第一話 『本日は晴天なり』
つい先日、雷鳴轟く雨の日に父ちゃんの都合で三重県の桑名から京都へ引っ越しすることになった。
学校内の螺旋階段で頭からずっこけ落ちたことで親と学園が揉めたことで引っ越しになったようだが僕には関係のないことだ。
今日の天気は超快晴。御天道様は僕の味方ってか?笑
そんな浮かれ気分も束の間
遠くから、ダンダンと近づく怪獣のような足音
母ちゃんだ。
「尚己、早く起きなさい!何時だと思ってるの?学校に遅れるでしょ!」
なぜだか、心の中では母を侮蔑したくなる尚己
しかし、最近少し大人になりかけた僕はスマートに返事をする
「わかってるよ。母ちゃん、飯は?」
母はため息をつくと階段の下を指して、早く食えと言わんばかりの目付きでこちらを見てくる
それをさっした僕は、パジャマから私服に着替えて高速で寝癖を直し朝飯を頬張る
途中むせながら、ご飯をかきこむ。
あまり味わって食べたこと無いけど母の飯はかなり美味い
「母ちゃんごちそうさま!」
ひきつった笑顔をみせる母に、僕は口笛を吹きながら玄関の扉に手をかけた
「行ってきます!」
行き良いよく扉を閉めると、家の中から母の怒号が飛び交っていたが今日の僕には関係ない
今日の天気は超快晴、こんな日に良いことが起こらないわけがない。近くにある空き地の砂が竜巻のように渦をまくと、近くに居た女子高生のスカートがめくれあがる
それをこれ見よがしと、若者やおっさんが凝視する
めくれあがったことを恥ずかしがった女子生徒は赤面しながら、学校の方へと走っていく
「(ちぇっ、なんだ水玉かよ)」
しらけた顔でまた、学校へと歩きだす
しばらく道を歩いていると、遠くの方から金属音がいくつも鳴り響く
「(な、なんだ?どこから聞こえるんだ?)」
辺りを見渡すが音の根元がみつからない
すると影から小さな車がジャンプしてきた
「君、あぶない!」
とっさに反応して小さな車を避けたが、飛び出した小さな車の持ち主は僕の事を心配そうに見つめている
こういう時、どういう風に言えば大丈夫って伝わるんだろうか
「ごめんね、僕。怪我はないかい?」
紳士な眼鏡をかけたおじさんが声をかけてくれた
こくりと頷くとおじさんが持っている小さな車を見つめた
「これが気になるのかい?」
頭を何回も縦にふり頷く
すると、おじさんが得意気に小さな車のことを説明しだした。
「これはラジコンと言ってね、このプロポ(送信機)で車を動かすんだよー。おもしろいぞー」
おじさんは他にも専門用語を交えながら、僕にいろいろと教えてくれたが今の僕には説明などどうでも良かった
コースと観客席を仕切る金網の先には、アスファルトに所々縁石とパイロンでコーナーが作られたサーキットがあった
初めて見る光景に、サーキットに太陽の光が射して眩しくて直視できないほどだった。
サーキットをぼーっと見つめているとおじさんが空気を感じて尚己に話しかけた
「君もやってみるかい?おじさんの貸してあげるよ。大丈夫、運転の仕方もちゃんと一から教えてあげるから」
そう言うとおじさんは胸を叩いて鼻息を荒くした
僕とラジコンを抱えてサーキットの中へと入った
いろんなサーキットドライバーの視線がこちらへと集まる
すると一人の大柄な男が、近所迷惑なほどの高笑いでこちらを指差している
「おいおい、雨宮。コースアウトしてマシンを取りに行ったと思ったら何子供まで誘拐してんだよ。いくらアラサー独身で寂しいって言っても誘拐はよくねーぞ」
誘拐という言葉に少し焦りながらも大柄な男に説明するおじさん、雨宮って名前なんだ。少しすると大柄な男と雨宮というおじさんが近づいてきた。
大柄な男は鼻に指を擦りながら照れ臭そうに自己紹介を始めた
「俺はここのサーキットのオーナーをやらせてもらってる熊谷ってもんや。まぁ、ちょいちょいコースにも顔だししてるから会うことも多いやろう。坊主、もしかしてラジコン見るのは初めてか?」
腕を組ながらこちらを見つめてくる
見つめられるのが何故か照れ臭く、そっぽを向きながら頷いた
するとオーナーは、また高笑いを始めた
