表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とある悪役令嬢観察記

※ 息抜き短編につき、他の連載作品の更新が遅れていることに対しての苦情、誹謗中傷は受け付けませんのであしからず。

リハビリ作です。

「そなたの悪事もここまでだ!」


 ここは王立学院の中庭でございます。

 貴族の男女が必ず通うよう義務付けられた箱庭にて、儚げな美貌の男爵令嬢を腕にかばうようにして、三文芝居のようなセリフをお吐きだしなさっておいでなのはこの国の王太子殿下にございます。

  そしてその糾弾を、正面から受け止めているご令嬢の名前はメルディア=カスタニエ。

 この国の宰相であるカスタニエ侯爵のご令嬢にございます。


「……突然いらしたかと思えば、何をおっしゃっておられるのかしら」


 メルディア様は、表情をぴくりとも動かさずに、聞き返されます。

 その態度が気に食わなかったのか、王太子殿下は不快そうに眉を潜めました。


「ふん。相変わらず可愛気のない。そなたにアイリーンの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」


 アイリーン様とはいま王太子殿下の隣におられます男爵令嬢のお名前でございます。

 この場に揃っておいでの方々の身分を考えれば、下級貴族でしかないあの方が、どうして王太子殿下にかばわれていられるのかといえば、彼女が王太子殿下の愛人……こほん、恋人であるからです。

 しかし、私が記憶する限り、王太子殿下の許嫁は我が主メルディア様にございます。

 それは未だに破棄されたわけでもなく、婚約者の前で堂々と横に並ばれるお二人の神経を疑いたく存じます。

 その上、あまつさえ、男爵令嬢は怯えるふりをしながら、その目に勝ち誇るような色を宿し、メルディア様を見つめておいでです。

 しかし、それにメルディア様の糾弾に忙しい王太子殿下は全く気付いておられません。

 いやはや、女性とは怖いものでございます。

 おそらくそのことにメルディア様はお気づきのようですが、指摘することもなく淡々と王太子殿下にお返事なさいます。


「……お断り致します。爪の垢など口にするような教育をされておりませんので」


 というより、爪の垢をそのままにするなど、令嬢としての意識が足りないのでないか、とメルディア様のご指摘に、いつの間にか集まっている中庭を囲む観衆からクスクスと笑いが漏れました。

