9:なんとしてもクソゲーを楽しもうとする彼らこそ現代の勇者だと思う
『大丈夫、俺達の人生は某おもちゃメーカー製じゃない』
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ダーザインとエニグマ、そして俺の三人で来るはずだった食堂。
夕方の食事時になって人が入り始めた店内の片隅で、俺達は丸いテーブルを六人で囲んでいた。
俺達の方はダーザインを中心に右にエニグマ、左に俺。
相手の方はダーザインの正面に綺麗な長い黒髪の少女。
この少女の左側、つまり俺の正面にステラ。
そして黒髪の少女の右側に暗い青髪の少年だ。
「悪いが先に注文だけさせてもらっていいか?」
「ああ、ここは私が出そう。みんな好きなものを頼んでくれ」
メニューを手にしたダーザインの質問に答えたのは黒髪の少女だ。
俺の好みからは少し外れるとはいえ、こちらもステラに負けず相当な美少女と言っていい。
話し方で芯が強そうな印象を受ける。
青髪の少年が店員を呼んだ。
お姉さんがこちらにやってくる。
「じゃあボクは牛の塩焼きフルコースとハムのブロック。あ、チーズもブロックで。それからミルクもね、もちろん樽で」
「俺は牛の霜降り肉厚切りステーキと特大ローストチキンだ。あとはライスとサラダ、黒ビールもピッチャーで頼む」
俺は手元のメニューで二人が頼んだメニューの値段を確認した。
(高い……。)
俺の本日の収入より高いメニューばっかりだった。
どう考えても普段の食事で頼むようなメニューじゃない。
なんかこう、でかい仕事をやり終えた時とかに奮発して頼むようなやつだコレは。
何食わぬ顔で高いメニューを注文したエニグマとダーザインに若干引きつつ、俺はステラ達の様子を横目で伺った。
流石に困ってると思ったからだ。
実際、ステラと俺の左隣に座った少年の二人は少し顔が引きつっている。
だが真ん中に座っている少女だけは特に動揺した様子は見られなかった。
(……ポーカーフェイスか?)
「私達も頼もう。私はチキンドリアで頼む」
「わ、私は……。えーっと」
チラチラと俺の方を伺っていたステラが慌ててメニューを見始める。
(いつの間にフラグが経ったんだろう……?)
ラノベ――、もとい小説とかだとあっさり彼女が出来たりすることはよくある。
クソゲーだと走っていたら彼女ができていたりする。
いつの間にか子供ができているとか、実の妹と一線を越えているなんてこともあったりする。
が、しかしだ。
俺の人生は某おもちゃメーカー製じゃない。
タカラ○ミー製じゃないんだ。
いくらなんでも急が過ぎる。
銀の戦車を使う人みたいにありのまま今起こったことを話さないといけないレベルだ。
時を止められたか、あるいはふき飛ばされたか、そんなことを疑うレベルだ。
その時、俺はダーザインとエニグマが三人を試すような目をしていることに気が付いた。
(……もしかして高いメニューを頼んだのも交渉の内か?)
別にまだ具体的に何かの交渉をすると決まっているわけではないが、どうもこの三人を推し量っているような感じがする。
「わ、私もリアと同じので」
「じゃあ僕はウサギ肉のハンバーグとライスでお願いします」
ステラは諦めて黒髪の少女に追従することにしたようだ。
少年も一千ジンぐらいのメニューを注文した。
「ユウはどうする?」
「牛肉のステーキとライス大盛で。」
俺は合わせて二千ジンのメニューを頼むことにした。
ダーザイン達ほど高いメニューを頼もうとは流石に思わなかったが、今日一日動き回ったのでガッツリ食べたかった。
注文が終わると店員がテーブルを離れていく。
「さて、さっきは急に声を掛けてしまってすまなかった。まずは自己紹介をさせてもらおう、私はリア=レッドノートだ。私の左にいるのが私の友人のステラ、右が従者のラプラスだ」
「スっ、ステラ=ハートですっ! よろしくっ!」
「ラプラスです」
リアと名乗った少女の後に続いて両脇の二人が自己紹介した。
最初に会ってからずっとアタフタしているステラはもちろん気になるのだが、今の自己紹介で俺は自分の左に座っている少年のことが引っかかった。
このラプラスという少年だけがファミリーネーム、つまり苗字を言っていない。
元の世界でも苗字があるのは身分の高い人間だけだった時代があったはずだ。
それにリアはラプラスを従者だと紹介している。
――ということは、逆に他の二人はそれよりも上の立場ということにならないか?
