第二章 一話 モモ宅
モモ宅。
ドアを開け、モモはカズを床に置き、鍵を閉める。そして、膝に手をつき、ハア、ハアと、息を切らしている。
「あら、カズくんいらっしゃ~い。」
モモの母親が招き入れてくれたのだが、モモの爆走によってすっかり酔ってしまったカズは返事すらできない状況だった。
体力が回復したモモは自分の母親に全てを話すと、モモの母親は分かったわ!!と言って、押入れに急行する。
「ねえ、モモ。布団どこやったっけ?」
「布団?捨てたじゃん。使わないからって。」
この会話でカズはすべてを察した。モモたちはカズの食生活を整えるために、家にカズを一時的に住まわせ無理やり食生活を整えようとしているのだ。
「それって、つまりオレは...。」
勝手に家に連れられたカズは自分が今どのような状況にいるのか徐々に理解できた。
「カズくんには、今日から一週間、ここに泊まってもらいます。お父さんは今出張でいないから...。」
もう既にカズは拒否権を失っていた。
「やっぱやめた。モモとカズくんは二人で仲良く寝なさい。」
「「え?」」
「いやいやいや、オレ達高校生。小学生じゃないんだから...。」
小学生だったらいいのかと突っ込みたくなるが、とにかくカズとモモは顔を赤くしてモモと一緒に一生懸命否定に入る。
と、モモの母親がカズに飛びついてくる。
「かずく~ん、大丈夫でしょ~。昔の余韻に浸りなさいよ~。」
いつも通り、モモの母親はカズの隣に寄り添って頭を撫で始めた。
カズはいつもここに来るとペースを崩される。今もそうだ。本来ならここに来ることはなかったのに、モモに無理やり連れて来られたのだ。
おかげさまで、逃げようと思っても逃げられない。
「で、もし逃げようとしたらネコミミつけてもらうから。」
いつの間にか、テーブルの上に猫耳が置いてあった。
「モモ...?なんで、モモのお母さんが、猫耳のことを知ってるのかな....?」
カズは表面上笑っているが、明らかに声は怒りの色を帯びていた。
「その~。ごめんなちゃい!」
モモは顔の近くで、ピースをしているが、そんなことお構いなしにカズが襲ってきた。
「そんなんで、許すと思ってるのかあああああ!!」
カズは怒号をあげ、立ち上がり、モモを追いかける。
「いや~。カズくん!ちょっと助けて~。」
モモは走って逃げているが、心なしか嬉しそうに見える。
「まあ、まあ、元気なことで。」
実際、カズたちが、ここまで仲良く遊んでいるのを見るのは何年ぶりだろうか。今までも別に仲が悪かったわけではないが、あの事件以来、ここまで元気なカズを見たのは久しぶりだった。
「いて!」
カズが段差につまづき、思いっきり、転んだ。
起き上がろうとすると、目の前には二本の足が見える。
「やばい....。」
今まではモモがカズを攻撃するスキがなかったため、攻撃ができなかったがカズが動けなくなっている今、モモにとっては絶好の攻撃のチャンスなのだ。
ズバッと、カズの上半身に手が入っていく。
「カズくんはツメが甘いね~。」
カズは息を呑む。モモの手が入りきった瞬間、ギュッとモモがカズの胸をつかむ。
「!!」
「相変わらず、カズくんは照れ屋さんだねえ。それが仇となるのだよ~。」
モモの甲高い声笑い声が家中に響いた。
しばらくすると、モモの母親がモモの洋服を持ってきていた。
「カズく~ん。カズくんの身長に合ったの、これしかないから、モモのだけどこれ着てくれる?」
運ばれてきたのは、モモの白いモフモフのパジャマだった。
「下着は、お父さんの使ってくれる?別に、モモは大丈夫だろうけどカズくんは嫌でしょ。」
モモの母親はカズに服を差し出してきた。服を受け取ったカズは、別にモモはいいんだ...。と愛想笑いを浮かべる。
実際、服を家に置いてきたカズとしては一刻も早く家に帰るべきなのだろうが、モモの母親によって、拒否されてしまった。
結局。
「ハア、なんか、またここの風呂入るのか...。」
カズはブツブツ言いつつ、服を脱いでいた。
そしてドアを開け、シャワーを浴び、浴槽に浸かる。
(なんか、今日は泣いて、寝て、倒れて、寝て、吐いて...。ついてない...。)
心機一転!気持ちを切り替えれば、きっと大丈夫!カズはそう胸に誓い、手で顔をパンパンと叩き、浴槽から立ち上がる。
一方、洗面所の前の閉ざされた扉には、モモがスタンバイしていた。
(ママ、カズくんの写真撮影と、体重測定、報告って...。いくら幼馴染でも、訴えられたら、捕まっちゃうよ。)
モモはモモの母親が書いたと思われる、紙の切れ端とスマホを持ってスタンバイしていた。心なしかやる気満々に見えるのだが気のせいだろうか。
すると、カズが浴室の扉を開きカズが出てきた。
「(なんか、ここに来るとペースが乱れるんだよね。)」
カズはブツブツ呟きながら、タオルで体に付着した水を拭い始める。
一方、カズが浴室から出てきたのを、音で感じたモモは扉の外からカズにタオルを巻いておくことを伝えた。
ガシャ!
