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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
第二章・「承」 円環

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深謀と権謀と

 

「まさか、あの殿下が婚約者を連れてくるとは。驚きですね。」


 ツェルヴェン伯がホールにてシスリーを見ていると、後ろから声をかけられた。


「残念でしたな、ケイトリン様もお美しくていらっしゃいますが、殿下のお眼鏡にはかなわなかったようで。目論見が外れてしまいましたか?」


 声の主はせせら笑うようにこちらを見ていた。振り返り、軽くにらみつける。


「ジルニードの子せがれか…」


 そこには、燃えるような赤い髪の青年がたっていた。

思わずその姿を見てツェルヴェンは顔をしかめた。この青年の優秀さは認めるが、正直に言うと好きではない。


 エサルエス王国には、代々王家に仕える四つの名門の家柄がある。


 宰相、政治的権力を持つジルニード公爵家を筆頭に、武家の名門マイルス伯爵家、皇后を輩出するエステリオン侯爵家、そしてツェルヴェン伯爵家である。


 その中でもジルニード家は代々宰相を務めており、その力は王家の権威を凌ぐほどといわれている。特に長子フランシスは稀代の天才といわれる頭脳の持ち主である。


「なあに、婚約など破棄してしまえば何もならない。殿下もすぐに飽きることだろう」


 ツェルヴェン伯が笑うと、フランシスもまた笑った。


「破棄ねえ…。残念ながらケイトリン様では役不足のように思えますが?ま、下手なちょっかいを出して返り討ちに合わないよう十二分にお気を付けくださいね。」


 片手をあげて去る彼の姿に、ツェルヴェン伯は顔を真っ赤にしてにらみつけていると、ケイトリンがは花のような笑顔でこちらに向かってきた。


「お父様、こちらにいらしたのね?……どうしたの?」

「お、おおケイトリン。こんなところに主役が来るものじゃないよ」


 ツェルヴェンはなんとか表情を取り繕うと、改めてケイトリンの姿を見た。蜂蜜色のブロンドに愛らしい空色の瞳。


(うちのケイトリンがあの成金上りの家の娘に劣るだと?!)


確かにあの娘のような佇まいはできないかもしれない。だがこれからどんどん美しくなるのだ。


「ねえ、お父様。私とシスのダンスを見てくれた?ああ、なんて素敵なのかしら!私の王子様!」 

「勿論だとも。みんな二人に夢中だったよ!きっと神様の祝福があることだろう!」


 実際、シスリー王子の執務の辣腕ぶりは評判が高い。

ただ、彼自身表舞台に顔を出さないのもあり、どうしても上の二人の王子…特にディアトル殿下の立ち回りが目立ってしまうためあまり周囲に認知はされていない。


 しかし、もし彼が表舞台に立つことになるとしたら…あの国王陛下譲りの双眸に亡きフロラ妃によく似た容貌はどこにいても目立つ。しかもこれからの動きであの迷信を覆すようなことになれば…。


(血統は申し分ない。うちのケイトリンだって、あのエステリオン家の妻の血を引いているのだから)


「ねえお父様、シスと一緒にいたあの令嬢、二人はまだ婚約なのよね?それにエサルエスの王族は複数の妻を持つのが許されているわ…。私にもチャンスはあるわよね?!」

「勿論だとも。……そうだ、茶会を開こう。シス様ともっと仲良くなれるように、私も尽力するよ。…愛しい娘のためにね」


可愛い娘のわがままと、己の目的の為に嘘を混ぜこんだ。瞳に、野心の炎を宿らせて。


 

「ああ、ヤダヤダ。小物と関わると頭の悪さが移る。」


フランシスはダンスホールに赴き、ダンスを終えたシャンイとシスリーに歩み寄る。

周辺の幾人かも同様の目的で二人の元へ近づこうとしたが、フランシスの登場によりあえなく退散した。

フランシスがひらひらと手を振り声をかけると、シスリーは驚いたようにこちらを振り返った。


「シスリー殿下、よい夜でございますな。お二人とも麗しい絵画のようでしたよ。」

「…フランシス・ジルニード。」


 シスリーが軽く立礼すると、それに続いてシャンイも後にならった。


(なるほど、この方が婚約者か。)


 隣にいる婚約者殿をわざとじっくり見るが、その視線を受けても彼女は恐縮するどころか笑って受け流した。


「初めまして、シャンイ・アルヴェールと申します。…シスリー様、この方は?」

「エサルエス王国宰相の副官、フランシス・ジルニードだ。…貴公もいらしていたとは。挨拶が遅れて申し訳ない。」 

「いいや、私は遅れてきた身ですので、お構いなく。…初めまして、アルヴェール嬢。私はフランシス・リブラル・ジルニードです。お見知りおきを」

「はい、よろしくお願いいたします。」

「…ふむ、よく戻ってこられましたな、シスリー殿下。しかも強力な手札をお持ちのようだ。」


 実は本当はこの夜会に興味関心など一ミリもなかった。だが、もう二度と表舞台に姿を現さないと思っていた第三王子が婚約者を連れてくるという面白い噂を聞いてやってきたのだ。


