決着
「いたぞ!!あそこだ!」
夜の港では…、掲げられた第一王子の紋章『翼』の刻印の元、すべての門が封鎖され、大規模な捜索が行われていた。目的は例の『放火犯』の追跡だった。
「第一港は封鎖です!」
「第二港はただいま捜索中」
「第三は…」
次々と報告が上がっているのを聞きながら、アストレイは頷く。
「なるべく生かして捕らえろ。勝手に自害でもされた後が困る」
「現在第4埠頭を捜索中です。…それにしても、すごいですね、この埠頭全体の見取り図」
「ああ。本当はあいつに任せたかったけれど…」
アストレイの手には、シスリーが作成した精密に書かれたこの辺一帯の地図があった。
「あいつは、多分私よりもこの辺りの地形を理解しているし、恐らく一番この周辺について詳しいだろう」「それは一体…?」
「内緒だ」
弟が、この地でたくさんの友人と共に過ごしているのをアストレイは知っている。勿論、どこに所属して誰とともにいるのかさえ。
「それにサー・ライアン、あなたが師事してくれたのでしょう、弟に」
すると、前にいた壮年の騎士、サー・ライアンがにこやかに頷く。
「ふふ、私にはもったいないくらい、できた教え子です」
例の放火犯の目撃情報は、この地の自警団からの報告だった。
アストレイの予想通り、放火犯は第5ふ頭でシスリーの忠心ジャネットと、同じくアストレイの忠心フレッドに追い詰められていた。
「…っくそ」
「ここまでだ!舌を噛み切る前に捕獲しろ!」
「は!」
先行したフレッドを見送ると、脇に控えていたジャネットの目が光る。そのまま真っ直ぐに銃を構え、遠洋に向かって動き出した船を打ち抜く。
「海の方か!逃がすかよ!」
「ぎゃあ!!」
派手な轟音が夜の港に響き渡る。
「…すげえ音。しかも、威力抜群だ」
「ジャネット君?!今のは…」
「あー。アストレイ様からの指示で、商会さんから最新型の銃をお借りしてまして」
「ええ!銃?!」
「うーん、海側からの協力者に備えろってことだったんで、警戒していたんですけど」
尚も逃げようとする小舟の前にいつの間にか一隻、大きな船が姿を現した。その先頭にいるのは…
「はーーっはっはっはっは!!!海上警備は我々の領分だ!!」
「…あの派手な御仁は」
「うわ、何か関わりたくねえ…」
「いや…そうか、海上の英雄、アルヴェール商会の」
「第三王子殿ーー!海は任せろ!婿殿の頼みとなれば張り切らなければな!!」
「婿殿…?」
「ま、まだそう決まったわけじゃありません!!!全く…」
「??」
首をかしげるジャネットから目をそらし、フレッドはため息をついた。
(まさか…ほんっとうに、出奔なさる、なんてことは…はあ~…)
そして、同じころ。
レイアトール家では、エステリオンと同様第三王子シスリー・エサルエスが屋敷の玄関口にいた。
夜分遅くけたたましく鳴らされた扉を使用人が恐る恐る開く。
ずらりと並んだ青色の制服と、第三王子の紋章である『羽』の刻印のはたをみて、青ざめる。
「‥勅命だ。レイアトール公爵夫妻はご在宅か?」
「は、はい!たっただいま」
慌てて夫妻を呼びに行くと、エントランスに待機していたオフェーリアがカーテシーでシスリーを迎えた。
「‥お待ちしておりました」
「夜分遅く申し訳ない。…兄の代理で来た」
「お待ちしておりました、シスリー様」
「なんだかすまない…、俺で。本当は」
実直に謝るシスリーに、オフェーリアは薄く微笑みながら首を左右に振る。
「いいえ。不義を正すのは、本来ならば一人娘である私の役目…にもかかわらず、お手を煩わせてしまいました」
遠くで公爵夫妻の怒鳴り声が響き渡る。
シスリーは数名を先行させ、裏口と使用人が使用する戸口を塞いだ。
「シスリー殿下。公爵夫妻は…エステリオン侯爵家の名を出したら、あっという間に帳簿を差し出しましたよ」
「ああ、ご苦労。一応書斎や執務室のほうにも人をまわす。‥こういうのは、アイルの専門だろう」
「は!」
二人の忠臣に指示を出すと、シスリーはオフェーリアに向き直った。
「恐らく貴方にも詰問があるとは思う。なるべく、家名は残して爵位のはく奪まではいかないように尽力はするつもりだが…大丈夫か?」
「御心配には及びませんわ、シスリー様。…このレイアトールに誇れる伝統など、とうに失われています。本当に…それだけの家門です。父上も、現実を直視するべきでしょう」
「…随分と、淡泊だな」
オフェーリアはどこかすっきりとした笑みを浮かべた。
「アストレイ様とお話ししたとき、あることを思い出しました」
「あること?」
「私は…何のために、この落ちぶれた家門を必死に支えようとしたのでしょう」
「…オフェーリア」
「伝統も歴史も…結局、過去の栄光でしかないというのに」
**
「これで、ほぼ集まったな」
アストレイはずらりと机の上に並べられた帳簿の山を見て、大きく息を吐いた。
あまり上手ではない口笛を鳴らすと、ディアトルは手をたたいた。
「さあ。…そろそろ大本が動くんじゃないか?」
「ああ、今この王国で一番権力を持ち、一番胡散臭い人間、だ」
「大丈夫か?」
いぶかし気にアストレイが尋ねると、それにはシスリーが答えた。
