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無冠の王と幻想の魔王  作者: アクイラ(°Д°)
3/11

【Episode1 証を持つ者】 妖精演舞(フェアリーダンス)③

   【マリア=ステファニー宅】



「とりあえず掛けてて」


 言われるままにソファに腰掛けるが、どうにも居心地が悪い。

 この世界で生き抜くための手段として武器を手にするのが先決。魔術など一朝一夕で見に付くか分からないものより形として手元にあったほうが幾分マシだ。

 目のやり場を失い、本棚にある本を適当に手に取る。

『現代魔術指南書』。

『《聖者》と《魔王》と《勇者》』。

『古式魔術書』。

『アーティファクトカタログ』。

『契約精霊』。


(結構魔術って広いな)


 蔵書数は普通の本棚程度だが、おそらく魔術体系はこれよりも上だろう。

 手広く力を付けるならまずは知識を手に入れなければ話にならない、というのが望月の考えだ。


「それにしても姫様の信用を得られるなんて凄いよ。それに都市間の交易を任されるなんて。それにあの言い方だとアーティファクトがもらえるのかもね」

「さっき見たけど、あれって魔力を媒介にしてるんだろ?ただの武器でも対処方法はあるけどやっぱり何か違うのか?」

「そだね。身体能力を上げたり、特殊効果を持ったり様々。でも属性によっては相性があって使えないかもしれないんだよ。私の『魔剣スピカ』もその1つ。遠征を任せたくらいだから原石はもらえるだろうけど、そこからは紫苑次第かな」

「俺次第?」

「耐えきれるかどうか、だよ。それなりの覚悟はしたほうがいいと思う」

「気長に待つさ。どんなのがもらえるんだろうな」

「それもランダムだね。私の『スピカ』もそうだったしね。もしかしたらレアなのが出るかもしれないよ」


 ガチャガチャみたいな気持ちで楽しんでいたこの時の望月。

 だが彼は忘れていたのかもしれない。

 自分の置かれた状況が、今までの常識など通用しない未知の領域だということに。




 太陽が完全に隠れ、月が顔を出す。

 望月はふと掛け時計に目をやる。


(時間は俺の知ってるのと一緒で24時間か)


 そして時刻は22時を回った所で、家の扉がノックされる。

 マリア=ステファニーが来客を招き入れる。


「待たせたな。ではさっそく契約を始めるぞ。妾が直々に執り行ってやるのだ。感謝しろ」


 クリスタが柏手を打つ。

 すると望月を中心に魔法陣が展開され、翡翠色の石が目の前に現れる。


「その翡翠石を掴め、あとは耐えられれば手に入る。・・・死ぬなよ」

「ま、なんとかするさ」


 望月は翡翠石を掴む。

 眩い光を放つ石。その光に目を瞑った次の瞬間、彼の目が大きく開く。

 痛み。

 堪えようとしても声が轟き、耐えようとしても全身の神経が悲鳴を上げ、抑えようとしても止まらない体の脱力感。

 意識があるのかどうかすら分からない。

 確実なのは望月が立っていたこと。そしてその手の中には確かに望月は欲するモノが握られていた。

 ふらりと望月の体が揺れる。


「結構きついぞ、これ」


 足を前に出し、ギリギリのところで踏ん張り、疲労を笑顔で塗りつぶす。


「耐えたようだな。気絶したりする者も少なくないというのに。しかも二刀一対の双剣とは」

「珍しいのか?」

「双剣使いは観測されている中では、紫苑を含めても3人だね。最強の英傑とされる《灼炎の王》と『ユグドラシル』にいる最強種《幻想の魔王》。《幻想の魔王》は過去に1度だけ世界を滅ぼしかけて『ユグドラシル』に戻ったあと姿を見た人がいないから、おそらく根城にしているんだと思う」

