表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/61

目覚めと涙

目を開けた時は、自分が今どこにいるのか分からなかった。

窓から差し込むまぶしい光が、部屋を照らし出している。


木目の強く浮き出た壁には、ゆがみやコブがたくさんある。

部屋のつなぎ目に扉はなく、草で編まれたすだれ( ・ ・ ・)が下げられているだけだ。

家具は少なく、棚や(かめ)はどれも古びている。


もっと部屋の中を見ようと首を傾けると、(ひたい)から布がずり落ちてきた。

それを取ろうと手を出すが、なんだか動きが重く感じる。

それでも持ち上げて目の前に掲げたその布は、水で湿っていた。


それが何かと思いつく前に、すだれを分けて人が入ってきた。


「「あ」」


私と彼の言葉が重なった。


部屋に入って来たのは、フードをかぶった青年だった。

獣の毛皮で作られた衣服をまとい、家の中だというのにフードを目深にかぶっている。

身長は高めだが、着ぶくれているのか、肩幅が広く見えた。


青年は私と目が合うと、素早く枕元へと近づいてきた。

私の手から湿った布を受け取ると、持ってきた(おけ)へとそれを入れた。


それから私の顔を覗き込んで、額に手を置いた。


「あなたが看病してくれてたの?ありがと……」


のどが詰まって、けほっ、と咳き込む。

彼はすぐに近くの瓶から、木のコップで水をすくって差し出してきた。


背中を支えてもらいながら、ゆっくりと水を飲む。


澄んだ水が体中に染み渡っていくような感じがした。

水を飲むのがなぜかずいぶん久しぶりな気がする。

コップの水を飲み干すと、再び布団に寝かされた。


「あつい?さむい?」


彼はすこし訛りのある調子で、でもはっきりと一言一言を発音した。


「大丈夫」


首を振って言うと、彼は安心したようだった。

そして立ち上がると棚から小さな壺を取って持ってきた。


「まじょ、くすり。のめる?」


壺を指さして聞いてくるので、私は頷いた。

私はまた背中を支えてもらい、壺を受け取る。

中には大きめの大豆くらいの、緑色の丸薬が少しだけ入っていた。

そこから一粒だけ取り出して、壺を彼に返す。

私は丸薬を口に入れると、奥歯で噛んだ。


瞬間、鼻に抜ける青臭さと強烈な苦味に襲われる。

そんな私の顔を見た彼が、慌ててコップに水を汲んで渡してきた。

私はそれを奪うように受け取ると、一気に丸薬ごと水を喉へ流し込んだ。


臭いと味がまだ口の中に残っている気がして涙目になっていると、彼が心配そうにこちらを見ているのに気がついた。

私は気恥ずかしくなって笑って誤魔化すと、彼も安心したように微笑んだ。


コップを置こうと思って彼から視線を外すと、部屋の入り口、すだれの向こうから見つめる視線に気が付いた。

思わず身を固くすると、すだれの向こうにいた人が、にやにや笑いながら入って来た。


「まあまあ楽しそうね。元気になったみたいで何よりだわ」


そう言って入って来たのは、森の魔女様だった。


「あ、あの魔女様、ありがとうございました」


慌てて頭を下げると、魔女様はいいのよと手を振った。


「アタシは確かにアナタの治療をしたけど、それで助かるかは賭けだったわ。アナタが生きているのは、アナタ自身の力よ」


魔女様は私の目の前に来ると、私の手をとって手首にさわった。

手のひらを返してそれを見ながら満足したように頷くと、今度は私の顔を触りながら、目の奥を覗き込んでくる。


「熱は引いたみたいだけど、気分はどう?だるい?」


「大丈夫です。でも体が少し重いかなって……」


「無理もないわ。アナタは3日間も寝込んでいたから。今日一日は安静にして様子を見た方がいいわ。食事は私が用意してあげるから、しっかり食べるのよ」


「はい、何から何まですみません」


「いいのよ。お代はこっち( ・ ・ ・)からもらっているから、礼ならこっちに言っておきなさい?」


魔女様はそう言って、青年を軽く叩いた。


青年を見ると目が合ったので、頭を下げる。


「ありがとうございます。このお礼は必ず後でお返しします」


