動き出す時間
私の晴れ舞台、ディアトル王子の夜会を2週間後に控えたある日のこと。
「はぁっはぁ…うう、きついですシュナイゼルさん…っ」
「はい、よくできました。うん、元々の所作が美しいので、あとは型と流れを合わせるだけですね」
猛烈特訓と称して、執事のシュナイゼルさんにダンスを教えてもらって1週間。毎日毎日作法やらマナーやらダンスやら、館の皆さん全員に力を借りて教えてもらっている。
「いや…久しぶりだと、結構息が上がるものだな。」
今日は週の最後、お休みのシス様ともどもしごきにしごかれた。シュナイゼルの眼鏡が光る。
「ふっ。しばらく楽をしてお過ごしでしたね、シスリー様。ステップを技術力でどうにかしても、キチンとモノにしていないとすぐにぼろが出ますよ。」
ぴしゃりとそう言うと、シス様は恨めしそうににらみつけていた。
「しかし…一週間でここまでできるようになるなんて、貴女は呑み込みが早いな。」
「いいえ、まだまだです。ああもう、もう少しきっちりと子供の頃から勉強しておくべきでした。」
最近は多少距離が近くても、シス様の輝きオーラには耐性が付いた気がする。今は隣同士で壁にもたれているのだが、前ほど緊張しなくなった。
「でも、新しいことを学ぶのは楽しいですね。」
「…シュナイゼルのしごきを楽しいというのは貴女位だな…尊敬に値するよ。」
こんな風に何気ない時間を過ごすのはなんだかひと月前までは想像できなかった。ただ、それを続けていくためにももう少し頑張らないと、と思いを新たにするのだった。
「ここまで踊りもこなせるなら、ディアトルの夜会の前に、規模は小さい夜会に出てみないか?」
「…夜会、ですか。」
「ツェルヴェン家といって、母上の妹君が嫁いだ家柄で母亡き後後見を務めてくれていた。…世話になっていもいたし、俺だけで出席しようかと思っていたのだが。あそこならシャンイと年齢の近い令嬢もいるから大丈夫だと思うが…どうだろう?」
私と同年代…そういえば、シャンイは学校に行ってるわけでもないし、交友関係で同年代はあの逃げ出した幼馴染位しか思い当たらない。
「確かにいきなり本番だと緊張しますし、…行ってみてもいいでしょうか?」
「ああ、もちろん。ただ…日取りが明日で急なんだが、大丈夫か?」
いや、もっと早くいってください、シス様…。ああ、でもどんな時でも何があっても動じないって決めたのだわ。私は覚悟を決めた。
「どんとこい!です!!」
「シャンイ様、肩に力が入りすぎで、所作が固いです。」
「…はーい。」
シュナイゼルの鋭い指摘に、私は自然と姿勢を正したのだった。
そして次の日
「うーーん、さすがレシア様選抜のドレスですわ!!」
ララファがうっとりと楽しそうに告げると、私はずらりと並んだ様々な色のドレスを見る。
どれもアルヴェールの名前と手腕を最大限発揮して集められた上等なドレスたち。流行りのものからその辺では手に入りにくい上等なシルクの素材を使ったもの等…目がちかちかする。
「珍しい素材のものは宣伝も兼ねているわね。きっと。」
姉は自身のドレスブランドを持っている。貴族の令嬢もこぞって姉のブランドを指名しているので、私は歩く広告塔というところか。こういうところは抜かりがないので本当に脱帽してしまう。
「身内すら宣伝に最大限利用する…!さすがです。レシア様らしいわぁ。」
「本当に素敵なデザインですね!シスリー様と合わせたものにしましょう!!」
「やっぱりお髪は銀色ですし、ここはやはり瞳の色と合わせて…」
ララファを筆頭に他のメイドたちも楽しそうに私の化粧やらお飾りやらを選んでくれている。もうなすがまま、されるがままだ。
「み、皆さん楽しそうですね…」私がややひきつり気味にそう言うと、傍で見守っていたメイド長のターナさんが笑った。
「勿論です。あのシスリー様がこんな可愛らしいお嬢様を連れてくるんですもの。久しく女性がいない館でしたから、もう暇も腕も持て余していまして。張り切っています!」
「シャンイ様!今回のセットアップが決まりましたわ!!」
「え、えーと…もう好きにしてください…」うん、夜会の服装の準備や何やらの心配は皆無だわ。
**
「いやはや、こんな日が来るなんて思っても見ませんでした。」
アイルはしみじみと突然言い出した。
「…何が言いたい。」そしてシュナイゼルもまた、続けた。
「あんなに烈火のごとく避け続けた夜会に女性を伴って出席なんて、奇跡以外の何物でもございません。私は本当に今日という日が夢でないように祈ります。」
「そこまで言うのかお前たち…」俺がそう言うと、その場にいた全員がうんうん頷いている。
「いや、愛の力って偉大ですよねー」そう言ったのはフットマンのジャネット。
「お前たち、いい加減に‥」
「すみません、お待たせしました。」
