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まだ見ぬ君に  作者: 苳子
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第4章 宿場 13

 隊商の出発はその二日後だった。

 その間、碧柊へきしゅうは表面上穏やかにしていても、内心じりじりと焦っているのは確かだった。それを察した青蘭は、あてがわれた部屋に戻ると代弁するように口に出した。


「随分とのんびりしていますね」

「品が揃わぬらしい」

「それにしても、両国の関係は日増しに緊張を増しておりますのに」


 二人ともに明柊めいしゅう蒼杞そうきが組んでいたと確信しているわけではない。けれど、知る範囲で振り返ってみれば十分に考えられることだった。その二人が結託を隠し通すには、表向きの敵対関係を続ける必要がある。

 そのせいか、西葉へ通じる峠道へ通じるこの宿場町でも、日増しに行き過ぎる兵の数が増えつつあった。


「それはそれ、これはこれなのだろう。戦時にもっとも潤うのは商人だ。如何なる時とてふさわしい振舞い方を心得ておるのだろう」


 実感のこもる言葉に、青蘭は口をつぐむ。戦はなにかと物入りだ。物資の購入をめぐっては苦い想いを何度となく味わわされてきたのだろう。

 暑さはに日増しに厳しくなり、日が暮れても温い風が吹き抜けるようになった。西葉と比べればまだ過ごしやすいが、二人きりとなれば気づまりな想いは拭い去りがたく、さらに寝苦しい夜が続いていた。

 朝になれば隣りの寝台は空で、昼過ぎにならなければ戻らない。その行き先を問うような真似を、青蘭はしなかった。  




 そして出発当日の朝、一行ははじめて顔を合わせた。

 護衛は青蘭と碧柊を含め四人。隊商の主たる商人とその配下、しどけない雰囲気を漂わせた女が三人、目的は知らぬが西葉へ向かう男が三人、総勢十五人だった。

 わざわざ自己紹介はしなかったが、護衛にあたる四人は商人により紹介された。

 護衛役の後の二人も二人組のようだった。目つきは悪いが身だしなみにはうるさそうな男と、不潔ではないがまるで構わないこれといった特徴のない男。二人ともに年のころのは同じくらい。碧柊とさほど変わらないようだった。

 碧柊が紹介されると、しどけなく荷車に腰かけた女たちがひそひそと囁きを交わす。爪先から頭の先まで値踏みするように絡みつく視線に、当人はまったく気づていない。まったく頓着せずに護衛仲間となる男たちとなにやら楽しげに話しこんでいる姿に、青蘭は何故か苛立ちを覚える。

 青蘭は女たちのまとう空気から、その職業を漠然と悟った。かといって、彼女たちを蔑む気持ちはない。いかに男の気を引くかということに腐心するという点では、後宮とて同じようなようものだ。それを生計たつきとする彼女らは、一人の男の寵愛を争う女たちほど浅ましくはない。

 それでも、女たちの関心を買いつつ、その自覚に欠ける彼のようすは気に障った。

 



 まいないが功を奏したのか、宿場町を発つときは特に咎められることはなかった。

 朝に発ったが、昼を過ぎてもいっこうに山の背は近づいてこない。峠を越えるには早くて五日はかかるという話だった。

 昼食を兼ねて休憩をとることになり、頭巾の影で無理やり喉に押し込むように食事をすませた青蘭は、人目を避けて小川のほとりまで足を伸ばした。

 一応碧柊に声はかけたが、護衛仲間と意気投合したらしい彼はぞんざいな返答を寄こすばかりだった。

 面白くない気分を引きずりつつも目的地まで足を運び、鬱陶しい頭巾をようやく下ろす。

 生ぬるい風であっても、頬に感じる空気の流れは心地よかった。

 汗をいくら拭っても、まとわりつくような不快感までは除き難い。

 膝をつき、掌にすくい取る水は山脈に源を発するためか冷たく心地よい。

 汗と汚れを洗い流し、ようやく一息つける。元々毎日の沐浴を欠かさなかった青蘭にとって、心底ほっとできるのは食事より体の汚れを拭い去ることことのほうが大きい。

 冷たさと心地よさにほっと人心地を取り戻したそこへ、唐突に手拭いが差し出された。

 まったくその気配を察することはできなかった。

 唖然とする青蘭に、微笑みかけたのはあの三人の女のうちの一人だった。 


「思ったとおり、綺麗な顔してるね。あんたの兄さんには他の奴らが目をつけたからさ、あたしはあんたに目をつけてたんだよ」


 やけに艶めかしく微笑み、細い指を青蘭の顎にかけると唖然としているのもお構いなしに唇を重ねてくる。


「!?」


 香水でもつけているのか。ふわりと柑橘系のさわやかな香りに包まれる。啄ばまれるような口付けは、あくまで柔らかく優しい。

 ほぼ力づくで乱暴に唇を奪われてきた身としては、うっとりするほど細やかなものだった。

 それでも相手は同性である。

 焦って逃れようとするが、意外と力強く抗いきれない。

 食いしばった唇を舌先が探り、片方の手が背を伝いながら下半身へと滑っていく。

 進退きわまりねじ込まれた舌を噛むしかないという状況に至る。


「それくらいにしてやってもらえないか」


 苦笑まじりに割って入ったのは碧柊だった。

 突然声をかけられ、女は驚いたようだが、悪びれた様子はない 


「あら、せっかく手ほどきしてあげようと思ったのに」

「まだまだ子供でね」

「――過保護なお兄様だこと」


 それ以上の手出しは許さないという彼の気色を悟ってか、女は艶然と微笑むと碧柊の頬に唇を寄せ、去り際になんとも悩ましい流し眼を青蘭に送って去っていった。


「俺より先に言い寄られるとはな」

「ご冗談はおよしください」


 耳まで赤くしながら、ぷいと顔を背けて唇を拭う。


「まんざらでもない様子だったぞ?」

「――さぞいい見世物だったのでしょうね」


 底冷えのするような声で、皮肉るように応じる。

 食むように唇を貪り、歯列を探る舌先は思い出すまでもなく悩ましく官能的だった。それを声をかけずに見物していたとなれば、悪趣味この上ない。

 青蘭はむかむかしながら頭巾を目深に下し、皆の所へ戻ろうとする。

 機嫌を損ねたと悟った碧柊は、慌ててその手首をつかんだ。


「悪かった――だが、下手に口をはさんで疑いを招くわけにもいかぬだろう」

「――それで呑気に見物なさっていたわけですね」


 きっとねめつけて、その手を振りほどく。


「だから悪かったと――」

「あなたより彼女の方がよほど口付けはお上手でしたよ」


 眉間にしわを寄せつつ皮肉気に笑ってみせる。碧柊は返す言葉を失う。


「弟して遇するなら徹底してください」


 これ以上の手出しはするなと言外に告げて、青蘭は踵を返し碧柊を置き去りにして去った。

 残された碧柊はなにが失言だったのか分からぬまま、その後ろ姿を見送るしかなかった。     

 


<つづく>

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