父と娘
◇
「私はもう、ハンターとして独り立ちしたのよ。お父さんには関係ないわ」
私は酔ってなんかいない。そう思っているのだけれど、胸の奥から飛び出てくる言葉を止められなかった。
でも、それをぶつけたはずのお父さんは微動だにしない。相変わらず不機嫌そうな顔のまま私の視線を受け止めている。
「私は……」
「一人前のハンターなら、なおのこと自分を知るべきだ。考えなしに行動すると、痛い目に遭うことになるぞ。今回みたいにな」
刃のように鋭いお父さんの一言に、思わず息をのんだ。
私は猟犬に睨まれた鳥のように、立ちすくむことしかできない。
「そもそも、お前が1人で仕事を受けたりしなければ、こういう事にはならなかった。お前はちゃんと考えたのか?」
「……考えてた。あの時、ひとりで依頼を受けた時だって、安全そうなのを選んで受けたわ。本当は狩りとか、森の奥へ行く依頼がよかったけど、それでも1人だけだから無理しちゃいけないって、だから中継キャンプまでしかいかない依頼を受けたのよ」
私は上ずりそうになる声を抑えつけながら、一言一言はっきり発音する。
「仲間とケンカして、1人だけパーティーから追い出されて、それでもハンターとして生きていくためには仕事を受けなきゃいけないでしょ。時には1人で仕事をしなきゃいけない時もあるって教えてくれたのはお父さんじゃでしょ。1人にならなきゃ分からないこともあるっていう言葉の意味、ちょっとだけわかった気がしたよ」
「……そうか」
「そうよ、お父さんが言ってたことは正しかった。仲間となら簡単にできることも、1人だとすごく苦労するってわかったの。あの日も1人で心細くて、自分がどれだけ馬鹿だったのか思い知らされてた。だから、村に帰ったらまず仲間に謝ろうって思ってた」
「お前もそれを理解できたんだな。ハンターという仕事は、他人との協調が特に重要だ。自分だけ前に出ようとすれば、後の者はついて来れずに離れていく。独りになってしまえば、危険に遭遇した時に生き残りにくくなるものだ」
「うん、それは今回のことで、すごく理解できた」
「そうだな。魔獣と遭うのは不幸な偶然だが、森には他にも危険がたくさんある。仲間となら大したことがなくても、1人では命に関わることもある。ハンターは何よりも生き残らねばならない。成果を持ち帰るために、あるいは危険を仲間に知らせるために、理由はいくつもあるが、ハンターが1人いなくなると、他のハンターや村の皆の危険が増える。だから十分な経験のないハンターは、1人で行動するべきではないんだ。わかるな?」
「わかるわ。でもアイツラの顔を見たくなくて、なんでもいいからって無理を言っちゃったの」
「……お前は確かにハンターの実力は他の若い奴らよりはある。私と祖父さんが教えたんだから当たり前だ。だが、ハンターとしての実力があるからといって仲間が付いてくるわけではない。そういう意味でも運が悪かったと言えるかもしれんな」
「それは、どういう事?」
「お前も知っているだろうが、ウチの村で若い女のハンターはお前だけだ。男たちの中に女が1人というのは、それでなくとも問題が起きやすい。しかもお前は私の娘だ。周りの男どもはとても仕事がやり辛いだろう」
「そんなの関係ないでしょ!」
「関係ある。お前がどう思おうと、周りは言いたいことも言えなくなるし、常に気を使って接してくる。だから余計に動きが鈍くなるのだ」
なにそれ。私がいたから、パーティーのみんなの動きが悪かったっていうこと!?
私が私だから、みんなに気を使わせて、けっかケンカ別れすることになったって言うの!?
じゃあ、それじゃ……
「それじゃ私は、ハンターになるべきじゃなかったってことなの!?」
なにそれ!?私の行動じゃなく、私が私だから悪いってことなの?
あまりの理不尽に、膝の上で拳を握りながら叫んでいた。
「お前が本当に1人のハンターとしてやっていきたかったのなら、領都にでも行くべきだった。あそこにもハンター協会はあるし、女性のハンターたちもいる。向こうで女だけのパーティーを組んでいれば、ケンカ別れするようなことにはならなかったはずだ」
お父さんの言葉に、足元が崩れていくような感じがする。
「そんな、今さらそんなこと言わないでよ!私は村の役に立てるハンターになりたかったのに、ハンターになりたいなら領都に行けなんて……。村でハンターにならないことが、村のためになるって、そんな……」
「私も言いたくはなかったよ。それにそもそも、こんなことになるとは思ってはいなかった。杞憂が当たってしまった。だから運が悪かったと言ったのだ」
「そんな、そんな……」
なら私はどうしたらいいの?私はどこに行けばいいの?なにも、なにも分からない。
悲しくて涙が溢れてくる。
私はみっともなく泣くような子供じゃない。立派なハンターなんだ。なのに、涙を止められない。呼吸が荒くなるのを抑えることができない。
「ノイン。おちついて」
そんな時、肩に暖かい手が触れた。
それだけで、すこしだけ息ができるようになる。
でも私は、今の自分を見られたくなくて、その手を振り払ってしまった。
そのままイスから立ち上がって、部屋の出口へと歩き出す。
誰にも顔を見られないように俯いて、足の傷が痛むのも気にしないようにして、早足で歩く。
「お父さんは、卑怯者よ」
その一言をやっとの思いで絞り出して、私はキッチンから逃げ出した。




