表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/126

7:猫様☆エニグマ様☆抱き枕計画☆

『私に愛する人はいない。親兄弟すらも含めて』



「部屋があるか聞いてくるから少し待っててくれ」


「了解」


「了解。」


 エニグマと俺は同じ返事をしてダーザインが出てくるのを待つ。

 俺は剣と魔法袋を買ってもらった後、さらに地図や携帯食料、ケガをした時のための応急セットまで買ってもらった。

 流石にそこまでしてもらうのはどうかと思ったが、ダーザインとエニグマは相変わらず気にするなと言うので御言葉に甘えることにした。

 そうこうしている間に空が少し赤くなり始めてしまったので、ファッティラビットを狩りに行くのは明日の朝にしようということで泊まる宿を探して今に至る。


「足痛い。」


 今日はあの三人組からの逃亡に始まって、冒険者用の装備を揃えるために店巡り。

 元の世界における俺の生活を基準にするなら相当動き回ったことになる。


 ……正直疲れた。


「ユウは歩くの慣れてないの? もしかして元の世界じゃ結構いい身分だったとか?」


「そうじゃないけどさ、学生だったからそんなに歩き回るような生活じゃなかったんだよ。」


 本当は単に俺が引きこもり気味で運動不足なだけだ。

 でもなんかカッコ悪い気がしたので、元の世界の学生はみんなそうなんだというニュアンスを含ませておく。


「ふーん。ユウが外に出ないタイプなだけかと思ったよ」


(鋭い……。)


 猫様大変鋭い。


「こっちの猫ってみんなエニグマみたいに頭いいの?」


「うーん、そうでもないかな。単にボクが長生きしてるからだと思うよ? ……年の功ってやつ」


「ふーん。あ、そういえばさ……。」


「昼間のギルドでのこと?」


「そうそう。あの人って、結局なんだったの?」


 昼間に冒険者ギルドで見た、異様に白い男を思い出す。

 体の何から何まで真っ白だった。

 今思い出すと少しぞっとする。


「あれかい? あれは白死病だよ」


「……? 病気?」


「体中から色素が抜けてどんどん白くなっていくんだ。それで完全に白くなったら死ぬ。原因は不明。わかっているのは感染症の類じゃ無さそうってことぐらいかな。昼間のあれは完全に末期だったから、たぶん最後に依頼を受けて人生の華を咲かせようとしてたんじゃないかな。自分のランクより上の討伐依頼を受けようとしてたんだと思うよ?」


「人生の華って……?」


 人生の華、その言葉の意味がわからずに一瞬言葉が詰まる。

 つまりは名誉の死を求めていたのだと、理解が少し遅れて追いついた。


「ユウの世界にはないの? 白死病」


「無い……、と思う。少なくとも医者でもない俺が知ってるような病気じゃない。」


「そっか……。それはいい世界だね。こっちじゃ、白死病で死ぬのと殺されるのが一番多いから」


 エニグマの言葉に、俺は突然現実を突きつけられた気分になった。

 そうだ、ここは元の世界とは違う。

 元の世界でも最も平和な国のひとつである日本に住んでいた自分の認識では甘いんだ。

 異世界転移モノのラノベ――、もとい小説みたいに自分だけ特別とはいかない。

 自分もこの厳しい世界の住人の一人として生きていかなければならないんだ。


「勇者で無くて残念だったね」


「うーん。勇者のふりしたらダメかな?」


「やめておいたほうがいいと思うよ? ルーンを確認したらすぐにわかるし、勇者詐称は重罪だからね」


「ルーン……、だと?」


 俺の厨二なハートが踊る。

 ルーンってあれか? 魔力を持った文字的なやつか?


「勇者は体のどこかにルーンが刻まれて特殊な魔法が使えるようになるんだ。それが身分の証明にもなるから、偽物はすぐにばれるだろうね」


「そうか、やっぱり無理かぁ……。」


 俺は改めて肩を落とした。


「……誰がユウを飛ばしたんだろうね」


「ん? どういうこと?」


 俺はエニグマの言葉の意味がよくわからなかった。

 そもそも何の話をしているのかもよくわからない。


「だってユウは異世界に行く魔法なんて使えないんでしょ? だったらこの世界の誰かが呼んだか、ユウの世界の誰かが送り込んだかのどちらかじゃないか」


「それは……、確かに……。」


 考えて見ると確かにそうだ。

 いくらなんでも『寝て起きたらいつの間にか異世界でした』なんてのは突拍子がなさすぎる。

 意図的に俺をこの世界に移動させた『誰か』がいるという方がまだ自然だ。


(……。)


 俺は腕を組んで少し考える。

 可能性が高いのはやはり例の三人組だろう。

 あんな何もないところまでわざわざ俺を捕まえに来た以上、少なくとも何か情報を持っているはず。

 あの三人が俺をこの世界に呼んだか、あるいは呼んだ奴とつながっている可能性が高い。

 それは同時に、元の世界へ帰還する上での彼らとの接触の必要性を示唆していた。


 エニグマは何も喋らない。

 考え込んでいる俺に合わせてくれたのだろうか?


「ねえ、……触ってもいい?」


「……いいよ、って言う前にもう触ってるよねキミ」


 エニグマの白い毛は獣っぽさがまったくない。

 もっふもっふのふわっふわだ。

 昼間の魔道具屋の子が夢中になるのもよくわかる。

 俺は抱き着いてみた。


 バフッ!