「レッドノートって、もしかしてここの領主様の?」
エニグマも似たようなことを考えたらしく、リアの身分について質問した。
「領主のレッドノート伯爵は私の父だ。えーと、なんと呼んだらいいのかな?」
リアはエニグマの質問になんでもないことのように答える。
「エニグマでいいよ? こっちはダーザインとユウだよ」
「ダーザインだ。まさか貴族様だったとはな」
「ユウ=トオタケです。よろしく。」
リアから暗に自己紹介を催促されたので俺達も簡単に名乗った。
「ほう? 勇者の家系か?」
彼女の目が光る。
「どうやら違うらしいです。勇者にはなれないルートでこの世界にきた残念な異世界人です。」
「そ、そうか……」
俺がリアの質問に答えるとそこで会話が途切れた。
なんだかステラ達三人から残念なモノを見るような視線を感じる。
(……勇者でない異世界人ってそんなにアレなのか?)
他の客が増えて周囲が段々と騒がしくなってきたが、俺達のテーブルは沈黙したままだ。
(なんか気まずい……。)
「あの、皆さんは普段何してるんですか?」
沈黙に耐えかねたのか、相変わらず落ち着かない様子でステラが俺たちの今の生活について切り出した。
「冒険者だ。俺とエニグマはめぼしい依頼を探して定期的に移動してる。この街は初めてだけどな。ユウは昨日登録して今日始めての依頼をこなしたところだ」
ダーザインはいつものようにダルそうに答えた……、ように見える。
だが僅かに警戒の色が強まっていた。
初めて話すステラ達にはわからないだろうが、俺が気づいたということは付き合いの長いエニグマだって当然気が付いているはずだ。
少なくともさっき料理を注文した時点で既にダーザインの意図を汲んでいたのは間違いない。
この猫様ならそれぐらいは出来るはずだし、やるはずだ。
「そ、そうなんですか、え、えーっと……」
ステラが次の言葉を探して言い淀む。
助け舟を出したのは隣にいるリアだった。
「単刀直入に言おう。ユウをレッドノート家で召し抱えたい」
ダーザインとラプラス、二人の眉がピクリと動く。
「ユウを? どうして?」
エニグマが猫かぶりな声ですぐに反応したが、俺は『召し抱える』という聞き慣れない言葉のせいでリアの言葉の意味をすぐに飲み込めなかった。
『召し抱える』という表現が何かおかしい気がしたからだ。
だが、言葉が通じるといってもここは異世界。
言葉の用法まで完全に一致しているわけではないのかもしれない。
弘法大師が存在しないこの世界で『弘法筆を選ばず』の意味が意図通りに通じる保証は無い。
「冒険者なり立てのユウを伯爵家がわざわざスカウトする理由はなんだ? まさかそっちのお嬢さんが気に入ったからってんじゃないだろうな?」
ダーザインが怪訝な顔をした。
伯爵となると貴族の中でもかなりのものだ。
そこの令嬢、つまりはガチの貴族様相手にするような態度ではない気がするのだが……。
(不敬罪で死刑とかにならないだろうな……?)
いざとなったら異世界から来たからわからない振りをしよう、そうしよう。
俺がそんなことを考えている間にも、当人であるはずの俺を置き去りにして目の前の会話は進んでいく。
「それももちろん理由の一つにはなるが、一番の理由は我々が勇者の系譜を味方にしておきたいというところにある」
ダーザインとリアに言われてから、俺の正面にいるステラの顔は真っ赤だ。
これは……、俺もついにリア充の仲間入りということだろうか?
そうしている間にもリアとダーザインの間で火花が散る。
「ユウは勇者じゃないぜ?」
ダーザインから警戒の色は消えていない。
出会ってまだ一日とはいえ、冒険者の後輩である俺を気にかけてくれているのだろう。
「正式な勇者でなくともそれに準ずる素養があれば十分だ。むしろ他の誘いが無い方が好都合。本当は君たちも誘いたいところだが……、Aランクは高くつくだろう?」
「……知ってたのか」
「昼間に冒険者ギルドに寄ったときに聞いた。領内の情報収集は基本だからな」
ダーザインとエニグマの話では勇者以外の異世界人は残念な感じだったはずだ。
今のリアの言い方からすると、もしかして勇者でなくとも異世界人特有のボーナスとか特殊能力があるんだろうか?
(ラノベとかでよくありそうだな。)
俺はどこか他人事のように成り行きを見ていた。
「この世界のことも碌に知らないやつにいったい何の仕事をさせる? 貴族の家のことなんて何もできないぞ?」
「それはこれから覚えて貰えばいい。上から下まで人手は欲しいところだ」
「……待遇は?」
「……客分だ。少なくとも他の者たちと同程度は保証しよう」
「だそうだ、どうする?」
ダーザインが右手の手の平を天に向けてこちらを見た。
「客分って?」
「半分お客さん扱いだから露骨にこき使われるようなことはないってことさ」
エニグマの説明で理解できた。
「うーん。」
(さてどうするか……。)
「少なくともそこら辺の冒険者よりも待遇は良さそうだぜ? 今の話が本当なら、だけどな」
「それは約束しよう」
「だといいけどな」
どうやらダーザインはリアの話を信用してないらしい。
というより貴族自体を信用していないように見える。
……何か因縁でもあるのだろうか?