カズが着替えを終えた瞬間、モモが思い切り脱衣所の扉を開く。
「カズく~ん。写真撮るよ~!」
モモがスマホを持って元気いっぱいに言うと、カズは、なんでいきなりはいってくるの?と、タオルに抱きつきながら涙目だった。
「うわっ。カズくんガリガリじゃん。よくこれで、私を持ち上げられたね~。」
モモは最近、カズの上半身を見たことが合ったが、そのときは、それどころではなかったのだ。そして、過去にモモには、カズにお姫様抱っこされた記憶がある。
カズの体型はガリガリ。身長が155センチで体重が40kgとなると、さすがに予測もできるのだが。ちなみに体重は40.5kgだった。
すると、モモはププッと笑い出す。笑ってないで早く出ってってよ。とカズが促すと、モモが、なんかカズくんって、体も女の子みたいに見えてきた。胸はないけど。と、はっきり言われてしまった。
「もう、泣きたい...。」
カズがポツリと呟くと、モモが嬉しそうに、別に泣きたいんだったら、いつでも泣いていいんだよ?とこういう時に限って、声をかけてくれた。
全く誰のせいだと思っているのだろうか。
モモがいなくなった脱衣所でタオルを脱ぎ捨てると鏡を見ながら、オレって、そんなに女の子に見えんのかな?とぼやいていた。
精神的には相当なショックだったようだ。
カズはモモと共にモモの母親に話を聞くことにした。
「ふ~ん。なるほどね。カズくんの体重は40.5kgと....。ちょっといい?じっとしてて。」
モモの母親は、カズの上半身の至る所を触り、時には揉む。いわゆる、触診と言われるものだ。
カズはもちろんこういうことには慣れていないため、額から湯気を出していた。
「カズくんには肉がないねえ。必要最低限って感じ。これじゃあ、ちょっと走った程度で、倒れちゃうよ~。取り敢えず。運動することと、肉を食べなさい。」
モモの母親が診断結果を下したのだが、カズは額から湯気を出していてまるで聞いていない。
「全く、カズくんは体を触られることの耐性がまったくないわね~。」
そう言い、モモの母親はカズの頭をよしよし、と撫でていた。
「これって、私が写真を撮ってきた意味なくない...。」
ぼそっとモモが愚痴を言っていると、モモの母親がモモに気づいた。
「いいでしょ~。モモはカズくんのヌードが見られたんだから。願ったり叶ったりでしょ。」
「え?!ちょっと何いってんの!バカ親!変なこと言わないでよ。」
「あら、顔を赤くしてどうしちゃったの?もしかして...。」
「何いってんの?!バカ親!そんなこと言いながら異性の高校生にくっついて、何してんのよ!」
「あらら。やきもちでも妬いちゃったの?モモちゃんカワイイ~。」
二人がケンカをしてくれているうちに正気を取り戻したカズは退散しようと、ゆっくり部屋の扉に向かうのだが...。
「あらら~。こんなところに、脱獄者がいるわよ。モモ。」
「あ、ホントだ。こんなにカワイイ子が脱獄だなんて...。もう一度、一から教え直す必要があるかも。カ・ラ・ダ・ニ・ネ☆」
後ろで、悪魔の囁きが聞こえたカズは息を呑む。後ろではモモの母親が猫耳を持ち、もう片方はカメラとバスタオルを持っていた。
カズの悲鳴が家中に響き渡った。
結局、モモはカズの写真をスマホで見ていた。
写真には何故か服を脱がされ、代わりにタオルを羽織るように巻き、猫耳ももちろんつけられ涙目で、モモを見ているところを写真で撮られいた。
題名は『家のない子猫』だそうで、何故か胸が締め付けられたような痛みを感じる。
「カズくんカワイイ~!どうせなら、この服に猫耳を付けているところでも良かったかも~!!」
モモが布団のの中で、楽しそうに(興奮しながら)スマホを見ていると、カズはモモ独特の空気に耐えきれなくなっていた。
「はあ、なんでこんなことになっちゃったんだろう。もう、帰りたいな。」
カズは布団にくるまりながら、一人で落ち込んでいた。
「あ、カズ君やっと喋った!」
モモがカズの背中から抱きついてくる。
(やばい、この布団にはモモがいるんだった..。)
「カズ君は逃げようとしたから、体を張らなきゃいけなくなったんだよ。自業自得だね。」
「大体、オレがオレがって言うけど別に帰ろうとしたわけじゃないんだからいいじゃん。」
カズはそっぽを向いてブツブツ呟いていた。すると、モモは不思議そうにカズに向かって訊いてきた。
「カズくん。もしかして拗ねてるの?」
カズはギクッと身を震わせると、少し頬を赤くしてそっそんなわけ無いじゃん。と言って誤魔化す。
「カズくん。分かりやす~い。素直だねえ~。よしよし。」
モモが後ろから、カズの頭を撫でている。
カズはやめろよと言って頬を赤く染めていた。
突然、モモの手がピタリと止まった。
「ねえ、カズくん。明後日の学校の宿題ってなんだっけ?」
モモが顔面蒼白になり、カズに尋ねた。カズは当たり前のように宿題のページを読み上げている。
「これくらいの量なら、昨日のうちに終わらせとけよ。」
カズはこれくらいと言っているが、実際は教科書の問題を模した別冊ワークを10ページやってくるという内容だった。しかも、大学入試予想問題というやつで、一問あたりにかかる時間が並大抵のものではないのだ。
「いや、だって大学入試予想問題だよ?!そんなに簡単に終わったら苦労しないって!」
モモは普通の高校生らしい意見を述べるが、カズはだ~か~らと言って、モモの鞄を漁り別冊ワークを見つけ出す。
「ここの問題あるだろ。こういうのは公式を使うと手間が掛かって大変だからこの式を用いると簡単に求められる。」
カズはワークに挟まっていたシャーペンを手に取り、スラスラと問題を解いてしまう。隣には『超難問』と書いてあるが、たった15秒程度で解いてしまった。
しかも、解説付きで。
(これが、学年一位!!)
