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無冠の王と幻想の魔王  作者: アクイラ(°Д°)
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【Episode2 魔王な少女と紅蓮の王(Believe me)】  守護の楯(0 o'clock)③

   【アビスの森】

(最悪だ)

 『翠宝の森』を出てから二十日。

 食料を最小限で絞っていたというのもあるが、それでも安心して眠れない状況というのが答えたのだろう、健康面は気を使っていても、視界は多少ぼやけてきている。

「ここで死んだら笑えないな」

 どこに向けたか、減らず口を叩く。

 食料はもはや大量に余った小麦粉と、少しの乾燥食材、そして水と火の札が1枚ずつ。

 体力的には問題ないが、精神的にはかなり来ている。

(『紅玉の城』は影も形も見えないし、本格的に迷ったか?)

 軽くなったバックパックを背負いながら、ドライフルーツを口に咥える。水は沸騰させたものをタオルで浸し、それで体を拭く程度のことしか行ってこなかったため、多少衛生面では気がかりだが、それでもサバイバルで生きていた望月。

「いい加減、風呂に入りたいな」

 軽くなったとはいえ、途中で出くわした魔獣達と闘い魔晶石が代わりに詰められていく日々。

 睡眠時間を削ってしまったため、ふらつきが取れないなか進んでいく。

 だが、そんな望月が寄る辺にしていたものがあった。

 立ち上る煙。そして数日前に響いていた轟音。それが今となっては何も聞こえなくなっていた。他にもおかしな点としてはその音が聞こえなくなったのとほぼ同時期に魔獣が一切出てこなくなったこと。

(おかしいな)

 魔獣が人を襲う。この原理はまだ分からないが、それでも出現は少なすぎる。

 そのことに違和感を覚えた望は目を閉じ、耳に意識を集中させる。

 この数日で養った感覚の鋭敏化。

 それが望月の耳に微かな激突音と届かせる。

「見つけたぞ、急げ」

「第一陣の気力が切れてしまえば逃げられるぞ」

 会話が聞こえ、間違いなく人の存在が明らかになった。

 だが会話から不審な内容があったのも事実。

(逃げられるって単語があったってことは敵対しているってことだ。内輪揉めだったら全然いいけど、最悪の場合も考えなくちゃ) 

 ある程度の想定を終え、望月が一歩を踏み出そうとした時だった。

 今まさに進もうとした方向から大量の赤い球体が木々を薙ぎ倒して迫ってくる。

 ベキベキという警鐘を木が鳴らす。

 わずかに視認できた倒された木々から火の手が上がる。

 手で払うのは論外。

 剣で受け止められるとも思えない。

 可能な限り使用を控えて、この森での生活では見事五発までに抑えきった切り札。

 その『右手』が火球を殴り飛ばし、消し飛ばす。

 火の粉すら残らず消し飛んだ火球の道筋。その先に人影らしきものが複数移りこみ、消えた。おそらく移動したのだ。

 望月は火球の通った道を走る。

 すると馬に乗り槍を持った男性が勢いよく通過する。

「誰だ!」

 男性もこちらに気付き、馬の手綱を引き止まる。

 望月はそこでおとなしく両手を上げ、敵意がないことを示す。

 しかし。

「―――っ!」

 敵意を見せていない望月に対して、男性は火球を放ってくる。

 一直線に進んでくる火球。それは望月が今から逃げようとしても、範囲の中に収めてしまうほどの大きさ。

 かわすことは不可能と見切った望月はその場で右手を溜める。わずかに後ろに引かれた右手。それが輝きを灯して、

「っざっけんなぁぁぁぁあああああああ」

 突き出された『右手』が火球を消し飛ばす。

 先ほどと同様に火の粉すら残らず、馬に乗った男性と望月だけの構図。

 いや。

「出てこいよ」

「ほう」

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべる男性。

 そして。

 望月の呼びかけに答えるように現れた人影はざっと六人。男性を含めて計七人。

 そして望月は直感した。

「《灼炎の王》のところをコミュニティってやつか」

「そういうお前は《夜叉姫》の懐刀か」

「知ってんのに火球を撃ったってことは、戦争でも始めてぇのか」

「本人確認のためには攻撃してみるのが我々の流儀でな。手荒な対応だったのは素直に詫びよう。そんな状態で申し訳がないが、少々力を貸してもらうぞ」

「この局面で普通の魔獣ってことはないよな。ってことは、」

「察しが良くて助かる。そうだ。―――《魔王》だ」

 望月の眼光が鋭くなる。

 《魔王》と闘うことに関する緊張感を覆う勢いで、表情には出さないだけ立派なものだが、それでもかなり焦っていた。

 理由は簡単だ。

 彼が持つ武器。

 輝く『右手』が、こんな短時間で三発中二発も使わされてしまったのだ。《魔王》に対する切り札をそうそうに失ってしまったのだから。

(まだ日は高い。日付が変わるまで半日近くもある。それまでに《魔王》を倒すか足止めしないとな)