「そんなに強いのか?」

「この『アスタリスク』の8割の人口を減らした最強最悪の《魔王》だよ。《六星の聖者》や英傑が束になっても倒せなかったんだから実力は未知数でも脅威。もう一度襲われたらどうなるか分からない」

「どうして2割は生き残れたんだ?」

「それは分からないの。資料では気まぐれで消えたとされてるけど。もう何十年の前の話だから当時生きていた人も寿命でいない」

「クリスタはどう見る?」

「そうだな。己の力を誇示したいだけならそこまで攻撃をする必要はない。たった1発最強の魔術を撃てば良いだけなのだから。だが《幻想の魔王》は人口割を削った。望月の言った通りなぜ2割を残したのか。8割で目的を完遂したとすれば、その目的はという疑問に当たる。そして記録に残っているのが『人口が減った』という事実だけだ。それが殺害なのかとなれば話は別になる」

「まさか神隠しとか言わないだろうな」

「それもまた憶測でしかない。否定する材料がない以上『可能性』で成り立つ真実はどんな形であれ存在する。ここはお前の常識の外、魔術の数は魔術師の数だけ存在する。例えば望月と同じ境遇を持った奴もいるかもしれない」


望月はしばし考える。

最強と謳われた《魔王》。

その存在と消滅。

人口の8割を何らかの方法で『減らした』。

何でもありの魔術が蔓延る世界。

望月の中で『可能性』が駆け巡る。


「やっぱり確証がないから何とも言えないけど、今もなお《幻想の魔王》が生きていると仮定した場合、最も考えられるのが『《幻想の魔王》には稼働限界時間が存在し、今は力を蓄えている』か『《幻想の魔王》が人工8割分の魔力を吸い取り、今はそれを制御している』くらいだ」

「恐ろしいことを考えるな望月。稼働時間については及んでいたが、『吸収』は至らなかった。双剣といい望月には驚かされてばかりだ。だが『聖水の都』に行くためにはアーティファクトを手に入れることは初歩段階だ。能力の大小こそあれど持っているのと持っていないのとでは雲泥の差が出る。・・・まぁ人によるが。とりあえず無事に帰って来い、万が一の時は妾の名前を交渉材料にしても構わん。だが都市のことを最優先に考えろ。その材料なら何でもよい」

「適当に任せろ」

「そうか。じゃあ明日の出発前に宮殿に来い。渡しておくモノがある」



 クリスタを送り、日付が変わったころ。

 望月はマリア=ステファニーの家にある本を手当たり次第に読み漁っていた。

 詰め込みは効率が悪いが、それでも1単語覚えておくことくらいはできる。


「魔術の基本体系は派生や複合などを除き7属性に分類される。《魔王》とは巨大な災厄として位置づけられている、か」


 おおよその内容は把握したが、どれも耳にしたことのあることばかり。


「アーティファクトは自らの意志で『発動』と言った際に出現し、任意で消す(自らの中に戻す)ことができる。翡翠石は受け入れた際に体内へと入り、体と同化する、か」


 本に紐の栞を挟み、就寝しようとしたところでソファしか選択肢がないことに気づく。

 体を休める時、何より必要なのは自分が『安眠できる』と感じることだ。

 寝るうえで最も重要視されるのは『寝返り』。寝相が悪いとされる人物がよく敬遠されるが、寝返りを打たないというのは危険だという。なぜなら内臓が片方に移動し、重みでずれていくからだ。それを調節するために右へ左へと体を捻り内臓の位置を調節することで身体の危機を脱している。そういった意味では沈み込む感覚に陥るベッドというのは危険視されている風潮すらある。体を沈み込ませるということは寝返りを打たせなくすることに繋がる。更には枕の高さは首の痛みに繋がる。

