29:敗者に死を
『友よ拍手を! 喜劇は終わった! ……そう、”喜劇は”な』
★
薄暗い大聖堂の地下通路。
ちょうどユウの放送が終わった頃、ラプラスは規則的に並んだランプに照らされた暗闇の中で地面に這いつくばっていた。
「リア……、様……」
ラプラスは密かに想いを寄せる少女の名を呼んだ。
だが、彼同様に地に伏せたままの彼女からの返事はない。
――わかっている。
わかっているのだ、彼女がもう事切れていることは。
ラプラスは背後からゆっくりと歩いて近づいてくる”敵”を睨みつけた。
リアを殺したのはこいつだ。
できるものなら仇を取りたかったが、彼自身も既に致命傷を負わされており体が言うことを聞かない。
「なぜ、だ……」
――なぜこうなったのか?
簡単な話だ。
ユウの行動によりホーリーウインドが放送室に向かった後、エル・グリーゼは予定通り三つに分かれてゴーストロッドの部屋へと向かった。
ラプラスもリアとステラ、それにラルフと一緒に移動していた。
そしてその途中で奇襲を受けたわけだ。
敵は一人。
別に”敵”の姿が見えないわけではない。
だが完全な死角から、それも予想外のタイミングの攻撃によって、気が付くよりも先にリアを殺されてしまった。
ゴーストロッドの破壊があるので味方を先に行かせて殿を務めたはいいが、見事に返り討ちにあってこの様だ。
敵の予想外の強さを前に成す術なく斬り伏せられてしまい、リアの仇を討つことはできなかった。
背後から襲われたことを踏まえれば、この敵はこれからゴーストロッドの部屋の方に向かうだろう。
ラプラスの視界が闇に飲み込まれていく。
体にもう力が入らない。
じきに彼もリアと同じ運命を辿ることになるだろう。
だというのに、”敵”は自分の手でラプラスに止めを刺そうと剣を構えた。
(逃げろ……、ユウ!)
ドスッ!
生々しい肉の音が通路に響く。
無慈悲な剣が正確にラプラスの心臓を貫いた。
★
ユウは静かな通路を走り、やがてゴーストロッドの部屋の扉の前に辿り着いた。
周囲を確認してから扉に耳を付けて中の様子を確認する。
(黙れ、俺の心臓!)
息が上がっているせいか、胸の鼓動が邪魔で向こう側の音がわからない。
少し息を整えてみても、敵にいつ見つかるかわからないという不安と焦りが入れ替わりに胸を叩くせいで一向に収まる気配がない。
(しょうがない……。)
ユウは諦めて中に入ることにした。
静かに扉を開けて中の様子を伺う。
(……誰もいないのか?)
静かだ。
部屋の奥の台座にはゴーストロッドが輝いている。
恐る恐る中に入ってみるが、人の気配はない。
迷い込んだ金色の蝶が椅子の上で羽を休めているぐらいが精々だ。
ユウは大きな音がしないように注意しながら扉を閉めた。
空間が切り離された影響か、少しだけ安心感が胸に訪れた。
(ステラ達は……、もしかしてまだ来てないのか?)
部屋の中には、敵はもちろんステラ達もいない。
こんなことなら自分も魔法爆薬を貰って使い方を聞いておけば良かったと後悔した。
みんなを待っている間にセットしておけば時間短縮が図れたはずだ。
ユウは特にやることも見つけられずにゴーストロッドのところまで歩いて行った。
どこかに敵が隠れているということもないらしい。
(そういえば……。)
ユウは部屋の隅にあった大きな黒水晶の方を見た。
以前のループでここに来た時に気になったやつだ。
一見真っ黒に見えるが、近づいて見てみると僅かに透明度があって中が確認できる。
その中に人影のようなものがあったのをユウは思い出した。
ギ、ギィィィィ。
せっかくだから確認しておこうと一歩踏み出した直後、先程ユウが入って来た扉が音を立てて開く。
(やばい!)