モモは更に顔を青くすると、カズはどうしたの?あとはこれで全部できるから、と言い残し布団に戻る。
しばらくして、モモが机に向かうと結局カズも居ても立ってもいられず、モモの本棚に入っていた問題集を適当に選び、スラスラと解いてしまう。
わからないところがあったら、カズが教え的確なアドバイスをくれる。下手な学習塾よりよっぽど教え方が上手い。
「はあ~。終わった~!」
モモが背伸びをしベットに戻ろうとすると、カズがベットに横たわっており、辺りには問題集の山ができていた。恐らく全て解いてしまったのだろう。
モモの声でカズも起きたらしく、ムニャムニャと寝言を言っていた。
モモがムッと頬を膨らますと、何か思いついたのか。カズの前に近づく。
モモが持っていたのはスマホだった。
パシャッとシャッター音がすると、カズの寝顔がそのまま映る。
カメラアプリの音でカズも覚醒し、なんか撮っただろ。といつもの調子に戻っていた。
「フッフ~ン。撮ってないよ~。」
モモは嬉しそうにスマホを抱え、平然と嘘をついた。
「いや、嘘だろ。だって笑ってるし。」
カズに核心を突かれたモモは一時停止し、話の話題を逸らす。
「カズ君!早くこの問題集片付けてよ。寝れないじゃん。」
カズはあたりを見回すと、お、おう。と返事をして片付けに入る。
「ってか、もっと難しいのないの?簡単すぎてつまんないんだけど...。」
「カズ君。それはわざわざこの問題集を解くのに一年の月日を費やした私をからかっているのかな?」
実際はそこまで時間は経っていないが、スキマ時間に少しづつ解いていたため、一年の月日が経ってしまった。
「いや、別にそういうわけじゃないし。人にはそれぞれ自分のペースがあるからね。」
「それ、絶対バカにしてるでしょ!」
「イヤイヤ~。ソンナワケナイヨ~。....多分。」
「カズ君。また猫耳つけてもらうから。」
「え...。ちょっと、それは勘弁して...。」
他愛のない会話を扉の向こうでこっそり聞いていたモモの母親は、大丈夫そうね。と言って寝室に戻った。
「おい、モモさっきから抱きつこうとすんな!」
「いいじゃ~ん。どうせ二人で寝るんだから...。」
カズは諦めて、もういい、寝るよ。明日一回家に帰るから!といって話題をそらすことにした。
「え?なんで?」
「学校の荷物取ってくるからだよ!一週間ここに監禁されるんでしょ!」
カズはただ、買い物に付き合っただけなのに、いつの間にか、一週間モモの家で寝泊まりすることになっていた。
「監禁って?」
「いいから、もう寝るの!」
そう言い残し、カズは布団の中に潜ってしまった。
お久しぶりです。西田東吾です。
今回から章が変わってリスタートしましたね。
今回はありきたりな感じですが、のんびりした雰囲気を醸し出してみました。
今まで、完璧。完璧。と言われていたカズのピュアな一面を出してみたり...。と。
ちなみに、設定上カズは(母)親が生活保護を受けていて、その一部のお金がカズにも回ってきている。という設定になっています。
...。ですが、やはり額にも限りがあるので、生活費を払うのがやっとって感じですね...。
そして、この物語を書いていていつも考えさせられるのが、本当にお金を持っていれば幸せになれるのか?という点です。
確かにお金は持っていたほうが生活は楽になるでしょう。ですが、カズたち三人を見ていると、決してお金が幸せを運んでくるわけではないような気さえします。
周りとの交友関係や、自分の打ち込めることがあるからこそ、それが幸せに繋がるのではないのでしょうか?
(カズ視点でいうと、打ち込めること→動画投稿や勉強 交友関係→モモやユウマ。みたいな感じです。)
と、話が長くなりそうなので、ここで区切りましょう。
しばらく、動画投稿のお話はお休みになります。
楽しみにしている人ごめんなさい!
次回もお楽しみに!