 そんな講義を頭の中で繰り広げている望月は、はっ!と我に返る。

 時刻は1時半。

 就寝時間も体を休めることと頭の整理をする時間とイコールになるため6~8時間取らなければならず、頭が本格的に活動するのは起きてから3時間後とされている。

 学校に行って最初の授業が頭に入らなくなってしまうのは必然的になっていく。

 望月はそんなことを考え、諦めてソファに座る。

 その手には双剣が握られている。

それは双剣というよりは鞘のない刀。長さは僅かな差はあるものの、大したことはない。

黒い刀身。銀の刃。

 純白の刀身、銀の刃。

 左右で色の違う双剣。

 望月は持ってきた1冊を捲る。


「二個一対のアーティファクト、『双女神(ツインリット)』は歴史上2人しか所有者は存在せず、一対だからといって能力を半減しているわけではなく、個々の能力としては通常のアーティファクトとなんら変わらない。・・・・・」


(こういう異世界ものって普通、もっといいのもらえるよな)


 特別な待遇を若干期待していた望月は拍子抜け。

 モノの価値とは人それぞれ。宝石が良いという者もいれば、ただの石ころと鼻で笑う者もいるように結局は使う者の価値観を押しつけているだけだ。


(『アスタリスク』に来て1日目で結構進展があっただけでもマシか。都市の現状把握はまだ出来てないし、《魔王》もどんなもんか分かってないから何とも言えないが基準をマリアにしてもヤバそうだ。魔術なんてラノベの存在を容認するのも気が引けるけど双剣は実在してるし)


 とりあえず明日にしよう、そう決めて眠りについた。




   【イーリア宮殿】



「来たな」


 望月とマリア=ステファニーの到着を書類整理をしていたのか、眼鏡を掛けていたクリスタがいた。


「今回は妾の使者として動いてもらう。だから他都市との交流をするための交渉材料が必要になるが、そこは望月に任せる。戦闘面に関してはまだ不安があるがそこはマリアがいれば問題はない。だが昨日もいったが『聖水の都』の領主は気難しい。慎重にことを進めたとしても少し期間を置くかもしれないため、あちらに宿を取って置いた」


 クリスタは眼鏡を外して、柏手を打ち、何もないところから書類を出す。


「妾の委任状だ。身分保証として使え。『アビスの森』は長いからコレを渡しておく」


 柏手を打った彼女が1枚の紙片を出現させ、それを望月に投げる。


「お守りだ。肌身離さず持っておけ。ところで望月は戦闘経験はあるのか?」


 望月は左の胸ポケットにそれをしまい、


「戦闘も部活もない帰宅部学生だったよ」

「ブカツ?」

「えっと、1つの競技を専門的に極めるって感じだよ」

「ではそのキタクブ?というのは何を極めるんだ?」

「さて、マリア。行こう」


 何だか説明するのが辛くなったので、マリア=ステファニーの手を引いて宮殿を出る。




   【アビスの森】



 『翠宝の森』を覆い尽くす広大な森。

 天候が味方をしているおかげで視界は晴れているが夜になれば死角が多数生み出され、魔獣に襲われれば一溜まりもない。

 望月は辺りを見渡す。


(双剣で素手よりはマシになったけど、それでも剣なんて使う文化は無いからなぁ)


 剣道や空手といった武術は存在しても、望月はそれに触れてきておらず、猪のような魔獣を一時的に退けられたのは火事場の馬鹿力、咄嗟の判断だ。


「そういえば『聖水の都』ってのはどれくらいあるんだ?」

「そうだねぇ。頑張っても2日くらいかな。『アビスの森』には駐屯地もないし、野宿覚悟だね。まぁテントはあるし、なんとかなるでしょ」

「随分と逞しいな。こういう遠征って結構あるのか」

「ううん。今まではクリスタ様の警護と雑務の手伝いばっかりだったから外に出る機会ってあんまり多くなかったんだ。紫苑がそれだけ信頼されてるってことだよ。頭脳面はお願いね。私、外交ってあんまり経験ないから」

