10:突破
『疑うことを知らないというのが無垢や純真だと尊ばれるのは子供時代だけだ』
★
ギィン! キン! ドッ!
「ハァッ、ハァッ!」
今回のループが始まった後、ユウは再びホーリーウインドの副官アイザックと戦うところまで状況を進めていた。
アジトにあった鎖帷子を借りて鎧の下に来ている以外はほとんど前回と同じだ。
今度は最後まで気を抜くまいと自分を戒める。
「この! いい加減くたばれ!」
「神官のくせにくたばれっておかしいだろ!」
苛立つアイザックが叫ぶ。
彼の言葉にユウも叫び返した。
ユウの腕や足には既に何箇所も切り傷ができて血が滲んでいる。
鎖帷子のおかげで胴体への切り傷を受けずに済んでいるのが幸いだ。
シュッ!
「うおっ!」
突きをかわしきれずに、剣がユウの脇腹を掠めた。
革の鎧に切れ込みができる。
ここにきて、アイザックは固い革を斬った感触の中に金属の感触が混じっていることにようやく気がついた。
(この感触……。コイツ、下に何か着てるな?)
即座に前蹴りをユウの腹部に叩き込む。
「グッ!」
体勢を崩しそうになって慌てて後ろに飛ぼうとするユウに更に斬りかかった。
防具で守られていない首筋を狙う。
「アイスニードル!」
「――!」
リアがすかさず少年に向けて氷柱を放った。
慌てて足でブレーキを掛けて魔法をやり過ごす。
ドスッ!
高速の氷柱が目の前を通り過ぎて建物の壁に突き刺さった。
その間にユウが体勢を整え終わったのを確認してアイザックは一歩下がる。
リアもすぐに彼女自身が相対している敵との戦いに戻った。
(仕留めようとすると他の奴から邪魔が入る。かといってコイツ自身はこちらが隙を見せても仕掛けて来ない。……何かを狙ってるのか?)
ユウに対して警戒心が強くなっていく。
実際には単に守りで精一杯なだけなのだが、決定打を放とうとする度に確実に入る周囲からのフォローと彼自身の焦りでそこまで見抜くことはできないでいた。
(あと少し! あと少し!)
ギィン!
ホーリーウインドが退却するまであと少し。
ユウはアイザックの上段斬りを腕の力だけで受け止めた。
衝撃で両手が痺れる。
(剣を止めた! 次は――、蹴りだっ!)
歯を食いしばって腹筋を固め、両足を軽く曲げて前方からの衝撃を受け止める体勢を整える。
ここまでの経験で、ユウは敵の攻撃パターンを理解し始めていた。
剣での攻撃に相手の体勢を崩すための蹴りといった体術を組み合わせたヒットアンドアウェイだ。
ユウの予想通り、剣を止められたアイザックは体勢を崩すために腹部を狙って前蹴りを放った。
(――来た!)
ドゴッ!
皮の鎧と鎖帷子がユウの胴体全体に蹴りの衝撃を拡散させる。
両足を踏み込んでそのまま衝撃を全て受け止めた。
自分の蹴りが思った通りの効果を発揮しなかったことに動揺したアイザックが再び距離を取る。
その時、ユウの視界の奥で白煙が爆ぜた。
(よし!)
「退却! 退却!」
「なんだと?!」
アイザックは焦りの声をあげながら慌てて白煙の方向を確認した。
「何やってるんだあいつら! 仕方ない、こっちも下がるぞ!」
その声を受けて他の僧兵達も即座に撤退を始めた。
ユウは構えた剣に力を込める。
(前回はここで油断してやられた。目の前のこいつ以外からの攻撃もあるかもしれない。警戒! 警戒だ!)
