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晩餐の始まり

カンテラに照らされたお父さんの顔は、いつものように厳めしいものだった。

眉根を寄せた不機嫌そうな硬い表情で、私を見たまま何も言わない。

きっと、私の事を怒っているんだ。パーティーの仲間と仲良くできずに、追い出されるようなことになったから。そして、一人で依頼を受けたあげく、魔獣に襲われて怪我までしたから。

魔獣退治にはハンターだけじゃなく沢山の人たちの協力が必要だったろうし、ハンターの仕事にも大きな支障が出ただろう。

私のせいで、ほんとうに色々な人に迷惑をかけてしまった。


私はお父さんの無言の視線に耐え切れず、それから逃げるように頭を下げた。


「お、お父さん。その、ごめんなさい」


「…………ああ、そうだな」


長い沈黙の後で、お父さんは私の手からカンテラを取り上げた。


「あっ」


「怪我をしているんだろう?魔獣に襲われて、よくそれだけで助かったな」


「うん、ジルバー……この家の人に助けてもらったの。もう少し遅ければ危なかった」


あの時は本当にギリギリだった。

あの遠吠えがなければ、殺されていてもおかしくなかった。今日話してわかったことだけれど、あの遠吠えはジルバーのものだったらしい。

血の匂いを感じて警告のために発したそれに、私は命を救われた。


「魔女様から聞いている。怪我をしたお前を魔女様の家まで運んでくれたのだろう?なかなか立派な人物のようだな」


「そ、そうだね」


どうやらお父さんは、ちょっとした勘違いをしているみたいだ。

でもそれを訂正するとジルバーの秘密も話すことになるから、何も言わないでおく。


「それで、怪我の具合はどうなんだ?魔女様からは、あまり良くないと聞いていたが」


私はうなずいて、ふくらはぎに残る傷跡を見せた。


「けっこう深く傷つけられた。歩くだけならいいけど、走るのは無理」


「治るのか?」


「魔女様は、これ以上は良くならないだろうって……」


「……そうか」


お父さんは私の傷跡から目をそらして、背筋を伸ばした。


「仕方がないが、丁度よかったのかもしれないな。ハンターとしてやっていくのに問題があっただろう?これを機に、別な道を探すのもわるくないだろう」


「えっ、それってどういう事?」


丁度いいって、どういう意味?私が怪我をして、ハンターの仕事ができなくなることがいいことなの?

そんな私の気持ちに気がつかないように、お父さんは話を続けた。


「私もな、お前のために色々と考えてきたんだ。お前には辛い思いをさせてきてしまったみたいだ。私や爺さんがハンターの仕事を教えてしまったせいで、お前に女の子らしいことをさせてやれなかった。お前は責任感のある子だから、一度始めた事を辞めるとは言い出せなかったのだろう。だがこれで、お前がハンターを辞める理由ができた。これからは、お前がやりたいことをしていいんだ」


違う、違う、そんなんじゃない!

ハンターの仕事を教わったのは、私がそれをやりたかったから。私は女の子らしいことが苦手だったから、それから逃げるためにハンターの訓練を頑張っていた。それは責任感なんかじゃない。

私がやりたいことは、ハンターだ。それは今も変わってはいない。


でも、私は足が傷ついて、それで走れなくて、ハンターとしてはやっていけないって言われて、それで、辞めていいって言われても、私はそれを認めたくない。辞めたくなんてない!