 これにはさすがの男爵令嬢は顔を真赤にして俯かれてしまいました。

 その様子に王太子殿下は顔を真っ赤にしてメルディア様を睨んでおられます。


「な、比喩をまともにとるんじゃない! 相変わらず性格が悪いな。だいたいそなたは昔から……」


 何やら愚痴のようなものを言い始めた、王太子殿下に「はいはーい!」と遮る声がいたしました。

 王立学園で王太子殿下のお言葉を遮る強者はそう多くありません。その内の一人である、公爵令息が王太子殿下とメルディア様の間に入られました。


「殿下、メルディア嬢の挑発に簡単に乗らないの。そうやっていつもはぐらかされてるんだから」

「なに? 挑発など、なんと卑怯な」

「別に挑発などしておりません」 


 公爵令息の憶測をなんの疑いもなく受け入れた王太子殿下にメルディア様が反論なさいますが、答えたのは公爵令息でございます。


「おっと、そうやって論点をずらそうとしても無駄だよ」

「だから、そのような意図も理由も私にはございませんわ。それより私はアイリーン様に少しお話が……」


 メルディア様がそう言ってアイリーン様に近づこうとなさいましたら、王太子殿下が前に出て男爵令嬢を背後にかばわれます。


「アイリーンに近づくな。何をするつもりだ」

「別に危害など、加えるつもりはありませんわ。私は……」

「その場で危害を加えなくても、その後はどうかわからないよね」

「……どういうことでしょう?」

「君の今回の悪事はすでに露見してるってことだよ。ちゃんと証人だっているんだからね」


 公爵令息が手を挙げると、少女が二人おずおずと彼らの背後から現れます。

 そのお顔を拝見するなり、わずかながらメルディア様が動揺されたのがわかります。

 それはそうでしょう。

 彼等の背後におられるご令嬢は、メルディア様の腰巾着……失礼、金魚のフ、いえ取り巻きの方たちの様に見受けられます。

 どうやら我がお嬢様は裏切られたようでございます。


「さあ、君たち、僕に話してくれたことをここで話してくれるかい?」


 気取った仕草で公爵令息が促せば、令嬢たちは頬を赤く染め興奮した様子で一息に語っていきます。

 あまりに自分擁護のセリフが多く、聞き取りづらい話でありましたので要約させていただきますと。

 ――メルディア様が婚約者の王太子殿下と仲が良い男爵令嬢を妬んでいた。

 ――目障りな男爵令嬢を、メルディア様が池に突き落としたのを見た。

 ――男爵令嬢の乗る馬車を雇った悪漢に襲わせ、それを笑って見ていた。

 ――男爵令嬢が王太子殿下に贈られた夜会用のドレスを引き裂いているのを見たなど。


「私達、先ほどメルディア様がアルケミスの実を手にしているところを見ましたわ」


 アルケミスの実とは、有名な調味料の元となる食材なのですが、使い方を誤ると毒物になるという、少々危険なものでございます。


「一体あんな毒物をどうなさるのかと思えば、アイリーン様を追いかけていかれて。それで私達怖くなって……。今までは身分からメルディア様に逆らうことが出来ず、言い出せませんでしたが、これはいけないと思い、ご相談に……」

