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言葉の行く末

◇◆


キッチンを出て行こうとするノインを見て、魔女がすぐに立ち上がった。

同じく立ち上がろうとするジルバーの肩を押さえて座らせる。それからメッサーを睨みつけるが、彼は魔女を見ようともせずに、コップの酒を飲んでいた。


魔女は聞こえるように舌打ちすると、ノインを追いかけてキッチンから出て行った。


残された男二人の間に、重い空気が流れる。

ジルバーはなにか話を切り出そうとするが、結局なにも言えずに口を閉じる。

どうすればいいのか分からず、とりあえず酒を少しずつ飲みながら考える。

そんな事をしていると、不意にメッサーが口を開いた。


「すまなかったな」


「え!?な、なにがだ?」


「あの子の事だ。君はひとりで静かに生きてきたと聞いた。だがあの子を助けたせいで、こんな状況になってしまっている。私の娘が迷惑をかけてしまって、すまなかった」


「いやいやいや、ぜんぜんめいわくじゃない。ノインをたすけられてよかったし、いろいろと、はなせるのも、たのしいとおもってる」


「そうか?あの子はその……少しうるさいところがあるだろう?この料理はあの子が作ったわけではないだろう?手順とかが違ってるとか、無駄が多いとか言われなかったか?そういうところが妻に似ているんだ」


ジルバーは今日のことを振り返り、それから頷いた。


「たしかに言われた。でも、おれもしらないことがわかって、よかったとおもう」


「ふむ。ジルバー君は素直なのだな。私も見習いたいものだ」


「おれは、しらないことが、おおいだけだ。いばれるものなんて、からだが、ちょっとがんじょうなくらいだ」


「ふはは、それはハンターにとって重要な条件だぞ。謙虚で健康なのが一番だ」


メッサーは機嫌よく酒を飲み干したかと思うと、急に真面目な顔でジルバーを見据えた。


「改めて礼を言わせてくれ。あれが仲間とどういう風にして過ごしていたか、私も話は聞いていた。仲間と上手くやっていけないハンターは長生きできない。私はあれにそうなって欲しくはなかったから、機会があれば注意しようと思っていた。だがその前に今回の事が起こってしまった」


そう言ってメッサーは、額がテーブルに付きそうなほど頭を下げた。


「ジルバー君。娘を助けてくれて、本当に感謝する」


「たすけられる、そうおもったから、たすけた。それと、いきれたのは、ノインのちからだ。アイツのことも、ほめてやってほしい」


ジルバーの一言が意外だったのか、メッサーはすこし考えた後にそれに答えた。


「ノインを褒めるか。そういえば私は、あの子を褒めたことがなかったかもしれない。女心が分かっていないと、周りからよく言われたものだ」


メッサーは厳めしい表情をすこしゆるめた。ジルバーにはそれが、この男なりの笑顔なのだとなんとなくわかった。

しかしそれもすぐに、長年染みついた皺の中に消えてしまう。

普段通りの厳しい顔で、メッサーは話を続ける。


「私は男であり、ハンターであるからそれは当然だと思っている。だが、女心は分からないとしても、ハンターの心はとてもよくわかる。私の意見は他のハンターたちの意見とほぼ同じだろう。だから私があの子に言ったことは、他のハンターたちも思っていることだと考えて間違いはない」


「つまり、むらのハンターたちは、ノインを……その、だめだと、おもっている?」


「程度の差はあるだろうが、大方そうだろう。村に戻ってもあの子は、ハンターに関わる仕事にはつけないだろう。誰かの家に嫁に行くか、修道女になるしかない」


「じゃあノインは、たのしくないだろうな」


ジルバーの言葉にうなずきながら、メッサーは酒を呑んだ。


「あの子が私を出迎えてくれた時は、とてもいい笑顔だった。まるで幼い頃に戻ったかのようだった。昔、ハンターの仕事を教える前は、よくあんな顔で笑ってくれていた。だが、私と話しだしたとたん、あの子は小さく縮こまってしまった。村にいる時も、最近はあれほどの笑顔を見たことがない。私や村の奴らでは、あの子を笑顔にすることはできない。……そこで考えたのだが」