 頭の中で強かな計算を始める望月。

「では乗れ!」

 やや命令口調にムッ!としながらも馬にまたがらせてもらう。

 経緯を払い、馬の前で会釈。動物の中でも気品高く、そして誇り高いことで有名だ。乗り手が馬に対して嫌悪感を抱いていると馬はそれを感じ取り、決して乗らせないというのは有名な話だ。もちろん『普通の世界』であって、『アスタリスク』で同様かと言われれば別物かもしれないが、それでも望月は行った。

 結果として、それは功を奏し、難なく乗馬。

「赤兎馬に難なく乗れるとはな。名乗りが遅れたな。俺はコミュニティ『魔王殲滅部隊』団長、ザッカバーグだ」

「俺は・・・もういいよな。ってか俺って知名度あるんだな」

「何を言っているんだ。《魔王》を討滅した最新の英傑候補として名を連ねているんだぞ。あの《夜叉姫》の隠し玉として《水泡の巫女》、《麗翼》と共に《魔王》を討った話はもはや『アスタリスク』全土に広まっている」

 望月はザッカバーグの言葉に黙った。

(動揺して無暗にこちらの手の内を明かす必要はないな。それに、)

「お前らが《魔王》側じゃない確証はないからな」

 望月は左手に剣を出現させ、力の限り振る。

 だが。

「俺がお前を背に乗せている時点で敵意がないことを証明しているだろ」

 視線だけを望月に向け、ザッカバーグが短刀を使って剣を防ぐ。

「満足したか」

「あぁ」

 確かな力の差を感じ、素直に剣を収める。

「確認したいんだが、《魔王》ってのはどんな奴だ?」

「俺も報告が来ただけでな」

「報告?」

「第一陣がやられて、帰ってきた奴から報告を受けた限りでは魔法陣で楯っていたらしいのだが、それ以外はどうにも要領を得なくてな」

「《魔王》っては都市に来るんじゃないのか?」

「そもそもコミュニティとは自身の都市を警護するための団体だ。いくつかのコミュニティが周りを警護しつつ、魔獣を狩り都市の生活源である魔晶石を回収するという目的もあるが、《魔王》の早急な発見が要因として大きい。お前ら『白麗騎士団』を見れば分かるだろ。美女ぞろいと聞くしな」

「興味あるのか?」

「《夜叉姫》を始めとした英傑は最強の部類だ。中でもクーナ=グレイスは『十傑』候補として名高い力の持ち主だ。と、話を戻すぞ。今編成されてる第二陣は俺を含めて七人。《魔王》といえども、そこまで力は強くなかったのか何とか結界内に閉じ込めてはいるが、それでもいつまで保っていられるかは分からない」

 《魔王》が個体差があることは理解していた望月でもやや違和感を覚えていた。

 『結界』という単語だ。

 《魔王》を足止めできるほどの結界が存在するのなら、それはかなりの武器になる。そして、『聖水の都』でそれを使わず、『翠宝の森』では説明すら受けなかった。彼女達に隠匿する必要性がない以上、『紅玉の城』との相違点として、おそらく資金や魔力の差がある。

「俺にそれを教えていいのか?」

「構わないさ。『結界装置』は現時点で我々しか作ることは出来んからな。《魔王》クラスの魔晶石保有数は随一、武器の生産性は言うまでもないだろ」

 圧倒的な力を持つが故の自信。

 この世界においての強さという権力を持つ彼らはそれだけの発言権がある。

(クリスタ達の実力は認めていても、《灼炎の王》という後ろ盾がデカ過ぎるんだ。だとすると、おかしいな)