「それに関してマリアにいくつか聞きたいんだ。昨日、本を読ませてもらったんだけど、それでも分からないことだらけなんだ。俺が元いた世界は闘いこそあれど平和な世界だった。剣を振るうどころか、握る必要すらない世界だったんだ。でも平和になる前には確かに戦争があった。だからその名残が護身術として武術が伝わってる。それでもここまでのモノじゃなかったんだ。だから俺はこの世界について異物みたいなもんだ。だからこそ確かめたい」


 この世界において、望月が絶対に必要とするもの。

 頭脳の面だけでは絶対に生き残れない。

 元の世界に戻るために、望月は持っていなくてはいけないものがある。


「俺に魔力はあるか?」

「紫苑はこの世界に召喚された形だからね。私やクリスタ様のような生まれつき魔力を持っているわけじゃない。この世界には空気中に魔力が流れていて。それを体内に取り込むことで二酸化炭素を吐き出して魔力のみを取り込むことができる体になってる。紫苑、双剣を握ってみて」

「あ、あぁ」

「アーティファクトは持ち主の魔力は関係なく、認められれば出てくる。私の『魔剣スピカ』もそうだけど私達はアーティファクトなしの戦闘はあまり意味がない。素手で鋼鉄を殴り続けるようなものなの」

「じゃあ魔術ってのは何だ?」

「魔法陣を介して様々な現象を起こすことだよ。魔力を固めて放つ攻撃魔術、魔法陣型の楯を出現させる防御魔術、傷を癒す治癒魔術、身体能力を上げる付加魔術、自然の力を借りる精霊魔術とかがあるよ。でもマルチにできる人っていうのはほとんどいないの。《六星の聖者》やそのクラスでもなかなか。だからさっき紫苑が言ってたブカツみたいに何かを極める方法を取る人がほとんどなんだ」

「魔力があるかは分からないが、闘う手段はある、か」


 最も知りたかった事項は不明。

 いわば弾丸の入っていない銃を持っているような感覚。銃単体で殴りつけることは可能だが、本来の用途を果たせていない。


「アーティファクト以外の武器はないのか?」

「うん。でもでも、魔術だって捨てたものじゃないんだよ。キッチンやお風呂に電気系や炎系の魔方陣を敷いたり、風系の魔方陣で夏も涼しいし、土系を使えばガーデニングもできるし」

「俺達で言うところのIHキッチンとかか」

「???」

「いや、こっちの話だ。科学が発展した俺達の世界とは対照的に、魔術が発展した世界か。これならまぁ、なんとかなるか。今日は早めに休もうぜ。テントを張るにも安全亜場所の確保をしておきたいだろ。『アビスの森』は昼と夜だと魔獣はどっちの方が出る?」

「夜かな」

「じゃあ先に寝てくれ。俺よりもマリアのほうが対処できると思う。昼は俺が見張って、夜はマリア。交代で休憩を取ろう」

「女の子に重たい役割を当ててない?」

「俺が闘える技術を持てばすぐにでも代わってやるよ。それに戦闘面ではマリアが任されてるんだ。男だの女だの言ってる場合じゃないだろ」

「そりゃそうだけど」

「まずは『聖水の都』に向かうことが優先だ。俺の知ってる魔術ってのは空間転移とか楽勝で出来るんだけどな」

「そんな高位な魔術は無理だよ。それに転移系の魔術は場所と場所を結べるけど、そこにいる相手が認可しないと無理だよ。門番だったアリスがゲート開いて、クリスタ様のところまで運んだけどあれはまた別。そういった意味ではこの外交は2つの都市を結ぶことになるかもしれない」

「お前らそんな鎖国状態でよく生きてきたな」


(それだけそれぞれの都市が自給率を保てたということが驚きだが)


 望月が驚いた点は他にもある。

 《魔王》という存在は天災に例えられていた。つまり災害だ。そんな存在が何度も現れたということは都市はそれなりの損害を被っているはず。それなのに『翠宝の森』にはそれほど被害があったようには見えない。