「ああ、わかった。証言ご苦労様」


 また、自分擁護が発動しそうなのを悟ったのか、公爵令息が令嬢たちの言葉を遮りました。

 いかに恥知らずなご令嬢たちとはいえ、公爵令息を押しのけてまで語る度胸はないようで、ようやく口を閉じました。

 それを見計らった様に王太子殿下が口を開きます。


「ふん、なんと姑息なやつだ。愚かな嫉妬から嫌がらせをするなど、貴族の風上にもおけん」


 まこと見苦しい、と吐き捨てる王太子殿下にメルディア様は全く眉一つ動かしません。


「ふん、ここまで言われて何も言わぬどころか顔にも出さぬか。聞けば実母が亡くなった時にも涙も流さなかったと聞く。血も涙もない女なのだな」


 嘲るような王太子の言葉にもメルディア様は反応なさいません。

 大きく舌打ちする王太子殿下に公爵令息が「まあまあ」となだめます。


「まあ、何にしてもこういうことだよ。メルディア嬢。あなたの味方はもうこの学園にはいない。素直に罪を認めてアイリーンに謝罪しては?」

「何を謝罪しろと言うのでしょう?」


 ここでようやく口を開いたメルディア様は公爵令息を見つめます。


「おかしなことを。私の行動は私が一番わかっています。そのうえで謝罪が必要には思えません」

「そんな訳無いだろう!」


 突然大声が聞こえ、視線を向ければ群衆の間から出てくる屈強な少年が見えました。

 あれは、確か王国軍総大将のご子息でしょうか。

 彼の登場に男爵令嬢が彼の名前らしき物をつぶやいております。

 お知り合いなのでしょうか、それに対し、総大将子息は任せておけとばかりに胸を張っている姿は、馬鹿……いえ、純粋な正義に輝いてられます。

 かの少年は年長のメルディア様に詰め寄り、大声で怒鳴りつけます。


「悪い事をしたら謝る! 当然のことだろう?」


 どこから声を出しているのかと思われる程に大きな声ですが、やはりメルディア様の表情は一ミリも動きません。


「私は何もしておりません」

「じゃあ、なんであの二人はあんなことを言ったんだ? そもそもお前がアイリーンを池に突き落としたのは本当のことだろう?」


 その時メルディア様の顔が本当にわずかに動きました。

 それに気付いたらしい総大将子息は勝ち誇ったような顔になります。


「ほら見ろ。謝れよ、ほら」


 どこのチンピラかと思うほど、柄悪くメルディア様に詰め寄りますが、メルディア様はあくまでも、動じませんでした。


「……この場ではお断りします」

「なんだよ。それ……! そんなんで言い逃れするつもりかよ」

「そのようなつもりはございません。このような場所で私が頭を下げるなど、父に迷惑が掛かります」


 メルディア様のおっしゃることは、当然でございます。

 この王国にはきちんとした身分制度があり、上級貴族と呼ばれる公爵と侯爵に対し下級と呼ばれる子爵、男爵とは天と地ほどの開きがあります。

 そんな中で男爵令嬢に侯爵令嬢のメルディア様がこのような大勢の前で頭を下げれば、身分制度の根幹を揺るがしかねない事態にございます。

 だがそれを理解しようとしない、あほたれ……いえ、少々オツムの足りない王太子殿下は不快げに鼻を鳴らしました。


「ふん、もう良い。この場で謝るなら少しは加減をしてやれたというのに」


 目を細めた王太子殿下が「影」とつぶやきますと瞬間、湧いたかのように黒い影がメルディア様の両側に現れます。

 途端閃く銀色の光にそれまで前のめりで騒ぎを囲んでいた観衆たちが一歩引いたのがわかりました。


「あっれ~、刃物突きつけられても動じないなんて」

「さすがは噂に聞く、氷血女王といったところか」


 軽口を叩くようにして、メルディア様に剣と暗器を突きつけているのは黒装束の二人組です。

 似たような背格好に声もにておりますので、双子でしょうか。

 王族には闇の護衛が生まれながらにつけられると聞きますので、おそらく彼らは王太子専属の『影』なのでしょう。

 その光景に十歩ほど後方で見ていた私はひやりとしましたが、ただの侍従でしかありません私は動くこともできませんでした。

 そんな私を尻目にメルディア様は動じた様子は微塵も見せず、静かに王太子殿下に視線を向けております。


「殿下。これはどういうことでしょう?」

「見たままだ。お前を拘束する。……王太子暗殺未遂の現行犯でな。……ミヅキ」

「はいはい~、ちょっとごめんなさいね!」


 王太子殿下の言葉に双子の影の片割れがメルディア様の服に手を伸ばします。

 咄嗟のことにメルディア様は驚かれたようですが、もう片方の影に刃を突きつけられて動けないご様子です。

 そうしている間に、何かを見つけたらしい、ミズキと呼ばれた影はメルディア様の王立学園の制服のポケットから何かを取り出し、掲げました。


「あったよー! アルケミスの実」

「これが動かぬ証拠ってね」


 公爵令息が嫌味ったらしくお顔を歪められますと、王太子殿下が頷かれます。


「アイリーンが持っていたものは私への差し入れだ。アイリーンが最近私に昼を作って届けているのを知っている人間は少なくない。そなたは知った上で、それを彼女の持ち物に仕込もうとしたのではないか」

