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大狩猟祭 当日


一夜明けて、大狩猟祭の当日。天候は晴れ。今日はすがすがしい出発日和。

もちろん出発するのは私じゃなくてジルバーだけど、気分というものはけっこう大切だ。

宿屋の前だけど、いつもと同じようにジルバーを見送りに出る。


「じゃあ、行ってくるぞ」


「うん、いってらっしゃい。気をつけてね。無事に帰ってきてね」


「大丈夫だ。道案内だけなんだから、いつもより楽なくらいだ」


「いつも通りじゃないからこそ心配なのよ。本当に、気をつけてね」


「ああ、わかった。行ってくる」


ジルバーはいつものように笑って頭をなでてくれた。

なんとなく、本当になんとなくだけど、彼と離れてしまうのに少し不安を感じた。

ジルバーの背は、同じように旅立つ人に紛れてすぐに見えなくなってしまった。

それでもなかなかその場を動けずに大門がある方を見ていると、後ろから声をかけられた。


「そんなところにずっと立ってられたら、入る人の邪魔になるよ」


「あ、女将さん。ごめんなさい」


慌てて入り口からよけると、女将さんは苦笑して私の肩に手を置いてきた。

その手の平のぬくもりで、自分がいつの間にか肩に力を込めていたことに気が付いた。


「いいのよ。いつもと違うから、不安になったのよね。でもね、アンタの旦那はちょっとのことでダメになるような男じゃないんだろ?だから信じてやりなよ」


「はい、そうですね。ジルバーならきっと、なにがあっても大丈夫です」


「そうだよ、その意気だ」


鷹揚に笑う女将さんを見ていると、私も元気が出てきた。

ジルバーが仕事に行くように、私も自分の仕事をがんばらないと。


さっそく、宿の仕事を手伝うべく厨房へ向かう。

女将さんに言ったとおり、ジルバーならどんなことがあっても無事に帰ってこれるだろう。なんたって私の旦那様は、深き森を走り回る魔獣なのだから。


◇◇


ジルバーは大門通りの裏道を通って、ハンター協会へとたどり着いた。


顔見知りのハンターたちと挨拶をして、窓から表通りをのぞく。

そこには鈍く光る鎧を身につけた兵士たちが、大門の方を向いて整然と並んでいるのが見えた。


「おお、すごいな。みんな同じ格好だ」


「お前さんは兵士を見るのは初めてか。あれは領主様付きの鍛冶師たちが作ってるんだ。決められた形のものを、決められた大きさで、同じものを沢山作ってるんだよ」


近くにいたハンターが、ジルバーの驚く声に答えた。


「鎧が同じでも、人間は同じじゃないだろ?」


「そりゃそうだ。まあ大きさは大きいの、中くらいの、小さいのの3つくらいで、後は詰め物をしたりして調節してるんだよ。お前さんも、靴とかそうやって使ってるだろ?」


「いや、俺の靴は全部、俺が作ってる」


「ほう、お前さんは生粋のハンターだな。だがまあ、兵士はハンターとは違う。あいつらは戦うのが仕事だから、自分の装備を自分で作ってる暇がないんだ」


「それでその、鍛冶師が全部作って、みんなに配ってるのか」


「ああそうだ。兵士は毎年増えるし、同じくらい減ったりもする。だから同じものを沢山用意しといて、人の方を装備に合わせるのさ」


なるほどなあと、ジルバーは頷く。

そういえば村で料理道具を買った時、同じものがたくさん並んでいたことを思い出した。

森の中だけでは知らなかったことに、ジルバーは深く感銘を受けていた。


そんな話をしている間にも、協会には続々とハンターたちが集まってきていた。

すでに一階のほとんどが埋まり、数人が2階への階段に上がっている状況だ。

なにせこの村のほぼ全てのハンターたちが集まって来るのだ。普段ならおよそ3分の1が森へ入り、3分の1が村で仕事をし、残りの3分の1が休んだりだらけたりしている。

ジルバーでなくても、普段と違うこの雰囲気に落ち着かないものを感じているだろう。