メッサーはコップを置いて、ジルバーの目を正面から見据えた。


「あの子は、ここでなら、君の隣でなら笑えるだろう。どうか、あの子を笑わせてやってくれないか」


メッサーの提案に、ジルバーは驚いた。

こんな危ない森の奥に自分の娘を置いていこうなど、普通の人間は考えもしないだろう。

『普通でない』こと。それは他人の目を引くことになるし、同時に忌避されることにつながる。だから、静かに生きたいジルバーにとっては、絶対に近づきたくない言葉でもある。

反射的に断ろうとして、しかし目の前の男の目線に威圧され、すんでのところで思いとどまる。

メッサーは普通の人間ではない。彼はハンターとして生きてきたし、これからもそう有りつづける男だ。

ならば、先ほど彼が言った言葉は紛れもない真実なんだろう。

だとしたら、村に帰るのはノインにとっては、不幸な未来しかないということだ。

一緒に過ごしたのは短い時間ではあったが、ジルバーはノインのことを気に入っていた。だがら彼女は不幸になるのは間違っていると思えた。

でも、自分といることが彼女の幸せにつながるとは、ジルバー自身は思えなかった。


「……おれは、りゆうがあって、むらの者とはくらせない」


「それは、断るということなのかな?」


メッサーの言葉に、ジルバーは首を横に振る。


「おれは、むらにはいけない。ノインはひとりでは、むらへかえれない。だからその……ノインはさみしくなるんじゃないのか?」


「あの子は一人前のハンターになるために家を出た。一人前とは、どこにいても自分1人でなんとかできるということだ。あの子はそれを理解してハンターになったのだ。今さら寂しいなんて言うわけないさ」


それを聞いて、ジルバーは目を伏せた。

少ししてから顔を上げて、メッサーの顔を見て言った。


「ノインはおれから、はなれないでいてくれた。だから、ノインがいいとおもうほうに、いればいい」


「……ジルバー君。私が聞いているは、君がどう思っているのかだ。あの子の意見は後で聞く。だからまず、君はあの子と暮らしたいのかどうか言いたまえ」


曖昧な答えは許さぬと、狼をも震え上がらせるような眼力でメッサーが睨む。

ジルバーは思わず背筋を伸ばし、大きな声で答えた。


「おれは……ノインに、おれのいえに、いてほしい、です」


ジルバーがそう言いきった時、カランと、乾いた音がした。


男二人がそちらを見れば、キッチンの入り口でノインが立ちつくしている。足元にはカラになった木のコップが転がっている。


「の、ノイン?」


ジルバーがイスから腰を浮かせるのと同時に、ノインの目から涙が流れた。


ノインの後ろから現れた魔女が、彼女の背中を優しく押す。

ノインはゆっくりと歩き出し、ジルバーの目の前で止まった。


「ジルバー、私も、ここに居たい。ジルバーと暮らしたい。私がここに居たら、ダメ?」


ノインが手を差し出すと、ジルバーはそれを、壊れ物を扱うように受け止めた。


「そんなことはない。ノインにもっといろいろとおそわりたいし、おれのりょうりをたべてもらいたい。いやになるまで、ここにいてくれ」


「イヤになんて、ならない。私はずっとここに居るわ。いいでしょう?お父さん」


ノインとジルバーがそろって視線を向けると、メッサーは時間が動いていることに気がついたかのように瞬きした。

しかし次の瞬間にはいつもの厳めしい表情に戻り、咳払いをしてから口を開いた。


「それを二人が望んだんだ、私に止める理由はない。ただ一つだけ言わせてもらえるなら、自分の言葉には責任を持てと……」


「決まりだな!二人の婚姻を、この灰の魔女が見届けた。いやあ、めでたい!」


魔女はコップを人数分並べると、そこに果実酒を並々と注ぐ。


「さあ、乾杯だ。二人の新たな門出を祝福しようじゃないか」


「あの魔女様、まだ私の話が……」


「ああ?それは乾杯よりも重要なのかい?」


「え……いいえ」


メッサーが蛇に睨まれたカエルのように身を引いた。

ノインとジルバーはそれを見た後、顔を見合わせて笑いを堪えた。


魔女はニヤリと笑いながら、コップを高く掲げた。


「反対意見はないようだし、それでは、乾杯!」


「「「乾杯!」」」

長かった。

ここまで書くのに、こんなに時間がかかるとは思ってもいませんでした。

もちろん、終わりじゃありません。まだもうちょっと続きます。

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