5:返答は二択、『はい』か『イエス』だ
『偶然にしてはよく出来ていると思えるものは、どうやらその大半が必然であるようだ』
★
「よーし、飯屋にいくぞ。俺が奢ってやる」
街に入って早々、ダーザインがやる気のない声で飯屋行きを宣言した。
俺が金を持っていないことに配慮してくれる辺り、やる気の無さそうな見かけによらず結構ちゃんとした人らしい。
「いいんですか?」
「遠慮はいらないよ。別に大した額じゃないからね」
主のダーザインに変わってエニグマが答える。
「そうだぞユウ、遠慮はしなくていい。変に遠慮されると逆にこっちが気を遣っちまう。それと、さっきも言ったが堅苦しい敬語も無しだ。俺はそんなに育ちが良くねえ。ずっとそんな話し方されたら肩が凝っちまうぜ」
「そうですか? じゃあ……、ご馳走になるよ。」
「おう、任せとけ。って言っても大した店じゃないけどな」
俺はダーザイン達に連れられて食堂へと向かった。
高級って感じではないが、店自体はかなりでかい。
エニグマが余裕で店内に入れるでかさだ。
俺たちは入口に近い席に案内された。
二人と一匹で丸いテーブルを囲む。
俺とダーザインはイスに、エニグマは床にそのまま座った。
……エニグマが一緒でも店員からは何も言われない。
(ペット禁止とかじゃないんだな。)
周りを見れば、エニグマほど大型ではないとはいえ、ちらほら人間以外の動物もいる。
「今、ペット禁止じゃないのかって思ってなかった?」
ギクリ……。
この猫鋭い。
……心を読む魔法とかあるのか?
「ちなみに心を読む魔法なんてないよ?」
(……本当かよ?)
「伊達に長生きしてないからね」
(読まれてるとしか思えない……。)
エニグマに疑いの視線を向ける俺の前にダーザインからメニュー表が差し出された。
「俺は焼肉定食にするけど、お前ら何にする?」
「わかんないから同じ奴で。」
「ボクはこれがいいな、牛のもも肉まるごと塩焼き」
「じゃあそれで頼むぞ」
ダーザインが注文しようと店員のお姉さんを呼んだ。
向こうがこちらに気がついたのを確認してから来るのを待つ。
「ユウは――」
「ん?」
「これからどうするの?」
エニグマがダーザインの言葉を引き継いだ。
主の意を得たり、といった感じだ。
「うーん、どうしようか。ていうか、むしろ俺にはどんな選択肢のがあるの? この世界のこと全然わかんないんだけど。」
「ないね。勇者でもない異世界人なんて、せいぜい傭兵か冒険者にでもなるしかないよ」
傭兵がどんな職業なのかは大体想像がつく。
だがこの世界における勇者や冒険者はどんな活動をするのだろう?