吹き抜けになってる2階には、誰も上がってはいなかった。


そんな時、裏口から入ってきた一人の若者が、ジルバーを見つけて声をあげた。


「あ、見つけたぞジルバー!勝負だ!」


昨日会ったハンターの若者が、人をかき分けてやってくる。

周囲のハンターたちは、またあいつかと面倒くさそうな顔をしていた。


「ディールだったか。昨日はありがとう。おかげで楽しめた」


「そりゃあよかった。やっぱ祭りはみんなで騒ぐのが楽しいもんな……って、そうじゃねえよ!もう一回勝負だ。勝ち逃げは許さないからな」


「気持ちはわかるが、もうすぐ振り分けが始まる。勝負してる時間はないぞ」


「だから、大狩猟祭でどっちがより大きな獲物をとれるかで勝負するんだよ」


「でも、今回の狩りは兵士たちの仕事だろ?俺たちは道案内をするだけだ」


「だーかーら!その兵士たちに、オレとオマエ、どっちが大きな獲物を狩らせることができるかで勝負するんだよ」


「勝負もなにも、俺とディールは同じ部隊につくはずだが?」


「え、そうなの?」


「そうだ。メッサーが言ってたから間違いない」


ジルバーは、今回の大狩猟祭の方針を決める魔女とメッサーの話し合いに参加していた。

その時にすでにメッサーから大体の作戦を聞いていて、その上での協力を頼まれていた。


「俺たちはけっこう急がなければいけないから、勝負している時間はますますない。だから今ではなく、大狩猟祭が終わってからにしよう」


「なら仕方ないな。でもな、オレはお前に負けないからな」


「ああ、俺も負けない」


2人の話が終わるのを見計らったかのように、2階の奥の部屋から人が出てきた。

ハンター協会の実働隊長であるメッサーともう一人、運営を担っているブリレ会長だ。

2人が1階から見える位置にくると、協会内はすぐに静かになった。


白髪のブリレ会長は一歩前に出ると、メガネを押さえながらハンターたちを見回した。


「みなさん、調子はどうですか?」


会長の問いかけに、「万全です!」「問題ない」などの声が次々に上がる。

会長はそれを聞いてニコニコしながら何度もうなずいた。


「去年は魔獣騒ぎがあったため行うことができなかった大狩猟祭が、ついにやってきました。みなさんも待ち焦がれていたでしょう。今日はその大狩猟祭の中で一番重要な日となる一日目です。今日の仕事が終わらなければ、明日以降の収穫にも影響が出てくるでしょう。そうなれば祭りにも影響が出てしまいます」


会長の言葉が一つ終わるごとに、ハンターたちの間から楽しげな合いの手が入る。

「そうだ!」「その通り!」という声を上げているのは、ハンターの中でもお調子者と言われている者たちだった。


「そうならないために、今日の仕事をしっかりとこなしましょう」


「そうだそうだ!」


「狩りの前には入念な準備が要ります。立派なハンターであるみなさんは、それをよく分かっているでしょう」


「当ったり前だ!」


「であるなら心配は何もありません。みなさんは自分の……」


「話がなげーぞこのハゲメガネ!」


会長はメガネを外すと、鬼のような形相で声がした方を睨んだ。


「そこの五月蠅い奴を今すぐ黙らせろ!!」


雷のごとき大音声(だいおんじょう)に、ハンターたちが一斉にお調子者を黙らせる。

お調子者がさるぐつわで転がされたのを見てから、会長はメガネをかけ直した。


「オホン。あー、一人前のハンターであるなら、ああいう馬鹿なことはしないように。明日の収穫と祭りを楽しむために、いつも以上に気をつけて、今日の仕事をこなしてください」


会長が話を終えると、ハンターたちから拍手があがった。

その拍手を受けて照れくさそうに額に手を当てながら、会長はメッサーの横へとならんだ。

会長の手は、近年広くなりつつある額から、なかなか離れることはなかった。

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