 深く考えを巡らせようとした望月だが、

「見えたぞ」

 ザッカバーグの声で顔を上げ、戦場を見る。

 そして絶句した。

 本人でも驚いていたかもしれない。

 そこにいたのはボロボロに負傷した、見た目十歳程度の少女の姿だった。

「放てぇぇ!」

 呆気にとられる望月を置き去りにザッカバーグが魔法弾を飛ばす。

 大気を焦がしながら進む魔法弾。

 それが一発、また一発と少女の四肢に炸裂し、《魔王》の寿命を確実に削っていく。

「て、んか、い」

 辛うじて振り絞った少女の声に呼応して出現した魔法陣が、飛んでくる魔法弾を防いでいくが、魔法陣の数が少ないため、同時に放たれる七つの魔法弾全てを防ぎ切れていない。

 そして何発も、何発も炸裂していく

「・・・や・・めろ・・・・やめろよ・・・・」

 ふと望月の口からそんな声が漏れる。

 そして《魔王》の少女の悲痛な叫びが望月の耳を貫く。

「わたしがあなた達に何をしたんですか・・・いきなり攻撃してきたから怖くて、止めてって言っても聞いてくれないから」

「《魔王》なぞの貸す耳など持ち合わせてはいない!」

 討伐部隊の魔術は止まるどころか激しさを増していく。

 やめて、という言葉がもうでなくなるほどに彼女の体は傷つき、その場に蹲り、涙と血を流した顔だけがこちらに向けられている。

 望月は《魔王》という存在がどれだけ災厄を振り撒くかを知っている。

 そして思った。

 《魔王》は必ず倒さなくてはいけない。

 だからきっとここは歯を食いしばって、我慢して、これが現実だと受け入れるのが正しい。

「何をしている」

 団長が少女の方を向いて叫ぶ。

「・・・うるせぇよ」

 正確には彼女の前に立つ人影に。

 そしてその両手には剣が握られていた。

「俺がお前の味方になってやる」

 望月は確かに《魔王》の脅威を、身を持って体験した。

 だが目の前に少女がいたぶられているのを黙っていられるのが許せなかった。たとえどれだけ災厄を振り撒くかも知れない存在だとしても望月は彼女の前に立って。

「貴様、自分が何をしているのかわかっているのか!」

「テメェらこそ、一人の女の子によってたかって恥ずかしくねぇのか!この子はいま励行の素振りすら見せてねぇ。完全に幸福の姿勢を取ってたんだぞ。そんな相手なら校則っすればいいだけの話だろ。それなのに何してんだよ。俺だって《魔王》と闘ったかrあどれだけヤバい存在かは分かってるつもりだ」

「だったら殺しておくべきだと思ったろ。『聖水の都』と『翠宝の森』の領主が出るほどの相手だ。それほどの、」

「――それほどの脅威なら、なぜ《灼炎の王》はたったこれだけの人数しか投入しない」

 そう。

 団長の言う通り、《魔王》とは都市全体が動いて倒すべき相手だ。

 仮に《灼炎の王》が率いる『魔王討伐部隊』の力が優れていようとも、第二陣が出動するような事態になれば、それこそ《灼炎の王》が出てきてもおかしくない。

 つまり、彼らの王はこれで十分としたのだ。

「分かるだろ。この子にはテメェらの領主が動くだけの力はない。それとも他の都市の奴の《灼炎の王》は《魔王》打倒に向かえない『何か』が起こっているっていう弱点を晒すことになるけどいいのか?」

 嫌な笑みを浮かべる望月。

 仮に《灼炎の王》が動けようが動けまいが、この場の条件を踏まえ、考えられる可能性をあげただけ。

ここに領主がいない。

 それだけなら、クリスタが望月とマリア=ステファニーを遠征に行かせた時のように都市を守るために離れるわけにはいかないりゆうになる。

 だが条件は《魔王》を前にしては破綻する。

「ここは退けよ。そうでなければ俺は『《灼炎の王》が《魔王》を前にして動けない』という話を様々な都市に伝える。そうなったらどうなるかな。他の都市はお前らの王と交渉で《魔王》に対して動かなかったという事実を交渉に使ってくる。それがどう影響するか考えられないわけじゃないだろ。仮に俺とこの子を口止めで殺したら《修羅姫》がお前らを滅ぼす。俺らを見逃せば、ここでの話はどこにも話さない。お前らは《魔王》に逃げられたと報告すればいい。悪い話じゃないはずだ」

 この交渉は綻びだらけだ。

 大前提として《灼炎の王》がこの場に来れないことに対して、負い目の理由があるだけでこの交渉は破綻する。

 そして少女が《魔王》として動き始める可能性だってすてきれない。クリスタが来るのだって、その場しのぎの嘘。奴らが『翠宝の森』と闘う覚悟を持ってきているのなら何も問題はない。

 そして。

「それで優位に立ったつもりか小僧」

「だったら何だよ」

「この場でお前と《魔王》を殺せばいい。そしてこう報告する。お前は《魔王》の流れ弾に当たり、その後に我々が仇を討ったと」

 『魔王討伐部隊』が魔力を手のひらに集める。

 そして今まさに先ほどの魔法弾が放たれようとした時、望月がポケットから取り出したものを勢いよく破り捨てた。

「その言葉を待ってたよ」

 望月は笑みを浮かべ、

「アリス」

「・・・なに?」

 空間を引き裂き、桃色の髪を携えた純血の『吸血鬼』が顔を出す。

「今のを急いでクリスタに伝えてくれ」

 望月が用いた最強のカード。

 実質《魔王》を殺した《修羅姫》の持つ最強の『神槍ブリューナク』が来るという最強のハッタリ。

 それだけではない。

 今ここで『十傑』の出現。

 それは彼女の監視がある内は、ザッカバーグ達は望月に手を出させないという抑止力であると同時に、この場の証人を作ったことが問題になる。

 彼女が次元を行き来して『翠宝の森』にたどり着けば、領主が動きあっという間にこの場を収める。

 だが問題はまだある。

 彼女達がたどり着くまで、望月は一人の少女を守りながら逃げなければならない。

「・・・シオン、こいつら殺す?」

「いや、それよりも急いでクリスタのところに行ってくれ」

 その一言だけで、何かを察したアリス=スカーレットは次元を切り開き、そして消えた。

 自分達の領主に届かないまでも、遥かに格上の存在がその力を振りかざすというだけでもかなりの脅威。なまじその威力を知っている分、未知数のこの少女よりも現実的な想像が顔をちらつかせる。