「勇者とか冒険者ってどんなことするの?」
「勇者は世界の危機が起こった時に先頭に立って戦うのが一番の仕事だね。って言ってもそんな頻繁に世界の危機なんて起きないから、普段はただの特権階級さ。貴族みたいなもんだよ。実際、異世界から来た勇者はほとんどが貴族になるし、勇者の血を引く一族は名門貴族の代名詞になってるからね」
「すげぇ、俺も勇者になりたい。」
勇者になってかわいい女の子に囲まれまくりんぐのハーレム作りんぐしたい。
「残念、勇者になれるのは勇者召喚の儀式で召喚された異世界人とその一族だけさ。ユウはそれ以外の方法でこっちに来たみたいだから無理だね」
「そんなぁ……。」
俺のエリート勝ち組街道は早くも終わってしまったらしい。
というか始まってすらいなかった。
「昔は違ったんだけどね。確かこの世界で最初に勇者って呼ばれてたのは異世界人じゃなかったはずだよ。地龍王に挑んで勝ったんだったかな?」
「魔王じゃなくて?」
「あの時代は魔王がいなかったんだ。魔法が一切使えないくせに力自慢の地龍王に正面から挑んだ無謀者って言われてたよ。ボクもまさか本当に勝つとは思わなかったね」
「じゃあ龍王を倒せば俺も勇者になれるのか。」
「ちなみに今は魔王も龍王もいないよ? 最後にいたのは三百年ぐらい前かな」
「そんなー。」
夢も希望もなかった。
なんて異世界だ。
「じゃあ冒険者は?」
「冒険者はダーザインみたいなやつのことさ」
「……え?」
「なんだよ、その嫌そうな声は?」
いつの間にか注文を終えたダーザインが会話に加わる。
頬杖をついて、相変わらずだるそうな様子だ。
「いや別にそういうわけじゃ……。」
「心配しなくても。ダーザイン並みにやる気のない冒険者なんて世の中そうそういないよ?」
「よかった。」
「何がだよ」
エニグマは俺の不安を払拭しつつ、ダーザインのやる気のないツッコミを無視して話を続ける。
「冒険者ギルドからの依頼をこなして生計を立てている人たちは全部冒険者って呼ばれるんだ。モンスターの討伐で一攫千金狙いからドブさらいでその日暮らしまでピンキリだけど、どれも人間の中での社会的な地位は低いみたいだね」
「なるほど。」
この猫、なかなか人間の世界に詳しいみたいだ。
……もしかして飼い主より頭いいんじゃないか?
俺はダーザインとエニグマを見比べた。
「どうした?」
「どっちが飼い主かわからないってさ」
「なんだよそりゃ」
エニグマが俺の心の声を代弁してくれた。
この猫、やはり有能だ。
そんな話をしている間に料理が三人分まとめて運ばれてきた。
「お、来たな」
「久しぶりに干し肉じゃない肉だよ」
「じゃあいただきます。」
結構走ったせいかかなり腹が減っていたので、俺は勢いよく肉とライスを口に突っ込んだ。
「んまい。」
俺は口をもぐもぐさせながらエニグマを見た。
地面に置かれた皿の上の肉をガブリとかじっている。
(尻尾がフリフリしてる……。)
――かわいい。
「ユウ、俺たちはこの後ギルドに行くけど、お前はどうする? 冒険者になるなら基本ぐらいは教えてやるぜ?」
「うーん、どうしようかな……。」
といっても勇者になれない以上、今の俺に冒険者になるより良い選択肢は見当たらない。
『返答は二択、はいかイエスだ』ってやつだ。
「よろしくお願いします。」
俺は口をモグモグさせながら頭を下げた。
★
食事を終えた後、俺達は早速冒険者ギルドを訪れた。
俺はダーザインの後ろを少し緊張しながらついていく。
建物は入口を含めてかなり大きく、エニグマが当たり前のように俺の後ろを歩いている。
ここまで来る途中にあった建物は入口が小さいものが多かったことから推測すると、たぶん冒険者用の施設なんかは大きく作られているんだろう。
「新規の登録を一人頼む」
ダーザインが後ろにいる俺を親指で差しながら、受付のおっちゃんに登録を申し込んだ。
「おう、そっちの兄ちゃんか。まずは書類を書いてくれ。字は書けるか? 代筆が必要なら代筆料二百ジンだ。読み上げも込みだぜ」
「ジンはお金の単位だよ」
後ろからエニグマが教えてくれた。
さっきダーザインが昼食代を払うときにも同じ単語が聞こえたのでたぶんそうだろうなと思っていたが、これで確認が取れた。
いいタイミングで助言をくれる、まったく有能な猫様だ。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
そう言って俺は紙を受け取って眺めた。
(……読める。初めて見る文字のはずなのに読めるぞ、これ。)
これも異世界転移の影響だろうか?
