終幕
ラブラブ描写って難しい~
恐ろしいまでの量の情報と金の流れと、その背後にあるルートの全てがツェルヴェン伯爵とエステリオン侯爵の手によって、不正の指南書がマニュアル化までされていたことが分かった。
更には財政を預かるエサルエスの財務官まで巻き込んで、多くの債務処理が雑に扱われていたことなどが次々と明らかになり、エサルエスは一時騒然とした。
そして…三か月がたったある日の事。
「おわ…った…」
最後の一枚のサインを書き終え、アストレイは椅子にもたれかかった。
「おめでとうございます…!!これで、これでやっと我々も休めます!!」
「大げさな…でも、君たちにもだいぶ無理をさせてしまったね…」
「ばんざーい!ばんさい!」
執務官たちの万歳三唱が行われる中、その光景を見て思わず苦笑してしまう。
(うん…やっと、彼女に会える。ああ、でもこれが終わったら、次はディアトルを祝福しないと)
そう、ディアトルとカルメンタ、二人の結婚式が一月後に行われることとなった。当時は、問題の渦中となった侯爵家の娘を妻になど、という意見も多数あったが…ディアトルは自らの実務の手腕と行いで周囲を屈服させたのだ。
それでもぶつぶつとヤジを飛ばす者達を黙らせるため、ディアトルは国王陛下にある提案をした。
「では、僕がこの国の王となります。そうすれば、僕が法律だし、僕が絶対権力者となります。誰も文句は言わないでしょう」
「ほお、見上げた根性だ。…アストレイはどうだ?」
「私なら構いませんよ。…初めからそのつもりでした。私には彼のように冷静に数字を分析し、解析し…真実を暴くほどの度量は持ち合わせておりません」
「……え?」
「?そんな声を出して、どうした?」
「いや、だって、そんなあっさり…」
「ならば、愛する女のためにどこまでやれるか、見せてみろ、ディアトル。」
あまりにも、はっきりと言い切るものだから、ディアトルをはじめその場にいた全員は妙な表情になった。こちらとしては、してやったり、というかなんというか…なのだが。晴れ晴れとして。存外気分はよかったのだが。
(明日は、朝一番で彼女を迎えに行こう)
「お、殿下、お出かけですか?」
疲労のせいか、いつもより少し遅れてしまったが、厩へやってくると、いつもの主人が大きな声を小さくひそめて出迎えてくれた。
「ああ。…馬を一頭借りれるか?」
「へい、ただいま」
「ん?」
見れば…馬が一頭既にいなくなっている。
そこの柵は…恐らくシスリーの馬だろうか?
「シスリー様なら、殿下より早くお出かけされましたよ」
「…お忍びで」
「勿論。今回はなにやら白い薔薇の花を…っとと。言ってはいけないんだった」
(…こいつはわざとなのか、天然なのか。それよりも白い薔薇、とは)
ふと、白薔薇と聞いて、その花が好きな女性に一人心当たりがある。…まさかとは思うが、相手は
「オフェーリア…?」
いやいや、まさか。いや、でも。
…もし、そうだとしたら。
「…人生ってわからないものだなあ」
「?何か仰いまして?」
「いや…ああ、そうだ。コレ」
「!ありがとうございます」
いつもの通り、金貨一枚を渡す。
「フレッドや誰かが私を探しに来ても、その調子ではぐらかしてくれ」
「はい!もちろんです!」
「…一雨きそうな」
空を見上げると、あいにくの曇り空。
ひとまずは、急いで待ち合わせの海岸へと向かった。
「アストレイ様!」
「シャンイ!」
「お久しぶりで…」
馬を降りるや否や、すぐさまその身体を抱きしめる。
しっかりと腕に閉じ込めて、久しぶりの再会の余韻を楽しんだ。
「く、苦しいです」
「ああ、ゴメン。…でも、久しぶりでつい」
「あ…髪がすごく伸びましたね」
「暇がなくて…」
「今日は…その、お忙しいのでは」
「大丈夫。…君に会うためにだいぶ無理したけれど。一日中時間はあるから」
「本当ですか?」
すると、パッと花が咲いたような笑顔を見せる。
「もちろん。…今日はどこに行こうか?」
「私、いきたいところがあるんです!…セイレン島!」
「何でまた?」
「あら。あそこは…国内でも随一のデートスポットですよ?」
「…じゃあ、馬をおいて、食事をして…それから、行こうか?」
「はい!」
2人で馬を駆り、街に戻る。
二頭の美しい馬たちはアルヴェール商会の経営する宿の厩に預けると、付近の店で軽くランチを済ませ、二人は街を巡回する観光船へと乗り込んだ。
(…なんだか、前も来たことがあるような)
妙な既視感を感じながらも、すぐ隣でこちらに笑いかけるシャンイを見ながら、穏やかに流れる時間をかみしめていた。
