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まだ見ぬ君に  作者: 苳子
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第8章 偽り 7

 “よう”の東西である噂が広まりつつあった。それはこの争乱の真の首謀者が誰であるかと云うものだった。

 元々、王家や貴族たちの争いは、人々の生活を脅かさない限り関心を引くことはない。それでも流通や商工業には覿面に影響が出るため、特に商人や金融に携わるものたちは敏感だ。

 噂は彼らを中心として波状的に広まっていった。それも発信地を特定できるものではない。噂はほぼ同時期に東葉と西葉の各地から、まるで申し合わせたように発生した。

 曰く、真の首謀者は西葉東宮葉蒼杞と東葉東宮の従兄である苓公葉明柊らしいというもの。

 日頃、市井の人々にとって、権力者の交代は直接影響することではなく、また知る機会もあまりないため関心をほとんど引くことはない。

 女神への信仰と連動して王家への敬慕は篤い。王や王族の訃報を耳にすれば、その冥福を祈る人々も少なくない。新たな王が登極すれば素直に祝杯をあげる。

 ただ、それが誰であっても彼等には関係のないことだった。王族であれば確実に女神の血をひいており、その血筋で連なる人間であれば敬うに値する。それだけのことに過ぎない。

 東葉でも西葉でも、粛清により各貴族の当主が交代するという異常事態が続いている。

 領主の交代は支配される側にも多少なりとも影響が及ぶ。しかもそれが両国をゆるがす陰謀からはじまったものだということで、人々の関心を引いた。

 そもそも一連の争乱の顛末からして、両国の王都周辺と国境付近でしか知られていなかった。

 王都から遠く離れた地方に暮らす人々には、なにやら領主をはじめとする支配層がごたごたしているらしいという空気が伝わっているに過ぎなかった。じきにそれまで治めていた領主が亡くなり、その血縁者が後を継ぐという事態がおこる。それは自分たちの国元だけでなく、隣や近辺の領地でも同じようなことが起こっているらしいと知る。いっせいに各貴族の当主が交代するなどということは、伝染病が大流行したのでもなければありえない。

 異常事態を悟りつつあった人々の間に、さらにその真相は両国の王族によるものらしいという噂が広まった。

 そこではじめて人々は両王家にそれぞれ内部対立があったことを知り、それまで特に関心を引くこともなかった王族個人の名が記憶されることとなった。

 同時に両国の現状を知ることとなった人々は戸惑うことになる。

 正統な西葉の王位継承者である王女は依然、東葉の王都にいる。彼女の夫となったのは争乱の張本人である明柊だという。しかも彼女は真の“葉”の女王として両国をまとめるために即位したという。

 正統な“女神の娘”が王位についたのならば、その夫は王族さえあれば誰であろうとかまいはしない。

 もともと内部で権力争いを繰り返してきた王家であり、その結果として今のように国が二つに分かれてしまったのだ。

 この一連の争乱とて、東宮とその従兄が争い、従兄が勝利を得たというだけのことではないか。それに貴族が巻き込まれるのは今に始まったことではない。

 ましてや建国以来、真に“正統な”王をいただくことができなかった東葉の民にしてみれば、ようやく真の王を得た上、自国が中心となって祖国を一つにまとめられるのであれば、争乱の責任を誰に問うかと云うことなど二の次でもあった。

 前東葉王は明柊には伯父にあたる。もっとも忌むべき尊属殺人をおかしたことになるが、実際に手を下したのは蒼杞である。問題をすり替えることはいくらでも可能だった。

 西葉には西葉の事情がある。

 蒼杞もまた明柊と同じような手段をとっていた。

 妹青蘭に次ぐ“葉”の王位継承権を持つ妻紅蘭くらんを即位させた。そして、明柊とは異なり、夫である蒼杞自身が“王”として国権を手にした。

 東葉で青蘭が健在である以上、紅蘭が王位に就くことはできないはずなのだが、異議を唱えることができるものはもはや存在しない。

 最初に蒼杞を諌めた岑家の当主達が処刑され、次いで紅蘭の登極に異議を唱えた王統家の当主たちが極刑に処せられた。

 特に王統家の諸侯に対し行われたものは残酷だった。

 身の毛もよだつ方法で施行された処刑は公開され、王都から逃れられなかった貴族たちは強制的に立ちあわさせられた。

 興味本位に見物した王都の市民たちも最初の処刑で言葉を失ったが、途中で抜け出すことは許されなかった。失神するものや嘔吐するものが相次ぎ、人々は恐怖に支配され、水を打ったような静けさが処刑場を満たした。

 すべての処刑が終わる頃には日は傾き、燃え上がるような夕日があたりを染め上げ、まるで立ち会ったすべての人々がその返り血をあびたような凄惨な光景となった。

 これによって長年隠されてきた蒼杞の狂気じみた残虐性が明らかになり、人々から反旗をひるがえす気力を奪った。

 西葉王都・六華ろっかは、夏の盛りに東葉王都・翠華すいかを席巻した暴力の嵐に見舞われることとなる。

 翠華の人々が見た悪夢に終わりはあったが、六華はその当人のお膝元である。血生臭い悪夢が果てる気配はなく、そこへ今回の争乱の首謀者に関する噂が伝わったとしても、今さら取り沙汰すほどのものではなかった。

 

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