 それだけ復興技術があるのか、魔術がそういったものなのか。


「マリアは《魔王》に逢ったことあるか?」

「・・・あるよ」

「そっか」


 望月はそれ以上、言及はできなかった。

 本来なら《魔王》のことを深く知るために尋ねるべき。だが望月にはそれができなかった。

 ―――陰りを挿したその顔を見ては何も言えない。

 分かってはいたが、彼女にこの表情をさせる相手こそが《魔王》。実力は彼女以上。いまの望月ではひっくり返っても勝てる相手ではない。


「テント出してくれ」

「うん」


 魔法陣が描かれた紙を破ると、そこから木々が飛び出て、みるみるログハウスの形に生成される。


「テントっていうからどんなもんかと思ったけど」

「建造系術式っていうのは結構高価なんだよ。それに魔獣除けの魔方陣を張っておかないと寝ている間に攻撃されちゃうし」

「じゃあ俺の見張りを立てる案はいらなかったじゃねぇか」

「そうでもないよ。言ったでしょ、魔獣除けって。『アビスの森』には私達にみたいな人たちを襲う盗賊だっているし、なにより《魔王》が現れないとも限らない」


 マリア=ステファニーの力説で、まずは彼女から早めの休息を取る。

 その間に望月は腰の双剣に目を落とす。

 『双女神』と呼称される稀少なアーティファクト。《灼炎の王》が使っているのだから戦闘面では申し分ないはずだ。問題は個々の能力。

 軽くその場で振ってみる。

 しかし何も起こらない。


「やっぱり魔力かぁ」


 元の世界に戻るためのおおよその目標として、この世界での安全を確保しなければならない。《魔王》という脅威から身を守り、その中で解決の糸口を見つける。


(そういえば大気中に魔力があるって言ってたな)


 マリア=ステファニーの言葉を思い出し、大きく深呼吸。

 森林の効果があるおかげもあるが、空気が湿っていて喉が一気に干上がる。鼻の呼吸も思わず、鼻の奥を冷たさが刺激されるほどだ。


(変わった感じはない、か)


 双剣も変化はない。

 《魔王》という存在は自然に発生する。ならばその存在は無差別に『アスタリスク』に攻撃を仕掛けているのだということは考えにくい。仮に出現した場所が『ユグドラシル』だとしたら、必ずそこに対策を打っているはずだからだ。


(クリスタがやらないはずないし)


 世界を敵に回してでも、世界を守ろうとした彼女なら真っ先に対抗策を講じているだろう。それでも《魔王》は出現している。

 対抗策が意味をなさなかったのか、それとも対抗策を講じられなかったのか。


(そりゃ『オーブ』を保持したいっていう奴だっているよな。そうでもなけりゃクリスタとマリア以外にも力になってくれる人達だっているだろうし)


 この外交は《修羅姫》が先陣を切って《魔王》に対抗するという意思表示を見せることで『聖水の都』とのパイプを得るというもの。『翠宝の森』だけではおそらく厳しいのだ。

 望月が思考を巡らせていく間に日は傾く。

 思考は巡るだけで確たる答えを出せないでいた。結局は知識が足らなすぎる。

 彼が持っている『魔術』という知識はせいぜいゲームや小説の域を出ない。実際に目の当たりにしたものを『魔術』だとすることを頭のどこかで拒絶している。自分が置かれた状況を素直に受け止めきれていない。

 手にした双剣が。

 腰を掛けているログハウスが。

 そして。

 目の前に現れた獣たちの群れが。


「―――ッ!」


 ぐるるるる!と涎を垂らし、目を血走らせた狼型の魔獣が数匹、ログハウスを囲っていた。


(戦闘は素人。異世界から来たからっていう主人公補正もなし。こりゃ無理ゲーもいいとこだぞ)


 望月の体から嫌な汗が噴き出す。

 視認できる狼は4匹。

 猪型は1匹だから対処できただけで、4匹となると視界に収められる範囲を超えている。

 唯一手にある双剣。これを手放せばあの牙と爪で五体を引き裂かれる惨劇。

 『闘う』。

 そう頭では理解していた。マリア=ステファニーが言った『魔獣除けの魔方陣』が機能していればログハウスに近づけないのかもしれない。

 だが望月にはそれはどこまでのものか分からない。

 家の中が安全?敷地内?半径何メートル?