ユウは慌てて近くの椅子の陰に隠れた。
横から少しだけ顔を出して来訪者の正体を確認する。
「……ステラ?」
「……ユウくん?」
扉を開いたのはステラだった。
ユウは彼女が無事だったことに安堵する。
だが直後にステラの体が血にまみれていることに気が付いた。
怪我をしたのかと驚いたユウだったが、どうやら彼女自身の血では無さそうなので再び胸を撫で下ろした。
ステラは扉に鍵を掛けると、一人でユウの方に歩いて来た。
心なしか元気がない。
「あれ? 他のみんなは?」
彼女は質問に対して何も答えずに、無言でユウの前まで歩いて来た。
一瞬立ち止まった後、勢いよくユウに抱き着く。
「ス、ステラ?!」
ステラが自分の胸に飛び込んでくるというのは、ユウにとって初めての体験だ。
いったいどうしたというのか。
少し舞い上がりそうになったが、思わず掴んだ彼女の両腕が震えていることに気が付いてはっとした。
「……。リアは……、敵に襲われて……」
ステラの目から涙がこぼれる。
その様子を見て、ユウは彼女の言葉の意味を理解した。
「ラプラスくんはリアの仇を取ってから来るって言って残ったの。でも、その後すぐに敵の方が追いかけてきたから多分……。ラルフくんも時間を稼ぐって言って……。だから、私だけ……」
「ステラ……。」
「ごめん……。泣いてたら……、ダメだよね。早くゴーストロッドを壊さないと」
ステラはユウから離れると、手で涙を拭った。
女の涙に弱い男というのはいるものだが、どうやらユウもそのクチだったらしい。
不謹慎ながらその仕草に少し見とれてしまった。
それに気が付かない様子で自分の魔法袋から魔法爆薬を取り出して設置作業を始めるステラ。
「俺も何か手伝おうか?」
「ありがとう。でも大丈夫」
赤くなった目で答えるステラ。
そもそも、今のユウに手伝えることはない。
仕方が無いので先程の黒水晶を確認することにした。
至近距離まで顔を近づけて、中にあった人影のようなものに焦点を絞る。
やはり人のようだ。
それが人形なのか、あるいは本物の人間なのかまでは判断が付かない。
だがユウはその顔に心当たりがあった。
「これって、まさか……、俺か?」
先程、女神教の服に着替えた時に鏡の前で見た自分の顔。
それと同じものが黒水晶の中にあった。
同時に、黒水晶の表面に反射した光で背後に誰かが来たことにユウは気が付いた。
普通に考えればステラだろう。
――作業が終わったのかもしれない。
そう思ってユウは振り向こうとした、その時――。
ドスッ!
「……え?」
背中から胸を通り抜けた衝撃、そして痛み。
視界の下隅には自分の胸を貫いて飛び出した剣。
背後を振り向かなくとも、黒水晶が鏡の代わりとなって相手の姿を教えてくれる。
「ステ……、ラ?」
背後からユウの心臓を貫いた敵。
その姿は間違いなくステラだった。
「ユウ、今助けてあげるからね♪」
ステラのご機嫌な声が部屋に響く。
その顔には先程までの辛そうな表情は一切なく、瞳だけが光を吸い込む闇のように暗かった。
「なん……、で……。」
乱暴に剣を引き抜かれたユウが呆然としてその場に崩れ落ちる。
なぜ彼女が自分を殺すのか。
頭に浮かんだのはアスクで起こったステラのヤンデレ化のことだ。
(あれと同じことがまた……? でもなんで? これもゴーストロッドの影響なのか?)
黒水晶の中にいた自分そっくりの人間への疑問も重なって、ユウの混乱を増幅させていく。
(終わり……、なのか? こんな……。)
――こんな形で終わるなんて!
せめて自分の命を引き換えにしても守りたいと思った少女に殺される。
まさかこんな最後を迎えることになるとは思っていなかった。
自分でもどうしていいかわからない、曖昧な感情が心を急速に蝕んでいく。
もう自分に対する興味を失ったように離れていく彼女の足音を聞きながら、ユウの意識は闇に飲み込まれた。
★
大聖堂の通路。
ユウがステラに刺された頃、ロトは壁を背にして座りながら、膝枕をして寝かせたダリアの頭を撫でていた。
だが”最愛の妹”はもう既に事切れてしまっている。
近くには一緒に行動していたナルヴィとバーノンの死体も転がっていた。
彼らの死を惜しむように金色の蝶がその上を舞っている。
「すまないロト……、守り切れなかった」
その言葉には懺悔と後悔の色が満ちている。
その呼吸は荒い。
腹部に受けた深い傷は、このままでは彼自身ももうすぐダリア達と同じ運命を辿るであろうことを示していた。
ロトは知らなかったが、別行動を取っていたソフィア達も彼らと同様にステラの奇襲によって全滅している。
つまり彼が仲間から治癒魔法を受けられる可能性はもう残っていない。
「結局……、駄目な奴のまんまだな、俺は……」
上を向いて左手で顔を覆ったロト。
彼の頬を涙が伝い、落ちた一滴がダリアの顔に当たる。
「ああ……、わかってるさ。殺してやる。ステラを、あの女を絶対にぶっ殺してやる。 やってやる、やってやるさ」
ロトの目に力が宿る。
彼はダリアを優しく動かして地面に寝かせると、魔法袋から剣を取り出した。
それを杖代わりにして立ち上がると、今度は左手で傷口を強く抑え込む。
「ブレイブ、ハート……!」
静かに、しかし怒気を込めて声を絞り出した。
彼の感情に答えるかのように白い光が傷口の周囲を包み込む。
数秒後、傷は跡形もなく消え去ってしまった。
「ステラ……、絶対に殺す!」
ロトはもはや隠す必要もない殺気を放って走り出した。