再び自分を戒めて周囲を警戒した。
「……ちっ!」
白煙の方向からジュリエッタが走ってくるのを確認すると、アイザックは大きな隙を見せないユウを諦めて去っていった。
★
ホーリーウインドが去った後、ユウを含む魔法組は前衛組に合流していた。
回復魔法が使えるダリア達が傷ついたメンバーの応急処置をしていく。
幸いにして一人も欠けることは無かった。
「ふう、とりあえずは凌げたな」
リアが一息つく。
彼女が額の汗を拭う仕草を見てラプラスは少し頬を赤らめた。
(いったい何のフェチだよお前は。)
一難去って余裕が出てきたユウはとりあえず脳内でラプラスに突っ込んでおく。
「ああ。全滅とはいかなかったが半分以上を仕留めたんだ、こっちは誰もやられてないわけだし上出来だろう」
ブレッドが魔法組を労うも、横のソフィアは困り顔だ。
「でもどうするの? 場所が割れてる以上、アジトはもう使えないわよ?」
「サブの方を使うしかないだろうな」
「あそこ狭いのよね……。我慢するしかないか」
二人の会話を聞いて、ユウは横にいたステラにこのことを質問しようと思いついた。
何か会話の糸口が欲しかったのでちょうどいい。
「他にもアジトがあるの?」
「うん。こっちよりは小さいからたぶん一人部屋は無理だけどね。今の人数だと二人部屋になるんじゃないかな?」
(二人部屋。ステラと二人部屋……、いける!)
ユウは元々のアジトを使えなくしてくれたホーリーウインドに感謝した。
脳内でもう一人のユウが拳を握ってガッツポーズをする。
(……あれ? でもアジト?)
何か大事なことを忘れている気がする。
頭を傾けてみるが思い出せない。
そこに最後の見張りのところに行っていたロトとナルヴィが戻ってきた。
「ダメだ、流石に逃げたみたいだ」
「そうか、仕方ないな。よし、そろそろ人も集まってくる頃だしアジトから持ち出せるだけ持ってサブに移ろう」
ブレッドの言葉でみんながアジトに向けて歩き出す。
(アジト……? そうだ! アジトだ!)
――脅威はまだ残っている。
「みんな待った! アジトはダメだ、もう爆弾が仕掛けられてる!」
その言葉を聞いて皆がアジトに向けた足を止めた。
視線がユウに集まる。
「爆弾? なんだそれは?」
ユウはジュリエッタの反応を見てこの世界に爆弾は存在しないのかと焦る。
実際は単にどういうことなんだと聞いているだけなのだと気がつくのに一瞬の時間を要した。
そして自分の発言が迂闊だったことを後悔する。
確かにアジトに仕掛けられている罠の種類が爆弾だとどうしてわかるのか。
自分がループしていると言ったところで奇人変人の扱いを受けるだけだ。
場合によっては自分が敵と内通している可能性まで疑われるかもしれない。
「この状況で敵が仕掛けるとしたら爆弾しかないだろ? 俺のいた世界じゃC4爆弾っていうのが普通だけど、……こっちの世界じゃ違うのか?」
ユウは咄嗟に異世界間での常識の違いで押し通そうとした。
もちろんC4のことなんて詳しくはない。
単に名前を知っている程度だ。
エル・グリーゼの面々が知らない世界の常識を基準に考えるのだから、別に彼らが違和感を感じても不思議ではない。
それで押し切ることにした。
誤魔化すには中々に使い勝手がいい理由だ。
みんなが困ったような、なんとも言えない表情になる。
「私達の感覚だと普通……、じゃないな?」
戸惑った表情のジュリエッタが同意を求めるように他のメンバーの顔を見た。
視線の合ったパウロが頷く。
「俺達の世界だと普通の爆薬はマスケット銃ぐらいにしか使わないな。魔法爆薬も魔法で強化されてる物を壊すときだけだからな。ユウが言ってるのは爆薬を直接面制圧に使うってことなんだろう? そんな使い方は初めて聞いたよ」
リアとラプラス以外のメンバーもストラという異世界から来ている。
少なくともストラでは爆弾は一般的ではないらしい。
話の流れから言って、理由はおそらく爆薬の性能と魔法の存在だろう。
マスケット銃という単語が出てきたあたり、その辺の技術はあまり発展していないようだ。