 不明確な情報が人の不安感を煽り、不確かな状況が鼓動を早め、不可思議な現象が目の前に飛びかかる。

 足は震えて動かない。

 手は岩でも圧し掛かったかのように重く、双剣を持ち上げることができない。

 息は酸素を取り込むのを阻むかのように詰まる。

 体が凍る。

 思考が止まる。

 明確に目の前にさしかかった死を。

 望月はただ受け止めることしかできなかった。

 誰かが助けてくれるようなご都合展開など存在しない。たとえそれがあったとしても、飛びかかった狼の牙と、望月の肌が接触した今となってはもう遅い。

 それは咄嗟の判断。

 肉がわずかに抉られたところで、望月の首が反射的に動いた。

 右の頬から耳たぶに掛けて、肉が裂かれ一文字の赤い線が引かれる。


「マリアのやつ、後で覚えとけよ」


 痛みで身体が軽くなる。

 命の危機が彼の頭を開き直らせ、足を軽く、手を素早く、思考を迅速に巡らせる。


(4匹同時に相手をして挟まれたらアウト。だとしても1匹ずつ倒すことしか俺には無理だ。かといって待っていても現状が良くなるわけじゃない)


 震える手を鼓舞して、両手に剣を握る。

 白と黒の剣。

 ただの刃物を振り回すだけだ。

 魔獣を倒せば生き残る。イメージは頭の中で出来てる。

 順手で持った双剣を左手を突きだし、右手を振りかぶる。双剣の利点として、両手を素手で無くすところを活かした構え。といっても望月に戦闘経験はない。ただの思いつき。

 その場しのぎで構わない。

 この経験が糧にならなくてもいい。

 狼が迫る。

 出方を窺うように1匹が飛びついてくるのを、両手で防ぎながら後ろへ飛ぶ。足止めをくらえば、それだけ他への注意が疎かになる。かといって休息を取っているマリア=ステファニーを起こしているだけの時間はない。

 望月は双剣でログハウスの手すりを叩き割り、木片を投げつける。

 空中で分解された木片は狼の1匹の目に当たり、視界を晦ませ、その隙に双剣で躊躇いを殺して斬る。手元から伝わる嫌な感触と、飛び出る血液が服につく。

 そして二撃目が狼の体から離れた瞬間、狼が煙となって消え、その場に小さな水晶が残った。

 1匹がやられたことで警戒を強めた狼達。

 それを見て、望月は狼目掛けて土を蹴りつける。警戒心を抱いていた相手を分断させ、その間にログハウスの扉を開け、そのまま扉付近に待つ。

 狼の1匹が噛みつこうと近づいてきた瞬間、思い切り扉を蹴りで閉め、狼を扉と枠で挟む。その一瞬怯んだ隙に双剣で斬りつけ消滅させる。


(残り2匹)


 2匹は5メートルほど距離を空けてこちらの動きを見ている。

 望月が剣を握り、1匹に向かって駆けだす。

 もう1匹が望月に向かって走り出すが、目の前の狼に向かって双剣を構える。

 そして。

 狼との距離が1メートルとなった瞬間、左手の剣を上空に投げる。

 わずかに上空を向いた狼の隙をついて一気に地面に向かって飛び込み、すれ違いざまに右の剣で斬りつける。

 そして噛みつこうとしてきた最後の狼に寝転がりながら、腹を蹴りあげ、再度向かって来ようとしたところで右の剣を投げつける。横っ飛びでかわされたところに間髪入れずに先程投げ、地面に突き刺さった剣を投げつける。

