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うわき?

「……というわけで、大狩猟祭が始まるわよ」


我が家に来て早々、魔女様が宣言した。

時刻はお昼を過ぎてからかなり経っている。

そろそろオヤツにしようとして、ちょっとしたお菓子を作ったところだった。

タイミングの良さに驚いたけれど、魔女様なら私たちの考えること全てお見通しなんだろう。


「あ、やっぱりやるんですね。つい先日、ジルバーとその話をしたところなんですよ」


「あらそうなの?じゃあノインちゃんも森の変化に気がついてたのね」


「私じゃなくて、ジルバーの成果から判断したんですけどね」


「ちゃんと彼のことを見てやってるのね、ノインちゃん偉いわあ」


「そんなことないですよ」


以下、アハハウフフのガールズトークが始まる。

魔女様は時々ふらりとやってきて、村や森の最近の出来事について教えてくれる。

私やジルバーはたまにしか村に帰らないので、魔女様がこうして遊びに来てくれるのはとても嬉しい。

時間のある時は泊まりがけで、朝まで二人で話し込んでしまうこともある。


「今日は森の果物でタルトを作ってみましたよ」


「わあすごい。ノインちゃんお料理上手なのね」


「それはもう、両親にしっかりと教わりましたから」


褒められたのが誇らしくて、胸を張る。

狩人料理はお父さんに、家庭料理はお母さんにそれぞれ仕込まれた。

両親ともに中途半端は許せない性格だから、私は家でも外でも料理を作れるようになってしまった。


そんなことを含めいろいろ話をしていたら、一周回って元の話に戻ってきた。


「それで魔女様、大狩猟祭のことで聞きたいんですけど」


「ふぇ、なんのこと(ふぁんのほほ)?」


タルトの欠片にかじりつきながら、魔女様が首をかしげる。


「大狩猟祭って、毎年の秋ごろにやってるじゃないですか?でも去年はやりませんでしたよね。それってなんでですか?」


「それはね……」


お菓子を飲み込んだ魔女様が説明を始めた。


「去年は魔獣騒ぎがあったでしょ?そのせいで森も獣も弱ってたから、やる必要がなかったからよ。でも今年は十分に回復したから、やる必要が出てきたってわけよ」


簡単でしょ?と言いながら、魔女様は次のタルトへと手を伸ばした。


「そうだったんですか。私が生まれてから毎年やってる気がしたので、やらない年があるとは思いませんでした」


「まあね。むしろ普通は、年一回じゃ少ないくらいなのよ。今はハンターたちが頑張ってくれてるからいいけれど、それがなかったら森から獣があふれ出ているところよ」


「森から獣が!?それって、獣の大侵攻ってことですか?」


獣の大侵攻。

ずっと昔から聞かされてきた、村を襲った災厄の話。

森から獣が次から次へと溢れ出し、森の近くの村がいくつも飲まれて消えていった。

私のいる村も大きな被害を受けて、それでもなんとか生き残った。

その時に私のお祖父さんのお祖父さんが活躍して、赤ずきん(ロットカッパー)の家名をもらったのだとか。


そんなことがまた起こってもおかしくないほど、この森は危険だったのだろうか。


「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫よ。そうならないために私がいるんだし」


魔女様の朗らかな笑顔を見ると、安心できる。


「それに、今はジルバーがいるじゃない」


「ですよね、そうですよね!」


ジルバーなら森の獣ていどに遅れはとらないし、いざとなれば村まで一緒に逃げればいい。

ジルバーがいるなら、なにも問題ない。

そんな話をしていたからだろうか、玄関の扉が開く音が聞こえた。


「ただいま。ノイン、かえったぞ」


噂をすれば、帰ってきたようだ。

いつものようにもっと遅くなると思っていたけど、早く帰ってきてくれたなら、それだけたくさん話す時間ができるのでうれしい。


玄関まで迎えに出ると、ジルバーはなぜか入り口の前に立ったままだった。


「あ、おかえりなさい。今日は早かったのね」


「ああ、うん」


「どうしたの?早く入ってきて。今日は魔女様が来てくれてるのよ」


「魔女が?それは助かった……のかな」


なんだか様子がおかしい。


ジルバーは家に入ろうとして、何かに後ろから掴まれたかのように動きを止めた。

それから小声で後ろに向かってなにか言っている。

私の位置からではジルバーの陰になっていて、よく見えない。


「あら、後ろに誰かいるの?」


「あの、いや、その……」


歯切れの悪い、彼らしくない言葉に眉をひそめていると、彼の後ろから顔がのぞいた。


「ふーん。この人がジルの奥さん?けっこうイモいのね」


私と同じか少し年下だろうか。

お人形のようにスラリとした手足とキレイな肌の、ショートの黒髪の女の子だ。

ただ衣服が森に入るような服装じゃない。

膝上まで靴下は水色と紫のシマシマだし、それなのにスカートが短いせいで太ももが少し見えてしまっている。

さらに袖のないシャツを着ながら、二の腕から手首までの、縁にひらひらのついた布をつけている。

つまり肩が無防備だ。

これじゃあ森の中を歩くだけで、草木で肌を傷つけてしまう。

そのはずなのに、その女の子の肌には傷一つなかった。


とっても不思議な女の子だ。

まるで私とは別な世界で生きているみたい。

私の見たことのない服を着て、聞いたことのない言葉を使っている。


芋いって、どういう意味だろう。あまりいいことを言っているようには見えないけれど。

いえ、それよりも今はもっと別のことを聞かなくちゃ。


「ジルバー、その人はどなた?」


「ああ、こいつは森の中で見つけたんだ。その、困っているように見えたから……」


「そうだよ。ジルがジャンヌを助けてくれたんだねー」


自分のことをジャンヌと呼んだ彼女は、ジルバーの腕になれなれしく抱きついた。

ジルバー驚いて振り払おうとしているけれど、ジャンヌは楽しそうに笑っている。

私の、ジルバーで、楽しそうに。


「えっと、ジャンヌさん?こんな森の奥で迷うなんて大変でしたね。よかったらウチで休んでいきませんか?」


「え、いいの?やったー!」


「ええ、もちろんですよ。今ちょうどお菓子を食べてたところなの。いっしょにどうかしら?」


「お菓子!?食べる食べる!ありがとー」


キッチンを示して言うと、ジャンヌは子供のようにはしゃぎながら入っていった。


「あの……ノイン?」


遠慮がちな声に振り向けば、ジルバーがなぜか腰の引けた体勢でいる。


「どうしたの?」


「いやその、なんだ、えーと……」


「……詳しい話はあとで二人の時に聞かせてね」


「え、ああ、うん。そうだ、ちょっと水をくみに行ってくる」


ジルバーはそう言うと、そそくさと出ていってしまった。

これは何かある。

森で女の子を拾ってきた?それはどういうことなんだろう。

すぐにでも確かめようと決めて、私もキッチンへと戻った。

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