(それも当たり前か。)
ユウは先ほどいた魔法の威力を思い出す。
あれなら銃器や爆弾の類の改良が疎かになるのも納得だ。
そんな余裕があるなら魔法の改良と習得に力を注いだ方がよっぽど良い。
「この世界でも普通は使わないぞ?」
リアがこの世界、つまりリーン代表として意見を述べる。
横目でラプラスに視線を向けると彼も無言で頷いた。
「じゃあ爆弾かどうかはわからないな。でも罠が仕掛けられてるのはまず間違いないから近づくのはやめた方がいい。」
なんとか誤魔化しきれたとユウは内心でほっとする。
油断したせいかナルヴィがまだジト目で睨んでいることには気が付かなかった。
「止めた方がいいって言われてもなぁ……。」
ブレッドが困ったように頭を掻いた。
重要な物は魔法袋に入れて持ち歩いているとはいえ、暇つぶしに読んでいた本などは部屋に置きっぱなしだ。
残っていた食料等も大半がアジトの共用スペースにある。
できれば回収しておきたいという感情は捨てきれなかった。
「じゃあドアを開けるのだけ慎重にいこう。ドアが開くのに連動して罠が発動する可能性が高いから、巻き込まれないように遠くから開ける感じで。」
「またやけに具体的だな……。まあ、それならいいだろ」
流石に人が集まってきたので急いでアジトまで移動した。
ソフィアが爆発が起こってもいいように入口から距離をとって杖を構えた。
「じゃあ開けるわよ? エアフォース!」
(エアフォースって……、確か空軍って意味だっけ?)
この世界に空軍はあるのだろうか?
エアフォースという言葉を、彼女は明らかに風の力という意味で使っている。
言葉が通じると言っても、やはり異世界固有の事情に左右される部分では言葉の意味に違いが出てくるらしい。
ユウがそんなことを考えている間にも風の力でレバー式のドアノブがゆっくりと動いていく。
――ドンッッッ!!!!!
「――!!」
開かれた直後、爆風がドアの付近を吹き飛ばし、爆炎がアジトである倉庫全体を不自然な勢いで包み込む。
距離を取っていたユウ達のところにまで強い風が届いた。
こうなることを知っていたユウ以外は風を受けて目を細めた後、驚愕に目を見開く。
爆炎の不自然な指向性から見て、それが魔法的な制御を受けていることは明らかだ。
「嘘……」
なびく髪を押さえながらステラがつぶやいた。
罠が仕掛けられているという話はともかくとして、まさか爆発するとは本当に思っていなかったことが大きい。
この場面でこの規模の爆発を起こせる魔法の存在に彼女は心当たりがない。
もっともそれはステラに限ったことではなかったが。
(これは……、魔法なのか?)
(何かの条件をトリガーにして起動する設置型魔法? そんなもの聞いたことが……)
この世界リーンの魔法使いとして英才教育を受けているリアにも、異世界ストラで一般的な水準の魔法使いであるソフィア達にも該当する魔法に心当たりはなかった。
事前情報としてユウの話があったとはいえ、予想外の事態に全員が息を飲む。
「なんだ?!」
「あっちか?」
「すごい音だったぞ!!」
女神教との交戦場所に集まり始めていた人々が爆発音に気がついて騒ぎ出した。
大衆の野次馬根性に関してはどの世界もあまり変わらないらしい。
「……まずい! みんな急いでサブアジトに行くぞ!」
ブレッドが慌てて指示を出す。
このままここに留まっていてはさらなる厄介事を引き込みかねない。
リーダーの言葉に促されて全員がサブのアジトに向けて走り始めた。
(走ったら余計に目立たないか?)
ふとユウの頭に疑問が浮かぶも、少なくともこの場所を離れるのは急いだほうがいいとすぐに思い直した。
先程の戦いで疲れ切った体を引きずって最後尾をついていく。
「ユウくん、大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫。」
ステラが気遣ってれたお陰で元気が出た。
走るスピードを上げて他のみんなに追いつく。
好きな子に見られているときは張り切ってしまうというのは健全な現象だ。
……たぶんな。