「それは……」


 それに対してメルディア様はただ黙ったまま、肯定も否定なさいませんでした。


「ふん、否定せぬか。いかにそなたといえ、手駒にこんなに早く裏切られるなど思いもしなかったとみえる」


 王太子殿下の言葉に周囲からクスクスと嘲笑がもれます。それをメルディア様はただじっと堪えておいでです。


「さて、もうすぐ、そうでなくなるとはいえ許嫁のよしみだ。何か申し開きがあるなら聞いてやらんこともないぞ」


 しかし、メルディア様は毅然と顔をそむけぬまま、ただ黙って王太子殿下を見つめておられます。

 折れるところを見せぬメルディア様に王太子殿下は不快げです。


「……ふん、減刑でも願い、すがりつきでもすれば可愛いものを。……フカシ、ミヅキ」

「はいは~い」

「はい」


 勝ち誇ったように王太子殿下が、影らしき名を呼べば、二人は心得たりとばかりに両側からメルディア様を拘束なさいました。

 これにはさすがのメルディア様も慌てた様子で、振り払おうとしますが、相手は本職なので、抵抗は無視されてしまいます。


「……下郎が。放しなさい!」

「そんなこと言われても、僕らもお仕事だからね」

「それにアイリーン様に危害を加えようとしたのも許せない」


 そう言って、双子の影はメルディア様を引っ張って行こうとします。

 その向こうでは、全てが終わったかのように王太子殿下と男爵令嬢がなにやら二人の世界を作っておられます。

 誰もメルディア様を助けようとする者はおらず、中庭の騒ぎに駆けつけた学院の生徒たちはさも当然の様にメルディア様が連れて行かれる様子を見ております。

 一部では指をさして笑っているものもいる始末。

 ああ、なんという光景でございましょう。

 つい先程まで、学院でも屈指の身分を誇っておられたメルディア様に皆、頭をたれていたというのに、この仕打ち。

 このままではメルディア様は有罪判決の上、悪くすれば処刑でございます。

 次期国王の命を狙ったとなれば良くても幽閉。

 もしかしたらカスタニエ侯爵家も取り潰しになるかもしれません。

 絵に描いたような没落が待っている心地に私は震えました。

 ああ、かわいそうなお嬢様。

 ここは私がお助けせねば。


「お待ちください!」


 全てが終わったかのような空気の中、突然口を挟んだおかげで、周囲の視線が私に一気に向かうのがわかります。

 この場においておそらく尤も身分の低い私でしたので、集まる視線は冷ややかなものでした。

 しかし、お嬢様の冷ややかな瞳に長年耐え続けた私はそれくらいでは動じません。


「スティーブ!」


 メルディア様が私のお名前を呼ばれたのがわかりましたが、私は一瞥も向けず、まっすぐ王太子殿下に願いました。


「僭越ながら、申し上げたきことがございます」


 一歩前を出ようとすれば、瞬間喉元に銀色の光が見えました。

 気付けば、メルディア様を連れいていこうとしていた影の一人が、私の喉に刃を突きつけております。


「ああ~、それ以上動かないで。殺しちゃうよ?」

「スティーブ! やめて、殺さないで!」


 メルディア様の悲鳴にも似た声が聞こえますが、それでも私は怯まず王太子殿下に向かえば王太子殿下は私の顔を見るなり渋面になりました。


「お前は確か、メルディアの専属侍従だったな」

「はい。どうか、少しだけ私の話しをお聞きくださいませ」


 私はまっすぐ王太子殿下に視線を向けます。

 高貴な方々を真っ直ぐ見つめることは、本来、平民の私にとって無礼を理由に手打ちにされてもおかしくない所業でございます。

 それゆえでしょう、王太子殿下の反対で男爵令嬢を囲んでいた公爵令息が不愉快そうに眉を潜めております。


「なんだ王太子の前で、使用人風情が差し出た真似を。所詮主が主なら使用人も使用人らしいね」

「よい」

「なっ、……しかし殿下」

「良い。あの女のことだ。どうせ家でも使用人を虐げていたのであろう。 おそらくこの場でその糾弾を行いたいのではないのか?」


 当然の様に私の訴えを曲解する王太子殿下に公爵令息はなるほどとばかりに頷いております。


「そういうことなら。……おい、お前。特別に発言を許す」


 公爵令息の言葉を無視して、「殿下のご温情感謝いたします」と頭を下げれば、苛立ったのがわかりましたが無視して、私は懐から一冊の本を取り出しました。


「まずは、殿下にこれを」

「なんだ?」


 私が本を掲げると、訝しげに見る王太子に影に目配せをしたのがわかります。

 私に刃を突きつけたままの影はそれを受け取りました。

 そして、題字を読んだのでしょう。

 黒装束の間から覗く目が丸くなるのがわかります。


「うわあ、これ! 『悪役令嬢観察記』の新刊じゃないですか!」


 その場に、大きなざわめきが起こります。

 王太子殿下もそれまでのその場の優位に余裕ぶっていた表情を崩し、驚愕に顔を歪めたかと思えば、一直線にこちらに向かってきて、影から本を奪い取りました。


「ほ、本当だ。発売前なのになんで……」

「え? 本当に?」


 公爵令息までもが来て、眼の色を変えて、後ろから覗きこんでおります。

 二人の突然の変わり様に、置いてけぼりにされた男爵令嬢は首をかしげられました。


「なんの本なのですか、それは?」

「え、知らないのか?」


 信じられないとばかりの表情を恋人であるはずの王太子殿下から向けられ、男爵令嬢はおびえた表情になりました。

 助けを求めるように公爵令息に視線を向けますが、彼も男爵令嬢に冷ややかな視線を向けております。


「今、我が国で尤も話題になっている本ですよ? 国王陛下も夢中で、この話題についていけないものは王宮に入る資格なしとまで言わしめた本なのに」


 知らないなんて、と驚愕と侮蔑を貼り付けた視線に男爵令嬢は早くも、涙目です。


「な、なんなんですか。『あくやくれいじょうかんさつにっき』という本は。そんなに面白いんですか?」

「『悪役令嬢観察記』だぜ。アイリーン」


 知り合いであった総大将令息からも、冷ややかな声を向けられた男爵令嬢は言葉を失っておられます。その様子にやれやれとばかりに王太子殿下が、首を振りました。


「仕方がない。このようなことを私がする必要は本来ないのだが、特別に内容を説明するとしようか」


 必要ないならやらなければいいのに、という空気を気にもとめず、勝手に王太子殿下が語り始めます。


「『悪役令嬢観察記』とは今巷で流行っている娯楽小説だ。主人公は悪役令嬢、まあ簡単にいえば血も涙もない冷酷な悪女と周りから言われているのだが」

「でも、実際には心根の優しい娘なんですよね」


 王太子殿下の言葉に影の一人が合いの手を打つ。


「でも、生まれつき表情筋が固いせいで、いつも無表情なんだ。だから感情がないみたいに思われて、いつも誤解されちゃうんだよね」


 更に公爵令息まで、間に入ってきて殿下は少しだけ面白くなさそうな顔を見せますが、なおも語り続けます。


「身分の高い令嬢故に、親の所業で恨みを買うこともあってな。悪漢に襲われたときだって、本当はものすごく内心では怯えてるのに、顔に出ないせいで、冷血漢と思われたりもする」

