16:朝ご飯はトマトがいい
『悪人だって良いことを言う。もちろん利用するためにだ』
★
部屋の前に戻った後、ユウとステラはそれぞれの部屋のドアノブに手を掛けた。
ステラがユウに笑顔を向ける。
「一緒にご飯ありがとう。少し不安だったから、気分転換になってよかった」
「不安って?」
好きな子にまっすぐな笑顔を向けられてユウの気持ちは舞い上がる。
彼女の口から不安という単語が飛び出した以上、できることはなんでもしてあげたかった。
「ううん、特に理由はないの。胸騒ぎがしただけだから。じゃあね、おやすみ」
それだけ言うとステラは自分の部屋に入っていった。
まだおやすみを言うには少し早いなどというツッコミが頭をよぎった数瞬後、ユウは自分がチャンスを逃したことに気が付いた。
(ちょっと待て! もしかして『不安なら俺が一緒にいるよ』的な感じでステラの部屋に入るチャンスだったんじゃないかコレ? それでそのまま二人の距離を近づけて……。)
ユウは自分の部屋のドアノブに手を掛けたまま固まった。
その代わりに頭の中はフル回転だ。
(どうする? 今から行くか? いやいや、タイミング逃しすぎてるだろ。……やっちまった! マジで俺やっちまった! 千載一遇の大チャンスがぁぁぁぁあああ!)
静かな空間でユウは一人両手で頭を抱えて振りまわした。
誰にも見られていなかったのが幸いだ。
彼氏が欲しいと入口で落ち込んでいるクリスティにも気づかれてはいない。
しばらく頭を振って疲れてきた後、両手を床について落ち込んだ。
(ダメだ……。俺、もう立ち直れない……。)
ため息をついて自分の部屋に入る。
部屋の中には誰もいない。
ユウは体を部屋の方向に向けたまま背後のドアを閉めた。
『なんだ、あの女を押し倒さないのか?』
どこかで聞いたような声がユウに向けられる。
ドアから部屋の中に再び視線を戻すと、ベッドの上に再び白煙の男が胡坐をかいていた。
体はユウに対して横を向き、視線だけをこちらに向けている。
横目でユウを見るその顔には嘲るような笑顔が浮かんでいた。
――グレイファントム。
先刻そう名乗った男との早々の再会にユウは警戒して腰の剣に手を伸ばす。
即座とまではいかないまでも臨戦態勢に移行できるようになったのは成長の表れか。
その様子に白煙の男はニヤリとさらなる笑みを浮かべた。
「……。」
ユウは警戒して言葉を発しない。
話すために呼吸を乱すことも隙になる気がした。
『そんなに警戒しなくてもいいぜ? さっき見せただろう? そんなことするだけ無駄さ。』
グレイファントムの言葉にユウはさらに警戒心を高める。
自分が敵でないことを必要以上に強調する奴は信用できない。
(こいつ、そもそもどこから入ってきたんだ?)
さっきステラと食事をする前はいつの間にかいた。
今回だってそうだ。
最初に部屋の中を見た時にはいなかった。
(姿を消す魔法か? それとも召喚魔法?)
『いつでも出て来れる、ただの話せる煙さ。』
口に出してもいないユウの疑問にグレイファントムが答える。
完全に心の中を読まれている、ユウにはそう思えた。
『それよりいいのか、そんなこと考えていて? あの女をモノにする絶好のチャンスだぜ? 今は部屋に一人だ。そこそこ防音も効いてる。さっさと隣の部屋に行って襲っちまえよ。』
「関係ないだろお前には。だいたい俺はステラを無理矢理襲うつもりなんてない。」
依然として意地の悪そうな笑みを浮かべる白煙の男の言葉にユウは怒りを覚えた。
『どうしてだ? 女なんて移り気なもんだ、既成事実さえ作っちまえばあの女もお前のものだぜ?』
「……黙れ。」
なぜ今日会ったばかりの正体すらわからないような奴にこんなことを言われなければならないのか。
先ほどのまでのステラとの楽しい時間からの落差も相まって、ユウは自分の彼女への思いを踏みにじられたような気がした。
それでもグレイファントムの言葉は終わらない。
『そうだ、部屋に行く口実が欲しいなら俺を使えよ。俺のことを聞く振りをして近づいてそのまま押し倒せばいい。』
「うるさい!」
依然として張り付けたように軽薄な笑みを浮かべるグレイファントムに我慢ならなくなったユウは、剣を抜いて斬りかかった。
剣撃に効果がないのは既にわかっている。
だからこそ安心して斬りかかったと言っていいかもしれない。
ブォン!
