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【完結】翡翠と翆玉~九死の姫は岩乗の王に嫁ぐことになりました~  作者: いづか あい
序章 出逢い

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私の事情と貴方の事情(後編)

登場人物

シャンイ→ 逃げた侍女について考えていました。新人ウェイトレス

シスリー→ 金だわしと、時々鍋。偽名はカルロ

ライ     → 人慣れしている菱からきた青年。

トーリ    → ライとともにやってきた。すでに酒でダウン

フラウス   → 新人ウェイトレスに気があるようだ、自警団の同僚



「どうしてこんなところで働いてるんだ?」


鍋洗いはあらかた片付け最後のひとつに取り掛かっていたのだが、おもむろにシスリー王子に取りあげられてしまった。


「えーっと。知人がこの仕事を急に辞めることになってしまって。…人手が足りないと。三日間だけで、お給金もくれるっていうし」

「もしかして駆け落ちした侍女の代わりか?貴女が替わることもなかろう。」


私は目を瞬いた。どうしてこの人はそんなことを知っているんだろう?


「貴族の醜聞なんざ、当人よりも早く他の連中に知れ渡る。相手は子爵の出の次男坊だろう」


 私が言葉にしていないのに、疑問の答えが返ってきた。(貴族って…怖い)


「…いいえ、彼女たちがそういう行為に走ったのは、私の責任でもあります。」

  

アルヴェールに帰ったあと、私は今まで「シャンイ嬢」がどういう暮らしをしていて、どういう風に生きてきたのかをできる範囲で調べていた。


その経歴は中々のものだった。


やれドレスが気に入らないだの、この食事は気に食わないだの、何かにつけては文句を言い侍女たちをこき使い、幼馴染のハヴェルをいびり倒し…と、散々なものだった。そのせいもあって、ミレイアとハヴェルは互いを慰めあい、そういう仲になったらしいと聞いたわけだが。


 今回の件は彼らにとっては私に対する昔年の恨みを晴らした、ということかもしれない。彼らを咎めるつもりもないので放っておこうと思ったのだが、それはミレイアの妹の登場でそうもいかなくなった。


「母が、病気なんです。…ミレイア姉さんはどこに行ってしまったんですか?」


青白い顔でやってきたのはミレイアの妹を名乗る女性だった。侍女たちから裏を取って彼女の身内であることは証明されたのだが、本来なら貴族と労働民である侍女が駆け落ちなんて懲罰もの、その事実を告げるわけにはいかなかった。


 他言無用の意を込めて退職金代わりにシャンイ嬢の持ち金を渡したわけだが、今度は彼女の勤めていた食堂からも問い合わせが来た。どうやら緊急連絡先に登録してあったのがアルヴェール家だったのである。

 

これら一連の出来事を含めて、ミレイアの復讐だというなら、甘んじて受けてやるかと思ったわけなのだ。もちろん、家の財力をもってすれば大抵のことは片付くのだが、それは何か違う気がしてならない。


「まあ、かくかくしかじかこうなりました。」


長々と説明するのも憚れるので、だいぶ省略していきさつを話した。


「…お人よしというかなんというか。面白い人だな、貴女は。」


呆れたように笑った王子の表情はどこかあどけない。

彼が今着ているのは、私が王城で見た白い礼服ではなく気取っていない普通のブラウス。無造作に束ねた髪型のせいであるかもしれないが、その姿は年相応の青年に見えた。


「…貴方こそ、不思議な方ですね。見るたびに印象が変わります。正直、もっと冷たい人だと思っていました。」

「それはそれは。よか…」


言いかけた王子の顔が鋭くなると同時に、私は背後から強い力で引っ張られた。


「え?!」


何事か振り向こうとするが体が思うように動かない。…それにしても、なんなのこの酒臭さは?!


「おっじょうっさーん!」

「きゃあ?!」

ぐらりと視界が回ると、私の足は宙に浮いた状態になっていた。…というか、これはいわゆるお姫様抱っこというやつかもしれない。


 **


「ライ!!」


油断していたわけでもない、無論シャンイにも隙があるわけではない。そいつは音もせず忍び寄り、背後から彼女に近づき抱き上げたのだ。

 

『おお、我が姫君よ!私はあなたに一目で心を奪われてしまった!!どうか私とともに我が国へいらしていただけませんか?!』

 

顔も赤く、目が座っている…つまりは酔っぱらっているのだろう。ライは菱の言葉でシャンイを口説いているようだった。


(それにしても…商人だと?ふざけるな。こいつの動きには油断も気配も感じない、紛れもなく経験を積んだ武人の動きだ)