シャンイが席を外した瞬間、何気なくお土産屋に行くと…たくさんの石のアミュレットが置いてあった。
「…これは」
「いらっしゃいませ、お客様。こちらはアミュレットですわ」
「アミュレット…お守り?」
「はい。これは幸運と良縁を呼ぶおまじないと言われています。あとは…不幸を弾き飛ばす、とも言われています」
「幸運と良縁…」
ふと、胸元にしまってあるヒスイのアミュレットを思わず握りしめる。
(…まさか、あちらでも私はここに来たのだろうか)
相変わらず記憶はごっそりと抜け落ちている。しかし、今はそれを惜しいと思うことも、執着することもなかった。
「円環の物語を、ご存じですか?」
「円環の物語?」
「はい。ほら、このアミュレット…よく見ると、二つの半月型がくっついているのがわかりますか?」
「本当だ。…二つの半月形がぴたりと合わさっている。その間に、石をはめ込んでいるんだね」
「はい、綺麗な円形の石を研磨して、…こうして二つに割ってしまいます」
「割ってしまうのか?」
「ええ。実は、ちゃんと意味があります。これを造った砂漠の民たちの祈りが込められているのですよ」
「祈り?」
「自然に形あるものはそのままではいずれ壊れてしまう。だから、一度壊して、人間の手で修復することで、その石が新しく蘇るんですって」
「へえ…」
「そうすることで、人間を守る力が強くなるそうな」
「それで、お守りか…では、その物語とは?」
「左の半月が過去、右の半月が未来として、その二つが合わさり現在の形になる。そして、空いた部分に石をはめこむことによって、人の運命は完成を迎える」
「過去と未来が合わさって生まれる…運命?」
「ええ彼らにとって人の営みこそ運命。…最後に付ける石と糸こそ、良縁、ということらしいですわ」
「良縁…ああ、なるほど」
「こうやって石をはめ込んで糸で結び付けて。あとは…特殊なまじないをかけてほら、完成」
「!!不思議だ。これは、魔法か何か??」
「ふふ、それは秘密です。…知らないほうが素敵なこともあるんですよ」
(あまり深く追求しないでおこうか…)
「アストレイ様!」
「シャンイ」
「?買い物ですか?」
「!まあ、お二人にぴったりのものがありますわ」
「え?」
すると、店員は手をパチンと合わせて、二つのアミュレットを持ってきた。
「翡翠のアミュレットと…アメジストのアミュレット?」
「はい、お二人の人の色に合わせてみましたわ!しかも赤い糸で結ばれているので、恋人達にはお勧めですの」
恋人たち。
そんな甘い言葉に思わず顔が緩みそうになる。
「綺麗…私、これ買います!」
「!え?いやここは」
「いいえ!ここは私が!」
「わ、わかった…」
「‥その、私から、あなたに贈り物をしたいんです。だめですか?」
「!それは…勿論」
「…お揃いですね」
「……うん、そ、そろそろ、到着するね」
「はい!」
「あ、その前に」
くるりとアストレイは振り返ると、船のデッキに立ち、砕けた石の入った袋を取り出して海の向こうに放り投げた。
「‥今のは?」
「昔の思い出、かな」
「?」
「行こう」
上陸すると、島独特の潮が混じった湿った風が二人の髪をなびかせる。
「これで天気が良かったらいいのに」
「あら、私は曇り空、好きです。…雨も好き」
「そう?…あ」
空にかかる黄金の光は、厚い雲を映し、幻想的な空模様を描く。そこからまるで糸のような細い雨がしとしとと降り注ぐ。
「!虹が出そうな雨だわ」
シャンイは嬉しそうにそう言うと、駆け出した。
雲の合間から光は漏れ、二人の影を映し出す。転ばないように、と手を掴み、並んで歩き出す。
「…シャンイ、さっき店員からこのアミュレットについて、不思議な話を聞いたよ」
「不思議な話?」
「円環の物語。…過去と未来が合わさって、一つの形になって現在となり…赤い糸で二つの石を繋ぎ合わせる、らしい」
「赤い糸…!!」
「…耳まで赤いよ?」
「だ、だって、つい」
「こっち向いて」
「でも…あ」
ざり、と地面を踏み込んで、近づいてゆく。
最初は強張っていた身体も、ゆっくりと唇が触れあっていくうちに、徐々に解れてきた。
「…ん」
「…あ、待って、雨」
「え?あ」
途端に土砂降りの雨が降り出す。
思いもよらずにびしょぬれになった二人は顔を見合わせて爆笑してしまった。
「アハハ…!すごい雨!」
「虹どころじゃないなあ」
一通り笑った後、濡れたシャンイの身体を再び抱きしめる。
「…愛してる、君に会えた事…全てに感謝したい」
