1:イケメンよ、爆ぜろ
『全ての答えは出ている。どう生きるのかということを除いては』
★
「どうしよう……。」
俺は途方に暮れていた。
自分の部屋で寝ていたと思ったら、何の脈絡もなくいきなり平野と森林の境界にいたからだ。
咄嗟にラノベ――、もとい小説でよくある異世界転移の話が頭の中に浮かぶ。
(いや、まさかそんなわけは……。)
……ないだろうか?
眠らされたまま、知らない土地に放置されたのだろうか?
実はこれはドッキリ企画とかで、どこかからカメラで俺の様子を撮影したりしてるんだろうか?
俺は内心の焦りを抑えきれなかった。
心臓がバクバクする。
むしろこれで冷静でいられる方がおかしいだろ?
主人公が異世界に飛ばされて平然と活躍してる話とか結構あるけど、どんな鋼鉄の心臓の持ち主だよそれ。
マジでやばい薬でもキメてんじゃねーの?
(無理だ。俺には無理だ。)
全力で叫びたい衝動に駆られるも、後ろの森から猛獣が出て来る可能性に気がついて間一髪で踏み止まった。
「落ち着け、落ち着くんだ俺。」
俺は錯乱気味の自分自身に言い聞かせる。
取りあえずこの状況を何とかしないと。
そうだ、まずは状況の確認だ。
ここがどこかはわからない。
手持ちの道具は――。
「あれ?」
俺は持ち物を確認しようとして、そこで初めて自分が知らない格好をしていることに気が付いた。
どうやら自覚している以上に混乱しているらしい。
「鎧? だよな?」
俺の疑問に答えてくれる相手はもちろんいない。
自分の耳にだけ届いた独り言に少し恥ずかしくなりつつ体全体を確認してみる。
所謂レザーアーマーというのだろうか?
俺が身に着けていたのはコテコテのファンタジーで名前すら貰えないようなモブさん達が着てそうな、西洋風の大変地味な革鎧だった。
戦国時代で言えば足軽みたいな位置付けか?
まあどちらかと言うと実用性重視って感じだけど。
おまけに足元を見れば剣が一本転がっている。
まさかと思いながら恐る恐る剣を拾い上げてみた。
派手な装飾がされているわけでもなく、こちらも実用性を追求したという印象だ。
そして結構重い。
(……本物?)
本物の剣なんて見たことがないので断言できない。
試しに剣を抜いてみる。
姿を見せた刀身が鋭く日光を反射した。
俺は無言で剣を鞘に戻す。
うん、これたぶん本物だ。
「まじでファンタジーかよ……。」
こんなものがあると言うことは、これはいよいよもってラノベ――、もとい小説風異世界転移説が濃厚になってきた。
ということはあれか、俺はここから自分で未来を切り開かないといけない感じなのかこれは。
俺は暗澹たる気分になる。
小説で読んでる分にはおもしろくていいが、実際に自分がその立場になるとなれば話は別だ。
どうすんのコレ?
「仕方ない……。」
どの道、ずっとここでこうしているわけにもいかない。
なにせ、周囲には人が生活している痕跡が一切見当たらない。
本当に異世界に飛ばされたのだとすると、最低でも水と食料だけは急いで確保する必要がある。
思いついた選択肢は二つ。
森に入って食料を自分で調達するか、あるいは平野に出て人里を探すかだ。
当てもなく平野を彷徨うよりは森に入ってサバイバルする方がまだ現実的だろう。
(剣もあるしな。)
だがそれでもかなりの危険が予想される。
ここが異世界なら未知の病原菌とかもあるかもしれない。
そういう話をラノ――、小説で読んだことがある。
(どうしよう。……ん?)
中々決めきれずにどうしようかと迷っていると、地平線の彼方に人影らしきものが見えた。
こちらに向かって歩いてくる。
(数は……一、二、……三人か?)
距離があるので像がぶれて正確な人数がわからない。
……が、人型なのは間違いなさそうだ。
ファンタジーっぽくエルフみたいな人間以外の種族だったりとかするのだろうか?