内容がわからずとも、何を言ってるのかは大体想像はつく。しかし…

「は、はーなーして!!私はあなたの姫君でもなんでもないです!!!」


いや、近づきすぎだろう。馴れ馴れしすぎだろう。婚約者とはいえ、俺だって彼女に触れるのは極力遠慮しているというのに。


金だわしを握る右手に力はこもる。俺は腰を低くし殺気と気迫を込めた渾身の力で投げた。 


「!!」


ライは驚いてシャンイを放し、宙返りをしてたわしを避けた。と、同時に俺はもう片方の手でもう一つの別のたわしを投げつけた。


着地の間際を狙ったたわしは残念ながらライの手によって受け止められてしまったが、最後に顔をめがけて水しぶきをかけてやる。


「うわっ?」


のけぞるライから距離を取り、シャンイの腕をこちらに引き寄せた。ライはたわしを手にとってまじまじと眺めると、こちらに向かって不敵な笑みを浮かべた。


「やるね、カルロ。たわしかあ」

「そっちこそ。初対面の女性を抱き着きながら口説くというのが菱国の常識なのか?」

「本当!!最低!!ばーかばーか!!」


背中のシャンイが苦情を述べるが…。怒り方が妙に子供っぽくて、笑ってしまうのをこらえたのは、言うまでもない。


「そんなにおびえないでよ~…なにもしな…う。」ライは最初こそしゃんとしていたものの、みるみる千鳥足に変わっていく、顔色も白くなり…ついにはふらふらと地面に座り込んでしまった。

「?おい。大丈夫か…」

『うぅっ…飲みすぎたうえに、急に動きすぎ…おぇえええ…』


 そして盛大に嘔吐した…。


**

  

「…せめて名前だけでなく、どこに住んでいるのか聞いとけばよかったな。」はあ、と椅子に腰掛けたシスリー王子が呟いた。


 ここはアウロスにある宿の一室。木目調のテーブルセットと白い壁が落ち着いた雰囲気を醸し出している。


結局あの後、シスリー王子以外全員麦酒の飲みすぎでダウンしてしまった。

フラウスはコントラクターの同輩に引きずられて行ってしまったが、この菱の国の客人はそのままというわけにはいかず、こうして近所の宿屋に運んできたわけだ。

肝心の彼らはというと、すやすやと安らかな寝息を立てて眠っていた。


もう日はだいぶ傾き、街の様相が変わりだしていく。

この界隈は特ににぎやかで、近所には飲み屋もたくさん並んでいた。大通りに面した窓から見る景色は、色彩と形を変えてそろそろ夜の時間が動き出す。


(う…、それにしても。)ちらりと王子を見ると、何事か考え込んでいる様子だった。


二人きりではないとはいえ、今更ながら緊張してきてしまった…。この人と一緒にいる時間は初めてではないのだか、まだ慣れない。

緊張に耐えかねて、備え付けのカップとソーサーを取り出し、茶の準備をすることにした。


「…その、シスリーさ…っと。カ、カルロさん?」

「シスでいい。」


 ん?シス??シスリーでもなくカルロでもなく新しい呼び名だった。


「し、シスさん??」

とりあえず中間をとってそう呼んでみたものの、当の本人はお気に召さなかったようで微妙な表情をしてため息をついた。あ、こういうのが、苦虫をかみつぶしたような表情というのかしら。


「えっと、その、助けて頂いてありがとうございました。…その、二度も。」


 改めてお礼を言うのはなんだか気恥ずかしい。…まずい、まともに王子の顔が見れない。


「…ふうん、随分と素直だな。ついでに逃げてごめんなさい、は?」


にやにやと、意地悪い笑みを浮かべながら私の隣の椅子にやってきて、私の顔を覗き込む。…この人絶対楽しんでる。


「そ、それは。というか、逃げてません。ちょっと、そのやることがあって。」


そう、今回私は何もミレイアの為に働いていたわけではない。ちゃんと、れっきとした理由があるのだ。確かに、ちょっと先行きの未来に尻込みして生家に避難(?)したのは認めるけども!


「やること?」

「そ、それは後日ちゃんとした形でお渡しします。それまではちょっと教えられません」


私の隣でじっ、と探るように見つめられてしまい、目が少し泳いでしまう。(ひ、怯まない!間違ったことは言ってない!)負けじと見つめ返すと、彼はふっと目を細め、その長い指を伸ばして私の頬にふれる。


「まあいい、ならば楽しみにしているとしよう。時間はいくらかかってもいいんだし。」

「!!!」


一瞬、触れられるだけでも緊張してしまう。いい加減慣れなければと思うのだけど。

それにしてもこちらが落ち着かないのに対して彼は落ち着き払っていて、なんだか憎たらしく思えてしまう。…いつか絶対あたふたさせてやる。


そんな私の目論見はよそに、するりと触れた手を戻すと、彼は寝台で眠っている異国の客人たちに向き直った。


『気分はどうだい、菱の王子。』


あれ?今シスリー王子がしゃべった言葉、おそらく普段私たちが使っていないものだ。振り返ると、先ほどまで寝ていたはずの青年の目が覚めたようだった。当の本人はというと、気持ちよさそうに伸びをしている。


『やるなあ、君は菱の言葉をしゃべれるんだね』

「…シャリフという言葉だけだ。確か、王家の子という意味だと記憶している。」

「…菱の王族の人??」こんな(チャラ)そうなのに?という言葉を呑み込んだ。


それにしても。私は彼らの話している言葉を知っている。と、いうよりとても耳慣れた言葉のように聞こえる。…どうしてだろう?

 

「君こそ。カルロというのは偽名なのかな?彼女は君をシスと呼んでいた、」


 しまった。私は聞いてはっとなる。…私のせいだ。心配そうにシスリー王子を見るが、彼は慌てることもなく、不敵そうに笑っている。


「そう。俺はシスリー・エサルエス。一応この国の王族のはしくれだ。お前こそ、商人の振りしてこの国に来訪した目的はなんだ?」

 


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