「でも素直じゃないから、本当の気持ちも言えず、周りの人間に対してもついキツイ言い方して、その度落ち込んじゃうんだよね」

「ああ、その落ち込み方がなんとも庇護欲をそそるというか」


 悪役令嬢のシーンでも思い出したのか、王太子殿下がお顔を緩められましたのを見て、男爵令嬢が少しだけ後退したのがわかります。

 だがそれに気付かない男性陣はどんどん小説談義に盛り上がってまいります。


「そうそう、せっかく人さらいの攫われた子供を助けに行ったのに、魔力を目の当たりにした子供に怯えられて、化け物扱いされて落ち込んだりしてさ」

「そうですよね~、誤解される度に部屋の隅でうずくまって涙目になって、死んだ母親からもらったぬいぐるみに顔を押し付けるシーンとかもう涙無くして見れませんでしたよ~」

「ほんとうにかわいそうなくらい不器用な令嬢であるな。でもそんなところが愛おしいっていうか」

「しかも、最近学院編に入って、それが加速してて」

「わかります~、あの婚約者の王子とか本当に最悪ですよね。目の前にいたら切り裂きたいくらい!」


 そう言って影の一人が胡乱な目つきで暗器を構えたので、一瞬その場の皆が一歩引きました。

 しかし、それでお開きになるほど、その場の盛り上がりは薄くないようです。


「ま、まあそうだな。めーたんという女神のような婚約者がいるのに、誤解を重ねて他の女に、しかも子爵令嬢なんかにうつつを抜かすとか」

「め、メーたんって……」


 男爵令嬢がつぶやいた言葉に、皆が反応して彼女に視線を向けます。

 これも知らないのか、という残念な者を見る視線に男爵令嬢が真っ赤になって悔しそうにしております。

 そんな彼女に、影がそろって説明しました。


「主人公の令嬢がメロディって言うんですよ~。ファンの間では親しみを込めてめーたんて呼ばれてるんですぅ~」

「ちなみに国王命名だ」

「国王陛下自ら……」


 もはや呆然とするしかないのでしょう。

 気持ちはわかります。

 男爵令嬢はそれまで自らの庇護者に向けていた目をどんどん冷ややかにしていきます。

 しかし、それでも男性陣は気づきません。


「一番好きな場面はどこですか~?」

「そうだな。僕はあれだ。婚約者とられそうなのに、その令嬢の命を狙った魔法に反応して、かばって突き飛ばしたりしたとことか」

「え?」


 会話の一部を聞きとがめたように男爵令嬢が小さな声をあげたのが聞こえます。


「でも、その後池に落ちちゃって、傍目からはめーたんが嫉妬に狂って突き飛ばしたってことにされてさ」

「ドレス切り裂き事件だって、怪しげな動きを見せる学院の女子生徒を追っていたら、切り裂かれたドレスを見つけて、少しでも繕おうとしてた時にそれを取り巻きに見られて誤解を受けちゃうんだよな」

「ええ?」

「どんどん立場が悪くなるのにめーたんそれでも健気に、子爵令嬢に危険が及ばないように見守ってるんだよな」

「そうそう、馬鹿な王子が、令嬢の身の安全も考えないまま王宮の別荘に呼んだ時だって、王族の馬車を使わせたせいで、襲われたんだろう?」

「ああ、でもその襲撃に気付いためーたんが差し向けた護衛で、令嬢は助かったんだよな」

「でも心配になってそれを影でこっそり見ていたのを見られて、また疑われちゃうんだよな」

「…………」

「あ、そういえば、前回の終わりかたで気になっていた部分があったんだ。あれってその後、どうなっているの?」

「ああ、そういえば私も気になっていたのだ。たしか子爵令嬢が王子への差し入れを作っているのを知って、王子の政敵が何も知らない令嬢に高級茶葉と偽って毒草を渡していたところをめーたんが見たところで終わっていたな」

「このまま、王子が死んで子爵令嬢が罪をかぶっても全然構わないんだけね。めーたんの性格上そのまま放置するとは思えないんだよね」

「ああ、そうだな。ふむ、少し読んでみるか。なになに、『アルケミスの実は単体では毒物だが、その毒草と混ぜると毒性を中和し、美味しいお茶になるとわかり、それを教えるため子爵令嬢を追った……』」