 運よく眉間に突き刺さった剣。

 望月はぐったりと狼4体から出た水晶に目をやり、腰を落とした。


(今頃になって震えがやってきやがった)


 疲労感が体を襲う。

 頭では動けるのに、体が動けない。

 体には外傷がない望月は頭と体がちぐはぐになっていた。それでも立ち上がり、1歩ずつ足を進め双剣を回収する。狼が他にもいた場合に備えるためだ。不自然に引きずった足を動かし、ログハウスに背中をもたれかける。

 この状態ではまともな視界は確保できない。十分な判断もできないだろう。そう考え背後の死角を潰し、少しでも対応する幅を狭める。


「クリスタに安請け合いしちまったな。正直言って舐めてた。狼でここまで苦戦するなら《魔王》ってのが来たら対応しきれねぇぞ」


 狼4匹を退けたのは確かな戦果だが、その後の対応が取れない。

 望月は手すりに落ちていた紫色の水晶を手に取る。両手の親指と人差し指で輪っか作った位の大きさ。

 それが何を意味するのか分からないまま、胸ポケットにしまう。

 望月が元の世界から持ってきたものは何もない。スマホも無ければ財布もない。

 ブレザータイプの制服のみで、この『アスタリスク』に来た。

 それがどういった経緯で、どういった方法で、どういった人物が、現象が、土地が引き起こしたのかも分からない。自分の名前だけは分かる記憶喪失のような感じだ。

 縋るものも、頼りになるものもない。

 何の道標もないまま、手にした双剣で狼を撃退した。

 今になって、それが妙に気持ち悪く感じた。

 最初は異世界に舞い込んだという謎のテンションが心の平穏を保っていた。現実から目を背け自分を守っていた。

 だが、その支えがいま唐突に切れた。


「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああ」


 自分の肩を抱き、不安を吐き出す。

 叫びが自分の耳を覆い、視界が黒く落ちる。




「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああ」


 ログハウスで仮眠を取っていたマリア=ステファニーは何者かの叫びで目を覚ました。


「な、なに」


 寝起きで鮮明になりつつある視界で辺りを見渡すが、叫びの主はいない。

 彼女はすぐさま刺突剣を手にとり、扉を開け放つ。

 そこにいたのは小刻みに震え、自らの肩を抱き、目を瞑って叫ぶ望月だった。

 何があったのかは分からないが、彼女の目に3つの水晶が飛びこむ。


(もしかして魔獣ッ!しかも3匹も討伐したっていうの!)


 クリスタから戦闘に関しては素人だと聞かされていた。そして初めてであった時も猪型の魔獣を撃退していた。発想で対処できたのは傍目から見ても偶然の範囲内。だが視認できる水晶の形から見てもかなりのものだ。

 魔水晶(ラリクマ)と呼ばれる魔獣などから採取できる鉱石。それは『アスタリスク』においては金銭と交換できる魔力を宿した物質。

それは大きさ、稀少度、色などの要素で価値が変わる。


(3匹同時に討伐って紫苑、普通じゃないわよ。でもどうしてこんなことになってるの?)


 望月の様子が明らかにおかしいことは分かっていても、その原因が分からない。

 だが望月の心はマリア=ステファニーには到底理解できないものだろう。

 異世界から来たという孤独感。

 いきなり死地に追いやられる恐怖感。

 それらは想像を絶する重圧。

 何も分からない状態で、1歩ずつ確かめなければいけないという感覚はおそらく形容しがたいものだろう。


「紫苑、私には紫苑がどれだけ苦しんでいるかは分からない。だから同情もできない。こんな状況に追い込んじゃった私が悪いのも分かってる。だからここで退き返しても何も言わない。でもこれから進むって言うなら落ち着くまで一緒にいる。もう紫苑を1人にしない。何があっても絶対に守り抜く」

