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まだ見ぬ君に  作者: 苳子
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終章 2

 即位の報は事前の打ち合わせ通り、その日のうちに各地に知らされた。

 とはいえ、表向き正式には青蘭姫は東葉にいることになっており、碧柊は国を裏切ったとして追われる身でもある。

 西葉においては、青蘭が聖地において正式に即位したことのみが知らされ、東葉王子がその夫として選ばれたことは公にはされなかった。

 西葉の国権を握っているのは蒼杞そうきだが、今やその力の及ぶ範囲は王都周辺に限られている。それも彼の常軌を逸したような数々の振舞いの結果、極度の緊張状態の下にあり、同時にそれが混乱を引き起こしてもいる。

 それに乗じたのは、王統家おうとうけ八門を束ねる八公筆頭の嵜葉きよう里桂りけいだった。彼は同じく王都六華から逃れた李葉りよう家の桂貴けいきとはかって、六華から逃れることのできた貴族や王統家に働きかけていた。

 青蘭が即位する日は、あらかじめ知らされていた。

 即位の儀に立ち会う盾の候補の顔ぶれが公表されることはなかったため、その結果碧柊が選ばれたことを知っているのは、里桂らごく一部に限られている。


「後々、詐欺だと西葉貴族たちの怒りを買いそうだな」


 そういって苦笑したのは、碧柊その人だった。

 妻となった女王の身は安全な聖地にあり、夫である彼は州の嵜葉家の城に滞在している。

 嵜州は西葉のほぼ中央に位置し、王都からは近いとも遠いとも言い難い距離にある。

 妹である青蘭の即位と、彼女を奉じる貴族や王統家の蜂起は、蒼杞の知るところともなった。

 その動きを知った蒼杞が嵜州を攻めるには、王都を空ける必要があり、その背後には東葉の明柊が迫っている。蒼杞は結果的に南と東側から別々の敵にはさまれ動けなくなるはずだ。

 武力で劣る青蘭側がこの事態を有利にするには、東葉の反明柊派と共同歩調をとるほかない。碧柊と青蘭の婚姻は最上の手段であるが、長年の敵と手を結ぶことに難色を示す西葉貴族は少なくないだろう。

 それもあって里桂らはあえて、碧柊の存在を表立たせていない。


「殿下が戦功を一つ二つ立てて下されば、あとは私が黙らせてやりますよ。殿下は西葉を相手に負け知らずでいらっしゃったわけですから、それで十分でしょう」


 碧柊は黙って苦笑する。

 西葉との戦で勝利できたのは、明柊の力によるところが大きい。それを自覚している碧柊には勝算も自信もない。それは里桂も知るところで、承知の上でそう云ってのけるのだから人が悪い。

 里桂の態度は、碧柊が東葉王太子であると知る前から一貫している。だからこそその言葉に、揶揄以上の悪意はない。

 碧柊はただ自嘲気味に笑う。

 城には州兵の司令部もあり、彼等がいるのはその一室だった。部屋の主は嵜州公である里桂だが、彼は二人きりでいるの時は上座を碧柊に譲るようにしている。王配の位は女王に次ぐ。

 窓を背にした椅子に腰かけたまま、碧柊は考え深い眼差しで壁に張られた地図をじっと凝視している。

 それは西葉と東葉の詳細な地図で、最高の軍事機密でもある。西葉の地図はもとよりここにあったものだが、東葉の地図は碧柊の指示でもたらされたものだ。


「どちらにせよ、吾ひとりで成せることではない」

「無論です」

「吾もそなたも共に、真の女王陛下にお仕えする臣下であることに変わりはなかろう。それは東葉、西葉の区別に左右されることではない」


 碧柊は地図を見つめたまま静かに話す。

 里桂は碧柊の下座に座り、年若い青年を冷めた目で一瞥する。


「本気でそのようにお考えですかな?」

「表向きはそうでなければなるまい」

「表向き?」

「ああそうだ、表向きだ。東も西もない。二つの葉はもとは一つだったもの。分かたれた国が一つに戻るだけだと、そういうことでなくてはな」

「実際はそうではないと?」


 碧柊はちらりと里桂へ視線を滑らせ、口の端をかすかに歪めた。


「東葉はもとより国などではなかった。翼波と葉の緩衝帯だったところへわが祖先が入り込み、翼波の民を追いだし、葉からあぶれたならず者たちをまとめ上げただけのもの。東葉王家は“葉”王家が分裂した結果ではあるが、国そのものが二つに裂かれたわけではなかった」


 それはそなたもわかっているだろう? と逆に問うような眼差しに、里桂は眉一つ動かさない。

 碧柊は応えのなかったことも気にとめず、すっかり冷めてしまった飲み物に手を伸ばす。香草茶に酒精を加えたもので、気分をほぐすより、むしろすっきりさせる効果がある。


「そもそも発端は兄弟喧嘩に過ぎぬ。姉に追いだされた弟が、姉に逆らい続けるためにはじめたこと。だがそれも百年も続けば立派な歴史。確かに吾も葉王家の血をひいており、またそうでなければ具合が悪い。なんにせよ何事にも潮時というものがあろう。われらは互いに血を流しすぎた。皮肉なことだが、烏合の衆に過ぎなかった東葉の民にも、この百年の争いで“葉”の民だという意識が根付いた。二つの王家が統合される形で、新たな“葉”を成すのも可能だろう」


 それが理想論に過ぎないことは、碧柊が一番よく承知している。それを察してか、里桂は黙って言葉の続きを待っているようだった。


「――だが、これでどちらが正統な王家であったのか証明されたようなものだ。この事態を治めることができれば、統一がなった後に問題となるのは東西の対立であろう。西葉は東葉を下に見て、何かと侮ろうとする輩が出て来ようし、東葉にもそれを受け流すことができぬ短慮なものは必ずいよう。その間に立てるのは吾しかおるまい」


 気負った風はないが、溜息まじりの最後の言葉に里桂は口の端を歪める。


「――最終的に陛下とお立場が逆転したわけですな」

「……ああ、結果的にはそうなった」


 里桂の笑みは揶揄するものではなかった。碧柊もそれに応じるようにわずかに薄い笑みを浮かべる。


「陛下も吾も元々上に立つことを望んでいたわけではない――陛下は即位を決意なさるまでにしばし時間を要されたが、それが本来のあるべき姿でもあったわけではあるしな。こういうことはあるべき姿の方がやりやすかろう。吾も表に立つよりは裏からお支えする方がなにかと動きやすい。共に望む結果が同じであれば、どちらが上に立とうと支障あるまい」

「――しかし、王太子としてお育ちになり、西葉を下した後は両国をまとめるおつもりだったのでしょう」

「それを云うならば、陛下はそもそも女王として立つべく育てられたわけではない。吾は負うべき責任が軽くなり、彼女は思ってもみなかったほど重責を担うことになった。どちらが容易いかは瞭然であろう」


 碧柊は立ち上がると窓際に寄り、そのはるか彼方にのぞむ山の背の山並みを見つめる。その懐に聖地は抱かれ、青蘭はそこにいるはずだった。


「――それが殿下の偽りのない本音であると仰るのであれば、私は協力をおしみませんよ」


 里桂がその後ろ姿に声をかけると、碧柊はゆっくりとふりむいた。


「では頼む」


 短い応えに偽りはない。それを悟ると里桂も立ち上がり、碧柊に向けて頭を垂れた。



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