「っ!!!!!!」

「なるほど、さすがは頭のいいめーたんですね~!」

「ああ、本当にな」


 めーたんはマジ聡明、と頷き合う男性陣を尻目に、愕然とした表情で男爵令嬢がメルディア様の方向を見ております。

 それは先程までのものとは違い、どこか尊い者を見る色が宿り、どうやら、この愚かな男性陣よりは彼女のほうが聡明だということがよくわかります。


「だが、まだ発売前のはずの新刊をなぜ侍従が持っていたんだ?」


 どうやら、談義の終着点を迎えた男性陣が当然の疑問を持ったようです。


「そうだな。この私の権力を持ってしても取り寄せることが出来なかったのに」

「え? 殿下ってば、権力をそんなことに使っていたんですか〜?」

「う、うるさい!」


 どちらにしても取り寄せることが出来なかったのだから使っていない、と理屈の通らない返答をなさる王太子殿下に周囲は呆れ顔です。


「おや、王宮の騎士が出版社に乗り込んで脅してきましたのは、王太子殿下の差金でしたか」

「な、なんでそれをお前が知っているっ!」


 思わずつぶやいた言葉を王太子殿下に聞かれ、私に視線が向くのがわかります。


「なぜと、言われましても。私その場におりましたので」

「は? なんで侯爵家の侍従が、出版社なんかに?」

「それはもちろん、その作品の作者が私でございますれば」


 私の言葉にその場にいた方々が凍り付いております。

 まあ、無理もありませんか。

 私は恭しくその場で礼をした。


「このように作品を愛してくださる読者を目にできて、作家としてこれほど嬉しい事はございませんね。ご愛読毎度ありがとうございます」

「「「「「えええええええええ!」」」」」」


 その場でどよめきがおこります。

 少々耳障りですね。


「な、そんなまさか」

「この作者はどこの誰だか、年齢も経歴も、性別すら謎だと言われているのに」

「王太子殿下すら手に出来なかった新刊が証拠にはなりませんでしょうか?」


 私の言葉に王太子殿下がぐっと息を飲まれます。


「じゃあ、本当に……」


 私が頷けば、王太子殿下はそれは難しい顔で私をどう扱っていいか図りかねております。

 それは当然かもしれません。

 ここで始めて明かしましたが、今や国王が私の作品に虜なのは国中の貴族が知る事実です。

 それなのに、王太子殿下は私に何をしたか。

 万が一、私を殺す、あるいはその手に筆が握れぬような怪我を負わせた場合どうなったか。

 王太子殿下には優秀な弟君が五人も揃っておいでですので、別にこの方が次期国王に必ずしも必要ということもございません。

 ただの年功序列。

 国王の不興をかえば、今の地位などあっさり無くなることをご存知なのでしょうね。

 だから、居住まいを正し、それまでの尊大な雰囲気を抑えて私に向き合ってこられます。


「ふむ……そな、いや、貴殿がこの小説の作家だということは分かった。それで正体をあかして何が言いたいのだ?」

「もちろん、それは……」

「スティーブ!」


 突然聞こえた声に、私の前に影が走ったかと思えば、すさまじい衝撃音が中庭に響き渡りました。

 それまで見せものよろしく騒ぎを囲んでいた一般生徒の一部が悲鳴を上げて逃げていきます。

 わずかばかり爆煙が晴れた先に見覚えのある屈強な背中が見えました。


「おや、ギル殿。お勤めご苦労さまです」


 彼は私の護衛のギルガメシュでございます。

 その背中に声をかけますと、彼は首だけ動かして、私を睨んできました。


「ばか! 作家先生、なんで避けようとしない? 死にたいのか?」


 私が丁寧にご挨拶を致しますのに。これだから教養のない方は困ります。

 ですが、私も育ちだけを言えば、さほど大声で吹聴できるようなものではございませんので、少しだけ文句を言うだけに止めます。


「やかましいわ。報酬の分だけ働いてりゃいいんだよ、ゴミカスが」

「こ、のっ! 絶対あの小説が完結したらしめる!」


 ギルガメシュは私の著書の大ファンらしく、ごつい体に反して少女が好みそうなお話が好きらしいのです。

 そのため、私の作品を真っ先に読ませる条件で私を護衛をさせてほしいと自ら志願してきました。

 まったく、迷惑な押しかけ護衛でございますが、私はただの侍従。

 身を守るために護衛がいたほうが良いのは事実なので、泣く泣く受け入れている現状にございます。

 遠くで、ギルガメシュを見た総大将令息が信じられないものを見るようにつぶやいたのが聞こえてまいりました。


「え? まさか剣聖ギルガメシュ?」


