間章~夜が更けて~
「パパ!おかえりーー!!」
「あなた、お帰りなさい。」
ジルニード公爵家、別邸――――
堅苦しい夜会のあと、自宅に戻ったフランシスを待ってたのは、暖かい家族の出迎えだった。
「ただいまー、ジャンヌ、ユリア。こんな夜遅くまで待っててくれたのかい?」
「うん!きのうのご本のつづきよんでくれるんでしょっ?」
3歳になったばかりのジャンヌは、あくび噛み殺しながら抱き着く。そして遅れるように、長男のリオンもやって来た。
「お帰り、父上。」
「ただいまリオン!」そう言ってジャンヌを抱えながら手を広げるが、全く相手にされなかった。
「…はあ、子供じゃないんだから・・・」
「…リオン、子供はお前だろう。ほんと誰に似たんだい…全く」
今年10歳になる長男のリオンは、年齢にそぐわず冷めている。大人びているというべきか、マイペースというか。いつも本を読んでいることが多く、今では大人でも読むのが難しいような本さえ読破してしまうのだった。
「あらあらあらー。夜会嫌いのお兄様が帰ってきたあ!」
茶化すように現れたのはフランシスの妹キリエである。フランシスも相当背が高い部類に入るが、このキリエもまた別格だ。ヒールの高い靴を履くとフランシスと並ぶほどである。
「ねえねえ、お世辞にも仲の良くないツェルヴェン伯のわがまま娘の誕生日会に行くなんてどんな面白い理由?」
「キリエ、お前ねえ…。口の利き方」
「だって実家だもーん。誰も聞いてないでしょ。それにケイトリンと私が仲が悪いのなんて有名なお話よ?ねえねえ、それよりどんな面白いことがあったの?」
キリエは好奇心に満ちたきらきらしたまなざしでフランシスを見た。ジルニード家の特徴というか夜会を出た後の情報交換は必ず行うのだ。特にこのキリエは、女性ながらに政治や国勢に関心があり将来の夢は国政に関わることらしい。兄としては 普通の幸せをと願うのだが、キリエの性格上本当の幸せは普通の女性が得るものではないのかもしれない。
「ああ、シスリー殿下だよ。」
「シスリー殿下?あのおとなしい?婚約したしとかなんとか」
(大人しいねえ…)あれは大人しいというよりもただ爪と毒牙を隠していただけだと思うのだが、世間の認識はそんなものかもしれない。
「その婚約者殿と今日の夜会に出ていたんだ」
「え?!何それ見たかったわ!お兄様ったら何も言わずに行っちゃうんだもの!どんなひと?」
「シャンイ・アルヴェール嬢といったな。なんとも将来が楽しみな方だったな。」
「!アルヴェールってあの?!」
「そう、お前の好きなブランドの。あそこの妹君らしいよ」
それを聞いてキリエが満面の笑みを浮かべる。キリエはその身長のせいもあって、身に着ける着衣はほぼレシア・アルヴェールのブランドだった。
「嘘!仲良くなれるかしら、私!」
「あら、それは私もとても興味がありますわ」
「だろ?!そう言うと思って茶会の確約もらってきたよー」
「きゃー!お兄様大好き!!招待状私が作っていい?!」
抱き着こうとしたキリエだったが、腕の中には待ちきれなくて眠ってしまった姪っ子の姿があった。
「あら、ジャンヌ寝てしまったのね。」
夫人がそう言うと、ジャンヌを優しく抱き上げた。
「アンネ、悪いけど寝かしつけてくれるかな?」
「ええ、ほらリオンもいくわよ」
しかしリオンはフルフルと首を横に振ると、フランシスの隣に腰かけた。
「あらあら。甘えん坊さんね?…お願いできるかしら、フランシス」
「ああ、大丈夫。眠くなる前に言うんだよ?」
リオンはこくんと頷くと、フランシスの傍らで本を読み始めた。
「今は何読んでるだ?」
「エサルエス王国の歴史についての王国書。王家監修は嘘が多いから、外部版を読んでる。」
「…本当に十歳とは思えないな。…でもそういえばアルヴェール嬢も16歳だったな」
「「16歳?!」」
何気ない一言に、キリエとリオン二人が反応した。
「これは運命ね!私と同い年なんて!!」
「僕とたったの6歳差で王城入り…」
それぞれ何か感じるものがあったらしい。そんな二人をほほえましく思いながら、フランシスはかつて恋焦がれた女性を思い出していた。
フロラ・エステリオン。シスリーの母親だった。目を瞑れば鮮明に浮かぶあの薄青色の髪と憂いを帯びた横顔。
「そういえば私の初恋は10歳だったなあ。今は妻が一番だけど、リオンと同じ年齢だな。」
「僕は忙しいので女性に構っているじかんがありません。」
つれなくそういう甥っ子の頭をなでながらキリエは笑った。
「初恋はこじれるっていうものね…私も素敵な恋をしたいわあ。」
「まあ、惚れた弱みってやつだよねえ。どうにも気になるんだ、シスリー殿下が。何せあの顔だからねー」
そう言いながらも、フランシスは確信にも似た予感を感じる。
(そう、彼に足りないのは経験と場数。あの方に似たあの容姿と陛下と同じ瞳の色はそれだけで王家の権威を象徴するに相応しいだろう。)
どんな経緯かは知らないが、貴族でもなく王家に関わるものではないあの姫君を選ぶというだけでも大したものだと思う。しがらみのない貴族以外からの出自が王子の妃になるなんて、民衆から人気が出るに決まっている。
「キリエ、招待状は検分するが、なるべく早めに出すように」
「はーい、わかったわ兄さま!」
面白くなってきたものだと、フランシスは笑った。
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「あ、お帰りなさいませ、シスリー様にシャンイ様。」
「うわあ、なんですお葬式みたいな顔して。」
館に戻ると、侍従のアイルとジャネットが開口一番そう告げて迎えてくれた。
「いや…、ちょっと色々あってな…」
「私もです…。」
二人そろって重いため息を付く。
「どーせ見目麗しいお二方ですから?異性に囲まれて困ったんじゃないですかー?」
茶化すようなジャネットに反論する気概もない。真実その通りであって、二人ともダーリャ夫人の助け舟がなければもっと疲労困憊となっていただろう。
「ああ、…シスリー様らしいというかなんというか。」
「どういう意味だアイル…。まあいい、シャンイ疲れてはいないか?」
「あ、はい。…でもさすがに疲れてしまいました…」
そんな二人の様子を黙っていた執事の眼鏡が光った。
「そうおっしゃられるだろうと思いまして。来週は倍の夜会に参加の意を示しておきました。」
二人は瞬間的に固まったが、諦めたように息を深く吐いたのだった。