「私も…っ」
それから何度もキスを交わし…気が付いた頃には、もう船は出航していたのだった。
「権力の力はこういう時に使うものだな」
アストレイは、中指にはめられた翼の紋章をかざす。明日にならないと本土に戻る船はないということで、二人は近くの町にある宿を借りることにした。
「…一見で特別スイートルームって、すごい」
「ここは観光地だし、明日改めてドレスを買おう」
「明日…」
「ん?」
「あ、いいえ!…ええと」
「……さっきの続き、する?」
「えええ?!!」
「なんて。先に体が冷えたんだから、温まっておいで」
「え?あ」
ぽい、ぽい、とバスタオル、続いてバスローブ等々を渡しシャンイを風呂場に追い込んだ。
(…今は少し遠ざけておかないと)
何をしでかすかわからない。…理性というものに限界はあるのだった。
「くしゅん…うーん、少し寒いかな」
濡れた服を脱ぎ、少しだけ横になり瞳を閉じる。
(…これが、夢でなければいい)
…ここに来て以来、実はあまりよく眠れていない。
目が覚めた時、急激に不安になるときがある。今まで起きた事が実はすべて夢で…願望だったのでは、と。そう思えてしまうことがある。
それが、とてつもなく不安で恐ろしい。
――その時、うっかりと眠りについたアストレイは夢を見た。
そこはここじゃない何処かで、自分は誰かを探している。けれど、その人はいつも誰かに連れられて遠くへ行ってしまう。
再び巡り会い、一時は逢瀬をかさねても、結ばれることなく必ず離れ離れになってしまう。手を伸ばしては消え、捕まえては雪のように解けてしまう。
そうして、どんどん諦めるけれど、また、想い煩う。今度こそ、最後であることを夢見て、また手を伸ばす。
「…いた、見つけた」
「きゃ?!」
「!」
ふわりと花の香りが香る。目の前には、驚いた表情のシャンイがいた。
「…びっくりした。大丈夫?」
「あ…」
「ええと、お湯張ってあるから…貴方も」
ぐ、と引っ張り、抱きしめる。
「こうしてれば、暖かい」
「え…ええと」
ふと、シャンイの身体から力が抜けて…首筋に腕が伸びると、鎖骨の方に滑りその下をそうっと触れた。
「…?」
「これ」
触れたのは、胸の傷。
「…ああ」
「どうしたの?!…痛くない?」
「……すごく、古い傷だから、もう大丈夫」
「でも、大きな傷…痛かったでしょう」
「さあ?…忘れてしまったな。でも…時々、疼く」
再び抱き寄せると、戸惑いながらも長い腕が背中に伸びた。
「君が触れてくれたら、治るかも」
「…本当?」
「試してみる?」
「……うん」
外は雨が降っている。
…雨音に混じって、二人の吐息が重なりあう。
「雨…」
「雨の音は好き…優しいから」
「私も…大好き、ブライト」
今の季節はもう少しで冬になる、空気は冷たいけれど二人の体温が融けあい、混ざり合っていく度に熱くなっていく。
たくさん触れて、抱きしめて…雨が雪に変わるころには、二人は深い眠りについていた。
***
「…やっと、会えましたね」
パタン、と本を閉じると、赤い瞳の少年カルは、ニッコリとほほ笑んだ。
「どうした?…なんだかうれしそうだな、カル」
「はい!今日はディアトル様とカルメンタ様お二人の結婚式です。嬉しくないわけがないじゃないですか!」
白い礼服と豪華なエンペラードレスに身を包んだ二人が見つめ合い、幸せそうに笑う。
「ふふ、長かったです…本当に」
「そうかしら?」
「はい。お二人とも素直じゃないから」
「何よそれ…」
「ふむ。とはいえ人間にはそれぞれタイミングがあるからな」
「そう言えば…アストレイ様は式に間に合うでしょうか?」
現在、アストレイは国外に外交中である。
彼の肩書は『外交官』、婚約中であるアルヴェール商会の貿易ルートをたどり、他諸国との縁を結ぶために日々奮闘しているのだ。
「さあ。間に合わせるとは言っていたけど」
「来てほしいくせに」
「…別に、あいつも忙しいだろうし」
「ディアトル!」
「!!」
待ちかねた声が聞こえた瞬間、ディアトルの目が輝いた。
「…遅かったじゃないか。もう来ないものかと」
「何言ってる。ちゃんと、間に合っただろう?」
「ほら、シスも寂しがってる。…会いに行ってやれ」
「ああ。あとでまた」
季節は春。
その日、新しい風が吹いた。
無事終わらせました!!100超えちゃったけど…完結させるのって重要!勢いで進ませた感じがありますので、おいおい手直ししようと思います。
お読みいただいた方、本当にありがとうございました!