 ザッカバーグは歯噛みした。

 自分の軽率な態度が『紅玉の城』全体を危険に晒すことに躊躇しているのだ。

「改めて言う。この子の身柄は『翠宝の森』に預けろ。お前らは逃げられたと報告するだけでいい」

 苦虫を噛んだような顔をするザッカバーグ。

 この場において、望月が場を掌握した。

 あとはこの少女の身柄をどうするかだ。そこに狙いを定めたかのようにザッカバーグは言う。

「その《魔王》をどうするつもりだ」

 相手もバカではない。

 ここでこちらが加藤をしくじるようなら、間違いなく心理的有利に立たれる。

 病は気からという言葉がある。

 それは思い込みの力を使った意識の誘導。こんな経験はないだろうか?人から切り傷を指摘され、初めて傷の存在を知ることが。

 頭では認知してない傷が突如現れたことによって生み出される精神的不安。それは『気になる』から『少し痛い』に変わり、最悪『激痛』になる。

 ザッカバーグにとっての不安要素が望月として置き換えれば簡単だ。

 その傷が自分たちにとって大したことないと判断されれば、彼らは間違いなく捲し立てて彼を攻撃し始めるだろう。




 望月はある地点に向かって走り出す。

 バックパック。

 その中の『あるもの』を取り出して、思い切りザッカバーグへと投げつける。

「ちょこざいな」

 まるで宛がうように『あるもの』に極大の火球がぶつかる。

 蔓延する『小麦粉』。

 そして。

「―――――ッ!」

「伏せろぉぉぉ」

 ザッカバーグが何かに気付いたがもう遅い。

 《魔王》の少女を抱き寄せ、飛び込みながら地面に伏せる。

 直後だった。

 ザッカバーグの、わずか数メートル前を起点として、大爆発が起こる。

 空気中に蔓延した小麦粉が、ザッカバーグが放った火球によって引火し、大爆発を起こした。

(たとえ魔術が基本となってる『アスタリスク』でも、この近距離で粉塵爆発防げるような技術はない。それは《雷霆の魔王》との闘いで理解した。そんな便利なものがあるなら《魔王》が使わないわけがない)

「行くぞ」

 望月は相手の安否を確認せずに一気に走り出す。いくら《魔王》を倒した立役者だったとしても、彼には戦闘経験はないに等しい。少しでも距離のアドバンテージを稼いで案を練ろうという考えだ。

 彼自身理解はしている。自分よりも格上の相手に対して、虚を突いたとしても追いかけっこになれば勝てないことは。たとえ爆炎で姿を眩ませたとしても、彼らが《魔王》の所在を何らかの方法で割り出しているのは明確。それが魔術によるものであれば、望月の知識の外。どうにもならない。

 それでも逃げるのは、本能だろう。

 だが。

 その瞬間、蓋が開いたように熱気が噴き出す。

 望月も覚悟をしていた。

 ここからは自力でやらなければいけない。

「分かっているな」

 怒りを燃やしたザッカバーグとその部下達が魔法弾を放つ。

 望月はそれを背で受ける。

(たとえここで自分が負けようがどうでもいい)

 腕を大量の魔法弾が叩きながらも決して折れることなく、望月は進む。

(俺がこの子を守るって決めた。誰を相手にしてでも、この子だけは守る。《魔王》が災厄をもららすのかもしれないことは分かってる。それでも、目の前で傷つけられる子をみすみす殺すことなんてできない。虫がいいことを言ってるのは分かってる。《雷霆の魔王》を倒して目の前の《魔王》の少女だけを助けるなんてのは通らないのかもしれないのは分かってる)

 それでも、と奥歯を噛みしめる望月に巨大な魔法弾。

「俺は」

 それを薙ぎ払うように輝く『右手』が突き出された。

 確証はない。

 根拠もない。

 だが。

 望月は少女の前に立っている。

「ここは絶対に譲らない。この子は俺の騎士団に入れるんだ!テメェらなんかに殺させてたまるか」

「《魔王》なぞを仲間にして人々を不幸にするかもしれないと分かりながら暮らす。それがどれだけ恐怖か分かっているのか。いつ起爆するか分からない爆弾の隣で寝られるわけがない」

 そして団長は断じた。

「―――そいつは生きていちゃいけないんだ」

 望月はその言葉の重さを知っている。

 どれだけ綺麗事を並べたところで《魔王》は人を不幸にする。先程の例えはまさに的を射ていた。

 彼女が望む望まないに関わらず、災厄を振りまく。

 たとえどれだけ安全と言われようが、ワニの口に頭を突っ込んだり、ライオンの檻の中に入ろうと思う者はなかなかいないだろう。

 望月の言葉は所詮は自分勝手な我儘でしかない。傲慢。人の生き死にを選択できるほど望月は偉くないし、そんな力もない。彼がこの場で《魔王》の少女を仲間にしたところで、周りから彼へ向けられる視線が恐怖に当たるだけ。それは異物を無理に取り込んでいるのと同じ。

 それは少女にとっては酷な暮らしを選択させることでもある。

 人々から疎まれ、蔑まれ、苛まれ。

 生きていること自体を罪とされる《魔王》に対する罵声が浴びせられるだろう。

 生きてきた境遇が悪いのではない。

 生まれてきたこと自体が罰なのだと。

 それが許せなかった。

 生まれた環境は選べない。そんな神様が決めたルールは絶対に変えることはできない。それでも望月は抗うことを選んだ。たとえどれだけ疎まれ、煙たがれようとも、あとで後悔する決断だと苦悩したとしても、いまこの場で彼は決断した。