もしかしたら助けてもらえるかもしれない。
……うまくいけば。
そこは俺のコミュニケーション能力、所謂コミュ力次第だ。
(……ダメかもしれない。)
俺は自分のコミュ力に少し不安を感じた。
……ごめん、嘘付いた。
少しどころかすごい不安だ。
★
「遠武優です。」
「モンド=トレイカーだ」
「エルネスト=ローランだよ」
「モニカ=ブロイル」
互いに自己紹介をする。
平野の向こうからまっすぐこちらに向かって歩いてきた三人は、なんと嬉しいことに人間だった。
相当気合の入ったコスプレ――コスプレじゃない――をしてはいるが言葉もちゃんと通じる。
俺はこの三人に最寄り街までの案内を取り付けることに成功した。
やはり持つべきものはコミュ力ということか。
コミュ力低めの俺ですらコレということは、世の中の高コミュ力の連中はいったいどれだけ上手く世間を渡っているのか。
「しかしこうもあっさり見つかるとは……。運がいいな! 女神様に感謝しないとな! はっはっは!」
「ですよねー。」
モンドと名乗ったおっさんが上機嫌で豪快に笑いだしたので俺も適当に合わせておく。
他の二人は白地に青が入った服を着ているが、このおっさんだけはそこにさらに金色が入っていて豪華な感じだ。
……上司的存在だろうか?
話を聞いてみると、この三人はどうやら俺を探しに来たらしい。
別に俺から頼まなくても街まで案内してくれるつもりだったわけだ。
これはあれか?
もしかして異世界転移モノ特有のVIP待遇を期待していいのか?
そうなのか?
そうなんだな?
「正確には異世界からこの辺りに召喚された誰かを、だけどね」
俺の心を読み取ったかのように黒い長髪の優男、エルネストが補足した。
なんというか、こいつすごい美形のイケメンだ。
こんな奴、初めて見た。
年は俺と同じぐらいか少し上だと思う、たぶん。
しかも……。
(もしかして魔法使い?)
こいつだけ剣の代わりに杖を腰に差している。
ついでに服装も少し違う。
他の二人は鎧を着て前衛っぽい感じなのに対して、一人だけローブで後衛的な感じだ。
……こいつが魔法使いだとしたら心を読む魔法とかもあるんだろうか?
(余裕が出来たらこの世界のことも調べないとな。)
「取りあえず歩きながら話そう。でないと日が暮れちまう」
「え、今日中に街まで行けるんですか?」
周囲は見渡す限り地平線で街など見当たらない。
とても今日一日でどこかの街まで行けるとは思えなかった。
「今からならギリギリな」
(本当だろうな?)
一抹どころじゃない不安。
おっさんに促されて俺も三人の後ろについて歩き始める。
(……剣が重い。)
持てないほどじゃないが歩くのに邪魔になる程度には重い。
「なんだ、剣は慣れてないのか? どれ、俺が持ってやろう」
そう言っておっさんが俺の手から剣を取る。
「すみません。」
「何、気にすんな」
おっさんは片手で軽々と俺の剣を持って再び歩き始めた。
俺もその後をついていく。
おっさんとエルネストが並んで歩き、それぞれの斜め後ろを俺とモニカが付いていく。
俺がおっさんの後ろ、モニカがエルネストの後ろだ。
(……。)
俺は横目でこっそりとモニカを見た。
赤髪のセミロング、誰がどう見ても美少女だ。
これが美少女でないと言う奴は脳みそか眼球のどちらかが腐っている。
そうでなければ両方が腐っているに違いない。
最初に会ったときからモニカはエルネストの斜め後ろに張り付くようにピッタリとくっついている。
これはあれか?
この子はエルネストのあれなのか?
そういうことなのか?
美男美女でキャッキャッウフフなのか?
(爆ぜろ、このイケメンリア充め。)
俺はエルネストに背後から殺意の波動を向けた。
この世界には爆裂魔法があるだろうか?
イケメンリア充を爆散させる魔法があるなら是非とも習得したいものだ。
いや待て。
もしかしたら俺はそのためにこの異世界に来たのかもしれない。
実はリア充撲滅魔法とか陽キャ破裂魔法とかの才能を神様に与えられていて、世界を『平和』にする使命を背負ってるんじゃないか?
……試してみよう。
(爆ぜろリア充!)
俺はイケメンロンゲの背中に向かって念を込めた。
仮説が事実ならばこれでこの生まれながらの人生勝ち組を倒せるはずだ。
「ユウ、そんなに後ろから睨まれても困るんだけど……」
エルネストが困ったような声と同時に両手を上げて降参のポーズを取った。
やはり心が読む魔法があるんだろうか?
後ろからは表情が見えないが、この声色から推測するにエルネストは多分苦笑いしていると思う。
「――! ……はてさてなんのことやら。」
俺は視線を横にそらして地平線を見た。
おのれ、勝ち組の余裕か。
仕方ないので殺意の波動を仕舞い込む。
なんとなく横のモニカにも睨まれた気がするのは気のせいじゃなさそうだ。
……俺は少しへこんだ。
女の子に冷たくされて喜ぶのはそういう業界の人だけだ。
だが俺は違う。
だからちゃんとへこんだ。
(はぁ……、俺も美少女に優しくされたい。)
――そう、だからだ。
この時、モンドが密かに笑みを浮かべていたことに、俺はまったく気が付かなかった。