6:ハッタリだけで生きていくには才能がいる
『機会はいずれやって来る。……たとえ今でなくとも』
★
「これからみんなで買出しに行こうとしてたんだ。ステラ達はどうする?移動で疲れてるだろうし、別に休んでてもいいぞ?」
「わたしも手伝う」
「ステラが行くなら私達も行こう。荷物持ちは多いほうがいいからな」
目の前で再び見覚えのあるやり取りが繰り広げられた。
ユウは自分がまた死んでここに戻ってきたのだと自覚する。
そして再び選択の時だ。
またすぐに次の手を打たなければならない。
(どうする、どうしたらいい?)
今のところ突破口は見つかっていない。
なんとかしてホーリーウインドの襲撃を耐えきる手を探さなければ……。
(……あれ? ちょっと待てよ?)
換気が十分とはいい難い淀んだ空気。
それが少しだけ動いた時、ユウの脳裏に何かが閃いた。
「ちょっと待ってくれ。」
ユウはとりあえずステラ達を止めながら、顎に手を当てて考え始める。
その僅かな閃きが何なのかはまだよくわからない。
だがそこに確かに感じ取った可能性をゆっくり、丹念に手繰り寄せていく。
一瞬でも気を抜けばその瞬間に手放してしまいそうだ。
「どうした?」
リアの言葉にユウはすぐに返事をしなかった。
黙り込むユウに周囲の視線が集中する。
(つまりはあいつらに勝てばいいわけだろ? 別に向こうに有利な条件でやる必要なんてどこにもないよな?)
頭の中で急速に考えが纏まっていく。
死んだ直後だからなのか、あるいは未熟なりに修羅場を経験したからなのか。
いずれにしてもユウの頭の中はやけに澄んでいた。
「みんなよく聞いてくれ。悪いけど買出しは中止だ。」
落ち着き払って言葉を発したユウの瞳にわずかに青い光が宿る。
本人に自覚はない。
だがこれまでの雰囲気からは大きくかけ離れたユウの視線に皆が驚いた。
誰も言葉を発することができない。
遠武優という人物はこんな冷酷な雰囲気を纏うような人間ではない、それがこの場にいた全員の共通認識だった。
リアも。
ラプラスも。
エル・グリーゼの面々も。
そしてステラもそう思っていた。
緊張した雰囲気が場を支配する。
このアジトにいる全ての人間の顔に笑顔はない。
だが、ユウには誰かが近くで微笑んでいるような気がした。
早く続きを言ってやれと急かされている感じだ。
荷箱の上に止まっていた金色の蝶も観客の一員になったかのように羽を閉じた。
ユウは自分が纏った雰囲気を自覚しないまま、その催促に答えるように口を開く。
「今、このアジトは狙われている。……女神教に。」
「……どういうことだ? なぜそれがわかる?」
最初に反応したのはリアだ。
ユウと今日会ったばかりのエル・グリーゼのメンバーは黙ってその状況を見ていた。
リア以上に彼らはユウとの付き合いが浅い。
たった今彼らの印象を根本から裏切ったユウに対してどう出るべきかと躊躇していた。
(そういえばアルトバにいたときもユウが襲撃を読んでいたんだったな)
いったい何を言い出すのかと思ったリアだったが、直後にアルトバでユウがモンドの襲撃を見通していたことを思い出した。
だとしたら今回もその発言を軽視はできない。
「まず、このアジトは女神教の監視下にあるっていうのはいいだろ? 俺達がここに来るまでにも何人かいたから。白地に青と金、たしかホーリーウインドって奴だったかな。」
女神教過激派実働部隊ホーリーウインド。
ユウはモンドが所属しているであろう組織の名前を挙げた。
もちろん危機感を煽るためだ。
別に彼らについて詳しく知っているわけではないが、モンドみたいな奴が揃っているとなればそれだけで十分だろう。
実際に彼らの名前を出した効果は大きく、波紋は即座に広がった。
「……ラプラス、見たか?」
「いえ……」
「私も気づかなかった」
ユウと一緒にこのアジトまで来た三人が顔を見合わせた。
そのやり取りを見た他のエル・グリーゼのメンバー達にも動揺が走る。
彼らの反応に、ユウは手応えを感じた。
思い返せば前回のループの時、ユウの拙い説明をブレッド達はある程度受け入れていたのだ。
つまり……。
(ハッタリでゴリ押せばこちらの意見を通せる。)