 ―――この少女だけは命に代えても守ると。

(爆発のダメージは確かにあるな。でも近づいてきているってことは体自体が普通じゃないんだ。問題はこっちの居所がバレてること。発信機みたいなものでも・・・)

 望月は右手を見る。

 残り一発の切り札を使えば確かに隠れれば逃げられるかもしれない。しかし闘うための手段が減ることになる。望月が取れる手段は限られている。

 《魔王》の発信機を『右手』で破壊して、逃亡を続けるか。

 《魔王》を差し出して、一人で逃げ出すか。

 望月の取った行動は―――。

「かかってこいよ」

 ローブをなびかせ、少年は最強の右手を携えて立ちはだかる。

 負けることは必然。勝てる算段などない。

 それでも彼は不条理を砕くために『右手』を輝かせる。

 そしてその最強の『右手』で優しく少女の頭を撫でる。

 パキンッ!と鏡が砕けた音が響き、少女の中の何かが砕けた。

「名前は?」

「え?」

「お前の名前は?」

「レティシア」

「よしレティシア、俺達がやるのは戦闘じゃない。亡命だ。お前を俺の騎士団の仲間にする、っていう大義名分で『翠宝の森』まで逃げる。どうだ?」

「なります。あなたの騎士団に」

 即答を受け取り、異邦人と異分子が手を組む。

 その間に火球が無数に迫る。

「展開」

 四枚の薄い楯が出現し、迫ってくる火球を的確に弾いていく。

「今のわたしに出来るのは楯を出して弾いていくだけです」

「充分だろ。俺なんて双剣があるだけだ。レティシアよりも使えないぞ」

「先程の爆裂魔法は燃費が悪いんですか?」

「ありゃ魔術でもなんでもない。化学の力だよ。ザッカバーグも馬鹿じゃない。こっちから小麦粉を投げない限りは距離があるから火球を放ってくる。それに小麦粉はあと二袋しかない。これはいわば相手に火球を撃たせないための空間を作ることができるんだ」

 空気の燃焼を急速には止める粉塵爆発は近くで発生すれば爆発の衝撃だけでなく、体内に取り入れるべき酸素を失い酸欠状態で意識が数秒後には消える。

(爆発受けて動ける時点でおかしいが、好都合なこともある。機動力がある馬は火を見て近づけなくなってるから純粋な速度の勝負)

「レティシア、俺が合図したら全力で楯を張ってくれ」

「分かりました」

 迫る火球を確認し、望月は小麦粉の袋をあらん限りの力で火球に投げつける。

 先程の再現を見るように爆発が起こる。

 一瞬の目くらましを起こして、距離を稼ぐ望月とレティシア。

「ここからは賭けだな」




「小細工が好きな奴だな」

 二度目の爆炎に多少の驚きを見せつつも、ザッカバーグは足を進めていた。

 『魔王討伐部隊』の隊長として彼は相当の実力を持っている。それでも実践的な戦闘に持ちこめていないのには望月の『右手』を警戒しているからというのもあるが、《魔王》の弱体化を知っていてなお、警戒に値すると知っているからだ。

(無際限に震える拳ではないな。奴の『右手』は《魔王》に対しても甚大なダメージを負わせたという報告は受けている。おそらく装弾数が決まっているタイプだろう。魔力の完全無効化。ここまで分かれば肉弾戦に持ち込めるが、近づくことをあの楯が許さない。異端同士が手を組んだのは厄介だな)

「全員、負傷はあるか」

「一名が爆発の影響を受けました」

「ならば一人付き添いで城に戻って手当を。俺を含めて五人で奴らを討つ。生死は問わない」

 もはやこれは《魔王》討伐だけではなくなった。

 奴が握った情報が《魔王》にでも渡れば、『紅玉の城』は間違いなく攻め込まれる。

 それだけは避けなくてはならない。

「望月紫苑、並びに《魔王》を殲滅する。そして魔晶石を回収し、『紅玉の城』に帰る。いいな」

「「「「おう」」」」

 その男の顔には確かな算段がある。

 彼らがいたであろう場所から伸びる、小麦粉が逃げた道を示すように白い線を残している。

 しかし懸念材料がある。

 その白い線は4本伸びている。

「逃げるための策を巡らせたというわけか。お前らは線の通りに進んで見つけ次第、ここに向かって火球を飛ばせ。散れ!」

 ザッカバーグの号令で六人が散る。

「さて、」

 ザッカバーグは手のひらに火球を出現させ、

「降りてきてもらおうか」

 近くにあった“木の上”に向けて勢いよく投げつけた。

 ベキベキベキと枝を折りながら進む火球だが、その進路が楯によって弾かれる。

「かくれんぼでもやるつもりか?」

「さっきまで鬼ごっこだったから飽きたんだよ」

 木から降りてきた異邦人と異分子。

「先程《魔王》が見せた楯の数と白い線の数が一緒だった思ってな。小麦粉を楯に乗せて出来る限り飛ばしたといったところだろう」

「そこまで分かってんならどうして四人を行かせたんだ」

「貴様のあの爆裂魔法や『右手』は多方向からに弱いだけで多人数に弱いわけでない。部下を巻き込まないのも指揮官の務めだ。そこの《魔王》にだって危険性がなくなったわけじゃない」




