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まだ見ぬ君に  作者: 苳子
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終章 17

 風が吹いていた。雨は相変わらず強く降り続いている。稲光までが天地のあわいを走り、嵐はおさまるどころか、激しさを増しそうですらある。

 嵜州の山城を遠巻きにするのは、それぞれに異なる旗をたなびかせる二つの陣。前方が蒼杞率いる西葉王家の軍であり、後者は明柊の指揮する東葉軍だった。

 一方、山城にこもる青蘭の軍は、数では蒼杞と明柊の連合軍には大きく劣っている。その不利を補うのが地の利であり、山城という砦の利用だった。

 東葉軍の後方に軒車が一台停まり、厳重に警護されている。戦場には不釣り合いな優美な細工の施されたものだ。あまりの雨風に幕舎が激しく揺さ振られるため、雪蘭は明柊のすすめに従い軒車に戻っていた。

 軒車とはいえ、貴人にふさわしく内部にはゆとりがあり、狭苦しさはない。ゆったりと腰を落ち着けた主の顔には疲労がにじんでいるが、いつものように冷徹に揺るぎなく見えた。

 窓には視線を遮るために薄い紗の蔽いがかけられているそのため、荒天の朝の薄明は届かず薄暗かった。

 その薄暗がりの中、雪蘭と明柊は向かい合っていた。

 

「なにやら仰りたいようですね」

「お察しなら余計な言葉は不要です。あなたの考えをお話なさい」


 厳しい言葉のわりに口調は平淡だった。表情にも感情をしのばせる手がかりはない。

 明柊はその台詞に彼女らしさを感じとり、薄く笑んだ。


「この荒天は攻める側により不利に働くでしょう。ですが、嵐がおさまるのを待つ間に、李州侯率いる南部勢と合流してしまうよりはましといえる」

「そのようなお話は一度聞けば十分です」


 短く言葉に苛立ちはなく遊んでいる場合ではないと、嗜めるような響きだった。明柊はその意を汲んだように苦笑してみせる。


「失礼いたしました――聡明なる陛下」

「余分な言葉はけっこうと云ったはずですが」

「――やはりつれない方だ、愛しい方を讃えることができるのは、これが最後かもしれませんのに」


 切なげな口振りはことさらに大げさに聞こえ、それは発した当人も承知しているらしい。

 雪蘭はその真意を探るように、わずかに目を細めた。


「最後かもしれないではなく、最後なのではありませんか?」

「……冷たい方だ、戦う前から俺が負けると決めてかかられるとは」


 いかにもわざとらしい嘆きぶりに、雪蘭は小さく息を吐く。


「戦うつもりなどないのでしょう?」

「ほう、なぜ?」

「勝つつもりがあるなら、先攻を蒼杞殿にだけまかせるはずがありません。数では青蘭方に勝っているとはいえ、相手は砦にこもっています。李州侯達が合流する前に落としておかねばなりません。それには蒼杞殿の手勢だけでは足りないはずです」

「ふむ、さすがわが陛下、ご慧眼です」

「余計な……」

「言葉は不要でしたね。失礼いたしました。思わず本音が口をついて出てしまいました」


 婉然と微笑むと雪蘭の手を取り、薄い絹の手袋に覆われたその甲にそっと口づける。恭しく両手でその手を押し包んだまま、笑みはそのままに言葉を続ける。

 雪蘭はその手を振り払おうとはしなかった。


「あなたのおっしゃるとおりです。ただしそれが必ず通用するとは限りません。特に相手が蒼杞殿ではね――だから、あえて俺は彼の望まぬであろう言葉は口にしなかったんですよ。蒼杞殿は決して莫迦なわけではない。だが、それ以上に愚か者でもある。攻めるなら協力すべき事態だと分かっていても、王としての自尊心がそれを口にさせない。ましてや本来ならば、格下の、手をとりあう必要のないはずの東葉を相手にね。これまでの共闘は俺が下手に出て、すべてお膳立てしてさしあげたからこそ成り立っていたのです。だが自国の始末となると話は別です。俺がそこまでしてさしあげる必要はないでしょう、ましてや王を名乗るなら。それこそ蒼杞殿に失礼というもの」