というか、よくよく考えてみれば普通に言葉が通じる時点でおかしい気もする。
(流石は異世界転移。ご都合主義ってやつだな。)
俺は少し驚きながら書類を読み進めた。
犯罪行為に手を染めれば登録を取り消すとかそんなことが書いてある。
常識的な行動をしていればまず違反することはないだろう。
そんなに難しいことは書いていない。
これならネトゲ――、もといオンラインゲームの利用規約の方が遥かに難しい。
「ここに名前を書けばいいんですか?」
書類の中身に目を通した後、名前と年齢、そして性別を書くだけだと言うことを理解して受付のおっさんに確認した。
「ああ、そうだ」
俺の理解を肯定して、おっさんがペンを俺に差し出した。
ダーザインとエニグマは黙って待っている。
この世界のファミリーネームは全員後ろだとエニグマが言っていたので、その順番で自分の名前を異世界文字で書いた。
知らない文字を読めるだけでなく書くこともできる……、地味に恐ろしい現象だ。
「ユウ=トオタケか。珍しい名前だな、勇者の家系か?」
おっさんもダーザインと同じことを聞いてきた。
少し怪訝な表情をしているように見える。
「勇者じゃない異世界人の家系だとさ」
ダーザインがおっさんの疑問に答えてくれた。
「勇者じゃない? ……はっはっは、そりゃあ残念だったな。ちょっと待ってろ、ギルドカードを作ってくる」
おっさんがダーザインの言葉の意味を理解したらしく、俺に同情の言葉を掛けてから書類を持って奥に引っ込んだ。
数分ぐらい経って戻ってくると、手の平に収まるぐらいのカードを差し出した。
「ほら、これがお前さんのギルドカードだ。冒険者としての身分の証明書として使える他に、活動を記録する機能もついてる」
俺はカードを受け取って、表と裏を交互に眺めた。
プラスチックのような材質で硬い。
そして異世界の言葉で俺の名前、そしてアルファベットのFに相当する文字が書いてある。
「F?」
「それはお前さんの冒険者ランクだ。最初はランクFから始まって、冒険者として依頼をこなして評価が上がると最終的にAまで上がる。ランクが低いうちは難度の高い依頼を受けられないようになってるんだ」
「でないと無謀な初心者がすぐ死んじゃうからね」
「なるほど」
おっさんの説明とエニグマの補足で理解できた。
「ちなみにダーザインは?」
「俺か? 俺は……、なんだったかな」
(覚えてないんかい……。)
俺は内心で突っ込んだ。
恩人なので言葉には出さない。
ダーザインがごそごそと腰の袋を探り、ギルドカードを取り出して書いてあるランクを確認した。
「お、Aだな」
そう言って俺たちにカードを見せる。
確かに異世界文字でAに相当する文字が書いてあった。
カードのデザインも俺よりかなり豪華だ。
「へえ、見かけによらずやるじゃねぇか。Aランクなんて俺も久しぶりに見たぜ」
受付のおっさんが顎を撫でながら感心した声を上げる。
Aランクがどれぐらいすごいのかはわからないが、おっさんの様子から推測するにかなりのものに違いない。
「ただのやる気の無い人じゃなかったのか。」
「ボクも驚いたよ」
「お前は知ってただろ」
ダーザインのツッコミ、エニグマの頭に軽くチョップ。
効果はいまひとつだ……。
「依頼はあっちの掲示板に貼ってあるから、受けたい依頼を見つけたら番号を控えてきてくれ」
「ああ、ありがとよ。行こうぜ?」
ダーザインに促されて俺達は掲示板のところに向かおうとした、その時。
「後生の頼みだ! 頼む!」
男の叫ぶ声がギルドのホールに響き渡った。
みんなが声の方向へと一斉に目を向ける。
叫び声の発信地は俺の二つ隣の受付だ。
「規則ですから、困ります!」
「そこをなんとか!」
「おい、どうした?」
俺の対応をしてくれたおっさんが困っている受付のお姉さんのところへ向かう。
(白い……。)
俺はお姉さんを困らせている男に注意を引かれた。
髪も肌も、体全身が不自然なぐらい真っ白だ。
(アルビノってやつか?)