(やっぱり頭は回るか)

 減らず愚痴を叩きながらも、望月はザッカバーグに対して高い評価を下していた。

(下手な小細工は通用しないが、俺達にはザッカバーグを攻撃する『大義名分』がない。正当防衛として取られるかも怪しい。クリスタ達の立場を危うくするのは避けたいし、向こうは《魔王》と『紅玉の城』の断片的でもアキレス腱を握ってる俺を消しに掛かってくる)

「レティシア、楯に俺とお前を乗せて運べたりするか?」

「全力状態なら何とかなりますけど、いまは魔法弾を角度を使って受け流すか弾くので精一杯です」

「・・・・・」

 望月は空を見上げる。

 月が空から人々に光を落とす。

(もう少しだな)

 双剣を手にして、ザッカバーグに対峙する。

「勝てると思ってるのか?」

「あぁ、あと十分もすればお前の負けだよ」

「それは楽しみだ」

 火球が空を彩る。

 望月達に大義名分はない。両者ともに《魔王》という存在を笠に着て相手を殲滅する。

 そうなれば条件は互角。

 あとは単純な戦力差の話だ。

(まともに受ければヤバいのは分かる。レティシアの楯を使っても何とかなるか)

「レティシア、俺の言った通りに楯を張れるか」

「やってみます」

「行くぞ」

 ザッカバーグが地面を蹴る。

 初めに望月に飛んできたのは回し蹴り。

「レティシア、足の上下!」

「はい」

 楯の間をすり抜けてきた蹴りを体を沈ませて回避。

 望月が避けたいのは連撃。自分の知らない未知の『魔術』に対しての警戒を減らすための楯の配置で、相手の選択肢を絞っていく作戦。

 蹴りを屈んで避けた反動で体を戻しながら剣の峰で斬りかかる。

「バカめ」

 回転する体の力をそのままに手で窓を拭くように炎の幕を張り、剣の進行を強引に抑える。直接触れずとも熱気が喉を干上がらせる。

「レティシア、四枚」

「はい」

 バックステップして距離を取り、間に楯を挟む。

 だがそれを予期していたように、望月の横腹を掌底が貫く。

「ぐはっ、」

 体内の酸素を吐き出しながら、数度地面に叩きつけられ、うずくまる。

 そこに追撃の火球が迫る。

「レティ、シ・・ァ・四枚だ」

「・・は・・・・い」

 火球に楯を宛がうが、そこで最悪の事態が起こる。

 体勢を立て直そうとした望月に目の前で楯すべてが粉々に砕けた。

 咄嗟に後ろに振り返ると、汗を流しながら地面に俯くレティシアの姿があった。

「魔力切れだな。詰みだ。最後の警告だ。そこの《魔王》を差し出せば不問としてやる。《魔王》を討伐し、心を懐柔するための作戦だったとしてやる」

(ここでザッカバーグの言うことを聞けば助かるかもしれない)

 いまの望月にはザッカバーグを倒すための力はない。

(そもそも《魔王》を倒すって誓いを立てたんだ)

 諦めの言葉が頭をちらつく。

(痛い思いをするなんて馬鹿だ)

 そして彼は決断した。

「俺は―――――」




   【翠宝の森】

「はぁ」

「そんなに心配だったのなら行けばよかったのに。クリスタだって鬼じゃないんですから言えば考えてくれたでしょうに」

「あれから何日経ったと思ってるの?さすがに心配するよ。紫苑の『右手』単体じゃ勝てない相手だって出てくる。私みたいに魔術での戦闘ができなきゃ身体能力にだって差が出てくる」

「もともと彼は人類種なのでしょ?ならばそれは仕方のないことです。《白騎士》のような天才でない限り、彼はここにとどめておくべきです」

 マリア=ステファニーには揺らぐものがあった。

 打倒《魔王》を掲げている彼女は彼の力を欲しつつも、闘ってほしくないという矛盾を抱いている。《魔王》や『十傑』の魔術をすら打ち消す力を持った少年。

「彼が《白騎士》に匹敵するとは思えません。人外犇めくこの『アスタリスク』において人類種はとても脆い。クリスタが『白麗騎士団』に彼を勧誘したのはあくまでその頭脳を評価してのことです」

「でも、」

「たしかに《雷霆の魔王》の一件は確かな功績です。彼の頭脳と『右手』が闘いにおいて尽力したとしても、彼はもう巻き込むわけにはいかない。大事に思うならなおさらです。参謀としておくのだって、狙われる可能性がある。帰ってきた時、彼が少しでも弱音を吐いたら受け止めてください。いいですね」