「それって辞めようと思ったらすぐに辞められます?」
二つの選択肢を天秤に掛けた結果、俺は軌道修正がしやすい方を選ぶことにした。
全財産が一週間分の生活費程度の現金しかない俺にとっては安定した収入は魅力的だったが、かと言ってそれで割に会わない苦労を押し付けられたら困る。
(とは言うものの――。)
チラリとステラの方を見た。
これでリアの返答が悪くないものだったら話を受けることにしよう。
「それは問題ない。できればそうなって欲しくはないが、少なくとも貴族の力で強引に従わせるつもりはない」
(よし来た! リア充に、俺はなる!)
「じゃあよろしく頼むよ。えーと、ご主人様って呼んだらいいの?」
「それじゃメイドだよ」
隣で今まで黙っていたラプラス、おそらくは俺の先輩となる少年が教えてくれた。
どうやらこの世界ではメイド以外は主をご主人様とは呼ばないらしい。
「リアでいい。公的な場では様をつけてくれればそれで十分だ」
「わかったよリア。改めてよろしく。」
俺はリアに改めて挨拶をした後、ダーザイン達の方を向き直った。
ラプラスが小声で『いきなり呼び捨てだと……。くそ、俺だっていつかは……』とかなんとか呟いていたが聞かなかったことにする。
頑張れよ少年。
「というわけでダーザイン、エニグマ、短い間だったけどありがとう。リアのところで働くことにするよ。」
「礼なんていいさ、俺達が勝手にやっただけだ」
「別にお前たちもユウと一緒に来ていいんだぞ?」
「おいおい勘弁してくれよ。俺には自由業が性に合ってる」
リアの誘いをダーザインはダルそうに断った。
さっきまで緊張感は既に無く、今度は本当にやる気が無い感じだ。
「そうだよ、ダーザインにサラリーマンなんて無理だよ。毎日決まった時間に起きられるわけないじゃないか」
「そうなのか? では諦めた方が良さそうだな」
エニグマの言葉にリアが笑った。
「お前はどっちの味方なんだ」
「エサをくれる方」
エニグマが尻尾を左右に揺らしながらお座りの姿勢で答える。
そういえばここはリアのおごりだった。
そうなるとエニグマは今だけリアの味方か。
「失礼しまーす」
真面目な話は終わったと店員が判断したのかどうかはわからないが、注文した料理が運ばれてきた。
ドンッ!
「……は?」
ダーザインの目の前に両脇で抱えられるかも怪しいくらいの特大の肉の塊を乗せた皿が置かれる。
エニグマ以外の俺達全員の目が点になった。
「これ、なんだ?」
頭の上に疑問符を浮かべたダーザインが目の前の肉塊を指差しながら店員に訪ねる。
「特大ローストチキンです」
「そういえば頼んだな、そんなの。……それにしてもでかくないか?」
「鳥の中でも一番大型のスーパーポッポを使ってますから。それと店長から伝言です」
「ん? 伝言?」
「『人間でこいつを一人で食おうとした猛者はお前が初めてだ、心置きなく食ってくれ』、だそうです」
厨房の方を見ると、筋肉質の男がこちらを見ている。
ダーザインの視線に気が付くと満面の笑みとサムズアップで答えてくれた。
「すごーい、やっぱりAクラスの人は食べる量も違うんですね!」
「ま、まあな……」
ステラが感嘆の声を上げる。
相当な演技派なのか、あるいはただの天然なのか、ステラの表情にわざとらしさは一切ない。
一方でダーザインの顔は引きつっている。
続いて俺達の分の料理も運ばれてきた。
「ユ、ユウ、そ、それだけじゃ足りないだろ? 俺のを少し分けてやってもいいんだぜ?」
「いや大丈夫。俺小食だから。」
「お、お前達はどうだ? それだけじゃもの足りないだろう?」
俺に撃沈されたダーザインが即座にリア達に希望を求める。
「これをユウを紹介してもらった『礼』のようなものだ。我々に遠慮せずに食べてくれ」
『礼』という部分を強調してリアがニヤリと笑いながら答えた。
ステラとは逆にこちらは腹黒さ全開の笑顔だ。
間違いなくわかっていて言っている、美少女とはいえども流石は貴族。
「エ、エニグマ……」
ダーザインは横で既に特大のハムにかぶりついているエニグマの方を見た。
エニグマの分の料理は床に置かれていて、その量はダーザインの分の数倍多い。
ローストチキンと同じぐらいの大きさのハムやチーズ、樽に入ったミルクに加えて大量の肉が積み上げられていた。
これならローストチキンを追加しても大丈夫かもしれない。
……だが猫様は非情だった。
「ボク、鶏肉はキライなんだ」
「初耳だぞ……」
「仲間を気遣うとは流石はAランクだ。何なら他にも追加で頼むか? 支払いの心配ならしなくていいぞ、これぐらいの持ち合わせはある」
相変わらず腹黒そうな笑みを浮かべるリアの周りには、気のせいか黒いオーラが漂っているように見えた。
(悪魔だ、悪魔がいる……。)