「こっ、これは……!」


 体中の疲れが全部エニグマに吸収されていくような感覚に襲われる。

 こいつを布団にして寝たい。


「すごい気持ちいい……。」


「真面目なムードが台無しだよ……」


「うへへぇ……。」


 よし、俺も金を稼いだらこんなペットを飼おう。

 絶対買おう。

 俺は頬ずりしながら決意を固めた。


「女の子と良い雰囲気になれないタイプだね、ユウは」


「……。」


 鋭い、鋭すぎるよ猫様。

 その時、宿屋の入口が開いてやる気の無さそうなダーザインが出てきた。


「部屋取れたぞー、って何やってんだお前ら」


「それはユウに言ってよ」


 エニグマの長い尻尾が俺の頭の上にボフンと乗っかる。

 猫様、業界でなくてもこれはご褒美です。


「あと少し……。」


「ほら、中に入るよ?」


 シュゥゥゥ……。


 ダーザインが鞍を外した直後、エニグマの体が淡く光り始めた。


「あら? え?」


 目を白黒させる俺を尻目に、青白い光になったエニグマのシルエットがどんどん縮んでいく。

 光るのが収まった後、エニグマの体は普通の猫サイズにまで小さくなっていた。


「……小さくなった。」


「元のままだと宿に入れないからね」


 そう言いながらエニグマ宿屋へ向かって歩き始めたので、俺も慌てて後ろをついていく。


「こっちの猫って大きさまで変わるんだ。」


「伊達に長生きしてないさ」


「長生きするとでかくなれるのか……。」


「小さくなれるんだよ。素は大きい方さ」


 ということは、エニグマみたいな大きい猫の相棒が欲しい場合は長生きしてそうな猫を探せばいいわけか。

 ……長生きしてる猫って希少価値が高そうだな。


「……エニグマって何歳?」


「生まれたのは最初の勇者よりずっと前だけど、正直もう歳は覚えてないよ。あ、扉お願い」


 尻尾をふりふりして宿屋の入口を開けてくれとエニグマが催促する。


 ガチャ。


「どうぞ猫様。」


「ありがとう」


 優雅に宿屋に入っていくエニグマに後ろに続いて俺も宿に入った。

 扉を閉める。


 ガチャ。


「俺を置いてくなよ」


 ……ダーザインを忘れてた。


 ちなみに、エニグマは朝になるまでずっと小さいままだった。

 おかげで俺の『猫様☆エニグマ様☆抱き枕計画☆』があっさり頓挫したのは言うまでもない。


 え? どんな計画だったかって?

 ……計画名で察してくれ。



「ふわわわわわ、ふわわわわ。俺、朝弱いんだ。昼からにしようぜ?」


「ふわわわわわ、ふわわわわ。そうですねダーザイン先輩。昼からにしましょう。」


「ダメだよ二人とも。そんなこと言ってると明日になるよ?」


 次の日の朝。

 ダーザインが部屋を二つ取ってくれたので、朝食後に宿屋の前で集合することにした俺達。

 大きな欠伸をしながら二度寝を提案するダーザインとそれに同意する俺は、大きくなったエニグマに尻尾で頭をボフンボフンされて意識を完全覚醒させた。

 ちなみに宿は一か月分借りたらしいので二度寝をしようと思えば可能だ。

 いかにも中世ファンタジー風のこの世界だが、魔法を使った各種アイテムやインフラのおかげで生活様式が元の世界とほとんど同じなのには正直驚いた。

 これなら快適な二度寝になるだろう。


「ボクの一番の仕事はダーザインを起こすことなんだ。でないと『明日から本気出す』とか言ってずっと寝てるからね」


「なるほど。」


 元の世界で言うとニート的存在か。

 目が覚めてもダルそうにしているダーザインを見てなんか色々と納得した。


(……やっぱり残念イケメンだな。)


 顔はイケメンのはずなのにイケメンオーラが微塵も感じられない。

 例の女神教三人組の一人、エルネストはイケメンオーラ全開で美少女までセットだったというのに。

 ダーザインにこそ残念イケメンの称号がふさわしいと思う。


「ふわわわわ。しょうがねぇ、いくか」


 そう言ってダーザインはまだ鞍をつけていないエニグマの背中に乗ったかと思うと、そのままの勢いでエニグマに抱き着くように上体を倒した。


「よーしいくぞー」


 エニグマに背負われる格好で棒読みの号令をかけるダーザイン。

 それを見て反応に困る俺。

 賢い猫様はそんな俺の様子に当然気が付いた。


「ダーザインはいつもこうなんだよ。お昼ぐらいにならないと起きてこないんだ」


 そう言ってエニグマが歩き始めたので俺も付いていく。

 向かうのは街の南東にある森。

 いよいよ俺の冒険者デビューの時だ。


 冒険者ギルドのある街の中央部を通って街の南門へ移動していく。

 元の世界みたいな通勤ラッシュが無いせいか、人通りはそれほど多くない。

 俺は昨日買ってもらったばかりの剣と魔法袋を気にしながら歩いた。

 今の俺にとっては数少ない有用なアイテムだ、盗まれたりしてはたまらない。


(何も知らない人から見たら、おのぼりさんにしか見えないんだろうな。)


 他の通行人とぶつかりそうになることもなく、俺達は南門を通って森へ向かった。

 もちろんダーザインはエニグマの背中にずっと背負われたままだ。


(大丈夫なのかAランク……。)


 ……なんか段々不安になってきたぞ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓メインヒロイン()登場のために第二部に移行しました。
俺の本物を殺しに行く

メインヒロイン()・・・_(  ´・-・)_
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