「ほんと、おもしれーやつだな。おい雨宮、お前の練習用マシン貸してやれ。筋があるかどうか俺が見極めてやる」
するとオーナーは勝手に雨宮のピット(作業場)へ向かいマシンをいじりだした。突然の行いに動揺する雨宮に幾度となくオーナーの怒号が飛び交う、何故かそれを平謝りする雨宮。しばらくすると、オーナーと雨宮がマシンを持ってこちらへ向かってきた。そして雨宮は尚己の目の前に立つと、目線の高さまで腰を降ろしマシンの操作の仕方を教えだした。
「いいかい?ラジコンは簡単そうで、難しい。見た目が玩具に見えるから舐めてかかる奴等もいるんだ。だけど違う。ラジコンはモータースポーツだ!GTカーや、F1にだって全然負けてないくらいイケテる競技なんだ。僕はこのラジコンをもっと世に広めて、野球やサッカーみたいにもっと身近に選択できるスポーツとして」
止めないと永遠と語っていそうな雨宮を、半ば放置しながらオーナーが尚己にプロポを手渡した。
少し間をあけて尚己に操作の仕方をレクチャーし始めた
「いいか、坊主これはホイラープロポ言うんや。あっちで走ってるヤツがつこうとるんがスティックプロポってやつや。今ではホイラープロポが主流で、スティックプロポは生きた化石みたいになっとる。今走っとる小僧も、このサーキットでは珍しいスティックプロポの使い手や。絶滅寸前、最後のスティックプロポ継承者ってところやな。歳は、見たところ向こうの小僧と似た感じやけどいくつになるんや?」
尚己は少し頬を赤らめながら口を開いた
「10歳。しょ・・、小学4年!」
それを聞いたオーナー、少し悪い顔をしながら操縦台の方へと向かって話しかけた
「この坊主小学4年やて!お前と一緒やな、隼人!」
周りのピットが少しざわつく中、走行中の隼人は表情を変えずに走らせていた。ざわつきも少し落ち着いた頃に、放置されていた雨宮が、こちらへ合流するやいなや口を開いた
「そういや名前聞くの忘れてたけどなんていうん?」
すると尚己は元気いっぱいに自分の自己紹介を始めた
「坂下尚己です!成徳小学校に通ってます!特技は・・・特技は猫の散歩!」
猫の散歩という言葉にサーキットに居る全員が大笑いする
それに少しムッとする尚己
すると、おちゃらけた空気を嫌ったのか走行中の隼人が口を割った
「今、タイムトライアル中なんで静かにしてもらっていいですか?」
そう言うと周りは静まりかえった。
オーナーは隼人の表情を見ながら、尚己に語りかけた
「あいつは坊主と同じ年齢でプロも参加しとるカテゴリーでCメインまで残っとる。学校が始まる前と終わってからこうやって練習しとるんや。ジュニアクラスじゃ、あいつに敵うやつなんておらん。」
自分と同じ歳でプロと戦っている
そう聞いたとき、フッと自分の何かが輝き始めた。
「おじさん!僕に、僕に教えてよラジコン!」
そういうとおじさんの服の裾を無造作引っ張っていた
オーナーの服が破れるそうなくらい引っ張った
雨宮は尚己を落ち着かせるように促すも、テンションが上がりきった尚己を止めることはできなかった
「僕も、このマシンを使ってあいつに勝ちたいんだ!だからおじさん教えてよ!!」
オーナーは悪そうな顔をしながら雨宮の方をチラ見し、尚己に操作方法を教えはじめた
「ええか、坊主、ホイラープロポの使い方は左手の人差し指をスロットルトリガーに。右手はホイラー部分に。強く握らず、軽く持つ。指先に自分の持ってる全神経集中させるんや。己とマシンが一心同体にならんと走れやんで!ちなみにこのマシンはスロットルトリガーを後ろに引いてもバックはしーひん!トリガーを後ろに引いたらブレーキや!よう覚えとき!あと、普通なら初心者はサーキット走行禁止やけど今回は特別や!潰してもええから完走してきい!」
オーナーに強く背中を押されると、操縦台の階段が目の前に現れた。後ろの方でオーナーと雨宮が揉めている声が聞こえた。階段を昇ることがこれ程ワクワクしたことがかつてあっただろうか?小学生なりに考えた
階段を昇り終えるとそこには操縦台があった