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まだ見ぬ君に  作者: 苳子
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終章 8

 

 青蘭達は嵜州城へ向かっていた。そこへ碧柊たちが山城にうつるため移動を開始したという報せがもたらされ、来た道を戻ることとなってしまった。

 雨が降りやむ気配はなく、軒車の青蘭達や騎乗の兵士たちに等しく打ち付ける。

 祥香は青蘭に倣って兵士を装って男装し、権大神官も他の兵士たちと同じ衣装に身を包んでいる。が、彼等は馬に乗ることができないため、足の遅い軒車を用いざるを得えなかった。


「嵜州にも山城があったのね」


 重くなりがちな車内の空気を変えるように、青蘭は乗り合わせた袁楊に問いかけた。

 嵜州州内のこととなると、嵜州公の義理の妹である祥香に尋ねるべきかもしれないが、通常、女性はそういうことには詳しくないものだ。


「そのようですね。さすがに王領内のことまでは詳しく知る術はございませんが、岑州にもいくつかございます」

「籠城用のものでしょう。いったいどれほど古いものなのですか?」 

「国内が乱れていたのは二百~三百年も前のこととなります。おおよそはその頃に築かれたものでしょう。岑州のものもそうですが、我が州では万が一の東葉との戦いに備えて修繕がなされています――提案なさったのは紅桂殿下でした」


 袁楊は亡き伯父より十ほど年下だが、面識があったのだろう。言葉の端ににじむ感慨のいろに、青蘭は小さく息をついた。


「伯父上はどのようなお方でしたか?」


 若い女王の言葉は事務的に響いた。それはあまり彼女らしいこととも思われず、袁楊は静かに探るように端正な顔を見つめた。

 青蘭は薄く微笑んでみせた。化粧気もなく男装した姿は、即位のときよりもりりしく見える。

 

「――温厚で聡明な方でした。自然と目を引き寄せられるような、だからといって華やかなわけではなく、泰然自若となさっておられた」

「……わが父とはまるで正反対」


 青蘭はまるで他人事のように、父と対面した時のことを思い出していた。

 父は決して粗暴だったわけではないが、温厚とも言い難かった。荒廃した雰囲気をまとい、万事に興味を失い、ただ惰性で生きているようにも見えた。

 父が望んで王位についたのかどうかは知らない。本来は伯父が継ぐべきものだったはずだが、その場合、青蘭の母は父の妻ではなく、伯父の妻となっていただろう。

 もしそうなっていれば青蘭も雪蘭も生まれず、西葉もこのような事態にはならずにすんだのかもしれない。

 これは果たして誰の責任なのだろう。

 無能だった父のせいか、それとも弟の能力を知りながらもその位を譲った兄のせいなのか、それとも正統な王太子にその権利を捨てさせた雪蘭の母のせいなのか。

 試しにそんなことを考えてみて、青蘭は内心で嗤った。

 考えるまでもないことだ。

 悪かったと云えば、全員にその責がある。そしてそれを問われるのはその三人だけではない。

 現状は確かにその延長にもたらされた事態ではあるが、それを何とかしなければならないのは青蘭達だ。父も伯父もすでに亡くなり、蓮霞は感傷に浸って泣くだけの人だった。

 けれど雪蘭と自分はそうではない。そうであってはいけない。

 そこまで考えて、青蘭ははっとした。伯父が雪蘭を六華に送り込んだのは、そのためだったのかもしれない。自分たちの尻拭いをさせるためともとれるが、おそらくはそうではない。

 親の因果が子に報うのは、どのような場合でもあり得ること。

 親と認めたくないような親であっても、自分の意志とは関わりのないところで起こったことであっても、結局無関係ではいられない。

 理不尽ではあるが、それが現実だった。

 だからこそ、紅桂は娘を後宮でわびしく育つ姪のもとへ送り込んだのかもしれない。

 父から顧みられることなく、王女として生まれながらそれに相応しく育てられることのない青蘭のもとへ、その環境を整えることのできる雪蘭を。

 それは二人を泣くことしかできない存在しないためだったのか、それとも自分が放棄した責任の贖いだったのか。

 どちらにせよ、伯父がいなければ現在の事態はなく、彼の配慮がなければ今の自分も雪蘭もいない。

 それだけで十分ではないだろうか。


「――雪蘭は伯父上と似ていましたか?」


 沈黙の末の青蘭の問いかけに、袁楊は小さく首を振った。


「残念ながらお目に罹ったことは一度もないのです」

「――雪蘭は幼い頃岑家で育ったと聞きましたが」

「紅桂殿下はご令嬢を表にお出しになられませんでしたので」

「……そう」


 青蘭は小さく息をついて背もたれに凭れかかった。何故だか拍子抜けしたように力が抜けてしまった。 

 袁楊は岑家の人間であり、紅桂とも面識がある。当然雪蘭のことも知っているものだと思っていた。だが、通常、家格の高い貴族ほど女子が表に出ることはない。袁楊が幼い雪蘭を知らなくて当然だった。

 脱力したことで、心のどこかに雪蘭と比較されているのでは、という緊張が常にあったことに今さらながら気づいた。

 何故か涙がにじみそうになり、青蘭は視線を窓の外へ向けて目を眇める。

 雪蘭を慕い憧れながら、比較されることを恐れてきた。いったい、自分の心の本当はどこにあるのだろうと、分からなくなる。

 焦燥感にも似て、早く会いたいと思う。けれど、それは戦場においてとなるだろう。

 互いに望んだ結果ではない。雪蘭は一番の被害者でもある。

 けれど、果してそれが第三者に通用するだろうか。


「雨脚がまた激しくなりましたね」


 隣にかけている祥香がそっと囁いた。

 青蘭は「そうね」と呟き、じっと天を見つめた。再び雷雲が迫っているのか、雨天の空は更に暗くなりはじめていた。 



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