里帰り
「ジルバー、もうこの辺でいいわ。降ろしてくれる?」
私がジルバーの背中でそう言うと、彼は首を横に振った。
「まだ、むらまで、ちょっとある。もうすこしさきまでいく」
「私は大丈夫だから、この辺で降ろして欲しいんだけどな」
「まだあしもとが、でこぼこだ。ころぶとあぶない」
「私は簡単に転ぶほど鈍くないんだけど」
過保護な意見に不満を表すと、ジルバーはちょっとだけ振り返って笑った。
「まだキズがなおってから、そんなにたってない。だからおもったよりも、ちからがおちてるはずだ。おれはノインに、ケガしてほしくないんだ」
そう言われてしまっては、わがままを言いにくい。しかたなく私は口を閉じた。
でもちょっとだけむしゃくしゃしたので、ジルバーの後頭部に頭をぐりぐり押し付けた。
「おっと、あまりあばれないでくれ。おれがころびそうだ」
ジルバーがなにか言ってるけど、知らない、聞こえない。
だいいち、この私を苦も無く背負っている彼の正体は、たくましい狼の魔獣なのだ。
それがこんな程度のちょっかいで、バランスをくずすはずがない。
今は魔女様特製の魔法のアイテム【人の皮】かぶっているので、パッと見ただけではその正体を見抜ける人はいないだろう。
普通の魔獣は森と人に害を成す恐ろしい存在だけれど、ジルバーは違う。
森の魔女様の友人であり、怪我をした私を助けてくれた優しい人。そしていろいろあって、今は私の素敵な旦那様になったのだ。
今日はジルバーと一緒にお出かけ。目的地は、私の生まれた村だ。
私がクマの魔獣に襲われて怪我をしたのは、元パーティーの仲間たちとケンカ別れして一人で依頼を受けたからだ。
その後ジルバーに助けられてから一度も村に戻ってなかったので、私は無事だよと知らせなくちゃいけない。それと受けた依頼についても、きちんと報告しないとダメだ。
そのあと実家にも寄って、ジルバーと結婚したことを改めて報告するつもりだ。
お父さんはその結婚を決めた現場にいたから知っているけれど、お母さんやお爺さんお婆さん、そして妹にはまだ直接言ってない。
家を出て行って娘がいきなり結婚したなんて報告したら、どんな顔をするだろうか?楽しみでもあるけれど、怒られたりしないかちょっと不安でもある。
森の外側に近づくと、私たち以外の人の姿がちらほらと目につくようになった。
森に入るのはハンターがほとんどだけれど、浅い場所なら普通の村人も入って来る。村のみんなはだいたいが知り合いなので、こちらを見れば手を振り、近ければ声をかけてくる。
今もまた、時々ギルドに顔を出す農夫のおじいさんが向かいから来て、私に気がついたようだった。あわてたように小走りでこちらへ寄ってくる。
「おーい、ノインちゃんじゃないか。本当に無事だったんだな。魔獣に襲われたって聞いたからびっくりしたよ」
「うん。それでちょっと怪我しちゃって、足がうまく動かせなくなっちゃった。でもハンターになったんだから、覚悟してたわ。それに結果的に生きているんだから、最悪じゃないし」
足の傷をちょっとだけ見せると、おじいさんは痛そうな顔をした後で深々とうなずいた。
「んだな。命があるだけ儲けもんだ。よかったなぁ。……ところで、こっちの兄ちゃんはだれだい?」
「ジルバーっていう、私を助けてくれた人よ。森の奥に住んでるの。それで私、これから彼と一緒に暮らすことになったの」
そう紹介すると、ジルバーがよろしくと言って頭を下げる。
「ほう!そりゃまた、めでたいな!そうか、この間ハンター協会がなんか騒がしいと思っとったら、そういうことだったのか。そうかそうか」
「協会ってことは、お父さんか……」
私のお父さんであるメッサー・ロットカッパーは、ハンター協会の重役の一人。先日の魔獣退治の時も自ら指揮を執った、超がつくほどのベテランハンターだ。
そのお父さんが魔獣退治が終わった後に、魔女様への報告と私のお見舞いを兼ねてジルバーの家へ来て、そこでお父さんとジルバーの話し合いの末に、私がジルバーと一緒に暮らすことになったのだ。
お父さんはその次に日には、魔女様と話した魔獣についてとこれからの森での活動指針をハンター協会へと持ち帰った。
その時に私の治療が順調だということと、ジルバーとの結婚のことも話したのだろう。
協会で報告するのは、依頼の件とハンター引退の手続きだけのつもりだったけど、そうもいかなくなりそうだ。
「おじさん、教えてくれてありがとうね。じゃあ私たち行くから、おじさんも気をつけてね」
「こっちこそ呼び止めちゃって悪かったね。じゃあまた」
おじさんは手を振りながら森へと入っていった。
けっこう噂好きのおじいさんがなので、今日私と会ったことは数日中に村全体に広がるだろう。
ジルバーの背で揺られながら考える。これからどういう順番で回った方がいいだろう。
最初は、一番先に協会に行って報告と手続きをしてしまおうと思っていたけど、そうすると協会でみんなに詳しく話を聞かれそう。
だとすると、やっぱり実家に先に行って、家族に挨拶をしてからの方がいいかもしれない。
「ねえ、ジルバーはどう思う?」
いま考えたことを話して質問すると、ジルバーはちらりとこちらを見た。
「やっぱり、かぞくとすごすじかんが、おおいほうがいいとおもうぞ。それに、おれはひとのおおいところには、いきたくない」
そう言ってちょっと肩を落とす。
「大丈夫よ、協会にはお父さんについてきてもらうから。その間はジルバーは家で待っててもらうことになるけどね」
緊張しているらしいジルバーの頭を、後ろからなでる。
「そっちはそっちで、きがすすまないな」
「ふふ、大丈夫よ。魔女様が前のよりいい【人の皮】を作ってくれたじゃない。これがあればバッチリだって」
「うん。かわをはがされないように、きをつけるよ」
そんな話をしているうちに、いつの間にか森の出口付近まで来ていた。
「それじゃあ、そろそろ降ろして。ここからは歩くから」
「わかった。でも無理するなよ」
ゆっくりとしゃがんだジルバーの背中から、土の地面へと足をつける。
自分の足で地面に立つと、ジルバーの背中にいた時と目線の高さが違って不思議な気分になる。
「大丈夫か、しっかりたてるか?」
心配そうに見てくるジルバーを見て、少し甘えてみたくなってしまった。
差し伸べてくれている腕をとって、頭一つ分高い位置にある顔を見上げる。
「ちょっと、腕をかしてもらっていいかな?」
「あ、ああ。それくらいなら、いつでもかすぞ」
ジルバーはそう言ってはにかんだ。
私はなぜか急に自分の子供じみた行動が恥ずかしくなってしまい、その顔を見ていられなくて下を向いた。
「じゃ、じゃあ行こうか。みんな待ってるし、早く行こう」
「おっと、ひっぱるなよ。そんなんじゃ、ころぶぞ」
今の私の顔を見られたくないし、でもジルバーの腕を離しなくない。そんな相反する思いを味わいながら、私は村へと急いだ。




