シャンイ・アルヴェール」
玄関先で山のような贈り物とともにはじけるような笑顔で姿を現したのは、菱国の第18皇子ことライだった。
「…どうしてあなたがここにいるんでしょうか?」
黒く長い髪を高く結び、紫紺の着物を着用して得意げに笑う青年…かつてシャンイに求婚し、こっぴどく振られた挙句暴力で物を言わせようとしたあの青年だった。
「うん、シスリーの家がここだと聞いてやってきたんだ。」
「そ、そうですか。よく来られたものですね…。それでこの色とりどりの玉や装飾品、衣の数々は…?」
「勿論、貴女に贈るためです、シャンイ。あと、こちらの箱は貴女に仕える美しい侍女の皆様方へ」
ライがそう言って飾りのついた箱を差し出して、ふたを開くと周りのメイドたちは色めきだった。
「えぇっと…。ごめんなさい楽しんでるところ悪いんだけど、シス様が…」
「その必要はない。…お引き取り頂けるかな、ライ殿」
明らかに不機嫌な様子で彼が姿を現した。
「やあ、久しぶりだね!…あれ、今日は傭兵姿ではないんだね?」
ライの発言にメイドたちが軽くざわついた。
「… その仰々しい贈り物もお返しする。お引き取りを…」
「いやいや、姫君にお渡しするこの品々は、アルヴェール商会から許可をもらっておりますので」
「「?!!」」
私とシス様は驚愕した。どうしてここでアルヴェールの名前が出てくるのだろう?!お姉さま、いったい何をしたっていうの??
「…な なぜアルヴェールが」
私がそう言うと、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべてライが告げた。
「今の私はアルヴェール商会と唯一赤珊瑚の装飾品を取引する菱国の商人でございます。この度はお二人の婚約記念にと、こちらの品々をお届けに上がりました。勿論、レシアブランドとの共同制作でございます。ほら、レシアブランドの刻印もあるでしょう?」
得意げにそう言って見せた赤珊瑚のネックレスをまじまじと見ると、確かにレシアブランドの刻印が押してあった。この刻印は正規商品にしかつけられない正真正銘の紋章だった。
「う、嘘…お姉さま…」
あんなに厄介な連中に目をつけられただの言っていたくせに、やはり儲かりそうな商売には確実に乗っかるのね?!ほんと、お姉さまらしいというかなんというか…
「もし私を無下にするものなら、こちらの品々は返品とレシア様にお伝えしてよろしいんでしょうかねえ。妹君を想い丹精込めて作ったでしょうに」
ライは大げさにため息を付きながら、いそいそと片付け始める。
冗談でしょう?!これを返品しようものならお姉様に何を言われるかわからないじゃない?!
「…わ わかった。品物は受け取るとしよう。…いっそのことお茶でも飲まれるか?」
根負けである。シス様は不快感を全面に押し出せながらもてなすことにしたのである。
「ありがとう!そう言ってくれると思って、菱の茶器と茶葉を用意したんだ!」
シス様を無視し、笑顔で私にそれら一式を渡してくる。
それは青磁に花柄があしらわれたものだった。茶缶も同じ柄で、ふたを開けてみると、中にはころころとした茶葉に糸が巻き付けられていたものが入っていた。
「えっと、これは…」
「これは茶葉と一緒に花が包まれているんだ。どんな花かはお湯を注いでからのお楽しみだよ」
ふわりと漂う香りは紅茶よりも甘く、葉の香りが強い。
(あれ?…この香り知っているわ)
それはごく最近ではなくずっと遠い昔から知っているような気がする。
「シャンイ?」
「え?あ、はい。い 今お湯をもらってきますね、茶菓子も一緒に。」
シス様が心配そうにこちらを見ると、私はあわてて笑顔を繕い、茶器をもってその場から移動した。
「変な薬などつかってないだろうな」
「失礼だな。彼女が何か言いにくいことがあるなら、君の信頼が足りないからじゃない?」
ライの言葉にシスリーは反論することができなかった。
(危ない危ない。…様子がおかしいと思われなかったかしら…)
ほっと胸をなでおろしたものの、心の奥底がなんだか落ち着かない。様子がおかしいと思われたらどうだというのだろう?べつに隠す必要もないのでは?一人で自問自答をしても、答えは見つからず宙を漂う。
(…私には前世の記憶がある、それがどうしたっていうのだろう。)
一番怖いのは信じてもらえないこと…でも。
―― 重要なのはパートナーを信じること ――
ダーリャ様の言葉が脳裏をよぎる。私は、彼を信じているつもり…だけど、本当にそうなの?本当に信じているなら、話すべきではないの?ひとりで葛藤していると、声をかけられた。
「シャンイ様。何かお入り用ですか?言ってくださればこちらで用意しましたのに」
「…ぁ、シュナイダーさん。す、すみません!」
自分が立っている場所は扉のすぐ前だったことに気づき、あわててその場を避ける。
「せっかくだし、自分で用意しようかと思って。」
ふわりと漂う花茶の香りは懐かしさと僅かな罪悪感で、なぜか泣きたくなってしまった。
***
シャンイが去った後、応接間には気まずい沈黙が流れていた。そんな沈黙に耐えかねたのか、ライの方から声をかけた。
「歓迎してないのは分かるけど、表情に出すぎではないの?」ライの問いかけに面倒臭く答える。
「一度殺されそうになったんだ。どうして仲良くできると思う。」
「まあまあ。今日の敵は昨日の友っていうしさ。あれ?逆だったかな??」
ライの言う通りなら一生敵同士だ。そんなことを思っていると、突然ライは一通の手紙を差し出してきた。
「そうそう、実はレシア社長から手紙を預かっているんだ。ほら、これ」
「社長…」
こいつとレシア義姉上はどういう関係性なんだろうか?手紙にはきちんとアルヴェールの印が押してある。偽物ではないようだ。中を開けると、一通の手紙が入っていた。
~親愛なるシスリー殿下へ
うちの妹は元気にしているでしょうか?シャンイのドレスのデザインは気に入っていただけているかしら?要望があればお答えいたします(価格は相談で)、絹からパールまでオーダーメイドで対応!よろしくお願いいたします。
ちなみにライに関しては純粋な商業パートナーなので、悪しからず。それとライもシャンイを狙っているみたいなので、あえて言わせていただきます。結婚まではまだまだ他人です。あの子からならともかく、貴方の方から手を出した場合想像も絶する報復があると思い知りなさい。これはライにも伝えているから、肝に銘じておくように。 レシア・アルヴェール~
「………」読み終えた後、なぜか悪寒が走る。ご丁寧に手紙の末筆にインクが滲んでいるのは偶然ではないだろう。
「いやあ。おっかない人だ。僕の人生上敵に回したくない人だよね。」
それに関しては気に食わないが同意を感じた。
「…それで、なぜライがこの館に来た?…まさか本当にシャンイを口説きに来たわけではないだろう。義姉上も一緒になってアポを強行した理由は?」
こいつの行動はいい意味でも悪い意味でも理由がある行動なのだと思う。
「君たちは数日後に第二王子の夜会に呼ばれているんだろう?実は社長がとても心配していてね。手紙の他に託されたものを預かっているんだ。」