「・・・・・」


 ピクリと微かに体が反応を示す。


「決まってんだろ。進む。俺達はそのために来たんだから」

「良いんだよ、そうやって自分に言い聞かせなくて。私達の事情に無関係なあなたを巻き込んでしまっているのも事実。酷いことを言ってるのは分かってるよ。でもね、私達は生きるために闘わなくちゃいけない。このままじゃいけない、そう思ったからこそ武器を取った。言葉が通じるなんて欺瞞だと、絵空事だと分かったから。私ね、《魔王》にお父さんとお母さんと殺されちゃったんだ。親戚もいなくて身寄りのなかった私をクリスタ様が拾ってくれてね。彼女は私にとって姉であり母であるんだ。年齢的には少し上なだけなんだけどね。この『魔剣スピカ』も闘うために決断して握ったの。今の私を活かしているのはクリスタ様への恩と《魔王》への復讐心だけ。ほら、私はこんなにも穢れてるんだよ」

「・・・・・たとえマリアが穢れていたとしても構わない。それでも俺はお前とクリスタの味方をするって決めたんだ。だから今少しだけ待ってくれ。もう少ししたら落ち着くから」




   【イーリア宮殿】


「クリスタ、少しは落ち着いたらどう?」

「う、うるさい。落ち着いている」

「だったらうろうろしてないで書類にハンコ押してくださいよ」


 天井付近にまで積み上がったいくつかの書類の山の影からジト目でクリスタを見る緑が身に尖った耳、エメラルドの瞳を携えた『妖精族(エルフ)』の女性。

 彼女は眼鏡を掛け、億劫そうにクリスタが手をつけない書類1枚1枚に目を通し、的確に分類していた。


「心配で部屋の中うろうろするくらいならアタシも行かせれば良かったのに。マリアは千頭だけならいいけど、外交なんて頭使うのはそこまでよ」

「アリスの馬鹿がどっか行ったせいもあるんだ。お前までいなくなってはいくら妾でも《魔王》が来たら対応しきれん。望月の不安を取る意味でもマリアに行かせたんだ。いざという時はお前と妾で『翠宝の森』と『コード』を守り抜く」

「どこに行ったかはおおよそ検討はつくわ。アリスは『白麗騎士団』、そしてアタシ達の切り札です。『十傑』の1人ですし、《魔王》襲来時はなんとかしてくれる。だからクリスタは安心して、この詰み上がっていく書類にハンコを押してください。私が目を通しておきますから」


 領主として寄せられる案件は主に予算関係。

 《魔王》によって損壊させられた建物の修繕費。

 新たな土地の開拓。

 そういったものが主に書類として送られてくる。

 しかしその全てを解決できるだけの資金はないため、優先順位を考えて予算を割り振っている。

 そういった資金調達はマリア=ステファニー、クーナ、アリスの『白麗騎士団』が周囲の開拓と並行して調達しているが、それでもカツカツの状態。

 本来なら外交などに予算を割くこと自体、赤字覚悟。これで交易が結べなくなり、他の都市との緊張状態がより圧迫的になれば自給率を保つことは厳しくなる。

《修羅姫》の称号を持つ彼女でも都市1つの自給率を賄うことは不可能。同士である『白麗騎士団』を加えたとしてもそれは変わらない。


「そういった意味では『十傑』を2人も抱える『翠宝の森』は優秀なはずなんだがな」

「クリスタとアリスっていう2枚看板でどうにかなってるだけだけどね。《魔王》を2回退けたっていう実績があるのは確かに快挙よね。そういった意味だと1人で守りきってる『紅玉の城』は《灼炎の王》の力が大きいですけど」

「あいつは間違いなく強い。だが協力はできんな」

「まぁ、いずれ協力できる時がきますよ。だから今はハンコ押してください」




 


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