「・・・・・」

 マリア=ステファニーは何も答えられなかった。




「俺は―――――」

 助かる道がぶらさがっている。

 他の人の命を犠牲に生き残る。躊躇いがないわけではない。ボロボロの少女を置いて逃げるという選択肢に格好が悪いというだけではなく心がセーブに掛かる。

 逃げてもいい。

 諦めてもいい。

 切り捨てていい。

 投げ出していい。

 放り出していい。

 沈むような感情が体を埋め尽くす。

「―――――」

 言葉を紡ぐことを彼は選んだ。

「それでもレティシアを仲間にする。だっておかしいだろ。《魔王》として生まれたからといって、生きていることを否定されてそんなの許せるわけないだろ。自分がたまたま安全な立場だったからといって、そうじゃ無い奴を拒絶するなんて間違ってる、お前らが今までどんな目にあってきたのかは分からない。それでもこれは間違ってるって言える」

「そうか。ならば―――――――」

 今までで一番大きい火球が出現する。

 それが彼が受けてきた屈辱を表すように、熱く、厚く、暑く燃え上がる。

 今の望月には『右手』はない。

 レティシアの楯ももう意味をなさないだろう。

 かといって、ここまでの言葉を受けたザッカバーグが引く理由など毛ほどもない。

「―――――死ね」

 火球が迫る。

 望月に届くまで3秒といったところだろ。

「レティシア、サンキューな」

「はい、こちらこそ助けてもらってありがとうございました」

 二人にとってその会話が精いっぱいだった。

 直後。

 大量の土煙と爆音がその場を埋め尽くす。

 ―――――はずだった。




 これは紛れもない現実。

 運の介在する余地などない残酷な現実。

 だから、こそ。

 一日の終わりと始まりを告げるその時まで、時間を稼いだ。

「なっ、」

 そこに立っていた少年は悠然とした笑顔でその場で輝いた『右手』を横なぎに振るっていた。

「ザッカバーグ、もう何があっても俺は引かないぞ。これ以上攻撃するようなら《魔王》にすら致命傷を与えるこの力を全力で振るう」

 ザッカバーグにとっても予想外だったのが、

 その少年の『右手』は力を取り戻していた。

「ちっ」

 小さく舌打ち。

 最強の『十傑』が率いるコミュニティの一つの長としてそれなりの力を有している。魔術による火力も相当なものだ。

 しかし今の彼には先程の全力の火球で魔力は空。肉弾戦闘も心得ているものので、懸念されるべき《魔王》とその《魔王》にすら匹敵するほどの『右手』を有した少年。

 状況はかなり劣勢だ。

(もし仮に、少年が《魔王》を仲間に出来たとしてもここから先、世間から疎まれることは否めない。それどころか逆賊の汚名で殺されるかもしれない。ここで止めなければ絶対に少年の心を殺す結果になる)

「それがお前の人生だ」

(言葉での説得は意味をなさない。ならばその後を見守るとしよう。だが結果としてお前らの首を絞める結果になるとしても、それがお前の人生だ)

 ザッカバーグは全力で望月に向かっていく。




 向かってくるザッカバーグに対して、望月は右手を構える。

 実力で言えば望月はザッカバーグに届かない。

 だが今は一発当てれば勝てる状況。

(レティシアの魔力はない。となるとこれを乗り切らなくちゃ逃げることもできない)

 望月とレティシアが走るだけの体力が残っているならば簡単だっただろう。彼らはそれができず、お互いを支えながらでなければ歩くこともままならない。ザッカバーグは魔力こそ切れているものの、体力はなんら問題はない。

 ネックである望月の『右手』。

 威力の大小を確かめているだけの余裕がない今のザッカバーグでは接近戦しかできないにも関わらず、警戒しなければいけず、更には《魔王》だって00雀の涙ほどの魔力は戻っている。

 ザッカバーグにはこの場において二つの選択肢があった。

 一つは玉砕覚悟で死ぬ。

 もう一つは彼らの未来に賭け、あえて『右手』の攻撃を受けるか。

 後者を選んだ場合は今後の交渉をうまく進める材料になるが、そこまで踏み込まずとも望月は汚名を背負うことになる。罰としては充分だろう。

「我々の敵は《魔王》という共通認識でいいな?」

「履き違えるな。お前の発言からどういう考えに至ったかは俺だって分かる。逆の立場だったら素直に逃がすなんて選択肢は出てこない。今まで受けてきた屈辱がどんなのか知らないけど、マリアの反応を見れば分かる。たった一人でも《魔王》と闘ったから分かる。野放しにしておくのは確かに危険だ。それが悪意に振るわれれば間に合わなかった時にはそれだけ人が死ぬのも分かった。でもな、それでレティシアが殺されていい理由にはならない。でも俺が言っているのが我儘なのも分かってる。だからこそ、それを分かった上で言う。俺に任せてみないか?いや、俺達に任せてくれないか?現状『十傑』二人と《魔王》に通用する力を持った俺。それ以外にも英傑2人を要する『翠宝の森』でレティシアを監査対象に置く。万が一、不穏な動きを見せれば責任を持ってレティシアを殺す」

