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予定外の兆し

◇◆


「ふんふんふふ~ん」


緩やかに流れる川のほとりで、パシャパシャと水を跳ねさせながら1人の少女が遊んでいる。

袖なしのシャツを着て、スカートを膝上まで捲り上げているが、周囲には誰もいないので気にしている様子はない。

それもそのはず、ここは森の中であり、大狩猟祭が始まって間もない現在はハンターも近くを通ることはないからだ。


「……あら?」


川の中を楽しげに跳ね回っていた少女が、何かに気づいて顔を上げた。


「オリーブちゃん、もう終わったの?」


少女の問いかけに応えるように、近くの岩に一羽のフクロウが舞い降りた。

フクロウの足につけられた容器を取り外して中をのぞくと、それは空になっている。


「さっすがオリーブちゃん、仕事が早いね。それじゃあ、ジャンヌもそろそろ準備を始めようかなっ!」


そう言って、少女――ジャンヌは川から上がると、川岸に置いてあったいつもの服に着替え始めた。


◇◇


ディールは森の中で兵士たちを先導していたが、気配の違いに困惑していた。

それが後ろにいた部隊長のアルノーにも伝わったのだろう、小声で話しかけれらた。


「どうしたディールくん。なにか問題でもあったのかい?」

「いえ、問題ってほどじゃないんですけど、森の様子がどうもおかしいんです」

「おかしい、とは?」

「俺たちハンターは普通、大掛かりな狩りの準備をする時は、獲物の位置を常に把握しようとするんです。ただ今回は獲物が多すぎるので、範囲を決めてそこからできるだけ逃がさないようにする結界を張ってるんですが」

「結界とは……。こんなことでも魔女とやらの力を借りているのか」

「いえいえ、そんな大層なものじゃないです。ただ単に、獣が嫌う臭いを出すくっさい縄を張ったり、目立つ案山子を置いたりしてるだけですよ」

「それが結界なのか」

「それも結界のひとつらしいです。魔女様も魔法は使わないでできる方がよっぽどいいって言ってましたし」


アルノーは、魔女という言葉に少しだけ眉根を寄せた。

でもそれが関わってないと知って、力を緩めたようだった。


「そうだ、今は我々人の世なのだから、魔法などという得体の知れないまやかしは存在するべきではないのだ」


意気込むアルノーに、こんどはディールが眉根を寄せる。そして口の中でそっと呟いた。


「魔女様はそんな悪い人じゃないんだけどな」

「ん、なにか言ったかね?」

「い、いいえ、何も!」


ごまかしながら先へ進むが、やはり森の様子が気になって足が遅くなる。


「ディールくん、やはりなにかあったのか?」

「それが、その、ここはさっき言った結界に近いので獣は寄ってこないはずなんですが、どうも近くにいるみたいなんですよ」

「つまりその結界が役に立ってないということかな」

「そんなはずはありません。結界の中に魔獣でも出て、それから逃げてるんじゃないかぎり……」


そこまで言った時、遠くの茂みがガサリと揺れる。

進行方向とは外れた森の中、先ほど言った結界の中の方から、大きな茶色の塊が姿を現した。


「あれが魔獣か?」

「いえ、ただのイノシシです。でも結界を超えてくるなんてどうして」


イノシシも彼らに気が付いたようで、警戒心をあらわに睨んでいる。


「ただの獣なら、退治してしまってもいいのではないかな」

「待ってください。いま殺しても加工する時間も道具もありません。それにアレは子連れです。ベテランハンターでも、あえて手を出す人はいません」

「……そうか。なら無視をするべきだね」

「はい、こちらから刺激しないかぎり襲ってこないでしょう。それと、ちょっと待っててください。予定外のことが起こったので、注意するように合図します」


そう言って、背中の荷物から発煙筒を取り出す。

近くの木に固定して火をつけると、黄色の煙が空へと昇っていった。


「これで、すぐに他のハンターが来て対処してくれるでしょう。俺たちはこのまま先に進みます」

「了解した」


アルノーは後ろに続く部下に、イノシシには手を出さないようにと指令を出す。

それが伝言ゲームのように伝わっていくのを確認してから、ディールに続いて歩き出した。


数分後、同じ場所を最後尾の兵士とジルバーが通り過ぎる。

未だ黄色い煙を上げる発煙筒を見て、年若い兵士がジルバーに質問した。


「キミたちも狼煙(のろし)を使うんだね。ボクらも使い方を習ってはいるけれど、戦場に出たことなんかないから見るのは初めてだよ」

「そうなのか。俺も知ったのは一年くらい前だったんだが、これは便利だと思う。色、音、匂いで異常があったことがすぐにわかる。考えついた人はすごい頭がいいのだろうな」

「あれ?ボクは初代の魔女から伝えられたものだと聞いたけれど?」

「魔女が?」

「そうだよ、知らないのかい?初代の魔女がボクらの王の前に現れて、森と魔獣のことについて教えたんだ。ボクも子供のころによく聞かされたものさ」


兵士は得意顔になって、その物語を語り始める。

昔々のある日、すごい勢いで森が成長し始め、人の生活圏を脅かし始めた。人はなんとか森を削り取ろうとするけれど、その成長速度と森から出てくる獣に悩まされ続ける。

いくつかの国が森に飲まれ、いくつかの国が獣に滅ぼされた後、森の成長が急に弱まった。そしてそのすぐ後に、魔女と名乗る女が姿を現した。

彼女は王の前に出ると、森について語り始める。


「森の種は滅びはしたが、森がなくなるわけではない。これからも森は有り続け、獣を吐き出し続けるだろう」


そうして森に関する知識と様々な道具を人に伝えて、魔女は森へと姿を消した。


「……という話さ。面白いだろ?」

「うん、面白いな。でも、おう、なのか?俺は魔女と会ったのは領主だと聞いた気がするんだが」

「それは解釈の違いだろうね。この話の原点を遡ったら、ただ『統治者』とだけ書かれていたんだ。だからたぶん、皆それぞれ自分の想像しやすい人を当てはめて語ったんだと思うよ」


ジルバーはいまいち理解しきれなかったようだが、後で魔女にでも解説してもえばいいかと納得する。


「あと気になったんだが、魔女はそんな前から生きていたのか」

「まさか。今の魔女とは別人に決まっているよ。魔女はその知識を弟子に伝えて、その弟子が次の魔女になるのさ」

「なるほど。詳しいんだな」

「ボクはそういう話が大好きなんだよ。領都では聞けない話を聞きたくて、今回の大狩猟祭に参加したようなものなんだ。キミはなにか知らないかい?村にしか伝わらない昔話とかさ」


目を輝かせる兵士に苦笑しながら首を振る。


「わるい。俺は村育ちじゃないから、そういうのは知らないんだ」

「そうか、それは残念だ」

「でも村に帰ったら、詳しそうな人を紹介してもいい」

「本当かい?やったあ!」


無邪気に喜ぶ兵士を見て、ジルバーも微笑む。

それから結界のある方へと視線を向けて、小さく呟いた。


「魔女の弟子、か」

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