「やはり本音はそこにあったのですね」


 予想どおりでしたと言いたげな風情で、雪蘭は小さく息をついた。

 明柊はほっそりした女の手の細さを確かめるように、そっと手首から指先へと指を滑らせる。薄い笑みを浮かべたまま、けれどその眼差しは両手で包み込んだ雪蘭の手の甲に注がれている。


「国が傾くからこそ楽しいのですよ。西葉も沈めば俺の付け入る部分が大きくなる。俺が葉を統一するのも、また一興」

「それがあなたの真意だと?」

「さぁ、如何でしょう――それはあなたがお考えになることだ。どれが真意であろうと、それは俺の考えであって、あなたの望むものである必要はなく――そして、俺の真意がどこにあろうと、それにあなたが煩わされる必要はない」

「煩わされてなど……」


 思わず不愉快そうに眉をひそめ、わずかに声音も尖る。とたんに油断ならない眼差しが真正面から彼女を見据えた。


「では、何故、時折そのように俺の真意を探ろうとなさる?」

「それは……」

「俺の真意がどうであろうと、俺のしていることに、その結果に変わりはない。蒼杞と手を結んで西葉軍の侵入の手引をし、叔父である東葉王を殺し、従弟をはめて反逆者の汚名の着せ、その従兄の婚約者であるあなたを奪い、妻とし――」

「私は偽者です」

「そんなことはどうでもいいと云ったでしょう。なかなか御理解いただけないようですね――それとも、理解したくないのですか?」


 真正面から顔をのぞきこまれる。雨天の暗い朝であっても、その眼差しにひそむなにかを読み取ることは容易だった。鋭さというよりも、真摯な光とでもいうべきか。いつも言葉や表情ではぐらかしてきた彼がのぞかせる、隙でもなく、手掛かりでもなく――自分の心中を隠さず、そのままに彼女の心の内をのぞきこむような、そんないろ。

 雪蘭は言葉もなく、ただその視線を黙って受けとめた。

 雪蘭自身、彼を、周囲を謀っている現状で、それが本意であろうがなかろうが、その事実にかわりはない。そんな彼女の紡ぐ言葉に、真実があると云えるのかどうか。

 明柊自身もそうしてすべてを偽ってきた。

 言葉ではなんとでもいえる。その言葉の真偽は本人にすら分からないかもしれない。

 雪蘭は肯定も否定もしなかった。明柊もその以上の言質は求めなかった。


「――蒼杞殿は敗れる。それもあなたの計画のうちですか?」

「どうでしょうね。自業自得ともいえますから」


 明柊はそう云ってうっすらと微笑む。


「狙ったことは否定できないでしょう」

「ええ、しませんよ」

「そうして、どうするのです? おそらく、蒼杞殿は敗れる。そして、真の女王が勝利し、その夫として碧柊殿がたてば、西葉ばかりでなく東葉も女王を中心にまとまることは避けられない」

「まだ、そうとは限りません」


 明柊は楽しげに口元を歪めた。しかし、その目は笑っていない。

 不穏なその落差に、雪蘭はわずかに気圧される。


「――なにを?」

「さぁ、なんでしょうね――とりあえず、ここで俺のやるべきことは、約束を果たすことです」

「約束……」

「愛しい女性との約束は必ず守ると誓ったでしょう――あなたの可愛いいとこ殿にもね」

「私を置いていくのですか?」


 するりとすべり出た言葉が、しばし沈黙をもたらした。

 雪蘭は唇を押さえたい衝動を必死に堪える。自分の言葉の意味が、自分でも咄嗟に理解できなかった。だが、その意味するところまでも分からないわけではなかった。


「――置いていく、とおっしゃいますか?」

「……」

「あなたの望みなら、俺は聞かねばならぬ――愛しい方の願いですからね。さぁ、お望みを言葉になさってください」

「……それは……」


 返せる言葉はない。あったとしても、決して口にはできなかった。


「まだ言葉にできませんか」


 明柊はわずかに目を細めると、ゆっくりと顔を近づけ、思わず身を固くした雪蘭の耳元に囁いた。


「――では、また、後ほど伺いにまいりましょう」 


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