「シスリー殿下、実は私は貴殿にとても期待をしているんです。…何かあればいくらでもお力をお貸しいたしますよ。婚約者殿も、ね。」


 本来なら王族に対してのこの物言いはありえないが、フランシスは特殊だった。それほどまでに彼の手腕は一目を置かれている。


「ああ、覚えておこう。…もっとも、すでにお力を借りてしまっているようだけど。」


 シスリーは目で回りを見やる。


その場にいる名のある貴族たちは皆こちらの様子をうかがいながら、時には互いに何かを囁きながら見ている。シスリーに話しかけようにも、自分たちよりも身分が高いフランシスを押しのけるほどの勇気を持つ者は皆無だった。


「雑音にいちいち耳を貸すほど暇ではないので。」


シスリーは周囲に聞こえるように冷たく言い放ち、一瞥する。


「あはは、相変わらず他者に容赦のない王子殿下だな。私は貴殿のそういうところ、好きですよ。婚約者殿共々、今度我が家の茶会にいらっしゃいませんか?」

「…ああ、ぜひ。」


 シスリーの言葉にフランシスは驚いた。以前のシスリーでは考えられないような前向きな返答をされるとは思っても見なかったのだ。


(へええ。これは本当に面白いな。この変化がこアルヴェール嬢の力によるものが大きいのだとしたら、これから先が本当にわからなくなる) 


「おっと失礼!引き留めてしまいましたな。…それでは、アルヴェール嬢、お近づきのしるしに一曲いかがでしょうか?」

「ええ、もちろんです。よろしくお願いいします。」


 そんなやり取りの後、フランシスとシャンイの後姿を見送っていると、気が付いたら複数の令嬢に囲まれていた。


(あ‥しまった)


 実を言うと、数々ある夜会の招待を断っていたのはこういう状況が面倒だからである。

いちいち断りを入れるのももちろん、その為に一人一人にかける言葉を考える時間がとても勿体ないと思う。


「シスリー。」


 辟易していると、取り囲んでいた令嬢たちがさっと左右に分かれた。その先には凛として歩く叔母の姿が見えた。


「叔母上」

「ふふ、お時間よろしいかしら?」

「ええ、喜んで。」


 シスリーが快諾すると、令嬢たちは諦めたようにその場から離れていった。


「まったく。上手な女性のかわし方も勉強しておくことね。…少し話しましょう」


 **


 テラスに出ると、夜の冷たい風が吹き抜ける。


「…貴方は丸くなりましたね。」

「そうでしょうか。」愛想なく答えると、夫人は苦笑した。

「あら、優しい表情を見せるのは彼女の前だけなのかしら?」

「…まあ、彼女に嫌われたくはありませんから」

「あらあら、相当あの子に入れ込んでいるのね。…とても素敵な女性ね。これから先が楽しみだわ。しっかり掴んでおかないと周りが放っとかないから気をつけなさいね。」


 悪戯ぽく夫人微笑むが、その表情はふっと憂いを帯びた。その表情の意味をなんとなく察して、言葉を紡いだ。


「シャンイが」

「え?」

「彼女が俺にこう言ったのです。俺の人生を光と希望に満ちたものにしてみせるって。迷信なんて、国の都合のいいように作り上げられた偽りだと。そう言ってくれました。」


 その言葉がどれほど自分を勇気づけてくれたのか、どれほど救われたことか。恐らく彼女は知らないだろう。いつか伝えられたらと心から思う。


「…そんなことを。言ってくれたのね…そう。」

「…俺は彼女を手放すなんてできない。…逆はあるかもしれませんが、そうならないようこの手に掴んでいくつもりです…」


 そこまで言って、自分で自分が恥ずかしくなってきた。

咳ばらいをして夫人に向き合うと、その瞳には涙がこぼれていた。


「?!…あの、叔母上?」


「いいえ、…そう、なのね。そんな風に言ってくれたのね…」


 どうしようか戸惑っていたが、とりあえずハンカチを渡した。


「その、気分を害されましたか…?」


 恐る恐る訪ねても、叔母上は首を振るだけだったが、少したってから深く息を吸い込んだ。


「ごめんなさいね。…でも大丈夫。貴方もきっと大丈夫ね。」

「叔母上…」 

「さあ、それだけ聞けたら十分だわ。…安心しました。そろそろあの子のところに行ってあげないと、ほら、もう取囲まれてるわ」


 言われてみると、ホールの中心でダンスの相手を求める長打の列ができている。…皆シャンイ目当てだろう。


「…俺も彼女ももう少し夜会慣れしたほうがよさそうですね…」


 これだから貴族の集まりは…と言いかけてやめた。


「シス。…先に謝っておくわ。うちの主人が身の程をわきまえない無礼な振る舞いをこれからあなたに仕込むかもしれないけど、相手にしないでやって。…私もできる範囲で阻止します。」


これは恐らくケイトリンとのことを言っているのかもしれないと、内心思ったが口には出さなかった。


「ええ。覚えておきます。」


 夫人はシスリーを見送った後、空を眺めた。多くの星々が優しく瞬いていた。


『俺なんて、捨て置いてください』


 かつて、氷のように冷めた瞳でそう告げた少年は、そこにはもういなかった。


 

 

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