「お父さん、私は……」


「準備できたわ。もう入ってきていいわよ」


口を開きかけたところで、キッチンから魔女様が顔を出した。

お父さんが魔女様にうなずいて、私に手を差し伸べてきた。


私が言いたかった事はどこかへ消えてしまい、胸の中に言葉にできないモヤモヤしたものだけが残った。

そのモヤモヤを抱えたまま、私は一人でキッチンへと入った。


◇◆


メッサーがノインの後に続いてキッチンに入ると、魔女の横に青年が立っていた。

家の中だというのに長袖のシャツを着ていて、手袋までしている。

グレーの髪に、琥珀色の瞳。

若干(けん)のある表情をしているが、それは生来のものだろう。野生児じみているが、いい若者だとメッサーは評価する。


青年はなぜか自分の顔が気になるようで、しきりに額や首筋をさすっている。

メッサーは、彼がほとんど人と会ったことがないと魔女から聞いていたので、そのせいだろうと納得していた。


魔女がメッサーの視線に気が付くと、青年を叩いて注意を向けさせた。


「メッサー、こいつがジルバーよ。ノインを助けて、あたしに治療をさせた張本人。言葉が聞き取りにくいかもしれないけれど、別の国から来ただけだから勘弁してやってね」


魔女の紹介に、ジルバーが頭を下げた。


「おれは、ジルバー、だ」


「で、ジルバー、こっちがメッサーよ。ノインの父親で、ハンターたちの元締めね。怖い顔をしてるけど、怒ってるわけじゃないから気にしないでやってね」


「メッサーだ。紹介された通りだ。よろしく」


メッサーは前に出ると、ジルバーに右手を差し出した。

ジルバーは一瞬ためらったものの、その手を握った。


握り合った右手に、メッサーが力を加える。それに気がついたジルバーもまた、右手に力を入れて握り返した。


メッサーとジルバーは、握手したままにらみ合った。そして、二人ともわずかに笑うと、何事もなかったかのように手を離した。


「……あー、なんか早速わかり合っているみたいだけど、まずはディナーにしましょうか。ゆっくりしてたら冷めちゃうわ」


魔女の言葉に二人はうなずき、イスに座った。

ジルバーとメッサー、魔女とノインで向かい合ってテーブルを囲む。テーブルの上には美味しそうな料理がいっぱいに並んでいた。


魔女が視線を送ると、ジルバーがうなずいて両手を合わせる。


「めぐみを、もたらす森に、かんしゃを」


「「「いただきます」」」


そうやって晩餐会が始まった。


◇◆


晩餐会は和やかに進んでいた。


ジルバーの作った料理はメッサーには珍しかったようで、味を褒めながらも調理法を詳しく聞いていた。

ハンターなら料理ができるのは当たり前だが、ジルバー程に手の込んだ料理をする者はいなかった。メッサーはその手順の多さに、ただ感心するばかりだった。


調理を手伝ったノインも、その手順の多さ、複雑さに圧倒されていた。だがそれは不快なものではなく、とてもやりがいのあるものだと感じていたようだ。料理の時の様子を楽しげに語っていた。


料理がほぼ食べつくされると、次に出てきたのはジルバー秘蔵の果実酒だった。

そのままだと酸味と渋味が強いため、果汁で割ってコップに注がれる。それぞれが自分で調整しながら好みの分量を探りながら呑み進めていた。

魔女は酒が多め、メッサーは果汁多めが好みのようだった。


「ふむ、これは美味しいな。ジルバー君は呑まないのかい?」


「おれは、すこしで、じゅうぶんだ」


「そうなのか?呑めそうな顔をしているがなあ」


「あまり、よわない。でも、においが、にがてだ」


「そうか。ノインもあまり酒は呑まなかったよな?」


メッサーが顔を向けると、ノインがちょうどコップいっぱいの酒を飲み干したところだった。


「呑めるわよ。私はもう、子供じゃないんです」


ノインの様子に、メッサーがわずかに眉をひそめた。


「ノイン。一人前のハンターは、自分の引き際を心得るものだ。そんな呑み方をしていては、自分の身がもたないぞ」


「分かってるわよ!自分のことだもの、自分が一番よくわかっているわ!」


「なら落ち着け。お前は……」


「分かってないのはお父さんの方よ!お父さんは、私のことをちっとも分かってくれていないわ!」


ノインは立ち上がって、父親をにらみつけた。

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