 ああ、そういえばギルガメシュは冒険者ギルドでも一目おかれる称号も持っていると自慢されたこともありましたね。

 その剣速に並ぶものはなく魔法も断ち切れるというお話でした。

 実際先ほど魔法を切ったので噂は眉唾ではなかったようです。

 まあ、それはともかく。


「ひどいです、お嬢様」

「どちらがですか」


 そう爆煙の奥に声をかけますと、徐々に晴れた煙の先に、王太子殿下の影を吹き飛ばしたメルディア様が仁王立ちされておられます。

 間違いなくこの場の爆煙の正体はメルディア様のはなった魔法をギルガメシュが切ったために起こったものでしょう。

 ですがなぜなのでしょう。私は攻撃される理由がわかりません。

 しかし、メルディア様の表情は相変わらずでありますが、長い間お仕えさせて頂いております私からすれば、とても怒っていらっしゃることがわかりました。


「なぜ、このか弱い侍従に攻撃魔法など……。確かに出過ぎたマネとは思いますが、私なりにお嬢様をお助けしようという一心で……」

「おだまりなさい! なんなのですか。あのどこか身に覚えのあるエピソードの数々は? そもそも『悪役令嬢観察記』とは何ですか」


 ああ、メルディア様はお友達もおられず、社交界でも遠巻きにされておりましたので、この本についてご存じなかったのですね。

 まあ、私がわざと知られない様に動いていたのもありますが。

 だが、ここまで来て隠す必要はありません。

 そもそもこの時のために私はあれを執筆したのですから。

 私は包み隠さずメルディア様にお話しました。


「それはもちろん私の『お嬢様観察日記』に『お嬢様との交換日記』のエピソードも交え、改題、修正、大幅内容追加で満を持して出版しました書物にございます」

「え?」


 周囲の空気が凍りつくのを感じます。

 おや、今までの流れからしてさほど驚かれるようなお話をしたつもりはありませんが。


「まさか、メルディアがメロディだというのか」

「明確には違いますが……でも、概ねは間違いなく」


 人物関係やお名前をそのまま使いますと、肖像権の問題がございますので、少し脚色した部分はありますが、間違いなくあの作品に登場するのは私の視点を介したメルディア様にございます。


 メルディア様の性格を昔から存じております私はずっと危惧しておりました。

 いつか、メルディア様の誤解を受けやすい性格が、あの方の身を滅ぼすことになるのでは、と。

 そこで、そうなる日を想定して、メルディア様が没落しても、生活が不自由がならぬよう、環境を整えることにしたのです。

 しかし、ただの侍従でしかない私には力がありません。

 状況を変えるだけの力を得るために、私は己だけの楽しみだった『お嬢様観察日記』を断腸の思いで、利用することにしました。

 お嬢様の身悶えるような可愛らしさは万国共通と思いましたので。

 実際その目論見は当たり、お嬢様への愛が世界に広がりました。


「ご安心ください。お嬢様。『悪役令嬢観察記』はすでに世界五ヶ国語に翻訳され、多くの国々でご愛読されております。もしこの国がお嬢様を非道にも罪に落とそうとするなら、その際は庇護すると、帝国を筆頭に六カ国の国の首脳に亡命の約束を取り付けておりますので」


 国と庇護を約束したその国の要人のお名前を告げれば、王太子殿下も公爵令息ですらどんどん顔色が悪くなっていきます。


「ちょ、ちょっとまて。そのようなことはせぬ! そもそも私にとってメーた、いやあの話のメロディは理想の女性なのだ」


 メルディアがそうだというのなら私は……とそれまでになかった熱い視線を王太子殿下がメルディア様に向けておられます。

 それに対しメルディア様はお優しくも、汚物でも見るかのように冷たい目で見返しております。


「王太子殿下。その件は私の方から願い下げです」

「な、なぜだ!」

「では、僕はどうかな? 先程は失礼したけど、誤解が解けた今キミは僕の理想……」

「もっとお断りですわ!」


 公爵令息も厚顔無恥にも求愛されますので、メルディア様は即答で切り捨てていきます。

 その成長した姿に私が涙ぐんでおりましたら、お嬢様が軒並み迫ってくる男性陣を振り切り、私に詰め寄りました。


「スティーブ、あなた、あの本に何を書いているのです?」

「ああ、もちろんお嬢様が恥ずかしがるようなことは書いておりません。なに、六歳のころまでおねしょをして、証拠隠滅に布団を引きずって私のお部屋に訪ねて来られた下り程度なら、さほど恥ずかしくはございませんでしょう?」