「あれは白死病だね」
エニグマが俺の後ろからそっと小声でささやく。
「ここじゃなんだし、後で教えてあげるよ」
デリケートな問題なのだと直感した俺は無言で頷いた。
その間にも目の前の事態は進展していく。
結局、男はその後すぐにギルドの人たちに連れていかれた。
男の姿が見えなくなるとホールはすぐに元の騒々しさを取り戻した。
「依頼、見ようぜ」
再びダーザインに促されて、俺達は掲示板のところへと向かった。
依頼内容の書かれた紙が壁一面に貼られている。
ランクや内容ごとに分けられているみたいだ。
ダーザインはFランクの依頼が貼られたところを見始めた。
「Aは見ないの?」
「Aランクの依頼なんてそうそうないさ。それにお前の初仕事になるんだ、俺が良さそうなやつを選んでやるよ」
そういうことかと俺は納得した。
ここまで案内してくれただけでなく、仕事までついて来てくれると言うわけだ。
「いいの?」
「もちろんさ、俺も最初は同じようにして貰ったからな」
「ボク、ダーザインがこんなにやる気になってるの初めて見た気がするよ」
「おいおい、俺は常にやる気全開だぞ?」
ダーザインが心外そうな声を上げる。
(あれでか? そんなバカな……。)
大丈夫、口には出さない。
だって恩人だもの。
「あ、それなんかいいんじゃない? ウサギ十匹」
エニグマが話題逸らしも兼ねてFランクの依頼の一つを尻尾で指した。
俺は覗き込んで内容を確認する。
「えーっと、これ? ファッティラビット十匹を食用納品……、食用納品?」
(なんだそれ?)
始めて聞く単語の並びだ。
「露骨に話逸らすなよお前ら……。食用納品ってのは生死は不問だが食料として使うから鮮度の高いうちに納品してくれって意味さ。最初に誰が言い始めたのか知らないが、納品する物の状態に指定がある場合に使う言葉の一つだな。冒険者やるなら覚えておいて損はないぜ?」
「了解。」
(流石はAランク。)
俺の中でダーザインの評価が少し上がった。
冒険者なら常識レベルの知識なのかもしれないが、少なくとも彼がちゃんとした冒険者なのだと認識した。
「ファッティラビットなら手こずる相手でもないし、これでいいだろ。俺もこの辺で依頼受けるのは初めてだし、手続きついでにどこにいるか聞きに行こうぜ?」
俺達は再び受付へと向かった。
さっきのおっさんはまだ戻って来ていないらしく、別のお姉さんが対応してくれた。
「依頼番号Fの四十五番、ファッティラビット十匹の納品ね。期限は明日の午後五時までよ。良ければ参加者全員のカードを」
「この辺りだとファッティラビットはどこにいるんだ?」
ダーザインがギルドカードを出しながら受付嬢に訪ねる。
「南東の森ね。行けば沢山いるはずよ?」
「なら心配なさそうだ」
俺もさっき作ってもらったばかりの自分のギルドカードを差し出した。
お姉さんが二枚のカードを模様の書かれた板の上に乗せてから端末を操作する。
俺は興味を惹かれてその様子を見ていた。
(電子機器? ……いや、電気が無いみたいだから代わりに魔法を使ってるのか?)
「あれはカード情報を書き換えるための魔法機器だよ。蓄えてある魔力で動いてるんだ」
「へー、そうなんだ。」
だいたい思った通りだ。
再び入ったエニグマからの説明に俺は頷いた。
俺もそのうちこんな賢い相棒が欲しい。
「はい、どうぞ。気を付けて行ってきてくださいね」
お姉さんの発言は、明らかに俺に向けての言葉だ。
Aランクのダーザインに心配は不要ということなんだろう。
「いってきまーす。」
俺は手を振ってお姉さんに返事をした。
相手は仕事だとはいえ、年頃の女の人に心配してもらえるのは悪くない。
(元の世界では母親と親戚のおばさんぐらいにしか心配されたことのない俺みたいなやつにとっては特にな。……異世界もいいもんだ。)
我ながらちょろい奴だと思いつつ、俺達は冒険者ギルドを後にした。