現れたのは、藍色のドレス姿のシャンイだった。ドレスにところどころちりばめられた銀の飾りがまるで夜空のように瞬いてる。
「シャンイ様はせっかくの銀の髪を隠すのがもったいないと思うので、ダウンスタイルにしました!ドレスのお色もシスリー様とおそろいの藍色です!ドレープが下に行くにつれてキラキラ光るビーズが星のようで綺麗でしょう?!」
侍女のララファは満足そうに解説した。
「ら、ララファ、解説ありがとう…その、どうでしょうか。…あの、シス様?」
「え?!あ、ああ。すまない…、やはり貴女は着飾るとより美しくなる。…似合うよ」
周りを生暖かい空気が包み込む。…この空気感はなんとも堪えがたい。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです。」
そう言って微笑む姿に軽い目眩を感じてしまう。彼女は時々はっとするような表情を見せるときがある。これで更に場数と経験を積んでいったのなら、おそらくどんな男性も虜にすることだろう。
「…では、行きましょうか。我が姫」
「ええ、よろしくお願いいたします。」
俺も、うかうかしていられないな。それこそ、離れてしまわないように、見限られてしまわないように。
――― ツェルヴェン家・応接間にて
「お母さま!シス様がいらっしゃるって本当?!」
頬を紅潮して、転がるように駆け込んできた娘を、ダーリャはたしなめた。
「こら、ケイトリン、走らないの。レディーたるもの、常に優雅さを忘れずに振る舞いなさい!」
「はあい、お母さま。…ねえねえそれで?今日のパーティーに、シス様が本当にいらっしゃるの?!」
「ええ、そうみたい。シスが来るのは随分久しぶりだこと。」
ツェルヴェン家は毎年娘の誕生日に合わせてパーティを開催している。
12歳になる頃まではシスも毎年来てくれていたのだが、最近では噂でしか彼の情報が得られない。シス自身も距離を取っていたのだろうが、ある時期から社交嫌いの呪われた王子などと悪評がたち、以来顔を合わすことも、手紙のやり取りすらもなくなってしまった。
しかし、ついこの間開かれた王家主催のパーティーで婚約したとかしないなどという噂が流れてきたのだ。これを機に悪評さえも一層できれば‥…と送った招待状だったのだ。
厚かましいかもしれないが、姉が亡くなった後も、シスの不遇を見てきたダーリャにしてみれば親にも似た気持ちを抱いている。
「聞くところによると、それはそれは美しく成長されたと聞いているわ!お会いするのが楽しみ!」
昔からケイトリンはシスになついていた。あわよくば彼との結婚を、ともツェルヴェン伯は考えていた時期もあったようだ。
「ケイトリン、準備はできたかい?」
「お父様!どうかしら、私だって15歳、立派なレディーよ!」
オレンジ色のフリルドレスでくるりと回って見せる。
「うんうん、今日の姿ならシス様もきっとほめてくださるよ」
夫の発言にひやりとした。まさか、ケイトリンを?
「あなた、今回の主役はあくまでケイトリンの誕生パーティーです。それにまだ15歳ですのよ」
「いいじゃないか。15歳といえば立派なレディ。しかもケイトリンはひいき目に見ても花のように美しいだろう?シス様は御年19歳、そろそろ先を見据えてもよかろう」
「……ですが、先日どこかの令嬢と婚約をしたと…」
「そんなもの、どうせ欲に目がくらんだどこかの令嬢だろう?我々はあの方の事情をよく存じている。内情を知っている方が気易かろう。」
欲に目がくらむとは、よく言ったものだ。
みんながみんな、表面上では呪いの王子なんて言っているけれど、そんなものはただの迷信だと内心思っている。先見の眼があるものは次期王位継承権の所在を念頭に皆水面下で動き出している。
次期継承を持つアストレイ殿下にまだ御子がいない。
現在の王妃であるディアドラ妃の評判は芳しくなく、その息子であるディアトル殿下を擁する反勢力が散在している。そうなれば、対抗馬としてシスリーは最も適任と言えるだろう。
とはいえ、親心としては彼の未来に保証を持てないため、複雑極まりない。
「シスリー・リアム・エサルエス様ご到着!」
ホールにその声が響き渡ると、突然ざわりと周りが騒ぎ出した。
「…?」
「あら、シス様かしらっ?」
いそいそと駆け出すケイトリンのあとを、ダーリャも続いた。
そして、その姿を見てダーリャもまた驚愕した。そこには亡き姉そっくりの顔立ちに、薄青の髪と揺らめく赤い瞳を持つ美しい青年がいた。その隣には、月の光のような銀髪の…年齢はケイトリンに近いかもしれないが、優雅に微笑む令嬢の姿。
(これは…!会場がざわつくはずだわ)
二人が並ぶだけで周りとはまるでかけ離れた別の空間になっているようだ。もしやこれが噂の婚約者だろうか?ダーリャは、かつて憧れた自分の姉にその姿を重ねてみていた。