「…ここには、俺が行っても?」
「勿論。だが…夫人はお前の生母の妹君。いいのか?」
「伯母上の協力も得ている。…時間の問題だ」
放火犯は、先日捕らえた後からどんどん情報がもたらせている。
もともと愛国心など持ち合わせていないのだろう。彼は自分が陵から遣わされた武器商人であること、借金の担保で売りに出された美術品を陵に斡旋していることなど、大まかなことは大体聞き出すことに成功している。
そして…銃の発展が著しい陵から大量にこちらに売りに出していることも。その請負人が、ツェルヴェン伯爵であることも。
「おのれ‥!」
屋敷内に破壊音が鳴り響く。
それを聞きながら、ダーニャはため息をついた。
「…まったく、往生際の悪いこと。情けなくて涙が出てくるわ…」
「ダーニャ…!」
「私はあなたの妻として、娘の母として…ツェルヴェン家に尽力してきました。それなのに」
そう言うと、夫人のダーニャはずらりと丁寧に用途と使用理由が詳細に書かれた新しい帳簿と、全く同じ内容にもかかわらず赤いインクで何度か書き足し、二十線がひいてある古い帳簿をテーブルにずらりと並べた。
「あなたの秘書に問い詰めたら、あっさりと白状したわ。…これはどういうこと?」
「…っあいつ…!」
パラパラとページをめくり、思い切り顔をしかめる。
「慌てて書き写したのかしら?新しいほうの帳簿と金額の単位の桁が全然違うみたい。それに銃に、鎧に武具…接待費用もかなりのものね」
「わ、わしじゃない!!秘書が勝手に…」
「お父様!!!シスリー様がいらしたわ!」
「!!」
ニコニコと満面の笑顔で娘のケイトリンがやってくる。
その表情を見て、ダーニャはため息をつき、伯爵は青ざめた。
「お久しぶりです。伯母上、それに…」
羽の模様の白いマントを翻し、スリーがやってくる。美しい顔がすっと冷たくなり、伯爵を見る。異常を察したケイトリンは少し怯えた表情をすると、ダーニャの元へ駆け寄った。
「お母さま‥?」
「しっ。……ごめんなさい、ケイトリン」
「え?」
「ツェルヴェン伯爵の名前で建設された病院の中に、先日、不可思議な地下室が発見されました」
「……そ、それは」
「調べたら、大量の銃と火薬、それに王城内部の詳細が書かれた地図が見つかったようです。しかも、そのほとんどは『陵』の言葉で記されていて、その場所には陵の言葉しか喋れない男たちがその場所を管理していたようです。全員。先日捕らえた武器商人と似た風貌でした…一応、理由をお伺いしても?」
「な、何のことか?最近は領地に浮民も多く、そのほとんどを完全に把握しきれていないんです!!きっと勝手に住み」
「エステリオン侯爵はもうすでに白状しましたよ」
「!!!あ、アストレイ殿下…」
「あなたに、例の不正マニュアルの翻訳をお願いしていたと」
「それは、だな…何かの、いや、その、う!」
しどろもどろになる伯爵の腕をフレッドがつかみ、床に打ち付ける。
「先日は大変お世話になりました、伯爵」
「!貴様…あの時の」
「僕、これでも結構執念深いんです。…今やあなたはクーデターを企てた国家的犯罪の容疑者です、多少手荒く扱っても問題ないでしょう?」
「ほどほどにな、フレッド」
「はい!!…おら、行くぞ」
連れていかれる伯爵の姿を見て、ダーニャは頭を下げた。
「申し訳ありません…アストレイ様、シスリー様」
「伯母上」
「…夫の愚行を止められなかったのは妻である私のせいです…」
「いいえ、伯爵の様子がおかしいと感じたからこそ、シスリーの呼びかけに応じてくださったのでしょう」
「いつからか…我が領地には、家を持たない浮民が多く流れてきていました。彼らを憐れに思い、善意でこの国に招き入れました。けれど…」
「…貴方のやさしさのおかげで救われた者は多くいるでしょう。善意は必ず他人に届きます。同じように、悪意もまた誰かに届いてしまうもの」
「……」
「あなた達を罰する権利は私にはありません。あなた方は、心からの善意を尽くしていたのだから」
浮民は、どこからか流れ、やがてどこかに居ついてしまう。
彼らは故郷を追われ、または故郷を失い、時には故郷から見放された者も数多くいる。中には、その事象を造り上げた国に対して恨む者もいるだろうし、そのルールを壊してしまおうとする者は数多くいる。
「全員が住む住居をもって、全員が明日の不安もなく幸せに暮らせる世界というのは、あるだろうか?」
「…兄上?」
「言っただろう?人間にはそれぞれの役割を演じる者がいる。みんながみんな幸福な社会というのは、作れるものだろうか」
「うーん、一人じゃ無理かもしれない。その でも…俺たち兄弟三人なら、意外とできるかもと思いませんか?」
「ディアトルも入っているのか?」
「そ、そりゃ。…兄ですから」
「そうか。仲が良くなったなあ、二人とも」
「別に、そういうわけでは!!兄上!」
そして…数々の証拠と、数々の証明、情報、全てが出そろった。
浮かび上がる疑惑や汚職、醜態などが白日にさらされ、この事件は貴族社会と民衆社会の根本を見直すという、長年の常識を打ち破るような前代未聞の大事件へと発展したのである。
次で最終話