ユウは抵抗する素振りをまるで見せない男の体を力一杯横薙ぎにした。
白煙の体が崩れる。
『おいおい、俺は善意で言ってやってるんだぜ? 欲しいものは手に入れられる時に手に入れる、それが鉄則だ。覚えておくんだな。』
その言葉を最後にグレイファントムは消え去っていった。
「はぁ、はぁ……。」
消耗が激しいのは心理的に追い込まれていたからだろうか?
息を整えて周囲を確認する。
ユウに気配を読むなんてことはできないが、それでも部屋にはこれ以上何かが出てきそうな感じはしなかった。
『既成事実さえ作っちまえばあの女もお前のものだぜ?』
グレイファントムの言葉が脳内で反芻される。
脳裏に少しだけステラの姿がちらついた。
力ずくでベッドに押し倒されたステラ、無理矢理剥ぎ取られて体を隠そうとするステラ、赤らめた顔で破瓜の痛みに耐えながらユウの体をを受け入れるステラ……。
「ダメだ!」
ドンッ!
ユウは床に拳を力一杯叩きつけた。
ビリビリと衝撃が拳に伝わって痛む。
だがその痛みのおかげで下衆な考えを払いのけることができた。
息を整え、剣を収めて先ほどまで白煙の男が座っていた場所に腰を下ろす。
(なんなんだよ一体……。)
ステラと過ごして浮かれた気分も一転、その日の夜はイライラしながら寝ることになった。
★
翌日、ユウは寝汗の心地悪さで目を覚ました。
時計を見ればまだ五時を過ぎたばかりだ。
寝汗が嫌だったので、とりあえずシャワーを浴びることにした。
(今夜か。)
今夜再びあの群衆の襲撃、つまりユウが勝手にフェラルホードと命名した現象が発生する。
そう考えると自然と目が覚めた。
「誰かと思えばユウか。早いな」
「たまたまさ。目が覚めたんだ。」
シャワー室の近くまで行くと、ジュリエッタが早朝のトレーニングをしていた。
本当は外でやれればいいのだろうが、一応は身を潜めなければならない身だ。
ちなみに少し離れたところではナルヴィとダリアが朝食の準備を始めようとしていた。
(……不安だ。)
女子力の高いダリアはともかくとしてナルヴィは……。
これは確かに不安だ。
これからフェラルホードが起こることを知っているユウを除けば、次の行動の機会を伺っているみんなは特にやることが無い状態だ。
昨日のホーリーウインドと戦った時のような緊張感は彼女たちには無い。
ナルヴィが油を取り出したのを見てユウは眉をひそめた。
(まさか、揚げ物か? 朝からヘビー過ぎるだろ……。)
収まった寝汗の代わりに冷や汗が頬を伝う。
体を動かすならカロリーは必要だと自分に言い聞かせてユウはシャワー室に入った。
汗を流してすっきりした後、ドライヤーで髪を乾かしてから部屋に戻って今日の計画を立てる。
またグレイファントムが出てこないかと思って警戒したが杞憂だった。
(ステラは……、まだ寝てるかな?)
試しに息を潜めて隣の部屋の様子を伺ってみた。
そこそこ防音が聞いていることもあってか物音は聞こえてこない。
本当はステラを誘って朝食を取りたいのだが、昨日のグレイファントムとの一件のせいで気遅れしていた。
(……やめとこう。)
チャンスはまだある、また明日を迎えることができれば。
今回は諦めて一人で食べることにした。
先ほどいた三人はもう部屋に戻ってしまったのか誰もいない。
代わりに湯気を立てる揚げ物の山にパンとサラダがテーブルの上に並んでいる。
イスに座って唐揚げを一つ口に放り込んだ。
「やっぱり朝から揚げ物はきついだろ……。」