「~~~~~っ! なんですの、それは!!」


 お嬢様が珍しく顔を真赤にされております。

 その表情は私以外の人間が見ても、怒っていることがわかるらしく、一部の観衆が恐れ慄いております。

 その様子に本当にちゃんと表情筋も成長していたのだと涙が禁じえません。

 しかし、私は嬉しい半面、少しだけ寂しくもなりました。


「ああ、お嬢様。お強く、そしてお美しくなられましたね」

「……なんですの。いきなり」


 思わず感傷じみた言葉を吐き出した私にお嬢様が怪訝な顔をされます。

 思えば十数年という年月、お嬢様にお仕えしてきました。

 そのお姿は、最初に出会った頃より、ずっと大きく、立派な淑女になりました。

 もう、この方に私の庇護など必要ないのでしょう。

 私はメルディア様に膝をつき頭を垂れました。


「申し訳ございません。お嬢様の未来を守るためとはいえ、主を利用するなど侍従のすることではありませんでした」


 突然跪いた私にメルディア様が驚いた様子を見せます。


「……わかってながら、それをやったというの?」

「なので、ここでお別れいたしましょう」

「え?」


 お嬢様の戸惑う声をきっかけに私の足元から強い風が吹き付けます。

 私には少しばかり魔力がございまして、それにより巻き起こった風にたまらずお嬢様が後退し、私に驚愕の視線を向けております。


「どういうことです?」

「言葉通りです。主人を裏切った侍従などあなたのそばにいる資格はございませんから」

「そんな、裏切りなんて……されている気はしますが、でも辞める必要は」

「いいえ、これはけじめですので」


 薄く笑えば、メルディア様は呆然としておられるのがわかります。

 その表情は出会った時の様にあどけなくも感じますが、あの頃よりずっと美しい。

 それを最後に焼き付けるように見つめます。


「長くお仕えできて、スティーブは幸せでした。ありがとうございます」

「そんな、いやよ。今生の別れみたいに……」


 お優しいメルディア様はポロポロと涙をこぼし始めました。

 その姿に、私は胸が締め付けられるような寂しさを覚えてしまいます。


「ああ、最近は泣き虫を卒業されたと思っていましたのに、そのように人前で泣かれませんよう」

「そうよ、私はまだ泣き虫を卒業できてないの。だからまだ行かないで」


 泣きながら訴えるメルディア様のお言葉はなんと甘美なことでしょう。

 しかし、と私はメルディア様の背後を見渡しました。

 私の話からメロディ=メルディア様ということに気付いた彼等の顔にはもはやメルディア様に向けられていた冷たさはありません。

 多少、こもりすぎた熱のようなものを感じますが、メルディア様には身を守るための護身術と魔法を詰め込めるだけ詰め込んでおりますので大丈夫でしょう。


「スティーブ、なぜ? 突然辞めるなんて、お父様が許すわけが……」

「申し訳ございません。メルディア様。旦那様からはすでにご了承をいただいているのです」


 立つ鳥後を濁さず。

 私がここを去る決意をずっと以前からしていたことに気付いたメルディア様は目を見開いて、ますます涙が激しくなってしまい、困ってしまいます。


「ああ、お嬢様、本当に泣かないで。最後は笑顔で見送っていただきたいのです」

「そんなの無理よ。ずっと一緒にいたのに、こんな突然にどこかに行くなんて、……て、あ」


 そのとき完成した魔法が、少しずつ私の体を巻き上げて行くのがわかったのでしょう。

 メルディア様が手を伸ばしてきますが、私はそれを交わすように動きますので、捉えることは出来ません。


「お嬢様、どうかお元気で。さようなら、遠くの空よりあなたの幸せを願っております」


 どんどん離れていく私にメルディア様は信じられないものをみるように見上げておられます。


「そんな、嫌よ、待って、待ってよ。スティーブ。置いて行かないで。スティーブ!」


 どんどん遠くなるお嬢様の声。

 それには、昔、眠れない夜に私を求めてなく幼子のような色が混じっている様に感じ、私は思わず去り際に声を返してしまいました。


「ご安心ください。お嬢様。スティーブはまだ、観察記の今後の構想がございますから、お嬢様をずっと見守ってございます!」

「っ!!!!!な、ちょっとまって。それって、スティーブぅううううう!」


 私を呼ぶお嬢様の声が最後の絶叫となって私の耳に届きましたが、これ以上は悲しくて私は答えませんでした。

 亡命先にと選んでいた隣国を行先に、空間移動の術が私の体をその場からかき消します。完全に消えます直前、ギルの手が触れ、私達は一緒にその国を後にすることなりました。

 そしてそれ以降私がメルディア=カスタニエ公爵令嬢とお会いすることはなかったのでございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スティーブとお嬢様がくっついてくれると踏んでいたのですが・・・良い意味で裏切られました(*^_^*) 恋愛期待していたのですが、コメディとしての捉え方で正しいですか?面白かったです。 [一…
[良い点] めーたんの誤解がとけて、羨望にかわり、暮らしやすくなったところ♪ [気になる点] スティーブが去ってしまい、その後のお話が読めないところ♪笑 去らないで、めーたんを支え続けて欲しかったです…
[良い点]  スティーブ先生えぇぇーー!  出版社との契約残して国外逃亡とか、マジ鬼畜(^o^ つーか、他国の首脳陣に了承済とか、「ペンは権力よりも強し」ですか(・・;) [気になる点] これ「ざまぁ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