 自分で撒いた種。

 それを責任もって育てればそれで良し。だが怠れば何も起きない。それどころか腐ったものが周りへの影響を与えてしまう。

「ならばここは行け。ここで俺を殴ったという事実を残していれば逆賊の汚名で抹殺指令が出される」

「ザッカバーグ」

「だが心しておけ。それはお前の身を滅ぼす結果になるかもしれない。手綱は握っておけ」

「悪いな。いつか借りを返しに来る」




   【翠宝の森】

「まさか一人目で《魔王》を仲間にするとは思えなかったぞ」

 ボロボロに負傷した望月と、彼に肩を貸す少女を見てクリスタは豪気に笑った。

 コホンという咳払いをしたクーナ=グレイスにバツの悪い顔をして、着物の裾を直し、

「いいだろう、《紺碧の魔王》レティシア。そなたを望月紫苑の騎士団入団をクリスタの名を持って認める」

 その場の反応はまさに人の数だけあった。

 ある者は豪気に笑み。

 ある者は静かな闘志を燻らせ。

 ある者は事実を受け入れ。

 ある者はこうなることを分かっていたかのように頷き。

 ある者は安堵の表情を浮かべ。

 またある者は・・・その場に倒れこんだ。

「レティシア、悪いがお前には話がある。望月を医務室に運ぶからついてこい」

「はい」




「さて、ここからは妾と望月、そしてお前しかいないから腹を割って話してくれ。どの道、妾とお前とでは力に差があるからどうとでもなるがな」

 クリスタはベッドで横たわり、寝息を立てる望月を見ながら、

「こいつは今フリーの状態でな。どこの組織にも縛られないという利点を生かして色々と足を運べる。その最中でお前を見つけた。どうだ?」

「どうだ、と言われましても」

「こいつの味方になってみないか?」

「味方、ですか」

「お前はどんなにいい奴であっても、所詮は《魔王》だ。その事実は変わらない。だからこそ自分の身の潔白を示したいならば自力でなんとかするしかない。望月の様子からそういった境遇が気に入らなくて誰かと闘ったのは分かる。だからこそ、こいつの無茶をお前に監視してほしい。他の都市の奴・・・・あぁ、ウチにも《魔王》を憎んでいる奴はいる。だからお前の身分は伏せておくが、それでも周りからの反応はお前を苦しめる。ここでお前を殺すことは一種の優しさだとも考える。苦悩しながら生きるかはお前が選べ。だが一つ約束しろ。望月を裏切るようなら、その時は妾がお前を全力で殺す」

 レティシアは考える。

 そして。




 レティシアも覚悟はしていた。

 自分がどれだけ世界に煙たがれる存在かを。それだけ歴戦の《魔王》が人々に与えた恐怖というのは根深く、比例して怒りの対象である。

 望月がいなければ、自分は魔法弾の雨に打たれ、そのまま死んでいた。

「わたしは世界に災厄を振りまく《魔王》です。皆さんの恨みはご尤もだと思います。だからこそ、わたしを利用してはみませんか?わたしの《魔王》としての力を持って、《魔王》を討つ。《魔王》殺しの《魔王》。毒を持って毒を制するように、わたしはこれから紫苑さんの騎士団に入ります。もし何かあれば《修羅姫》クリスタ様の槍によって貫かれても構いません」




 望月は意識を取り戻し、彼女達の会話を聞いていた。

 そしてレティシアが出した結論を聞き、決意を固めた。これから先、クリスタが述べたように彼らには《魔王》としての身分を偽った少女を守りながらの生活。

 精神的にもキツいだろうが、彼らはもう一人ではない。

 二人なら超えられる障害もあるだろう。

「さて、そこの狸寝入り。お前らを妾が後見人になってやるから来い。フローゼにも紹介すれば後ろ盾は十分だろ」

「助かるよ。先に行っててくれ。ちょっと着替えたいからさ」

「・・・・・」

 訝しんだ表情をしたクリスタだが、彼女は何かを感じ取り、

「行くぞレティシア」

 そういって部屋を後にした。

 誰もいなくなったことを確認して、望月はスッと顔から表情を落とす。

 そして大きく息を吸い込み、

「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 ありったけの悔しさを口から吐き出した。

 枯れるまで。

 壊れるまで。

 潰れるまで。

 もう一滴も残らないくらいの絶叫を上げた。

(負けた。負けた。負けた。ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう)

 やり場のない悔しさを今度は地面に拳として叩きつける。

 心のどこかで慢心していたのかもしれない。頭を使えば負けることはないと、自分を過大評価していたのかもしれない。《魔王》を一度倒せたからといって調子に乗っていたのかもしれない。

 望月は奥歯が砕ける勢いで噛み潰す。

 彼一人では、コミュニティ一つで事足りてしまうどころか、十分にお釣りが出てしまう。爪痕を残すなど驕りもいいところだ。

(強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい)

 もう出ない声を、それでも音のない音として発する望月は続ける。

(こんな思いをしなくていいように、こんな思いを誰にもさせないように。俺一人で倒せるだけの力を付けなくちゃいけない)

 ギラリと光る瞳の奥の闘志。

 それが歪なものとなるか、純粋な輝きとなるか。

 その夜。

 彼の音のない『叫び』は続いた。




【Episode3  反発少女の自己採点(Monster children)】  に続く 

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