第二話 『無謀な挑戦』
操縦台を昇りきった尚己
そこには、十人くらいの先客が居て今もなおサーキット内でバトルを繰り広げていた。
立つスペースもなく、しどろもどろしていると下の方から雨宮おじさんの声が聞こえた。
どうやら空いてるスペースに立てば良いようだ
わずかな隙間を見つけて、操縦台へと立つ
すると、そこには下で見ていた景色とはまったく違うものが目の前に映し出された
感動も束の間、オーナーがプロポのスイッチを入れろとジェスチャーで合図してくる
「(スイッチ…どこだろう。ここか?)」
ピッ!
スイッチが入り音が鳴る
それを確認したオーナーが手でOKサインをつくっていたので、静かに頷いた。
マシンがコース上に置かれると、胸の鼓動が高鳴った
《ドクッ!》
突然頭が真っ白になって、コース上のマシンに焦点が合わなくなった
《ドクッ!》
わけがわからないくらいガクガクと足が震えて、さっきまでのワクワクはまったくといって消えていた
《ドックン!》
今にもプロポが振り落としそうなくらい手が震えだし、もはや操縦台に立っていることさえもわからなくなっていた
《ドクン!ドクン!ドクン!》
胸の鼓動はどんどん速くなる!
今にも飛び出しそうなくらい、速く!速く!速く!
「…つ!………ないっ!」
どこからか声が聞こえる
その声は一人じゃない、二人でもない
「(あれ…、今なにしてるんだっけ。家で母ちゃんに起こされて、ご飯食べてて…小さな車が飛びだ…)」
「坊主!ブレーキだ!ブレーキ!!!!」
いきなり頭に弓矢が刺さったかのようにオーナーの声が耳に突き刺さった
自分の目線には先ほどまでコース上に置かれていたマシンが自分の意思とは別に走り出していた
マシンは直線にさしかかり、ものすごく加速していく
「(ラジコンって、こんなに速いんだ。あれ…でもいつ動かしてたんだっけ………どうやって曲がるんだ……ッ!!)」
突如目の前にアスファルトの壁が現れると、尚己はブレーキをかけホイラーを左に思いっきりきった
「(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!)」
壁がドンドン近づいてくる
マシンが壁に吸い込まれるように近づいていく
もうだめだと思ったその時
突然マシンの挙動が変わり180℃ターンし、バック状態のまま凄い速さで駆け抜けると、とっさにホイラーを切りスロットルを握りしめた
するとマシンはもとの位置に反転し鋭角に曲がりながらコーナーを抜けていった
「今あいつ、とんでもないことしなかったか?」
周りのピットはざわつく
初めてラジコンを操作したものが、できるはずのない技をたった数分でやってのけたのだ。しかし、それはただの偶然だということは歴然としていた。次のコーナーをスピードオーバーで曲がりきれずそのままマシンはコースアウトしてしまいマシンはバラバラになり、放心状態の尚己
しばらく、操縦台で立ち尽くしていると同年代の隼人がこちらを睨みつけてきた
「邪魔なんだよね、まず初心者はサーキット以外である程度練習つんできてくれないと。君が俺のマシンに当たって壊れたら弁償してくれるわけ?」
返す言葉が見つからない尚己
オーナーに何か文句を言う隼人
肩を落として階段を降りると、笑顔で雨宮のおじさんが迎えてくれた
「初めてで、アクセルフルスロットルにしたやつ久しぶりにみたわ」
笑いながら尚己の頭を撫でると、壊れたマシンを片手に僕の手をそっと優しく握ってくれた
我慢していた感情が溢れだして、雨宮おじさんに抱きついて声をあげて号泣した
初めてラジコンを走らした緊張感、マシンを壊したという罪悪感、マシンを壊したのに笑顔で迎えてくれた雨宮のおじさんの温かさに涙が止まらないほど号泣した