私がそう言うと、下げた頭に手が置かれ、優しくなでられた。

なんだろう、なんだかすごく嬉しくて、でもすごく恥ずかしい。


「思い出したからついでに言うけど、怪我したアナタをここまで連れてきたのもこいつだからね」


魔女様が何でもない風に言った言葉に私は驚く。

あの時駆けつけ、そして助けてくれたのは、彼だったなんて。


「そ、そうだったんですね。あの、危ないところをありがとうございました」


先ほどよりも深く頭を下げる。

実は私は、私を助けてくれたのはもっと年長のハンターだとばかり思っていた。

彼はどう見ても私より2・3年上くらいにしか見えない。

あの時夢のように感じた森の中の疾走が本当のことだったら、ものすごく森に慣れていないとできないことだと思ったからだ。


だから私は少し落ち込んだ。

また私は、自分の思い込みだけで人を判断してしまっていた。

ついこの前反省したばかりなのに、また同じことをしてしまった自分に嫌気がさす。


「ほらほら、アナタは病み上がりなんだから、そんな窮屈な体勢したらダメよ。こいつも困っているみたいだから、その辺にしときなさい」


魔女様に促されて顔を上げると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。

私が悪いのに、逆に彼を困らせてしまった。

何か言おうと思ったけれど、なんて言ったらいいのか言葉が出て来ない。


そんな重く感じる空気を払うように、魔女様が手を打ち鳴らした。


「はい、この話はここまで。じゃあ次は、アナタの服を変えちゃおうか。寝汗かいたでしょ?ついでに体も拭いちゃいましょう。ジルバー、アンタは水汲んでその後火を起こしておきな。この子の食事つくるからね。水汲み、そしてかまどに火、だからね」


魔女様が言い聞かせるように言うと、彼は頷いて部屋を出て行った。

私はその後、魔女様に言われるままに服を脱いだ。


「ごめんなさいね。小さな傷は問題なかったんだけど、足の怪我はアタシでも完全には治せなかったわ」


布のズボンを脱ごうとして、右足がうまく動かないと感じた。

その時の私の様子で気がついたのだろう、足を動かすのを手伝ってくれながら魔女様が言った。


ズボンの下から現れた私の右足には、あの時ふくらはぎに刺さったカンテラの傷痕が、まだ生々しく残っていた。

触れるまでもなく、そこがまだ熱を持っていることがわかる。

足先を動かそうとすると、引き攣れるような感覚とともに軽く痛みが走った。

うまく足首が動かない。

これではデコボコだらけの森の中を歩くのは、とてつもない重労働になるだろう。


「傷は消せるけれど、もう走ることはできないでしょうね。腱が傷つけられていたから」


「そうですか」


私は、思ったよりも落ち着いた声が出せていた。


「命があっただけ拾い物ですから贅沢は言えません。森は無理でも街中なら問題ないですし。たとえもうハンターとしては生きることは無理、でも、でも、ふ、普通の、の」


もうハンターとしては無理、そのことを口にしたとたん、私の中の感情が湧き上がってきた。

それが外へ出ていかないように、口をしっかりと閉じる。


ハンターとして生きるために、私のこれまでの人生はあった。

お祖父さんやお父さんへの憧れから、私はハンターになりたかった。

妹のように可愛くなくても、ハンターになれば関係ない。

私はハンターとして、森のために、そして森と生きるみんなのために役に立とうと頑張ってきた。

それなのに、もうハンターとしては生きれないなんて!


口から感情が溢れるのを必死でこらえていると、魔女様に優しく抱きしめられた。


「ごめんね。アタシの力が及ばなくて。アナタの足をもとに戻せなくてごめんね」


「ち、ちがいます!魔女様のせいじゃないです!わた、わたしが……!」


口を開いたら、もうダメだった。

私は子供のようにみっともなく、魔女様にすがりついて泣きじゃくった。

魔女様は私の体が冷えないようにと布をかけてくれて、でも私はその間、ずっとずっと泣いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