この場所が女神教の監視下にあるというのはおそらく間違いないが、監視者を見つけたというのはもちろん嘘だ。
ここに来るまでの道中でユウ自身もそんなものは一切見ていない。
だが、ばれたらどうしようという内心の不安とは裏腹にユウは冷静な表情を崩さない。
ここでわずかにでも弱気な態度を見せれば思い通りに事は運ばなくなるだろうと思っていた。
そしてその考えは正しい。
「この場所はもう女神教にばれてる。しかもホーリーウインドが出てるとなれば、もう向こうがやる気なのは間違いない。問題は奴らがいつ仕掛けてくるかってことだ。ブレッド、普段このアジトに出入りするのはここにいるので全員か?」
「あ、ああ、そうだ」
「普段からみんなは外に出たりしてる?」
「いや、極力外に出るのは控えてる。あまり目立ちたくないからな」
「最後に大人数で外に出たのはいつ?」
「……三週間ぐらい前だ。女神教の本殿に侵入した」
ユウの矢継ぎ早の質問にブレッドが慌てて答える。
この時点で既にユウがこの場の支配者となっていた。
淀んだ空気がそれを肯定する。
「となると決まりだな。」
ユウはわざと思わせぶりに呟いた。
もちろんこれだって演技だ。
「ここに俺達がいるのがわかっているのに仕掛けてこないってことは、奴らは仕掛けるタイミングを待っている。つまり自分達に有利な状況で仕掛けようとしてるんだ。」
「いつなの、それは?」
サブリーダーのソフィアが金髪を揺らして尋ねた。
ユウはそれの答える前に一瞬だけ間を置く。
もちろんそれらしい雰囲気を出すのが狙いだ。
金色の蝶だけがそれを見透かしたようにゆっくりと羽を開いた。
しかし別に飛び立つこともなく、すぐに閉じる。
「ここにはそれなりの人数が集まってる。下手に一網打尽にしようとしても立て篭もられたら厄介だ。だからできるだけ分散させて各個撃破に持ち込みたいと考えるだろう。でも相手に合わせて自分達も戦力を分散させたら意味がない。あいつらにとっては準備万端で待ち構えているところに俺達が個別に入り込むのが理想的だ。そして俺達はまさにそれに近い行動をこれから取ろうとしている。」
「買出しか」
ラプラスが即答した。
元来、彼の頭の回転はかなり速い。
冷静であったならユウの嘘も即座に見破っていたかもしれない。
「そう。まずは大半が買出しに出発してほぼ空になったこのアジトを制圧する。その後、各担当毎に戻ってきたところを撃破していく。それが奴らのシナリオさ。的のど真ん中とは行かなくとも、たぶん近い所に当たってるんじゃないかな。」
全員が息を呑む。
冷静に考えてみれば穴だらけの主張だ。
それはユウ自身も良くわかっていた。
だがこの場でそれに気が付いた人間はまだいない。
ユウが彼らの中に出来上がっていた遠武優のイメージとはまるで異なる振る舞いをしたこと影響が大きい。
これに関しては普段の情けない振る舞いが功を奏したと言っていいだろう。
完全に虚を突かれて全員が冷静な判断を封じられていた。
(……?)
誰かがこの光景を笑いながら眺めている、ユウはなんとなくそんな気がした。
なぜそう感じたかは自分でもよくわからない。
「……どうしたらいい?」
ブレッドが口を開く。
仮にもエル・グリーゼのリーダーを任されている男だ。
全滅の危機となれば頭の切り替えは早かった。
彼に釣られるようにして他のメンバーも思考を切り替えていく。
これでユウの言葉の真偽まで考える者はいなくなった。
「簡単な話さ。買出しに行く振りをしてこちらから奴らを襲う。」
戦いの匂い。
それは人の在り方を大きく変える。
女神教との戦いを示唆するユウの言葉に、エル・グリーゼの面々の表情が戦士のそれへと変化した。
先ほどまでとは別種の緊張が場を支配する。
これにはユウも内心で舌打ちしたくなった。
(ここから先はフェイクを入れるのは厳しそうだな。)
「まずは買出しに行く振りをしてこのアジトを空にする。別の場所で合流してから待ち伏せしているホーリーウインドを襲撃する。それでどう?」
「合流場所はどうする?」
「俺はこの辺に詳しくないからまかせるよ。」
ブレッドが意見を求めてソフィアに視線を送った。
彼女が無言で頷く。
「……いいだろう。それでいこう」