何時間経ったのだろうか、気づけばもう学校が終わる時間くらい日が暮れていた
遠くの方から隼人の姿が見えた
サーキットに到着するとリュックから、機材や工具マシンを広げ始めた
それを、ぼーっと眺めていると隼人はその間を嫌ったのか口を開いた
「なんだよお前、学校さぼってずっと泣いてたのかよ。だっせー。」
なにも言い返せない、本当に自分もそう思っていたからだ
「お前、マシン壊したんだろ?どうするんだこれから?」
どうしたらいいのかがわからなくて三角座りでいじけていると、巡回中のオーナーがサーキットへ近づいてきた
尚己がいじけてるのをみるや、また近所迷惑なほどの高笑いがはじまった
「坊主!ナイスラン!良い走りだったぜ。落ち込むことはねえ、お前はやれないこともやろうって考えてたじゃねえか立派だったよ。まあ、壊しても気にすんなって言っただろ?ほら直してやったぜマシン!今空いてるから、もっかい教えて貰えよ」
オーナーはそう言うと、雨宮のおじさんに向かってウィンクをした。雨宮のおじさんはやれやれと言った感じでマシンに手をかけ、尚己の肩を叩くと、マシンをコースに置き操縦台へと昇った
雨宮のおじさんの後ろを付き人のようについて一緒に操縦台へと上がる
雨宮のおじさんが操縦台へと立つと、少し変わったルーティンをしながら、深呼吸をした。
そしてグッと表情が変わるとマシンが走り出した
ひとつ、ふたつコーナーを過ぎるとその動きは先ほどまで尚己が操縦していたマシンとは全く別の生き物のようで、まるで魂が吹き込まれているようだった
「(ヤバイ、速い!)」
尚己は雨宮おじさんの技術の前に絶句した。
無駄のない立ち上がり、コーナーを曲がる荷重移動の動作、それほど高くない路面グリップをフルグリップさせるトラクションコントロールまさにその走りは教科書のようだ
その走りは、尚己にこう走るんだよという雨宮おじさんの背中が語っているようだった。
しばらくすると、雨宮おじさんは車を止め、尚己に送信機を渡すと細かく指示をだした。
マシンには先ほどの魂は抜かれ、千鳥足の酔っ払いという表現のほうが正しいとさえ思うほどである
日が暮れて、ナイター照明がつき、そのまわりにはお決まりの虫が集まり始める
何度もコースアウトし、マシンを壊しても雨宮おじさんはそれを笑顔で直して尚己の練習に付き合う
それはまるで本当の親子のようである
閉店準備に来たオーナーが雨宮に尚己を家まで送るように伝えると、雨宮は渋々と帰宅の準備を始めた
すべての片付けが終わると、辺りは満月に少し雲がかかり、五月蝿いほど牛蛙が鳴いている
他のドライバーに、挨拶をすませると、尚己は雨宮おじさんの車の助手席に乗り込んだ
車の中には今流行りの女性アイドルの曲がかかっていた
家までの道を細かく案内して家の前に到着すると、母ちゃんが心配そうに仁王立ちしていた。
雨宮のおじさんは慌てて車から降りると
「尚己くんのお母さんですか?」
そう話しかけると、ことの一部始終を説明しだした
幾度か口論みたいな場面もあったが、納得した母ちゃんは尚己に遅くまででかけると危ないという主旨を伝えると、雨宮のおじさんに深くお辞儀した。
少し照れた感じで、同じようなお辞儀をする雨宮おじさんをただぼーっと見ることしかできなかった
母ちゃんに無理矢理お辞儀をさせられると、雨宮おじさんは車に乗り込み助手席の窓ガラスを下げ
「サーキットで待ってるよ」
そう言い残すと、ブレーキランプで何か合図しながら走り去っていった。
母ちゃんに手を引っ張られ家のなかに入ると、怒られると思っていたが、いつものように風呂が沸いてるから風呂に入れという普通の会話だった
風呂に入りながら、今日の出来事を思い返していた
どうしても隼人と勝負したい、雨宮おじさんのようなドライバーに、なりたいと