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エーミールと夜の森

◇◇◇


鳥の鳴き声がする。何かが小枝を踏み折る音がする。誰かがこちらを見ている気がする。

夕暮れが過ぎると、森はあっという間に暗くなる。

その闇の向こう側にいる存在は、ただの獣かあるいは異形の化け物なのか。果たしてどのようなものなのだろうか。


「ううう、どうしよう」


エーミールはむき出しの岩の影で、頭を抱えてうずくまっていた。


彼が調査隊として森の結界の中に入ったのは、生きている森を見たかったからだ。

翌日になると獣の追い込みが始まってしまい、自然に近い獣の様子が観察できなくなってしまう。だからその前に、少しでも自然に近い姿を一目見ておきたかった。


彼は体を動かすよりも本を読んでいる方が好きな気質だったが、同じく兵士だった父親によって半ば無理やり領都の兵士隊へ入隊させられた。

最初は不満が大きかったが、次第に、本では得られない生の体験ができることが楽しくなってきた。

人付き合いも苦手だったが、働いているうちに普通に話せるようになった。

同年代の仲間と同じように働き、寝食を共にしているのだ。同じ苦労を分かち合っているのだから、心の壁を作るのがバカバカしく思えるようになってきたのだろう。


それでもやはり、生来の気質は変えられなかった。

不思議なもの、見たこともないものがあると、それを調べずにはいられない。訓練によって体力がついた分、その行動範囲はより広くなっていた。


今回も、自ら進んで遠征組に立候補し、さらに森の一番奥へいく隊に入り、さらにさらに結界内への調査隊にも入り込んだ。

新しくできた兵士の友人たちは、彼のことを物好きだと苦笑交じりに話す。

普段はめんどくさがりなくせに、珍しくものや場所がからむととたんにやる気を出すからだ。

そしてその行動力のせいで、彼は今とてつもないピンチに陥っている。

逃げ惑う獣の群れに追われて走るうちにデコボコの地面につまづいて転び、そして仲間を見失って森の中をさまよう羽目になってしまった。


幸い、獣たちを追い立てていた何かが現れることはなかった。

だがしかし、彼はろくな持ち物を持っておらず、また森に関する知識も十分とは言えない。これでは仲間の助けが来るまで彼が生きていられるか分からない。


「果たして彼は、無事に帰ることができるのだろうか」


◇◇◇


岩に寄りかかりながら、ノートに流暢な文字を書き込んでいく。書いている文字がほとんど見えないくらい暗くなってしまっているが、そのスピードは落ちることはなかった。


そんな目の前のノートに集中しているエーミールの背後から近づく影があった。

それは音をたてずに岩を回り込み、彼の手もとをのぞき込んだ。


「なあ、火も点けずに何をしているんだ?」

「うわあっ!」


エーミールは飛び上がって驚いた。

驚きのあまり地面に倒れ込んでも、ノートと鉛筆をしっかりとつかんで離しはしない。

あまりのことに呼吸を荒くしながらも、声をかけてきた人物へと振り返った。


「びっくりさせないでくれよジルバーくん。心臓が止まるかと思ったじゃないか」

「人間はこのくらいじゃ心臓は止まらない。それよりも、こんなに暗い中で火も点けないなんて危ないぞ」

「いやいや、火があることで、ここに人がいると教えてしまうじゃないか。獣の中には火に興味を持って近寄ってくるものもいるんだ。だから火を点けない方が安全なんだよ」


ドヤ顔で語るエーミールに、ジルバーは首をかしげる。


「獣はだいたい火を警戒するぞ。火があるところには、武器を持った人間が必ずいるからな。逆に火を持ってない人間はかっこうの獲物だ。人は夜目が利かないから、突然襲われても分からないからな」

「え?そうなの?ああ、さっきの僕みたいにだね。なんだそうか、やっぱり本だけで知ったつもりになっただけじゃダメだなあ」


誤魔化すように笑うエーミールは放っておいて、ジルバーはたき火の準備にかかる。

道中で拾い集めておいた小枝を並べてくみ上げ、火打石で火口(ほくち)に火を点ける。枯葉と小枝で火を大きくし、後から大きめの枝を足していく。

そうやって数分で、十分な大きさのたき火を作った。


「わあ、早いね。たぶん領都の兵士の誰よりも火を点けるのが早いんじゃないかな」

「そうか?ハンターの中では普通だぞ。それに貰った紙があったからな。おかげでいい火口を作れた」

「ええっ!紙をつかっちゃったのかい!?もったいない」

「ダメだったか?」

「キミにあげたものだから別に構わないけれど、紙をそんな風に使うとは思ってなかったから……。そうだ!ほかのハンターに連絡はとれたのかい?」

「大丈夫だ。手紙はちゃんと書けたし、ブラットならちゃんと村まで届けてくれるさ。後はハンター協会次第だな」

「ブラット?それは誰だい?」

「森ガラスだ。卵から育てた俺の家族だ」

「森ガラスを飼っているのかい!?すごいな、今度見せてくれよ」

「ああ、大狩猟祭がおわったらな」


目を輝かせて語るエーミールに相槌を打ちながら、ジルバーは森で拾ってきた果実を地面に並べた。


「料理道具がないから、そのままで食べられるものをとってきた。エーミールの荷物はどうだ?」

「僕も料理道具はないけれど、支給されてる非常食ならあるよ。これがまたパサパサでマズイんだよ」


そう言いながら、小さな袋から四角い塊を取り出す。それを慣れた手つきで二つに割って、片方をジルバーに差し出した。


「これだけしかなくて悪いけど、半分こでいいよね」

「俺は木の実があるから、全部食べてもいいぞ」

「気にしないで。むしろ全部食べたくないんだから。食べたら感想を聞かせてよ」


そう言われたジルバーは、警戒しながらも受け取り一口かじる。そして数度噛んでから頷いた。


「うん、マズイな」

「でしょ?」

「パッサパサで口の中が乾く」

「でしょでしょ?そうなんだよ。もっと美味しくして欲しいって言っても保存性がどうたらこうたらって言われてさ、ちっとも相手にしてくれないんだよ」


仲間とはぐれ、夜の森に放り出されたというのに、エーミールに悲壮感はなかった。唯一助けに来てくれたジルバーが、全く森を恐れた様子がないのも大きい。

彼ははぐれたエーミールをあっという間に見つけ出すと、先導して森を進んでいった。

ジルバーに続いてどんどん森の奥へ行くことに最初は不安を感じたが、近づいてくる獣がなくなったことで安全な方に逃げているのだとわかった。

獣が逃げてくる方にそれを追い立てる原因があるのだから、それに追いつかれないように逃げたのだ。

そしてやっと安全だと言って止まったのが、この岩場だった。


火を囲み、食事をして落ち着いたところで、エーミールが口を開いた。


「そういえば、僕らはこれからどうなるんだろうか」

「明日になれば、予定通りに獣の追い込みが始まる。森の中にいるはずの大型の獣も、それに追われて移動するはずだ。俺たちはその追い込みの連中がここまで来るのを待って合流すればいい」

「でも本当にそううまくいくかな?」

「大丈夫さ。万が一に備えて、村に手紙も送ってある。心配はない」

「そうだね、そうだよね」


エーミールは希望を込めて空を見上げるが、木々の隙間にから見えたのは垂れ込めた分厚い雲だけだった。

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